3.努力の結果

・決意の朝に
 (某タイトル引用)

3日目の朝。
充電という言葉が正しいほど、寝て起きたら元気になっていた。
今日しかないぞ、ここで決めないといかんぞ!
決意を胸に、大介さんに電話する。
言うことは一緒。
「やるしかねえぞ」それだけ。
朝食は決まってパンとバナナとリンゴ。
それとコーヒー。
こっちに来て、飲み物はコーヒーと水しか飲んでいない気がする。
イタリア、向いてるかも。

・残り少ない手札

10時半のアポイントに向け、目的地へ向かう。
到着は10時21分。
どうだイタリア人、これが日本人だ。

入ったらかなりの歓迎ムードで、BOOKを見せ、体の採寸をし、写真を撮られ、歩かされ、少しの自己紹介をした。

渡した私のBOOKは、クリスチャンと呼ばれるブッカー(つまりはマネージャー)が持って行き、少し待っててと言われる。
いいぞ、何分でも待ってやろうじゃないか。

ちなみにクリスチャンは、ヒゲが仙人くらい長くて、髪の毛も縛っている細身の男で、マスクが窮屈なくらいヒゲがモサモサと溢れ出ている。そんな男のこと。

イタリア人の少しは全然少しではなく、軽く10分は待ったかな、クリスチャンのデスクに呼ばれる。
隣にはマッシモと呼ばれるヘッドブッカーがいて、誰が見てもゲイだと分かるくらい仕草も使う言葉も女性らしい。
ただ少しどころではなく大柄で、身長も横にも大きい。
うーん、例えるならワンピースのウィーブルみたいな感じ。
ごめんマッシモ、悪口ではないぜ。

そんなマッシモが私のBOOKの写真を抜き取っていて、”major”と書かれているBOOKに挿入している。
こ、これはもしや!?!

クリスチャンが言った。
「welcome to major!!」

・起死回生の一撃

受かった!?まじすか!!!
やっぱり言った、もはや口癖のあれ。
「グラッツェ!」「センキュー!」。

マッシモが、BOOKの1番後ろに入っている私のコンポジットをごっそり抜き取った時、1枚のA4サイズを折り畳んだ紙が残る。
私のパスポートのコピーだ。
マッシモが
「コピーを取っていい?」
と言い、
「もちろん!」
と答える。

その紙を広げたらパスポートが連なって写っている。
そう、私のルームメイト、”堂本怜”のパスポートである。
「あ、ごめん、これ私のルームメイトのコピーだ、無視して」
そう言うと、
「彼は何をしているの?モデル?事務所は?」
と聞いてくる。
「モデルで一緒に探しているところだよ」
私の返答に対してマッシモが言った。

「彼も今連れてきなよ!」

・棚から牡丹餅??

ガチすか!?いいんすか!?
すぐさま怜にLINEを入れた。

「お前今何してる!今すぐmajorに来い!マッシモが見てくれるってよ!!」

彼は今、他の事務所で待たされているらしく、終わり次第すぐ来るらしい。
詳細を聞かずに動いてくれるのが、有り難い。
こちらとて、合間を縫って、ササっとLINEを入れたので、詳細を伝える暇なんかない。
彼がウィーブル、もとい、マッシモを知らないなんてすっ飛ばして、今すぐ来い、とだけを伝えた。

「30分で着きます!」

やばい、遅いな。
おれもう少しで終わるぞ。

クリスチャンに案内され、別の部屋に移り、待機していると、たくさんの人が、チャオ〜と言ってきてくれる。
みんな温かいなぁ。
笑顔は1秒以内に作れる自信がある私は、すぐ笑顔を作り、チャオ〜!と手を挙げる。
日本に帰ってもチャオって言おうっと。
めっちゃ気持ちいいわ、チャオ。

またマッシモとクリスチャンが現れた。
「彼を連れて、2時半にまた来て。2時半だよ、2時半!」
わかったよ、クリスチャン。
そんなに何回も言わんでも伝わってます。

大きな声でチャオ!と言って事務所を出た。
とりあえず、大介さんに報告。
ありがとうと安堵の旨を伝えた。
その後、お母さんに連絡。

「どういうこと!?ミラノから帰って来ないってこと!?!」
「違うよ〜、帰るけど、お仕事を紹介してもらえる段階まで来れたんだよ〜。2ヶ月後にちゃんと帰るからね〜」

「おめでとう!!!!!」

やっぱり、母との会話は元気が出る。

おっとまずい、怜に2時半に来てって言われてたこと、伝えるの忘れてた。
彼は今頃、ミラノ中を走り回って向かっているだろう。
ま、いっか、走らせとくか。
そう思ったら最寄りに着いた、と連絡が来たから、伝えてあげた。
彼は歩いていたが、それでも早足でこちらに向かってきた。

「どういうことすか??!」

そりゃそうなるわなぁ〜。
事象をかい摘んで伝える。

「めっちゃラッキーじゃないですかー!!」

まあ、そういうことやね。

・安堵と不安

あと3時間もあるが、家までは少し遠く、家でゆっくりするほどの時間はない。
とりあえずカフェに行って、コーヒーをしばくことにする。
イタリアのカフェで飲むコーヒーは安く、大抵日本円で200円もしないくらいで飲める。
まぁ、エスプレッソだけどね。
私は、イタリアでコーヒーを頼むと、エスプレッソしか出てこないことをしっかり学んだので、”エスプレッソアメリカーノ(エスプレッソをお湯で薄めた飲み物)”をずっと頼んでいる。

少し汚いカフェで、小蝿が気になり、近くの綺麗なカフェに向け、ハシゴコーヒーをすることにした、余談だが。

モデル仲間や近況を気にかけてくれていた友人に伝えて、おめでとうと言ってもらった。
気がつけば外は晴れていて、急にミラノが好きになった。
昨日までは正直いい思い出なんかなく、金もないしアポイントも無くて、本当にしんどかった。
歩きすぎて足はパンパンだし、絶望の一歩手前だった気がする。
人に優しくできない自分がいることに気がつくほどに。

でも今はイタリアがすごく好きになった。
私って、なんて単純なの。

ルームメイトは緊張していて、気が気じゃないみたい。
私もそう。
出来ることならば、同じステージで一緒に過ごしたい。
だから受かって欲しいけど、あくまでこれはキッカケであって、決定打ではないことが不安を募らす。

・棚から出たのは牡丹餅か?
 それともただのゴミか?

またmajorへ。
やっぱり7分前。
どうだイタリア人、これが日本人だ(再掲)。

入ったらクリスチャンと挨拶を交わして、明日キャスティング(仕事のオーディション)があることを伝えられ、その詳細のメールが届いた。
もう仕事のチャンスが!!

もはや、上手くいきすぎていて、怖い。

一方の怜は、BOOKを見せ、簡単な会話と、ウォーキング、採寸をしている。
またしても例の通り少し待ち、しばらくしたら、ここでマッシモ登場。
クリスチャンが、見たことある”major”と書かれるBOOKを手に持ち、再度現れた。

なんと怜も受かったらしい。

ガチすか!?
そして、明日のキャスティングは一緒に行ってこいと言われる。

まじすか?!?!

もうこれは、夢ですか?なんなんですか??
昨日の苦労はどこへやら。
物事は急に駆け足に変わる。

なんだかもう疑心暗鬼くらいのレベルだが、とりあえず大介さんに報告して、

「今日は少しだけお祝いしな」

そう言われ、スーパーの量り売りの生ハム、チーズ、ローストビーフが美味しいこと。
アペリティーボという、夕方のカフェバーで一杯頼むと前菜たくさん食べれるという素敵な文化が存在することを教えてもらった。

・手にしたのは
 牡丹餅ではなくサラミ

すぐさま行ったが、時間的にアペリティーボは頼めず、生ハムを買うことにした。
コレ!指差して頼んだのに、店員さんがスライスしているのはサラミみたいなやつで、イタリアの値札は商品の上に付く、と言う文化に慣れていないせいで、サラミを買ってしまった。
既に家にある。

イタリアで注文を間違えるのは2回目。
私は2日目の昼ごはんは、注文を間違えて、パスタと穀物(なんだか紫色の米のようなもの)を2人前平らげている。
19€。大体3,000円いかないくらい。
ふざけんなばか、こんなところで浪費すんな。

それがこの昼食2人前

また大量のパスタを作り、レバーを炒め、サラダを拵え、少しだけ、贅沢をした。
「明日キャスティング終わったら、アペリティーボしような」
そう言って夕食を終え、それぞれの時間に突入した。

3日目、濃かった。
この感動とか、嬉しさとかは、昨日の地獄の一片のおかげかと思うと、良い経験をしたな、思う。
それでなくても、昨日の経験は多分一生活きる気がする。
よかったね、歩真。
来週からパリで同じことできるよ。
地獄やないか。
↓《ここでいう昨日》

明日は初のキャスティング。

やっと楽しくなってきたぞ。

・報われるだけの努力

本当に努力は報われるらしい。

現実を知れば知るほどに、私の”根拠のない自信”という名の風船は自然と萎んでいき、追い討ちのように針で何度も刺されたから、その中の空気はほんの少ししか残っていなかった。
朝になり、空気を入れても、穴が空いているからすぐに萎み、それでも何度も何度も空気を入れ続けた。

私の残りの手札は2枚。
ルームメイトに至っては、手札は0だった。
そんな中、やっと到達した”結果”。
これで私の約半年は肯定された。

ただ、あくまでここは、スタートラインであるという事。
ここから今度は、仕事を獲るための努力が始まる。
楽しいじゃないか。
やってやろうじゃないか。
かかってこいよ、なんでも、何度でも。

落とした事務所は後悔するがいいぜ。
逃した魚はデカかったってな。
誰が深海魚やねん。

気がつけば、また私の風船は補強され、空気が入ってもすぐには抜けなくなっていた。
良くも悪くも。

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