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NHKスペシャル『下山事件』

数日前、下山事件に関する検察の未公開資料を入手したと、NHKニュースで報道されていた。驚きもし、気になりもしたが、いずれまた特別番組だか何だかで放送されるのだろうと、なんとなくのんびり構えていた。

ところが、である。

2024年3月30日 土曜日。7時のNHKニュースが終わってそのままにしていたら、突如NHKスペシャルが始まった。NHKスペシャルはたいていは21時以降なので、19時半という早い時間に始まることを訝しく感じていると『未解決事件』などと出てくる。

まさか。「下山事件」か? 

そう。そのまさかなのであった。
しかも2部構成である。

第一部 1時間18分の再現ドラマ。
第二部 55分のドキュメンタリー。

それがこちらである。


下山事件とは、1949年、国鉄の初代総裁である下山定則が轢死体で発見された事件である。国鉄というのはJRの前身である。旧国鉄が民営化されて、JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州に分割された。1987年のことである。国鉄というのは、日本全国津々浦々まで延びる鉄道を全て管轄していた。現在個々のJRでさえ相当に大きい組織であるが国鉄というのはそれを全て束ねていたわけで、それがどれだけ大きかったのかは想像に難くない。下山事件当初は昭和初期であるが人員はさらに大きかった。復員軍人を受け入れたため、実に60万人という規模である。その巨大組織に対し大規模な人員削減がGHQから要請された。要請された削減人数は10万に近い。下山定則は大変なものを背負って初代総裁の座に着いたわけである。下山事件はそういうような、全てを再編するような混沌とした中で発生した。事件発生当初当から、自殺か他殺かで警察内部のみならず検屍結果も世論も二分する様相で、そのまま迷宮入りとなり未だ真相がわからない事件である。

以前に下山事件に関する本を読んだことがあって、気にはなっていた。今回の再現ドラマであるが、これがよくできていて、昭和のあの雰囲気が実に上手く描き出されている。とにかく、いつでもどこでも煙草を吸っているんである。いつでもどこでもではなくなって随分になるが、そう言えばそうだったと妙に懐かしくも感じたのだった。

それはともかく事件の真祖であるが、このNHKスペシャルでの結論はこうだった。

アメリカによる謀殺

理由は、有事の際に国鉄を自由に軍事利用するためである。これについて下山総裁は、安易に首肯しなかったようだ。翌年に発生した朝鮮戦争では、国鉄が大いに利用された。下山総裁が生きていればどうだったかと考えても、よくはわからない。占領下においてGHQなどはやりたい放題であり、殺すまでもないのではないかと思わないでもないのだが、少なくとも下山総裁という人は唯々諾々とアメリカに従うというような人ではなかったようだ。英語もできた下山総裁はGHQと直接話し、国鉄の人員削減についてもGHQからせっつかれながらも自分に任せろと答えていたらしい。だからと言って殺すものだろえか。イエスマンでなければ邪魔だということなのだろうか。

まさに殺人に手を染めた実行犯は特定されていない。
以前に読んだ『下山事件 最後の証言』でもそうだったが、関係している人物が多すぎて特定は困難なように思われる。

検察の未公開資料というので少なからず期待したのだが、正直のところ知らない固有名詞というのは多くはなかった。キャノン機関、キャノン少佐、李中煥、児玉 誉士夫、アーサー・フジナミなどは、前に私が最後の証言を読んだときのメモにもある。

とは言うものの、この番組で印象的だったことが4つある。

一つは、ビクター・マツイがアメリカ議会図書館のインタビューに答えた映像である。マツイが語るには、下山事件のころ、二重スパイを使って国鉄のストライキなどを探っていた。マツイが所属していたのはジャック・キャノン少佐が率いるZ機関、通称キャノン機関。この頃、ソ連に拘束されていた日本人捕虜が多く帰国したが、彼らはソ連のスパイとして教育されていた。アメリカは彼らを二重スパイとして利用していたという。

二つ目は、そのジャック・キャノンのインタビュー映像である。1977年NHK特集でNHKがインタビューした映像だ。彼の答えは、下山事件は記憶にない、三鷹事件、松川事件も記憶にないという身も蓋もないものだ。さらに、これらの事件が反共対策として有効ではないかという問いにも「そうは思わない」という。本当に覚えていないのかどうか、本当に有効でないのかどうなはよくわからない。ただ、これに続けて言った言葉は印象的だった。

(反共対策として効果的なのは)戦前に日本政府がとっていた方法だ。徹底的な弾圧である。

3つ目は、アロンゾ・シャタックへのインタビュー。キャノン機関の諜報員だった人物である。今回の調査でインタビューが取れたようだ。インタビュー時、96歳。キャノン機関がしていたことについて、共産党員の情報収集だったと答えている。彼も二重スパイについて言及している。また、李中煥についてもキャノンと一緒にたずねてきたことがあったと語った。事実であれば李中煥とキャノン少佐に面識があったことになる。

4つ目が、東京神奈川CICの中心人物と目されていたアーサー・フジナミ。彼の遺族を探し当てインタビューしている。インタビューを受けたのはアーサー・フジナミの娘であるフジナミ・ナオミ。彼女は父アーサー・フジナミが亡くなる直前に、日本でのことを聞き出しメモに残していた。当時CICがしていたことは、戦地から帰国した日本人の調査。共産主義が蔓延するのを懸念していた。下山総裁が共産主義に加担しないかということも疑っていたようだ。「下山は暗殺された」。彼はそう語ったという。「暗殺された」、そう語るなにかを知っていたのだろうか。


再現ドラマでは、李中煥がかなり大きく取り上げられている。彼が検察に語った証言は拉致殺害に関して微に入り細を穿っていて、当時の主任検察官が考えたごとく少なくとも一部には真実が含まれているように思える。逆にミスリードさせるものもあるように思えて線引きが難しい。この事件は、おそらくは一貫して関わった人物はいないだろうと思われる。拉致、殺害、轢断と、それぞれに関係した人物は異なるのではないか。李中煥の証言は、拉致、殺害とに渡っていて、そのことが逆に彼が実行犯、もしくは実行に関わっていたという印象を遠ざける。

一つ気になるのは、『下山事件 最後の証言』の読書メモに私が次のようなものを残していた。

『7月2日に李中煥が「下山国鉄総裁を列車で轢かせて殺し自殺に見せかける計画がある」と申し出ている』

7月2日は事件の3日前だ。申し出た先は韓国代表部。韓国代表部から進言すれば日本政府に感謝されるだろう。そんな内容だ。事件前というのはかなり特異な気がするが、番組では事件前というのは話になかった。

余談だが。
司法解剖にあたった古畑種基氏は、複数の冤罪事件に関連している。直接ご本人を知り得ているわけではないが、個人的にはあまり信を置いていない。

慶応大学が下山総裁は生体轢断であり、従って本事件は自殺であるとしている。生体轢断の根拠は死斑がなかったこと。生体轢断に見られる特徴であるらしい。死斑がなかったことが事実とすれば、それは血液を抜いたためだろうか。死斑が出ないために血液を抜いたのか。


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