#10 健康的ナルシシズム 前編


なんとかこの10回の連載で、Lostgirlscallingの製作に至るまでを時系列的に連ねてみようと試みてみましたが、改めて混迷の思春期だったなぁと思うと同時に、自分の種々のイレギュラーさが現実と衝突し生じた捩れからなる人生の長い紆余曲節を思い知った次第です。

10回目の連載で何をどう書いて閉めればいいのか、ポカンと空を仰いだ後、出来るだけ誇張せず、過不足なく、自己憐憫を排して書こうと思い、やはり1度では纏めきれないので最後の連載10だけ前後編に別けることにしました。誰からも期待されていない連載だと思いますが最後までお付き合いいただけたら幸いです。


わたしという人間を今の言葉でカテゴライズして自己紹介するならば、ノンバイナリーというのでしょうか。
兎に角世間の描く男性像にも女性像にも、どこにも自分を当てはめられません。
性別欄が女か男かしかない文書で仕方なく女に丸を付ける度、何か納得しかねる、言いがたい屈辱を覚えます。
女子高生の頃と変わらず不定形なアメーバのままです。

わたしが人としても作家としても不定形でもう本当にいかんともし難い状態に陥っていた2019年の中頃、ゆらさんから作品集を白昼社から出さないかと声をかけていただきました。

しかしわたしが地元で過食嘔吐による心身不調に陥りながら描いていた絵も、大森さん(文脈の分からない人はごめんなさい)を知ってから描き始めた絵も、魂の根元的欲求からどこか微妙にズレていたため、それら有る意味で芸術的に不純な絵を作品集として納めてもウソトゴマカシノカタマリではないか?と(上記の理由でわたしは個人ホームページすら未だちゃんと作れていない)逡巡していました。

約半年間の絵本のワークショップを終えたばかりの頃でした。
触覚が拾いすぎる情報で混乱しエラーばかり起こす頭に振り回されている自分に整然と纏まった物語は作り得ないのではないかという暗い不安が頭に渦巻いている頃でした。

東京の文学フリマで初めて買って読んだゆらさんの短編集のことを思い出しました。その中の、少し角が欠けた小さな硝子の天使像のような印象のある短編が記憶の中に甦りました。

原作付きの漫画なら1度描いたことがあるのでどうにか描けるのではないかという期待と、あの殺伐とした2000年代中頃を生きていた思春期の少女達の心象を拾い上げてくれるような創作物があまりに無いことの失望から、Lostgirlscallingを漫画化しようと思い立ちました。

思ったは良いがこれまで述べてきたような自分自身の根本的な不定形さ、ただの学生が「女子高生」というコードを負わされ勝手な夢を投影されて消費される日本のカルチャー界の歪さ、記憶に深く刻印されている思春期の女の子の獣性をどこまで意識的に排除していいのかという問題が新たに自分の内面で沸き起こったのでした。

現実の有り様を排して対象を愛でたり身勝手な夢や希望を盛るために必要な距離感というものがあり、わたしにはその距離感が自身の歪な過去によって埋められていないまま、鉛筆を走らせ始めました。

自分のジェンダー観について公に語ったのはこの連載が初めてであり、ネットで作品を発表し始めた当初はパンキッシュな表現としてガーリーな路線の服を着ていたので、してみれば本当のところ蜃気楼のような自我で足元も輪郭も覚束無いフラフラした人間が自身の作品の漫画化を進めているとはゆらさんもよもや思わなかったことかと思います。

自分が嘗て愛し得意とした絵も、自信の無さ無さからくる弱さで汚してしまい、それまでとは全く異なる手法で次の作品に取り組む必要がありました。

絵本のラフを人に見てもらったとき、色鉛筆の作画を誉めてもらい、数ミリの線を掛け合わせて面を作るような細密な作品しか評価されないと思っていたのがこれでもいいのかと驚きました。
太くて柔らかい芯先はミリペンのように何度も手を動かし描写する手間も格段に少なく、これなら長大なページ数も捌けるのではないかと作画に色鉛筆を選びました。

重いテーマも扱うし絵はフラットにしてバランスを取ろうと決めました。

大昔、敢えて線や塗を省略して描いた絵を「手抜き」と評されて描き直しをさせられた経験がトラウマになり、評価されないのではと不安で必要以上に何でも描き込んでしまう癖がありました。

もともと無意識に描き込みの多い作風だったのが、描きたいから描く、から描かねばならないから描くという歪な動機に変わってしまい、その引き裂かれた動機にも長らく苦しめられてきました。
その苦しさを手放すチャンスだと思ったのでした。

自分がこれまで評価されてきた作風を手放して、初めて挑戦する手法で1年無い制作期間で仕上げようとしたのだから思えば凄いギャンブルをしたものです。
その1年の間に住んでいる建物が住めなくなり突然の引っ越しをしたり、逃げるように違う職場に移ったり、新しい環境に慣れる間も無くコロナがやってきて、本当に嘘のような、どこか夢のように非現実的な2020年が始まり、そして終わるまでを漫画版Lostgirlscallingの制作に費やしたのでした。

後編に続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?