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東京探索記 8 新宿大久保

1月下旬の土曜日、新宿区大久保を街歩き。
新宿大久保といえば、コリアンタウン、エスニックタウン。晴れの土曜午後とあってJR山手線新大久保駅、総武線大久保駅のあたりは人でいっぱい。さらに職安通りと呼ばれる大久保のメインストリートのそこから横にのびる路地も人、人、人!!そして通り沿いの店の看板、メニューはハングル語が多く、タイ語らしき字体もちらほら。色も日本では見かけない、中華街とも違う韓国風、または東南アジア風な色づかい。寒い日だけど、歩いているだけで温かみを感じました。

大久保の媽祖廟

大久保駅から職安通り方向へ飲食店の通りを歩いていくと突然現れたのが中国様式の建物、東京媽祖廟。横浜中華街にもありますね。極彩色の外観が冬の青空に映えます。
媽祖といえば、船の先端に飾り付けられ、船乗り、船旅を守ってくれる女神と記憶。なぜ、内地の大久保に?船乗り転じて外地に暮らしている人々を護ってくれるという意味かもしれません。

東京媽祖廟
総武線大久保駅前

大久保駅と新大久保駅をつなぐ通りへ出るとみえてくるのが皆中稲荷神社。

みんな当たるから「皆中」とのことで、アーチェリー部員が試合前にここに勝利祈願に来ていたというのは聞いたことあるけど、この日参拝していたのは90%以上女性。恋のキューピット💛成就祈願なのかな?

皆中稲荷神社

軍艦ビル現る!

さてそんなキラキラした町の中心を離れて今日の目的地へ向かいます。
それは何十年も前からこの大久保の地を母港と定めて停泊(?)している軍艦を見学に。

それがこれ、通称軍艦ビルと呼ばれている住宅・事務所兼用ビルディング。
職安通りに面していますが、裏の住宅地からのほうがその全容がよく見えます。
2階建ての住宅の上にその威風堂々たる姿を見せているところはほんとうに軍艦そのもの。
本物の軍艦、戦艦は見たことないのですが、想像の世界で(笑)

横にまわると各個室の形がはっきりと見えてきます。
上の写真では、左側が艦船としては船首と艦橋にあたる位置です。方角だと北に船首を向けています。

反対側にまわると軍艦ビルの手前に別のマンションが。
手前のマンションもちょっと個性的ではありますね。

続いてビルの正面入り口にまわってみます。
ほんもの軍艦ではないので(そりゃそうだ)、入口は普通です…いやそうでもないか(;'∀')

船舶が使用する電波の波長を表すような波線が床いっぱいに。
やはり、軍艦仕様なのか!?

かつては「ニュースカイビル」でしたが、いまはずばり「GUNKAN」!

うわっ!見られている、貴方どなた?

いまは個人住居向けのマンションというよりは事務所やゲーム用の空間として使われているようでもあります。

新大久保の人混みと極彩色の看板、そして軍艦マンションはどうしてこういう建物になったのかとか、を考えながら歩いて脳も疲れてきたので、近くの旧山野愛子邸でしばし休憩。
いまは飲食チェーン店が経営しているのですが、邸宅の外見には手をつけず、内装も雰囲気を残しているので、このチェーン店の印象とは全くかけ離れた文字通り別邸です。
接待に良し、友達とでもデートでも家族連れでも楽しめる感じでした。

歴史を感じさせる門柱
イチゴのパフェ!

ところでこの軍艦マンションを定点観測されている方(某SNSで投稿されています)によると、この構造物は時空間移動も可能、したがっていつこの地を去ってしまっても不思議はないとのこと。建造からもう数十年を経ているので、突然出航してしまう前にまた見学したいものです(^-^;

そして、稲荷鬼王神社へ

さて、軍艦ビルの見物を終えると次は鬼王神社(きおうじんじゃ)へ。正式名は稲荷鬼王神社。不思議な名前の神社です。
もともとは稲荷神社と鬼王神社が別々だったのが、合祀されて今の神社の姿になったそうです。鬼王の名の由来は鬼王権現で熊野から勧請されたそうです。鬼王権現、なにかすごい力を持っていそうですね。

鬼が手水鉢を全身で支えています

この神社には水琴窟があり、柄杓ですくった水を垂らすとやや高音の金属音が地底に跳ね返るような音が聞こえてきます。
もう一つ注目なのが富士塚。1合目から山頂まであるのですが、なぜか4合目と5合目が別の山体になっています。高さ制限でもあったのかな?って。

登山口から4合目まで
5合目から山頂まで

大久保駅から東新宿駅までぶらぶらゆっくり歩いた冬の午後でした。




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