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うたがわきしみうわごとだものⅡ

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感じたことあれこれ。日常。コラム。創作日誌。エッセー的な。作品にはならないうわごと系の。二個め。文芸を志す方にオヌヌメ。
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2017年2月の記事一覧

【駄作お尻エッセー】『お尻愛』

【駄文注意(駄尻などというものはない)】 これは私の記事に賛同したnote醸し部たちによる駄文コメントの一部にすぎない。 哲学者はかつて、真善美――すなわち、 認識上の真と、倫理上の善と、審美上の美――それを、人間の理想としての普遍妥当な価値だとうたってきた。だが、わたしはかねてより、それでは何かが足りなかろうと、懐疑的であった人間の一人だ。そして、今、ようやく足りなかったその答えーーミッシッング尻ンクーーをえた。 真・善・美・「尻」。この宇宙を構成する大事なファクターがひ

『○井○里ぱいせんにnote醸し部について語ってもらってきた』

Q:醸し部の第一印象はいかがですか? 「なんか面倒くさいのが出てきたなっていう(笑)でも、すごくnoteっていうWEBサイトのポテンシャルを自分たちで引き出して遊んでていいなって思ったなぁ。 彼らは要するに「みんなもっとコメントして遊ぼうよ」っていう、『コメント推進委員会』みたいな面が強いでしょ?(笑)それってすごく大事なことで、あれでコメントがもっと気楽に身近になった人は多いと思う。じゃなきゃ、きしみくんのあのフォロワー数であのコメント数は醸せない(笑)」 Q:醸し部

ポジティブは前だけを見てる ネガティブは後ろばかり見る ネジティブ(ひねくれ者)ははす向かいを見る きしみはお尻しか見ない(おい) 否ーーきしみは“今”を見る。 “今”を生きる中にしか”きしみ“は存在しない。

『note醸し部部長のダッシュボード拝見』

というわけで。なんの自慢もない僕だが、すごいスキは少ないけれど、コメント量はおそらくいつも随一だと思う。それが僕の誇りかな。そういう仲間がいるってことが。 能書きはいいからみせましょう(笑) これが週 お気づきでしょうか。note醸し部員でもある雪人形さん同様、部長もちゃんとコメント量がスキを上回っています。 そしてこれが月。 さすがにコメント数がスキを抜けてはいませんが、ひっ迫する勢いは健在。アンダーヘアカット専門店という内容と、物語を物語るポイントという内容の質の

「なんのために?」ってのを、意識的に、あるいは、無意識的に、大事にしてる人じゃないと、進めない溝があるんじゃないか。ちゃんと握りしめているかな。 理屈じゃねえんだよって、「逃げ」で使ってるなら、それも違う気がする。

日本昔話の囲炉裏でぐつぐつ煮えていた雑煮みたいな鍋と、押井守の劇場版パトレイバーの立ち食いそばやの、コロッケと卵を入れたあつあつのソバ、あれよりうまそうに刺さって「感じる」たべものってないな。あれ、フェチズムのある人の仕業や。元祖メシテロリストや。

必要なのは静かなる勇気と透明な集中

いま、僕がいる、ここが宇宙の真ん中だ。 宇宙に上下がないなら、そう決めてもいい。 それが真ん中かどうかも変わり続けるなら 毎日、自分が真ん中だ、ってセットするのも自由。

『宇宙って何者だよ』

「諸行無情」――この世に刻一刻と変わらないものは存在しないなんて、実に心もとなく、だったら何を拠り所にして生きていけばいいのだと、自分すら見失いそうになる――が、実は「誰がなんと言おうとどうしようもなく変わり続けるというシステム」というのは偉大な「慈悲」なんだと思う。 たとえ今日が「天国」でも、明日が「地獄」でも それが「固定化」はされることはけしてない。 絶えず変化し、流れ続ける。波。 (本当の一秒の長さは誰も知らない。計れない。切り取れない。相対的で人それぞれで体感も違

小さな子がめっさ感動して「わあ!お星様だあ!おとうさん!お星様みたらねがいごとしていんだよー!なにおねがいしようかなあ!カギのオモチャたのんじゃおうかなあ!お星様ー!カギのオモチャほしいー!」って空に全力で叫んでた。その純粋さにうちのめされた。君こそキラキラしてるお星様みたいだ。

全力で失敗した方が気持ちいいように全力で「間違える」って「正しい」かも? とか言ってるとぽーんと宇宙に放られたように何が正解で何が間違いなのかよくわからなくなってくる。ただ「絶対」なんてものがあるとすれば最先端物理学でも明らかなように「絶対的客観性」は「絶対存在しない」ってこと。

宇宙に上下がないように「これが正しい」なんてモノの見方や正解はどこにもなくて、実は「間違い」なんてのもどこにもないのかもしれない。ただ人はみんなどうしようもなく自分だけの「サングラス」をかけて生きてる。ときどきそっとはずして、まっさらな瞳で世界を眺めて、生きてみたいなと思う。

“感じる”ことにおいては自らを狂人であると称していた宮本輝。彼はシルクロードを旅するエッセーでこう語っていた。「命もいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬ、という人間くらい始末の悪い人間はいない。しかし、そんな始末の悪い人間でなければ世の中を根底から変えることなどできはしないのだ」 と。

もっと死ぬほど悩んでもいいかも。ぜんぜん足りないかも(笑)悩んでるほうが、スポンジみたいに深く読んだり見たりできるし。それが血肉になって、もしモノカキが仕事になったときに、その悩み深き暗黒時代の血肉こそが、書き続けるための体力になり、作品に滋味を与えてくれるシワになるだろうから。