押し寄せる怒りと憎しみについて

 主にTwitter上で立て続けに起きている諸問題(ぶっちゃけて言えば『オタク』と括弧つきの『フェミニスト』による諸々のアレ)から、そうした怒りや憎しみが渦巻いている様子が目に入る頻度が高まってきていることに、悲しさのようなものを感じていないかといえばいるほうであり、正直なところ「オタク側」の存在としては割と参っていますし、今に始まったことではありませんが自分自身を含めたヒトの善性、良心、対話可能性、といったものについて割と絶望視しています。

 とはいえ俺が悲しんだから何なのだ、付け加えるなら「泣いていますアピール」の使い手に年単位でネトストされていた俺が悲しんでいますアピールに手を出してどうする?という考えもあり(FF0捨て垢とか『愚痴垢』の類で『怒っています/悲しんでいますアピール』に近いことをする文化はマジで廃れてほしい)

 昨今の流れはもはや巨大な嵐のようなもので、その嵐も過ぎることはなく、むしろこれからより一層激しさを増していくのだろうと思われますが、俺にできることは(できているといえるのか?)そんな嵐など初めから存在しなかったかのように黙々と描くべきものを描いてはwebに上げることぐらいです(そうできる自分を取り戻したいと言ったばかりだし)。
 最悪Twitterを他サイトへの投稿・配信などの告知手段として割り切り、交流や情報収集の場としての利用は捨てるということもあり得るでしょう。というか絶対俺以上に参っている人はいると思うので、そういった人は無理はしないでほしいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?