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『ベルファスト』は明日へ駆ける愛の歌

 第94回アカデミー賞7部門ノミネート! 脚本賞受賞作品!
 そんな立派なタイトルのことは忘れても、そもそも予告編を観るだけで面白さが分かるタイプのノスタルジー映画です。かつて子どもだったことがある多くの方は覚えのある感触を取り戻せるんじゃないでしょうか。記憶の中に忘れていた人生の透明な楽しさが蘇ります。

『ベルファスト』は2021年のアイルランドとイギリスの合作ノスタルジー映画。トロント国際映画祭で観客賞を取り、今年のアカデミー賞本命とも言われておりました。2021年の映画賞レースを牽引していくかと思われましたが、思ったより前哨戦では振るわず。アカデミー賞では脚本賞のみの受賞。
 でも観てみると実際面白いし、映画観たな~って感じがします。多くの人のキッズ時代とリンクする内容は数年前なら余裕で作品賞取ってたんじゃないかな。

 まずポスター! これがもうすでに良いですね。ゴミバケツのフタを盾に木の剣を構えて、空高くジャンプ! 子供の無敵感と躍動感があって、これだけで嬉しくなれるビジュアルです。
 日本のキャッチコピーの「明日に向かって笑え!」も秀逸。

 この作品は監督のケネス・ブラナーが北アイルランドのベルファストで過ごした少年時代を基にした半自伝的映画です。記憶というモノは相場として灰色なモノですが、特にブラナーの子どもの頃のベルファストは「雨が多くて寒い、灰色のイメージ」と言うことで、今作のほとんどは白黒映像になっています。“ほとんど”なのもミソ。
 主人公中心のシーンはカメラの位置も低めだったり、キッズの感覚を追体験しながら浸れるように色んな仕掛けが施されているんですよ。

 白黒の映像で子ども時代を基に作ったパーソナルな作品、という点ではNetflixで配信された2018年のアルフォンソ・キュアロン監督の映画『ROMA/ローマ』も思い出されますね。この作品も好きですが、今作はさらに楽しくてユニークに子ども時代を映し出します。


監督・スタッフ等

 監督・製作・脚本はケネス・ブラナー。61歳の北アイルランド・ベルファスト出身。俳優としても活躍している人で、シェイクスピア作品の映画で監督・主演をいっぱいやって有名になりました。1988年の『ヘンリー五世』では29歳にしてアカデミー監督賞と主演男優賞にノミネート、最近だと名探偵エルキュール・ポアロを演じた『オリエント急行殺人事件』と『ナイル殺人事件』で監督・主演を兼任しています。
 今からだと想像しにくいですが、53年前はブラナーも可愛らしい少年だったわけですね。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)では『マイティ・ソー』の監督をやっていたことから、子ども時代のブラナーを投影した主人公がアメコミのマイティ・ソーを読み耽るサービスシーンもあります。


 音楽を担当するのはベルファスト出身の大物歌手ヴァン・モリソン。スターティング・ソングで使われている書き下ろし曲『Down to Joy』をはじめ、モリソン自身の楽曲も多数流れます。

 ヘアメイクを担当しているのは日本人の吉原若菜さん。18歳で渡英、何だかんだで映画業界の仕事に。日本公開を控える『スペンサー ダイアナの決意』、ブラナー作品ではポアロシリーズなど。色んな注目作品を担当されています。


キャスト

 主演を務めるのは北アイルランドの子役、ジュード・ヒルくん。今年で12歳になる、良い感じの可愛らしさのある男の子です。彼の素の感じを出すためにブラナーはリハーサルからこっそりカメラを回し続け、リハーサルのショットもかなり使ってるそうです。

 お父さんのパー役がベルファスト出身のジェイミー・ドーナン。パーってまあ、パパのことなのでパーなわけではないです。『フィフティ・シェイズ』シリーズでは富豪クリスチャン・グレイを演じています。

 お母さんのマー役はカトリーナ・バルフ、この人はアイルランド出身。マーもママという意味ですので山崎邦正のことではないです。『SUPER8/スーパ-8』や『フォードvsフェラーリ』などに出演。今回の演技はかなり高く評価されて、結局ノミネートとはなりませんでしたがアカデミー助演女優賞の有力候補とも言われていました。

 お祖父ちゃんのポップ役がベテランのキアラン・ハインズ、69歳。ベルファスト出身。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『裏切りのサーカス』、『沈黙-サイレンス-』、『ハリポタ』の弟の方のダンブルドアなど。アカデミー助演男優賞にノミネート。ポップもそのままおじいちゃんの言い方のひとつです。

 お祖母ちゃんのグラニー役がこちらも大ベテラン、ジュディ・デンチ87歳。グラニーもお祖母ちゃんの呼び方ですね。この人はイングランド出身ですが、お母さんがアイルランドの人で子供の頃にアイルランドに移住しています。ブラナーの『オリエント急行殺人事件』や『マリリン 7日間の恋』などに出演。近年で最も有名なのは『007』シリーズのM役でしょう。あと『キャッツ』の長老猫とか……。
 アカデミー賞ではノミネートを有力視されていたカトリーナ・バルフでなく、ベテラン力を発揮してデンチが助演女優賞にノミネート。ハインズと一緒に祖父・祖母でノミネートを果たしました。確かにこの2人はベテランの味をたっぷり出して反則みたいな良さを発揮しています。

 その他、お兄ちゃんのウィル役にはルイス・マカスキー。オリーヴ・テナント、ララ・マクドネル、コリン・モーガン、コナー・マクニールなどが出演しています。


1969年、ベルファスト

 主人公の少年バディは9歳の男の子。1969年の北アイルランドの首府ベルファストの一角に暮らしています。彼が住んでいるのは下町みたいな雰囲気の住宅街。メチャクチャお洒落でもないけどご近所全員が顔見知りで、町中で子育てしてるような感じの地域ですね。だからご飯時にお母さんが外で遊んでるバディを大声で呼んだら、その辺のおじさんとかおばさんも「バディ、お母さんが呼んでるよ!」「みんな、もう晩ご飯の時間だよ!」って呼びかけたりする。スゴく平和でアットホームな空気感の町です。
 もうこの感じがすでにノスタルジーメーターが振り切れるんですよね。道で平気で子どもが遊んでて、知らない地域のおじさんやおばさんが当たり前に話し掛けてきて、ちょっと年上の子どもが弟や妹のように面倒を見る……。その情景が灰色で展開されるのがもう心の弱いとこにグッときちゃう。
 ポスターのゴミバケツと手作りの剣を構えたバディ、これ空想のドラゴン退治をして遊んでるんですよ。省エネ版モンスターハンターです。剣のようなもの作ったな~とか、近所の知らない兄ちゃんとよく遊んでたな~とか、空想の怪獣退治したな~とかね、そういう自分の光景が思い出されてあまりにも眩しい。

 この町でバディは伸び伸びと素敵な家族に囲まれて育っています。バディの家族は主婦のお母さんとちょっと大きいお兄ちゃんのウィル。後はお祖父ちゃんとお祖母ちゃん。お父さんもいるんだけど、大工さんをしてて仕事でロンドンまでしょっちゅう出稼ぎに出てるんですね。仕事に行くたびに何週間か家を空けてるから家にはいない方が多い。お金はそんなになくても、とても仲良く温かい家族です。
  "バディ"っていうのがそもそも(主に男性同士の)くだけた呼びかけですが、大人が子どもに使うと「人間として対等に見てる」、要は「子ども扱いしてない」というニュアンスになります。9歳の男の子には嬉しい表現ですね。

 そんなほのぼのしたどこか懐かしいような空気感の中で、ご飯を食べにバディが帰ろうとしていると通りの向こうから沢山の大人たちが異様な雰囲気で歩いてきます。顔を隠すようにバンダナを巻いたり、手には火のついた棒きれを構えている人もいる。そんな人たちがもう道幅いっぱいに広がってザッザッザッと、ちょっと普通じゃないですよね。
 それを見てご近所さん達は慌てて家の中に隠れるんだけど、その人達はもう通りにある家の窓を割ったり、レンガや石を投げたり、火炎瓶を投げたり。家に火をつけて、車を爆弾みたいに爆発させたりもする。バディもお母さんに抱えられながら家に入って、机の下で泣き叫びながらただ過ぎ去るのを待つ。平和で幸せな空間が一瞬で恐ろしい地獄と化す。でもこれもバディの日常の風景のひとつなんです。

 これは何をしてるかというと、プロテスタントの過激派集団が町にあるカトリック教徒の家や店を燃やして回ってるんですね。


北アイルランド危機

 舞台となる北アイルランドというのは国としてはイギリスです。イギリスの領土は大部分がグレートブリテン島で、その他にアイルランド島の一部などを領土としています。北アイルランドはそのまんま、アイルランド島の北側にあたる場所です。

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北アイルランドの場所はだいたいこんな感じ。赤点がベルファスト。

 イギリスというのは結構複雑な国で、そもそもイギリスは通称なんですね。イギリスはイングランドとスコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つのカントリーが合体した国で、正式には「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」といいます。
 じゃあ北以外のアイルランドは? と言うと、1800年頃にはグレートブリテンに吸収されてイギリスになっていましたが、1922年に北以外のアイルランドはイギリスから独立しています。
 その時に北アイルランドに住んでいた人々の多くはイングランドやスコットランドをルーツとする移民でした。多数派のそういう人達がイギリス人であることを選んだから、北アイルランドだけがイギリスに残ることになります。その結果、一つの島の中で国が割れて、同じアイルランド島に住む人でもイギリス人を主張する人とアイルランド人を主張する人に分かれる、ややこしい状況になったんですね。四国で香川県だけがうどん王国として日本から独立するようなものです。さらに香川県でもうどんが嫌いな人もいるように(いますよね?)、イギリスを選んだ北アイルランドにもイギリスからの独立を支持するアイルランド人が少数派ながら住んでいるのです。

 そこでさらに宗教の問題です。そもそもアイルランドはキリスト教の中でもカトリック教徒が多かったのです。ところがイングランドやスコットランドから来る人達はプロテスタント教徒ばかり。そのため、北アイルランドではカトリックとプロテスタントの数が逆転、プロテスタント教徒が多数派に変わります。そうなるとプロテスタントは支配を強めるためにカトリックの弾圧を始めていきます。カウンターとしてカトリック教徒は差別に対抗するデモを展開していく…………などなど。

 北アイルランドでは多数派がイギリス残留派の移民でプロテスタント。少数派がアイルランド独立派のアイルランド人でカトリック。ざっくりこう理解しておくとよいでしょう。詳しいちゃんとしたことは専門の方に聞いてください。
 とにかく「北アイルランド危機」と呼ばれる大変な人々の分断が起きてしまっているのがこの1969年の北アイルランドなのです。政治的な対立でもあり宗教的な対立でもあります。

 バディの住む地域の人々もそのほとんどはプロテスタントです。でも町に住んでる人達からすればね、そもそも宗教観や政治思想関係なく町を壊されたり、ご近所を殺されたりしてるんですよ……。
 いちいちこんなことされたらたまったもんじゃないから、町の人達はバリケードを築いて過激派を防ごうとします。鎮圧するためにイギリスの軍隊も出撃して、銃を持った軍人が臨時の検問所を作ったり、戦車でバリバリ乗りつけてきたり……。物々しい雰囲気に北アイルランドから国外に逃げ出す人もたくさん出てきます。

 そういうところが今のウクライナと重ね合わせられたりもしています。しかし、そもそもイギリスがEUを離脱したことで北アイルランドやスコットランドも今またしてもメチャクチャややこしくなっている状況があります。『ベルファスト』は監督の郷愁を懐かしむ映画でもあり、現代でも続くゴタゴタにも繋がってしまう作品です。


故郷を捨てるということ

 バディの両親もプロテスタントではありますが、ご近所中が顔見知りの環境ですから当然カトリックに友達もいます。こんなことバカバカしいから関わりたくないんですよ。
 でもそれで放っといてはもらえなくて、過激派グループのリーダーはお父さんに「お前もプロテスタントなら俺達と一緒にカトリックを焼こうぜ!」と迫ります。それどころか、「協力しないならカトリックの味方だ! お前たち家族は敵だってことだぞ!」と脅迫までしてくる始末。敵か味方かの二択を強要することで人々を分断しようとしていくんです。

 もうこんな環境で子育てなんて出来ません。カトリックか? プロテスタントか? なんて見た目でパッと区別出来るでもなし、毎日どこかで子供が巻き込まれて殺されているんです。もし無事に大人になったとしても、この中で子ども達がどんな大人になるというのか。だからお父さんは、仕事のツテで何とかよそへ引っ越そうとします。

 でもお母さんは引っ越しには猛反対するんですよ。生まれてからずっとベルファストに暮らしていて、よそになんて住んだこともない。お父さんとお母さんも赤ちゃんからの知り合いというくらいで、この町なら全員が顔見知りだからご近所の皆で子育てが出来る。よそに引っ越せば今の狭い家じゃなくて広くて庭付きのサッカーが出来る家に住めるとお父さんは言いますが、ここなら道で誰とでもサッカーが出来るんです。庭なんかで遊ばなくても町のどこでも遊び場になるんです。
 外国なんて行ったら言葉も分からない。例えイングランドであっても、アイルランド訛りの英語をバカにされてイヤな思いをすることになる……。

 せやかてオカン! という状況ですが、これはお母さんの言うことも分かるんですよね。何でやりたくもない引っ越しをこんなバカげたことのために、何でこんなことで住みやすい故郷を離れないといけないのか。この状況で離れたら、もしかしたら二度とベルファストには帰ってこられないかもしれません。バディの家は裕福でもないから経済的不安も残ります。

 そんな中でお金に関する隠し事をお父さんがしていたことが分かったり、もう結婚してからの不満がこういう時に炸裂しちゃうんですね。皿を投げるわ皿が割れるわ、お父さんはただでさえ仕事で家を空けることも多いのに、帰ってきてもすさまじい喧嘩を頻繁にするようになってしまいます。


キッズ時代のノスタルジー

 そういう両親の姿をバディも目撃するようになり、深刻でしんどい心境の中で過ごす暗いお話…………かと思えば、この映画はすごく可愛らしくてキラキラした映画なんですね!

 なぜなら、主にバディの目線で監督の子どもの頃の思い出をベースに構築された映画だからです。大人になったからこういう色んな事が分かっていますが、9歳のバディにこれをきちんと理解しろと言うのは酷な話です。こんなことはむしろ理解できなくていいんですよ。
 何か恐ろしいことやしんどいことが起きてる時はカメラがバディに寄っていて、周りがあんまり見えなかったりします。「イヤだなー、怖いなー」という気持ちは感じているけど、なぜそうなっているのかはバディは明確には分からないんです。

 だからバディは過激派が怒っているカトリックにしても、「カトリックの人って謝ったら何でも神様に許して貰えるから悪いことしてるらしいよ!」とか、まあカトリックの告解や懺悔のことを人づてにふわっと聞きかじってふわっと理解しているんですね。そしてまた、そういうことを無邪気に面白がって両親に話すんですよ! 小学生の頃とか、授業で先生がしてた面白い話を得意気に親に話したことはないですか? そういうノリです。
 このご両親もいい人ですからね、そういう子どもの話をちゃんと面白がって聞いてやるんですよ。「謝れば許してくれるんなら、僕はカトリックになってもいいな~」とか、バディはそんな感じです。
 「何でカトリックの人を怒ってる大人がいるんだろう?」「こういう違いって変だけど、こういうところは面白いのにね!」と、真っ当な観点で歪な分断に疑問を持ち、素直に人の違いを認めることが出来るんです。いつの間にか僕達は知った風な口を利いて諦めることを覚えますが、子どもの目線には差別は通用しません。子どもが差別を覚えるのは大人の振る舞いからです。この感覚って本当はスゴく大切ですよね。

 この映画は話の本筋としては、どんどん状況が悪化していって、バディ達もいよいよ本気でベルファストから離れるか、それとも残るのかを決めないといけなくなっていきます。
 本筋はそれなんですが、変わった作りなのはそういう深刻な話とバディの日常の呑気なエピソードがかわるがわる出てくるんですね。

 子どもって新鮮な体験が多くて忙しいんですよ。この町で起きてる大人の悲惨な争いも、バディにはあくまで日常のひとつに過ぎません。子どもの世界は広いんです。こういうことばっかりで毎日ずーーーーっと悩み続けるには、あまりにも毎日がキラキラしていて、何気ないことが本当に面白くて。
 妙なところで伏線になってるシーンもありますが、今作で描かれるバディの日常はそのほとんどが恐らく監督の記憶の中から印象的な瞬間をパッチワークして繋ぎ合わせたようなもの。愉快で痛快で取り止めのない、ほのぼのした日常系エピソードが展開されていきます。

 例えば近所でバディの面倒を見てくれている、ちょっと年上のお姉さんのモイラ。彼女はワルをやりたいお年頃で、バディをチョコバーの万引きに誘います! 恐ろしい!(よい子も悪い子も真似しないでください)
 後が怖いのでバディはメチャクチャ嫌がりますが、年上に強引に引き込まれると結構断りにくいんですよね……。それで仕方なく万引き作戦に加わり、モイラがお店のおじさんの気を引いているうちにチョコバーを盗みます。でもすぐにお店のおじさんにバレて怒鳴られて追い掛けられて。
 それでまあ、ご近所全員顔見知りな町ですから。普通にお店のおじさんとも顔見知りなんですよ。何とか無事にバディとモイラは逃げ切るんですけど、「お前ら、顔は割れてるんだぞ~!」って、知り合いの店で盗むなよ!! 知らない人の店でもダメですけど!!
 当然、そうなると家に帰ったら通報を受けた警察官がとっくに先回りしてお母さんと話してるんですね。話を聞くや、カンカンになったお母さんは鬼の形相でバディを追い掛け回して本気のお説教。何だか『サザエさん』の空気感がありますよね……。

「キッズ目線だな~」って感じるのが、リビングで警察官から事情聴取をされてる時に、普通に穏やかに話しかけられてるのに警察官の声にわんわんとエコーが掛かっていて妙に怖いんですよね。すんごいビビってパニックになってて、ちゃんと聴けてないのが分かる聞こえ方なんですよ。子供の頃って警察官に怒られる=逮捕されるみたいな認識があって……。そういう懐かしさ。

 他にも色々ありますけど、バディが映画や舞台を観るシーンもメチャクチャ良いんですよね!
 これは先に書いたように基本的に白黒の映画。でもバディが目を輝かせて見つめるスクリーンの中の世界は、色鮮やかなカラーでそのまま映し出されるんですよ。家族で観に行った『恐竜100万年』のワクワク感ときたら! これ本当に偉い描写なんですよ!

 セクシーな姿のラクエル・ウェルチ演じるヒロインを見て「あなたこれが目的だったのね」とお父さんにチクリとするお母さん、それに対して「子どもの教育にもってこいだろ?」と嘯くお父さんという夫婦の会話も良い。

 子どもの頃ってね、結構良いとか悪いとか関係なく、映画だの特撮だの何でもかんでもがスゴく面白くって、夢中になって観てたんだよな~ってことを思い出して。この記憶ってたぶん一生残るんですよ。
 僕も子供の頃に観た『ターミネーター2』とか『バットマン リターンズ』とか『アダムス・ファミリー』とか『エイリアン3』とか、全部トラウマ映画なんですが、それぞれ1シーンずつくらいはずーっと鮮明に色付きの記憶で残ってるんですね。

 家族みんなで『チキ・チキ・バン・バン』を観るシーンもサイコーですよ!
『チキ・チキ・バン・バン』は空想が楽しい、車が空を飛ぶ映画で、崖から主人公達を乗せた車が落下してあぶなーい! ってシーンでは家族全員がドキドキしてジェットコースターみたいに前のめりになって一緒に落ちそうになるんですよ。それから間一髪で車が空を飛んで助かった時の、ホッとしてから互いの顔を見つめ合ってはにかむ家族の愛らしさ。「車は空なんて飛ばないよ、バカ言っちゃいけないよ」なんて言ってたお祖母ちゃんまでそんな動きをする可愛さときたらね!

 そういう、全身で心から映画を楽しめる時間って、もしかしたら僕にはもうないことかも知れないな……って思うんですよね。こういうかけがえなさは。二度とは。


初恋の純真

 そんなバディの日常のキモはクラスの好きな女の子といかに仲良くなるかという甘酸っぱいシチュエーションです。

 バディはクラスでも一番賢いキャサリンが好きで、キャサリンもバディのことが気になっててよく授業中に視線を送ってくるんですね。もう付き合っちゃえよ! って話なんですが、そうもいかないのが小学生の難しいところ。男子は男子、女子は女子で遊ぶからなかなか仲を深める時間がありません。
 今以上にキャサリンと親しくなるのにどうすればいいのかなー? って考えても分かんなくて、とりあえず家を突き止めて、放課後はジーッと通りの向こうから彼女を見守る活動に精を出します。ストーカーだよ、それは!
 でもいじらしいんですよねえ。大きくなったら絶対にこんなことしちゃダメですよ。ただ単に怖いだけだから。

 バディの可愛らしいのは、お祖父ちゃんに「その子が好きなのか?」って聞かれた時のリアクション。屈託なく「大人になったら結婚したい!」って答えるんですよ。
 純真、ここに極まれり。眩しくってこんな人間、とても正視出来ない……。
 
 そこでバディは勉強を頑張ることにするんですよ。なぜかと言うと、バディのクラスは成績順に座る席が決まるんですね。あの子の隣に座れれば、合法的にあの子との時間が増えるじゃない!
 二列で縦に並びますから、いつもクラスで一番のキャサリンの横に座るにはクラスで二番になるしかないんですよ。だから勉強に励むんですね、いじらしいですね。しかしどれほど頑張っても三番止まり…………。あと一つ、なかなか順位が上げられません。

 バディは百戦錬磨? のお祖父ちゃんの恋の指南も受けながら頑張って成績を上げますが…………! その結果はこれまたスゴ~く微笑ましいので、ぜひご覧ください。

 そしてラストに分かることですが、実はキャサリンはカトリックなんですね……。だからカトリックとは何ぞや? をバディはバディなりに気にしてきたわけですけれど、「キャサリンがカトリックでも僕達は結婚出来るの?」と問われた時のお父さんの返答が立派です。

「彼女がどんな宗教でも、お互いを尊重できるなら構わないんだよ」

 子育ては母親に任せっぱなしで借金を作ることだけが得意な競馬バカ、みたいな面もあるのでダメ野郎にも思えてしまうお父さん。それでも、「結婚に大切なのはお互いのリスペクト」と自身の反省も込めて大切なことを教えてくれます。


ステキなジジババ

 バディも、バディの家族もとっても素敵な人達。とりわけ、アカデミー賞で助演男優・助演女優賞にノミネートしたお祖父ちゃんとお祖母ちゃんはもうメチャクチャ良いんですね。バディが大好きな2人です。

 お祖母ちゃんはちょいツンデレ。口うるさい時も毒舌な時もありますが、いつでも家族のことを大切に見守ってくれてる人。お祖父ちゃんとちょいちょいイチャついてるのもほっこりします。

 そしてお祖父ちゃんが結構テキトーな雰囲気のことばっか言うジジイなんですけれども、テキトーなようでかなり真理を突いたことも言う人です。

 惚れたあの娘のために勉強の成績を上げたいバディに、「よ~し、じゃあ算数の成績を上げるとっておきを教えてやろう」とお祖父ちゃん。それは答案に書く数字を曖昧に書いて正解に思えるようにするというとんでもねー高等テクニックでした。ダメだろ!
 バディも「それはズルだよ!」とツッコミます。でも、「正解って一つじゃなきゃダメでしょ?」と尋ねるバディに、「答えが一つなら紛争なんてモノは起きとらんよ」とさらっとスゲーことを言います。

「僕達、外国に引っ越すかもしれないんだ」ってことをお祖父ちゃんに相談している時も、バディはお母さんの不安をこっそり聞いているから「よそに行ったら言葉も通じないし訛りをバカにされちゃうんだよ」と少しお祖父ちゃんには弱音を吐きます。しかしそれにお祖父ちゃんは、「なぁに、結婚して50年にもなるが、わしはバアさんの言うことは今でも分からんよ」とあっけらかんと言い放つのです。

「言葉が分かるとか分からないとかは関係ないんだよ。一生懸命伝えれば伝わるんだよ。お前がちゃんと伝えて、相手がそれを理解出来なかったなら。それは相手に聞く気がないんだよ。お前を理解できないのは聞く側の問題なんだよ」

「お前は自分が誰かはちゃんと分かってるだろ? お前はベルファストのバディだ。家族全員がお前を愛しているんだよ。お前がどこに行っても、何をしていても、それが変わらない真実なんだよ。お前が愛されているということを覚えておけば、そのことがいつでもお前を守り、幸せにしてくれるよ」

 だいたいそんな感じの、知らない土地に行く不安に対する心強い味方となる人生の見方を教えてくれるんです。飄々とテキトーなことを言っているようで、本当に良いことを言うんですよ。

 僕はバディのおじさんが油ギトギトの料理を作りながら言ってた、「アイルランド人は世界一コレステ何とかを取ってるらしいが、何でも一番なのは良いことだよな!」ってセリフもクソテキトーで好きです。


明日に向かって

 何だかんだあっていよいよロンドンへ引っ越すことが決まったクライマックスに家族で熱唱する歌は、イングランドのバンドであるLove Affairの『Everlasting Love』

⇩こっちは本編からのクリップ。

「行くぞ! ロンドン!」って感じがしますね。これまでここで色々あったけど、ここからが再スタートだ! 改めて君に永遠の愛を誓うよ……と。
 お父さんがマイク傾けながらノリノリで奥さんにラブソング歌ってるのも良いし、それで奥さんもノリノリで踊ってるのも良い。たぶんお母さんは30半ばから40手前くらいかな? と思うんですけど、この時代ってミニスカブームだからずーっとお母さんがミニスカート履いてるんですね。そういうのも何だか良い。
 まっすぐに、まっすぐに明日へ向かって進んでいく明るい決意が輝く名場面です。

 怖い話で辛い話な面もありますが、どこか可愛らしさの方が強くて。世界がどうでも周りがどうでも、生きることはささやかでステキなことに満ちている。キッズの頃はとにかくそういう、そこにあるものを全身全霊で輝かせることを自然とやっていました。
 大人になるとなぜだかそのまんまそれをやるのは難しい。それでも、どこかでそれは忘れちゃいけないことだったんだろうなって感じるんですね。
 人を愛し、愛される記憶だけを抱えてただ突き進んでいく。振り返らず、明日へ駆け抜けていくことに夢中になっていた記憶。今日と違う明日が来ることを毎日楽しみにしていたのに、明日の辛さを最初に想像できるようになってしまった。知らないことの面白さよりも知らないことの恐怖が勝つようになったのは成長したのでしょうか。
 この映画ではどんな場所でも毎日を生きるということ、毎日を生きる人々に限りない愛を注がれています。


 ラストにはかつてベルファストを去った人、ベルファストに残った人、その双方と争いで亡くなった人々に作品が捧げられています。去るも残るも、大変な思いで決断されていました。
 残念ながらこうして故郷を離れざるをえない人々は現在もなお多く。世界がどういう方向に進むか分からない中、日本でもこうした人達と接する機会は出てくるでしょう。そうした時に受け入れる側の不安は重々分かりますが、来る方もそれ以上に不安な中で決断してきているのかもしれない……と、そういうことも覚えておきたいですね。

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