記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

アカデミー賞予想ごっこ2023

 今年もアカデミー賞の季節がやってきました! アカデミー賞の季節が来たということは、今年もアカデミー賞予想ごっこが始まるということです!

「アカデミー賞予想ごっこ」とは、別に大仰なことでもなんでもないんですが、要はアメリカの超有名な映画賞であるアカデミー賞の全23部門の結果を予想して当たっただの当たらなかっただのと結果を見て楽しむだけ! とてもシンプルでとても自己満足な遊びです! 詳しくは昨年の記事に。

 今年はわりと予想もちょろいような気がしておりましたが、いざノミネートが発表されてみるとなかなかどうして波乱万丈。
 特に『西部戦線異状なし』の9部門ノミネートは前哨戦でのマークも甘かっただけに「面白くなってきやがったぜ……!」というエッセンスですね。今年はNetflix映画は作品賞ではそんなにかな? と思っていたところでズババババンッと出て来た感じ。
 他にも結構サプライズ気味のノミネートも多かったように思います。今年は賞レース絡みの作品の日本公開が全体的に遅めに感じるので、有力作品でも日本で観られるのがギリギリだったり授賞式以降だったりと激遅なのが難点ではありますが……。やはりノミネートが出揃うと俄然楽しくはなってきますね! 今回は日本の映画はありませんけど日本絡みのノミネート作はいくつかありますよ。

 第95回アカデミー賞授賞式は日本では3月13日(月)。それまでにデータを集めつつあれやこれや考えて遊んでいくのです。
 全部門のノミネートを順番に見ていきましょう!



【作品賞】

『西部戦線異状なし』
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
『イニシェリン島の精霊』
『エルヴィス』
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
『フェイブルマンズ』
『TAR/ター』
『トップガン マーヴェリック』
『逆転のトライアングル』
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

 作品賞は一番素晴らしい作品に贈る賞です。
 最も重要で最も代表的で最も栄誉があるような気がします。作品賞は5作品が選出される他の部門と違って10作品がノミネートし、その中から愛され度が高い作品が選ばれる仕組みとなっております。
 今回はなかなか面白い顔ぶれで、『トップガン マーヴェリック』『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』のようなエンタメ大作もあれば、カンヌで最高賞(パルム・ドール)を取った『逆転のトライアングル』、Netflix映画にしてドイツ映画の『西部戦線異状なし』など多種多様なメンツが集まっています。
 今年の作品賞予想は正直なところ現状だと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の一択になりますが、『イニシェリン島の精霊』『フェイブルマンズ』など差せる作品も十二分にあるのでそこが悩ましいところ。


『西部戦線異状なし』

『西部戦線異状なし』はNetflixのドイツの戦争映画。原作は1929年に出版された第一次世界大戦を描いたドイツの戦争小説で、1930年にアメリカで映画化された際にはアカデミー作品賞と監督賞を受賞しました。この映画は非常に有名ですので観たことがなくてもタイトルは聞き覚えがあるという方も多いのではないでしょうか。1979年にはアメリカ・イギリス合作で1930年版をリメイクしたテレビ映画も作られています。
 3度目の映像化となる今作は本場であるドイツによる映画化。過去の映画化は英語圏でのものでしたので、どちらもドイツ人が英語で話し人物名も英語名でした。原作がドイツ作品でドイツ視点の物語でありながら初めてきちんとドイツ語で映画化されたことになります。
 配信が始まった時から評価は非常に高く、元々国際長編映画賞では有力視される作品のひとつでした。批評家賞ではそんなに振るわなかったので大してマークもしていませんでしたが……。
 しかしいざアカデミー賞ノミネートが発表されてみると、国際映画賞だけでなく作品賞を始めとした9部門にノミネートの快挙! これは『イニシェリン島の精霊』と並んで今年のアカデミー賞で2番目に多いノミネート数です。ほとんどの技術賞に名前が挙がっており、組合賞の結果によってはどの部門でも大きな波乱を呼ぶかもしれない今回最大のダークホースといえる作品です。
 ちなみに英国アカデミー賞では最多ノミネートを果たし、作品賞をはじめ7部門を制しました。これは同賞において非英語映画では『ニュー・シネマ・パラダイス』の記録を更新する史上最多受賞になります。
 そもそもが反戦小説で、タイトルは「戦争という異常の中では戦場のドンパチも兵士の死も何ら異状の起きていない平常な異常である」という虚しさを意味するモノとなります。第一次世界大戦の無惨で凄惨な戦争描写は容赦がなく。やはりそれが世界の今とリンクしてしまうがゆえの注目度の高さもあるでしょう。


『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』

 2009年に超特大ヒットを世界で飛ばし、現在も世界興収1位であるSF映画『アバター』の13年越しの続編『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』が作品賞ノミネート。
 もちろん今作が期待されるのは視覚効果賞になるので作品賞の受賞はまずないでしょうが、今回の『WoW』は世界観とビジュアルが魅力のSFエンタメでありつつストーリーの面白さも十分にあります。また、『トップガン マーヴェリック』が映画館を救ったと言われるほどの大ヒットを記録しましたが、『WoW』は興収としても『タイタニック』を超えて世界歴代興収第3位に躍り出る特大スマッシュヒットとなっています。ちなみに世界歴代興収トップ5の内、『アバター』『アバター:WoW』『タイタニック』の3作品はジェームズ・キャメロン監督作です。
 前作で惑星パンドラの現地民ナヴィに生まれ変わった主人公ジェイクは自分達を狙う敵から家族を守るために仲間と暮らす森を離れ、家族とともに海の民の集落に身を寄せる。しかし慣れない海の暮らしで家族の気持ちのズレが大きくなっていく……。
 戦火を逃れる移民の物語であり、愛しているがゆえにすれ違う父と息子を中心にそれぞれの家族へ寄せる想いが描かれていきます。
 終盤では「とにかく何度も捕まる子ども達」というアホアホ展開みたいなこともありますが、地球の海洋保護ともリンクする豪快な宇宙捕鯨など見所もたくさん。バカ長い上映時間も大して気にならないほど画面にのめり込めます。まだやっていればぜひ3Dでご覧ください。


『イニシェリン島の精霊』

『イニシェリン島の精霊』はマーティン・マクドナー監督のコメディドラマ。地味めな作品ではあるはずですがそういうとこはオスカー好みでもあり、とにかく全体的に隙が少なく高い評価を得ています。特に俳優・脚本については今年ノミネートの中でもトップクラスの総合力。
 これが実際メチャクチャ良くて、初っ端から作品の空気感が大好き。アイルランドの架空の島・イニシェリン島の長閑で牧歌的な雰囲気、映像、撮影、音楽、人物、動物! どれを取っても愛らしいんですね。今作はそんな人口も少なく何もない島で親友同士のおじさん2人が急に仲違いを始めるところから起きる事件を描きます。
 時代は1923年で、昨年のアカデミー賞ではアイルランドの内戦を背景とした『ベルファスト』がありましたが、それよりもかなり前の時代。アイルランド本土でイギリスからの独立を巡っての内戦による混乱が始まった時代です。
 同じアイルランドに暮らす人々で繰り広げられる不毛な争いは約40年後の『ベルファスト』の時代にもなお過熱し、さらにその後も禍根を残し続けます。それを「内戦なんて関係ないぜ!」って思ってるアイルランドの島のしょうもないおじさんの喧嘩で象徴させてるんですね。
 ウクライナとロシアの戦争も起きている現在。優しさを失い、争いを起こしてしまえば元に戻れなくなる。それも近しい距離でそれを起こすと結局直接的に争わなくなったとしても関わらないわけにはいかないんですよね。のんびりした空気から次第に狂気を帯びていく物語が争いが生み出すモノを描きます。


『エルヴィス』

『エルヴィス』は "キング・オブ・ロックンロール" ことエルヴィス・プレスリーの半生と彼のマネージャーであるトム・パーカー大佐との関係を描く音楽伝記映画。プレスリーの華々しい成功と当時の熱狂、その裏で起きていた大佐による支配や社会からの抑圧を映し出します。盛り上がりすぎてファンの女性達がその場で下着を脱いでステージに投げ込むとことかムチャクチャで好き(実話)。
『ボヘミアン・ラプソディ』『ロケットマン』『リスペクト』など近年は名アーティスト達の人生と音楽を綴る良質な音楽映画が毎年のように作られ賞レースもにぎわせています。今作もその系譜で、作品賞をはじめ8部門にノミネートしています。作品賞では苦戦するでしょうが特に若手のオースティン・バトラーの演技は高く評価されていますので主演男優賞でも期待が持てる作品です。
 こういう作品がヒットすると往年の名曲にも注目が集まるのも良いですね。賞レース終盤にきて思った以上に評価たっけえーな! ともなっています。全体では結構受賞するかも?


『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 さあそして今回の作品賞大本命は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』です。タイトルが長いですね。原題そのままで公式略称はエブエブ。
 近年ハリウッドでの活躍もめざましいミシェル・ヨーが平凡な主婦に扮し、マルチバース(多元宇宙)で全ての宇宙を滅ぼし混沌をもたらす大悪党になってしまった娘を止めるために戦うSFアクションコメディです。
 色んなことに挑戦してはその全てに挫折してきた主人公エヴリンは、バースジャンプをすることで可能性が枝分かれした別の宇宙の自分が発揮した才能を使うことが出来る! アクションスターになったり、歌姫になったり、一流コックになったりしながら同じくバースジャンプで才能を開花させてくる敵と熱いカンフーバトルを展開します! ただし、そのエネルギーは「バカなこと」をすることで得られるのでバースジャンプするためには戦闘中に炭酸を一気飲みしたりお漏らししたりする必要があるぞ!!
 この「バカをやる必要がある」というのがかなり良くて、ハジケればハジケるほど強くなる『ボボボーボ・ボーボボ』やおバカで世界を救う『クレヨンしんちゃん』みたいなノリが展開されるんですね。敵側もパワーアップするためにバカをやる必要があるので、尻に太めのトロフィーを突き刺そうとする敵とそれを阻止するミシェル・ヨーの激しいアクションや、尻から何か生やした敵とミシェル・ヨーの激しいアクションがですね! うおおお、敵の増援だ! 何か尻から生えてますけど!? そんなアカデミー賞本命作。
 でもこれ、新しい自分の可能性と出会うためにはこれまでやったことのないことをやらなくちゃいけないって真面目な設定なんですよね……。
 脚本・撮影・編集・衣装などなど総合的に評価が高く、キャストのアンサンブルも見どころ。演技賞では主演女優賞本命の一人であるミシェル・ヨーに加え、助演男優賞で『インディ・ジョーンズ』『グーニーズ』の子役だったキー・ホイ・クァンの復活、助演女優賞ではベテランのジェイミー・リー・カーティスと若手のステファニー・スーがノミネート。作品全体で今回最多となる10部門11ノミネートを果たしています。
 また、ジャンル映画が不利なアカデミー賞においてはSFカンフーアクションコメディが受賞すること自体がとんでもないですし、キャストにもスタッフにもアジア系が多いので前代未聞のアジア人祭りのアカデミー賞になると思いますよ!
 マルチバースによって自分の様々な可能性を目の当たりにしていく平凡な主婦が、だからこその幸せを見つめるストーリー。数々の多元宇宙で繋がる家族の絆。バカ展開で楽しませる映画というだけでなく意外にも染み渡るストーリーはテーマ性もエンタメ性も高く、設定も新鮮。個人的には監督のダニエルズもミシェル・ヨーもジェイミー・リー・カーティスも好きで、ぜひとも取って欲しい作品でもあります。全米製作者組合賞(PGA)も制しましたので盤石の態勢。


『フェイブルマンズ』

『西部戦線異状なし』とともに不気味な立ち位置にいるのがスティーヴン・スピルバーグの『フェイブルマンズ』。スピルバーグ自身がスピルバーグの青春をベースに、映画に魅了されていく少年とその家族への愛情を描いていくスピルバーグの自伝的映画。こんなもの、映画関係者や映画ファンが惹かれないはずがないじゃないですか!
 アカデミー賞レースの開幕戦とも言えるトロント国際映画祭において観客賞を受賞。それ以降はそこまでパッとした戦績とも言えませんが、愛され度が高い映画が勝ちやすい作品賞においては決して侮れない存在です。
 やはり私も子どもの頃はスピルバーグの洋画で育っていますので、非常に興味深い作品でした。あくまで「自伝的」なのでスピルバーグではなく作品の主人公サミー・フェイブルマンの物語ではあるんですが、スピルバーグがここまで映画で人を傷付けていく人間だと思っていなかった。映画作りの話というよりはスピルバーグの家族がいかに映画でズタズタになったか、どれだけ映画で苦しめられてきたか、そして映画がどれだけ幸福をもたらしスピルバーグが両親に感謝と愛情を感じているか。そういう映画です。
 お父さんのキャメラで模型を撮影して『地上最大のショウ』を再現するとことかね、メチャクチャワクワクしてステキなんですけども。演出力がズバ抜けてるせいでどう撮っても人を傷付けてしまうのとかも面白かったですね! 良く撮っても「現実の俺よりスゴく見える、現実の俺をバカにされてる気がする」ってなるし、悪く撮っても「実際より間抜けに見えるだろコレー!?」って怒られるんですよ。すごいぜ。
 両親の離婚が決まって家族みんなで泣きながら家族会議してる時もサミー=スピルバーグはただ一人、「これをどう撮影すれば良い映画になるか?」ってカメラワークを考え続けてますからね。人でなしですよ。映画を撮る人間は人でなしでーす! って話でもあるんです。映画の功罪と言うか、映画を作ることに付随する苦しさ、ヤバさは大いに強調されています。映画を作るものは無限の荒野を歩くのです。
 スピルバーグは怖がりのヘタレビビりなのでわりと自分が怖いモノを映画にしたがる人なんですね。水の中とか嫌いでそれで『ジョーズ』撮ってるんですよ。劇中でも「現像して繰り返し観れば怖くなくなるわ」みたいなお母さんのセリフがありますけども。だからスピルバーグは映画を通してずっとセルフセラピーをやってるタイプの人でもあって、その点ではスピルバーグ最大のトラウマである「自分の両親の離婚」をそのままぶつけた過去最大級のセラピー映画でもあります。スピルバーグが作るのを渋り続けたのも分かりますね。
 やはりアカデミー会員にも全世界的にスピルバーグに影響を受けた人は多いでしょうし、映画からの影響の大きさも興味と共感を呼ぶでしょう。1位に推されずとも2位、3位に推されることで結果的に勝ち抜け、と言うことも十分にありそうな映画です。


『TAR/ター』

 主に主演女優賞で注目を集めるのが『TAR/ター』です。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で女性で初めて首席指揮者となり、音楽家として極めて高い評価を受けていたリディア・ター。しかし彼女は権力を使って若い女性音楽家達に淫らな関係を迫り、数々のハラスメントを行う怪物でもあった……。
 架空の人物であるリディア・ターを真に迫って描き、まるで実在の人物のように観客に錯覚させる。権力の暗黒面を描くヒューマンドラマ。開始早々にエンドロールから始まるなどの異質な演出が施されています。
 非常に気になる一本なのですが、日本公開は残念ながらかなり遅めで5月12日公開予定です。


『トップガン マーヴェリック』

 そして今年の台風の目とも言える注目作が『トップガン マーヴェリック』! みんな大好きトム・クルーズによる、36年振りの『トップガン』の続編です!
 あの頃のトムはまだ20代、今では還暦です。若く血気盛んなパイロットだったマーヴェリックが年を取って益々盛んに。いつかは新しいモノに取って代わられる、しかしそれは今じゃない。ヒロインとの大学生のようなドタバタイチャイチャシーンに、世代交代モノと見せかけて終盤で「やっぱり俺が飛びまーす!」とかやっちゃう王道エンタメ・トム・クルーズ映画。大筋のストーリーも「トム・クルーズの映画ならそりゃそうなる」と言う期待を裏切ることのない真っ直ぐなエンターテイメントを大画面で楽しめます。
 まあ……私も大好きとは言え、こんだけ大ヒットして大絶賛されてることそのものには多少うろたえなくもないんですが……(みんなそんなに『トップガン』好きだったか? と思っている)。不利とされる大型エンタメ作品でありながら、とうとうアカデミー作品賞にノミネートするところまで来てしまいました!
 トム・クルーズの主演男優賞ノミネートはなりませんでしたが、今作でトムはプロデューサーを務めていますので作品賞を取れば初めてオスカーを手にすることになります(作品賞はプロデューサーが受賞する)。
 先日、スピルバーグをして「君が映画館を救った」と言わしめ、熱い抱擁を受けたトム・クルーズ。まあ普通に考えればこういう作品で作品賞はありません。ありませんが、作品の愛され度の高さ、今作が王道エンタメの面白さを改めて知らしめ映画業界への多大な貢献をしたことも鑑みると……どうしても最後の最後まで無視できない存在感のある作品となります!
 日本でも「追いトップガン上映」が行われますが、作品賞なんて取った日には「おかわりトップガン上映」もあるでしょうし……。受賞すれば大手映画館にはさらに嬉しい利益をもたらしそうです。


『逆転のトライアングル』

『逆転のトライアングル』は昨年のカンヌ国際映画祭で最高賞(パルム・ドール)を獲得したスウェーデン・フランス・イギリス・ドイツの合作コメディ映画。
 原題は『Triangle of Sadness』で「悲しみのトライアングル」みたいな意味になります。これは美容業界の言葉で「眉間のしわ」だそうですが、この映画の中で示されるトライアングルは主に「ヒエラルキー(階層的支配構造)」のことなんですね。
 ファッションモデルのカップルが参加したセレブ達の豪華な船旅が嵐に見舞われて遭難、無人島に流れ着いてしまう。そこで生き延びるためにはそれまでヒエラルキーで優位に立つのに使われたセレブちからは何の役にも立たず、非セレブの中でも下層階級の移民のトイレ係の中年女性にしか生活能力がない。これまでの彼らの関係を形作っていた三角形はグチャグチャに乱れていく……。
 単純に言えばそういう話ですが、実に見事に人間関係を描いていて何と言うかとんでもねー映画です。思えば人間社会の中では人と人との関係には必ず何らかの上下関係が生まれるようになっていて、貧富・性別・職業・年齢・人種・雇用関係等々まあ何かしらで階層を生むトライアングルは存在するのです。面白いのが、劇中で「対等イコールな関係でいたい」みたいなことを言い出すのはだいたい上の立場の人間が不利になった時。上に立っておきたい人間が下にならないように、絶対に下に負けないために公平に見せかけて下の武器を奪うために言うんですよね。関係の上下を本当に気にしない人はそもそもそこの意識がないので対等だ何だは言い出さないんですよ。下側から訴えるのとは違う話なんですけど、上から見下ろして言う「対等イコール」のバカらしさを味わえます。
 そんな人間の上下関係を考える上でメチャンコ面白い映画。あと、クソまみれとゲロまみれでもパルム・ドールって取れるんだあ! って嬉しくなる映画でもあります。
 なお、主演女優のチャールビ・ディーンは今後も活躍が楽しみな魅力的な演技を披露していましたが、残念ながら2022年8月に敗血症で急逝しており今作が遺作となってしまいました。32歳でした。
 監督のリューベン・オストルンドは2017年の『ザ・スクエア 思いやりの聖域』から2作続けてのパルム・ドール受賞。今作はオストルンドが得意とするユニークで気まずい風刺コメディです。


『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

 作品賞最後のノミネート作は『ウーマン・トーキング 私たちの選択』。ボリビアで実際に起きた事件を基にした同名小説を原作にした作品で、エグゼクティブ・プロデューサーにはブラッド・ピット、プロデューサーにはフランシス・マクドーマンドが名を連ねます。
 キリスト教の宗派であるメノナイトのコミュニティで発覚したレイプ事件。コミュニティの男性達が女性に薬を盛り、意識不明の間に犯して「悪魔の仕業」にする最悪な行為を何年も続けていました。男どもがコミュニティを留守にしている間、女性達はこれからの未来を話し合います。
 年齢も考え方も様々な女性が寄り集まって、信仰や家族、コミュニティに想いを馳せながら議論を交わしていく。派手なエンタメ性はないでしょうが誠実に大切なことを再確認していく作品になりそうです。
 女性を描く映画としてはハーヴェイ・ワインスタインというクソ野郎を告発した女性記者の回顧録を映画化した『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』も作品賞候補の一つでした。またヴィオラ・デイヴィスがアフリカに実在した女性戦士を演じる『The Woman King』も注目作の一つ。その中でノミネートに至ったのは今作のみ。ですので、それらの作品を支持する票をまとめて手に入れる可能性はあります。
 とは言え作品賞受賞には厳しいでしょう。脚色が非常に評価されている作品なのでそちらでは期待大です。日本では夏頃に公開予定。


【監督賞】

ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
トッド・フィールド『TAR/ター』
マーティン・マクドナー『イニシェリン島の精霊』
リューベン・オストルンド『逆転のトライアングル』
スティーヴン・スピルバーグ『フェイブルマンズ』

 監督賞は優れた監督に贈られる賞です。
 だいたい作品賞と同じ作品が選ばれる傾向にあることから、ここにノミネートした作品は作品賞でも優位と考えられます(脚本部門・演技部門・編集賞へのノミネートも鉄板)。
 ま、去年は『コーダ あいのうた』がその辺の定石をガン無視して作品賞取ったんですけど……。あくまで傾向の話ですからね。
 そうは言っても優秀な作品は優秀な監督の仕事ですので! 作品賞予想の参照をする上では信頼度の高いところです。最近は結構捻れも見られて、作品賞本命同士で作品賞と監督賞を分け合う形になることも多いですね。
 しかし前哨戦を見る限りではここはほぼ間違いなく作品賞と同じ『エブエブ』のダニエル・クワンダニエル・シャイナートの監督コンビ・ダニエルズが制するでしょう。


ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 ダニエルズはアメリカの映画監督でともに35歳の若手タッグ。もともとミュージック・ビデオを作っていた人達ですが、非常にユニークで魅力的な作品を作る注目の監督コンビです。監督賞初ノミネート。
『エブエブ』は長編2作目。長編1作目は『ハリー・ポッター』シリーズのダニエル・ラドクリフくんとトリプル・ダニエルで作った『スイス・アーミー・マン』でした。水死体であるダニエル・ラドクリフが剥き出しの尻から放たれる激しいオナラで大海原を突き進み、チョップで木を叩き割り、股間の魔法の杖は方位磁石となる。スイス・アーミー・ナイフのような万能死体としてポール・ダノを助けるダニエル・ラドクリフというどうかしてるサバイバル映画です。大好きな映画ですしこれで感動も出来る。涙なしでは観られないラドクリフの放屁!! そして『エブエブ』でもしっかりチンコとケツを使ってくるからもうこの人達と来たら……(感激)。
 今回の『エブエブ』もはっちゃけた設定でありながら温かく、しっかりと練り上げられた作品になっています。全米監督組合賞(DGA)など主要映画賞もほぼ獲得しており作品賞とともにここまでの流れは完璧。
 ちなみにダニエル・クワンの奥さんのクリステン・レポールはアニメーターで、長編アニメ部門の注目作である『マルセル 靴をはいた小さな貝』のアニメーション監督を務めています。


トッド・フィールド『TAR/ター』

『TAR/ター』の監督、トッド・フィールドは58歳のアメリカ人監督。俳優としても『ツイスター』や『アイズ ワイド シャット』などに出演しており、監督としてはこれが長編3作目。
 2001年の処女作『イン・ザ・ベッドルーム』でアカデミー作品賞・脚色賞にノミネート。その後の2006年の『リトル・チルドレン』でも脚色賞にノミネートし、今作は16年振りの監督作でキャリア最高の評価を得ています。今作は脚本賞にもノミネートされており、全ての監督作が脚本部門でアカデミー賞にノミネートされています。監督賞は初ノミネート。


マーティン・マクドナー『イニシェリン島の精霊』

『イニシェリン島の精霊』はイギリス・アイルランドの52歳の監督マーティン・マクドナー。劇作家でもあり、演劇・映画双方で成功を納めた人物です。出身はロンドンですが、両親がともにアイルランドの人で演劇分野ではアイルランドを題材とした作品が高く評価されています。
 この人も脚本が強い監督で、映画作品では『セブン・サイコパス』や『スリー・ビルボード』など。不思議な空気感のあるブラックユーモアが利いた作品も特徴。『スリー・ビルボード』は第90回アカデミー賞で『シェイプ・オブ・ウォーター』と作品賞を争っていました。
 監督賞では初ノミネートですが、2006年の短編映画『シックス・シューター』がアカデミー短編映画賞を受賞しています。


リューベン・オストルンド『逆転のトライアングル』

 4人目の候補者は『逆転のトライアングル』リューベン・オストルンド。スウェーデン出身48歳。アカデミー監督賞には初ノミネートです。
 2014年の『フレンチアルプスで起きたこと』が第67回カンヌ国際映画祭である視点審査員賞受賞、2017年の『ザ・スクエア 思いやりの聖域』が第70回カンヌ国際映画祭で最高賞(パルム・ドール)受賞、そして今作が第75回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール受賞。2作連続でカンヌでパルム・ドールを獲得したのは史上3人目です。
 カンヌを始めとした国際映画祭では注目度の高い映画監督。今作は初の英語作品ですが、もともとが非英語圏の監督でもありアカデミー賞ではまだまだ苦戦することは予想されます。


スティーヴン・スピルバーグ『フェイブルマンズ』

『フェイブルマンズ』の監督はご存知、スティーヴン・スピルバーグ。76歳ユダヤ系アメリカ人監督。さすがにもう全然説明不要の人ですね。代表作のほとんどが映画史に名を刻むような作品ばかりで、今でもこうして最前線で活躍しているのは本当にスゴいことです。ちなみに父方の祖父母はウクライナの人です。
 アカデミー監督賞は歴代2位タイとなる9回目のノミネート。これまで1993年の『シンドラーのリスト』、1998年の『プライベート・ライアン』で2度受賞しています。だからまあ、去年『ウエスト・サイド・ストーリー』でノミネートした時も言ったかもしれないですが、もういいんですけどね。受賞しなくても。他のノミニーが全員初ノミネートですし、初めての人達が取る方が絶対いいです。でもこれまで映画界に貢献してきたスピルバーグの自伝的映画で監督賞渡したいよな~とも思っちゃうのでちょっと悩ましいところ。無冠では帰したくないですよね……。
 いちおう、3度目の監督賞受賞となれば史上2位タイの記録となります。ちなみに史上最多は4回受賞のジョン・フォード。『フェイブルマンズ』劇中にも登場する地平線の話をする人です。


【主演男優賞】

オースティン・バトラー『エルヴィス』
コリン・ファレル『イニシェリン島の精霊』
ブレンダン・フレイザー『ザ・ホエール』
ポール・メスカル『aftersun/アフターサン』
ビル・ナイ『生きる LIVING』

 主演男優賞は一番良かった主演男優に贈られる賞です。
 演技部門は配給会社の戦略とかで主演なんだか助演なんだか、て変な割り振りが起きることも稀によくあります。今回で言えば主演女優賞にいるミシェル・ウィリアムズですね(主演級だが主役ではない)。こういうことがあると変な感じはしますが。
 また、今回は演技部門全体でノミニー20人の内、実に16人が初ノミネート。フレッシュな顔ぶれで争うこととなりました。
 主演男優賞では前哨戦で圧倒的に強かったのが『イニシェリン島の精霊』のコリン・ファレル。次いで『ザ・ホエール』のブレンダン・フレイザー、『エルヴィス』のオースティン・バトラーです。しかし、ほぼファレルで取れると思ってましたが賞レース後半になってくると急激に失速。現状では本命と呼ぶべきは復活を見せたフレイザーですが、オースティン・バトラーも英国アカデミー賞を制してから勢いが増しています。


オースティン・バトラー『エルヴィス』

 オースティン・バトラーはアメリカの若手俳優31歳。『エルヴィス』でタイトルロールの “キング・オブ・ロックンロール” エルヴィス・プレスリーを若い頃から晩年まで演じています。
 バトラーの年齢だとプレスリーを知ってる世代でもないと思うんですが、幅広い年代のプレスリーを当時の熱狂とともに見事に演じきりましたね! プレスリーの代名詞とも言えるガクガク震えるようなセクシーな足捌き! 歩き方や話し方、とにかく徹底した役作りを苦労して行ったそうで役が役だけにプレッシャーもスゴかったことでしょう。歌自体も若い頃の歌声はバトラー自身が、晩年になってくると本物のプレスリーとのミックスになっているようです。
 バトラーは今作で英国アカデミー賞主演男優賞とゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)を獲得。アカデミー主演男優賞初ノミネートながら、有力候補の一角としてベテラン達に見劣りしない注目度を保っています。第91回アカデミー賞では『ボヘミアン・ラプソディ』でフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックが有力候補を跳ね除け、番狂わせ気味にオスカーを受賞しました。その再来も十分に有り得るでしょう!


コリン・ファレル『イニシェリン島の精霊』

 コリン・ファレルはアイルランド出身の46歳。名前が似てるから私はちょくちょくコリン・ファースと混同してしまいますが、イケメンながらもちょっと情けない雰囲気と言うか、八の字眉毛で愛らしさのようなものをまとってるのがコリン・ファレルです。
 近年はマーティン・マクドナー監督の『セブン・サイコパス』、ヨルゴス・ランティモス監督の『ロブスター』、『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』、そして去年は『THE BATMAN-ザ・バットマン-』と様々な映画で活躍しているのでどこかで見たことのある顔じゃないでしょうか。
 演じるのはマーティン・マクドナーと3度目のタッグになる『イニシェリン島の精霊』の主人公、パードリック。何もないイニシェリン島でいい年のおじさんでありながら未婚、同じくいい年で未婚の妹と同居しながらロバやヤギの世話をして暮らす男。基本的には暇人なので毎日楽しみなのが年上の親友コルムとのパブ通いという、素朴で人が良く皆に好かれるような無害な男。しかしある日コルムから一方的に絶交宣言をされ、それが原因で彼は大切なモノを失い、次第に変わっていってしまう。コリン・ファレルのキャラクターとパードリックが見事にマッチしていて、より味わい深いキャラクターになりました。
 ファレルは2008年にはマーティン・マクドナーと組んだ『ヒットマンズ・レクイエム』でゴールデングローブ賞の主演男優賞を取っています。今作でゴールデングローブ賞は2度目の受賞。意外と大きな賞レースにはあまり縁がなく、今回でアカデミー賞は初ノミネートです。全米映画俳優組合賞(SAG賞)を落としたのは予想がツラくなるポイントですね。


ブレンダン・フレイザー『ザ・ホエール』

 賞レース前半で調子の良かったコリン・ファレルを抑えて現在最も有力と考えられるのが『ザ・ホエール』ブレンダン・フレイザー
 フレイザーはアイルランド系、54歳のアメリカ人俳優。有名なのが1999年の『ハムナプトラ』の主人公リック・オコーネル役ですね。カッコ良くて、あとは『センター・オブ・ジ・アース』の主人公とかやってるんですけども。ただゴールデングローブ賞主催のハリウッド外国人映画記者協会の元会長からセクハラ被害を受けるなどもあって2000年代から心身に不調をきたし、活躍の機会も激減していきます。そのフレイザーが復活を果たしたのが今作! 主人公のチャーリーを演じています。
 予告編を観てもらえば分かるんですが、とにかく激太りしてるんですね。これは舞台劇の映画化で、体重270キロの父親と娘の絆の物語です。監督は『レスラー』『ブラック・スワン』などのダーレン・アロノフスキー。フレイザーが太ったのは確かなんですが(100キロ前後くらい)、いくら何でもこんなには太ってないので。今作のために増量と、後は特殊メイクとファットスーツで仕上げています。クリスチャン・ベールあたりなら本気で270キロまで増量して死にそうですね。
 アカデミー賞は初ノミネートですが、作品の魅力とフレイザーの演技、加えて俳優ブレンダン・フレイザーの待望の復活というストーリーが組み合わさって賞レースでも無視できない存在感を見せています。前哨戦でも重要な賞の一つであるSAG賞を見事に獲得し、一気にオスカーに急接近しました。
『ザ・ホエール』は日本では4月7日公開予定。


ポール・メスカル『aftersun/アフターサン』

『トップガン マーヴェリック』のトム・クルーズ、『The Son/息子』のヒュー・ジャックマン、『ホワイト・ノイズ』のアダム・ドライヴァー。日本でも名前が知られる数々のスター俳優を抑え、堂々の初ノミネートを果たしたのが『aftersun/アフターサン』ポール・メスカルくんです! 分かるまい、俳優どころか作品すらも……!
 まあ今は日本公開も決まりましたしね、A24の映画なのでアレなんですけども。私は毎年アカデミー賞のノミネート発表はYouTubeの生配信を観ていて。盛大に沸き上がったサプライズノミネートの一つがここです。
 ポール・メスカルはオースティン・バトラーよりもさらに若いアイルランドの27歳の俳優。アイルランド系多いな。舞台俳優をやってて、映画経験はまだそんなにありません。2020年のアイルランドのドラマ『ふつうの人々』でブレイクして、2021年にNetflix映画の『ロスト・ドーター』とか出てます。今回のノミネートで今後注目度が断然上がっていくでしょうし、すでにリドスコ監督の『グラディエーター2』の主人公としてオファーが来てたりします。
 まあ、オスカーは取らないでしょう。取らないんですけど、そもそもこの『aftersun/アフターサン』自体が賞レースでもバリバリ評価高くて、監督のシャーロット・ウェルズとともに「第1回作品賞」みたいな新人賞的な部門はバカスカ取ってます。それは知ってたので、ノミネートが決まった時に「うわああああ、出てきたああああああ!」みたいな謎の歓喜があった次第。まあ、観てないから今はそれだけなんですが……。
 日本では5月26日公開予定。プロデューサーには『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督なんかもいて、ノスタルジックなヒューマンドラマになるようです。メスカルはトルコのリゾートで11歳の娘と過ごす父親カルムを演じました。


ビル・ナイ『生きる LIVING』

 若者の次はイカしたおじいちゃんだ! 御年73歳で堂々の初ノミネートをキメたのは、イングランドの名バイプレーヤー、ビル・ナイ。いや~、カッコ良いですね。
 ビル・ナイで有名なのはやっぱり『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのデイヴィ・ジョーンズかな~と思ってるんですが……(顔分かんないけど)。まあ、『ラブ・アクチュアリー』とかですね。『ショーン・オブ・ザ・デッド』も私は印象的ですが。いっぱいあるので後は調べてください。
 今回の『生きる LIVING』は黒澤明監督の1952年の『生きる』を70年越しにイギリスでリメイクした作品です。脚本を担当したのはノーベル文学賞を受賞したことで日本でもニュースになったカズオ・イシグロ。なので、日本とも縁のある作品ですね。あんまり売れないと思いますけど、東宝も早くからちゃんとした予告編用意してるじゃないですか。黒澤明は残念ながら日本人がもう全然知りませんからね。テレビでやりませんから。ヘタしたら、マジで名前すら知りませんからね。ついでに小津安二郎とかも誰も知りませんよ。テレビでやらないからだよ!!! ちくしょう!!!
『生きる』はカタチばっかりで無為なお役所仕事を繰り返す主人公がガンで余命いくばくもないことを知り、「生きる」ことに向き合っていく。もともとはそんな話で、今作では第二次世界大戦後のロンドンを舞台にビル・ナイが人生を見つめ直していくようです。ビル・ナイが演じるのは原作で志村喬しむらたかしが演じていた役どころで、公務員のウィリアムズです。
 日本では3月31日公開予定。これこそみんなが大好きな「日本スゴイ」案件なんですが……。こういう映画がちゃんと売れてくれると嬉しいですねえ。


【主演女優賞】

ケイト・ブランシェット『TAR/ター』
アナ・デ・アルマス『ブロンド』
アンドレア・ライズボロー『To Leslie トゥ・レスリー』
ミシェル・ウィリアムズ『フェイブルマンズ』
ミシェル・ヨー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 主演女優賞は一番良かった主演女優に贈られる賞です。
 ここはもうほぼケイト・ブランシェットミシェル・ヨーの一騎打ち状態で、非常に伯仲しているところ。2人に続くのはミシェル・ウィリムズ。今回は本命以外でも面白いノミネートにはなっています。ただ、ノミネート確実レベルの有力候補だったアフリカ系女優は軒並み選外となっているので波紋を呼ぶところでもある。
 ここは難しいところで、別に黒人への忖度とかそういうつまんない言い掛かりを言いたいわけではなくって。まあ、後で言います。それは。


ケイト・ブランシェット『TAR/ター』

 とにかくまずは大本命の一人、『TAR/ター』ケイト・ブランシェットです! 主人公のリディア・ターを演じました。
 ケイト・ブランシェットはもう誰も文句のつけようのない名女優で、53歳でオーストラリア出身。メチャクチャカッコ良くて、現役でもトップクラスに女性が憧れるタイプの女優さんです。代表作も多いので挙げる映画にも迷いますが、有名なのは『ロード・オブ・ザ・リング』の最強エルフ、レディ・ガラドリエルとか。『マイティ・ソー バトルロイヤル』の死の女神ヘラとか。『オーシャンズ8』の主人公の相棒ルーとかですね。
 また、アカデミー賞では『エリザベス(1998年)』と『エリザベス:ゴールデン・エイジ(2007年)』、『ブルージャスミン(2013年)』、『キャロル(2015年)』で主演女優賞ノミネート。助演女優賞でも『アビエイター(2004年)』、『あるスキャンダルの覚え書き(2006年)』、『アイム・ノット・ゼア(2007年)』でノミネートしています。『アビエイター』『ブルージャスミン』で助演・主演ともに1度ずつ受賞経験も。どういうタイプの作品でも活躍できてしまう恐ろしいカリスマ女優の一人です。
 5度目の主演女優賞ノミネートとなる今回は、偉大な芸術家としての権力を自由に操る怪物音楽家。ケイト・ブランシェットをイメージして作られたケイト・ブランシェットのためのキャラクターです。何せ監督はブランシェットがオファーを受けなければ作品をボツにするつもりでいたと言うほど。ブランシェットもそれに応え、これだけの実績を持ってなおキャリア最高峰と言わしめる見事な演技で魅せました。授賞式の前に観たかったですねえ。
 全米俳優組合賞(SAG賞)は逃しましたが、今作でゴールデン・グローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)、英国アカデミー賞主演女優賞、ヴェネツィア国際映画祭女優賞などを獲得しています。


アナ・デ・アルマス『ブロンド』

 Netflix映画『ブロンド』アナ・デ・アルマスはキューバ出身34歳。顔が好き。2015年にキアヌ・リーヴス主演の『ノック・ノック』でハリウッドデビュー、2019年のダニエル・クレイグ主演『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』でブレイク。2021年には同じくダニエル・クレイグ主演の『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でボンドウーマンの一人であるパロマを演じ、こちらも生き生きとしたキャラクターが称賛されました。今後ますます楽しみな女優さんなのでこれでキャリアに良い弾みがついて欲しいですね!
『ブロンド』は同名小説を原作に1950年代のセックスシンボルだったマリリン・モンローを描く伝記映画。アルマスが黒髪を金髪にしてマリリン・モンローことノーマ・ジーンを演じました。
 マリリン・モンローはいわゆる “ブロンド” 女性のイメージを作った人物で、約10年間の活動期間で賛否も受けながら多くの人々を魅了しました。若い層にどれだけ分かるか分かんないですが、大胆にめくれ上がったドレスのスカートを抑えるショットとか、シャネルの5番だけつけて寝る話とか有名ですよね。36歳の若さで薬物の過剰接種により急死し、その死には自殺か事故か、はたまた謀殺されたのか、と陰謀論も絡んできます。
 作品自体はそんなマリリン・モンローの人生をノーマ・ジーンとしての葛藤にも焦点を当てながら、ケネディとのスキャンダルなど彼女にまつわる陰謀論もストーリーに採用。露骨な性描写もあり作品そのものはそれほど評価されていません。年間の最低映画を決めるジョーク賞であるゴールデンラズベリー賞にも今年最多となる8部門ノミネートを果たしてしまいました。
 その一方でアルマス自身の演技はキャスティングやアクセントの違いに難を示されることもあるものの概ね好評。実際、ビジュアル面だけでもかなり良く出来ていると思います。受賞は難しいでしょうが、彼女がノミネートしただけでも関係者は多少なりとも救われた気持ちになれるのでは。


アンドレア・ライズボロー『To Leslie トゥ・レスリー』

 今回のアカデミー賞で、ある意味最大級の波紋を起こしたのが『To Leslie トゥ・レスリー』アンドレア・ライズボローです。一時はノミネート取り消しか!? というところまで行きました。
 これいわゆるサプライズノミネートではあるんですけど、何せ分からないんですよ。ライズボロー自体も日本で知名度は特にないと思いますが、作品もマジで分からない。大袈裟に言えば誰も知らないような映画なんです。ノミネート発表観てた時でも、例えば主演男優賞のポール・メスカルくんなんかだと「すげ~、ノミネートしたんだ~!」みたいな感じで喜べるんだけど、この場合は「え……? マジで全然知らん、何???」ってなって特に何も沸いてこないって言う……。
『To Leslie トゥ・レスリー』は宝くじを当てて大金を手にしたことで若い頃からウッハウハの生活を送っていた主人公の女性レスリーが、時を経て無駄遣いしまくって貧窮に陥りダメダメな自分を何とかしたいんだけどもウッハウハ時代が忘れられないからやっぱりダメダメになっちゃうと言う……。激弱な人間とそれに大迷惑しながらも彼女を見放しきれない家族の絆を描く、感動のヒューマンドラマなのです。
 ライズボローは主人公のレスリー役。この映画、作品そのものはそんなメチャクチャ評価高いとかでもなく話題にもならなかったのです(他の映画賞でもさっぱり)。それでなぜライズボローがノミネートまでこぎ着けているかと言うと、もちろんこんな映画に十分に宣伝して賞にアピール出来るような資金力はないのでとにかく草の根活動で直接「映画を観てくれ!」と会員に呼び掛けまくったんですよ。それで上映会が開かれたりして(誰も観てないので)、豪華ハリウッドスター達がSNSで大絶賛! 地道に話題を広げていき、ついには会員達の投票でノミネートするところにまで行き着いたというわけです。
 これが「直接呼び掛けるのは反則だろ!」とルール違反の疑いが出て、最悪ノミネートが取り消されるのでは? みたいな話にもなっていたのです。まあギリギリと言えばギリギリなのかも、とも思うんですが当然ながらそこまで称賛を集めたということは少なくともこの映画の中でライズボローの演技はそれだけの魅力があったわけで。これ、他のもっと大手の映画とかだとそういうロビー活動の専門家みたいな人達がお金を使って色々PRキャンペーンを展開していくんですよ。それがお金のないインディ映画の広告戦略の素人の口コミでアカデミー賞にノミネートしちゃったんですね。なのでノミネートから漏れた有力候補達の関係者からするとたまったもんじゃないのです。こっちは金掛けてプロとして宣伝してるのにさー!
 でも、お金があるヤツが有利になるシステムだとつまんないのでこういうことはあってもいいのかなとも。思うんですけども。夢がある。あるね。
 ただこれがノミネートしたからとは断言できませんけど、選外になった有力候補にアフリカ系のヴィオラ・デイヴィス(『The Woman King』)やダニエル・デッドワイラー(『Till』)がいるんですね。今回はとにかくアフリカ系のノミネートが少ないので、そういうところでザワザワさせてはいる。
 しかしこの2人は演技が素晴らしくとも作品力がそこまで高いとも言えず、まあそれ言い出すとアルマスもライズボローもさらに弱いんですけども(アルマスはNetflixとはいえ)、アジア系も有力候補で結構ノミネートしてることですし、故意に人種的に締め出してるとまでは言いにくい。でも文句の一つも出て来るってのは分かる。状況的にはそういう感じです。
 それでも、繰り返しになりますがお金のないところががんばってアカデミー賞にノミネートされるところまでいくのは悪いことではないはずですし。イヤな言い方をするとライズボローが黒人女優ならこれは美談として語り継がれるんですよね。まあ黒人女優ならそもそも無視されてるかもしれませんが。
 だからねえ、扱いに困るノミネートなんです。まあ何にしても受賞まではないので、授賞式で何かイジられたりするのか楽しみですね。
『To Leslie トゥ・レスリー』は6月23日に日本公開予定です。


ミシェル・ウィリアムズ『フェイブルマンズ』

『フェイブルマンズ』からノミネートを果たしたのはミシェル・ウィリアムズ。主人公の母親ミッツィ役でどちらかと言えば助演にカテゴリーされる役柄ではあるんですが、エンドロールでも一番上に名前が来ますし主演級の役柄なので主演女優賞にエントリーされました。
 いや、実際良かったですよ……。何か普通に家庭がグチャグチャしていくとこの演技が良すぎて、画面でウィリアムズが泣いてたら思わず一緒に泣いちゃった。サミーが映画作りの「趣味」を続けることを嫌がるお父さんに対して、「芸術」を生み出すサミーの背中を押し続けたお母さん。でも、サミーの愛する家庭をぶっ壊したのはお母さんなんですよね……。
 ミシェル・ウィリアムズはアメリカ出身42歳。プラチナブロンドのショートカットに真っ赤なリップというルックスが印象的です。2005年の『ブロークバック・マウンテン』、2016年の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』で助演女優賞、2010年の『ブルーバレンタイン』、2011年の『マリリン 7日間の恋』で主演女優賞にノミネート。
 最近は『グレイテスト・ショーマン』や『ヴェノム』といった娯楽作でも活躍していますので日本での認知度も高まっているのではないでしょうか。3回目のノミネートで初受賞なるか。と言うか、助演女優賞の方でエントリーしていれば取ってたと思いますよ!?


ミシェル・ヨー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 ケイト・ブランシェットとほぼ互角のバチバチの戦いをしているのが『エブエブ』ミシェル・ヨー。主人公エヴリン・ワン・クワン役。中国系マレーシア人で、何と還暦です。ミス・マレーシアでボンドガールで結婚相手はガチセレブ。無敵の最強系ウーマンがミシェル・ヨーなのです!
 元々はサモ・ハン・キンポーに見出されて香港映画でスゴいアクションをやってて、ジャッキー・チェンの『ポリス・ストーリー3』とか『グリーン・デスティニー』とかですね。また1997年にはピアース・ブロスナンの『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』でバリバリに動けるボンドガールを務めました。
 2010年代に入ってからはハリウッドでの活躍も目覚ましく、とにかく中国系の強い女性キャラクターとなるとだいたいミシェル・ヨーが出てくる、くらいなイメージ。マーベルのMCUでも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』と『シャン・チー』ですでに2キャラクターやってたりします。
 アカデミー賞には初ノミネートで、受賞すればアジア系初の主演女優賞獲得です。得意のアクションはもちろん、マルチバースの様々な顔も見せてくれた今作。最重要のSAG賞を始め、ケイト・ブランシェットと勝るとも劣らない多くの賞を獲得しています。勢いと、さらにアジア系初という点も加味してミシェル・ヨーが有利予想。


【助演男優賞】

ブレンダン・グリーソン『イニシェリン島の精霊』
ブライアン・タイリー・ヘンリー『その道の向こうに』
ジャド・ハーシュ『フェイブルマンズ』
バリー・コーガン『イニシェリン島の精霊』
キー・ホイ・クァン『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 助演男優賞は最も優れた助演男優の賞です。だいたいこの辺は名前そのまんまですね。助演というのも色々ですので、基本的にはやはりメイン級で活躍するほぼ主演扱いみたいな人は必然的に出番も良いシーンも多くて強い。
 しかし、ここはもうほぼ『エブエブ』のキー・ホイ・クァン一択です。ここまでの賞レースでは全部門で最も圧倒的な勝ち星。対抗を挙げるなら、『イニシェリン島の精霊』からバリー・コーガンブレンダン・グリーソンでしょう。


ブレンダン・グリーソン『イニシェリン島の精霊』

 そのブレンダン・グリーソン『イニシェリン島の精霊』でもう一人の主人公ともいえる主人公の親友コルム・ドハティを演じました。
 ある日突然残りの人生に意味のあることをやりたくなって、ロバのウンコの話くらいしか取り柄のない友人パードリックと一方的に縁切りしたコルム。ヴァイオリン弾きでもある彼はモーツァルトも知らない無教養な友人を無視して音大に通う若者と交流し、後世に残るような曲を作りたいと作曲を始めます。しかし無駄にガッツと情のあるパードリックはしつこくコルムに構い続け、嫌気が差したコルムは「今度話し掛けたら俺の指を切り落としてお前の家に投げ込む」とどうかしてる脅迫をして、しかもそれを実行していくのです……。
 年老いて急にこういう怖さが押し寄せるというのは分かるような気もします。かと言って一方的に縁切りする、なんてのは通るはずのない話で、そもそもヴァイオリンを弾くために絶交してるのに指を切り落としたら弾けなくなっていくんですよ。いったい、コルムは何を考えてこんな自棄的な行動をしているのか?
 ドラマの謎を主導していく奇行を繰り返すコルムを演じたグリーソンはアイルランドの67歳のベテラン俳優です。『ハリー・ポッター』シリーズや『スター・ウォーズ』シリーズのドーナル・グリーソンの父親。自身も『ハリー・ポッター』シリーズで歴戦の闇祓いマッドアイ・ムーディを演じています。
 どちらかと言えば演技派のバイプレーヤーとしての活躍が多く、今回がアカデミー賞初ノミネート。助演男優賞は傾向としてこういうベテランを好みます。


ブライアン・タイリー・ヘンリー『その道の向こうに』

 ブライアン・タイリー・ヘンリーは今回唯一のアフリカ系男優のノミネート。Apple TV+の配信映画『その道の向こうに』で、ジェニファー・ローレンス演じる主人公と友情を交わす整備士ジェームズを演じました。
『その道の向こうに』はアフガン帰還兵でPTSDを抱えて故郷に戻ってきた元軍人のヒューマンドラマ。ブライアン・タイリー・ヘンリーはキャリアベストとも言われる演技を披露しているようです。ジェニファー・ローレンスのノミネートの可能性もありましたので、アフリカ系の票に加えてそういう票もいくらか入りそう。さすがに受賞には厳しすぎるところですが、とにかく今回はノミネートを果たしただけ偉いポジション。初ノミネートです。
 ブライアン・タイリー・ヘンリーはアメリカ出身40歳。『ゴジラvsコング』の陰謀論者バーニーや『エターナルズ』の発明パワーを持つゲイヒーロー・ファストス、去年は伊坂幸太郎原作で日本を舞台にしたハリウッド映画『ブレット・トレイン』で愛され度の高い殺し屋レモンを演じています。「人生全てをきかんしゃトーマスで学んだ」。


ジャド・ハーシュ『フェイブルマンズ』

『フェイブルマンズ』からはノミネートが有力視されていた父親役のポール・ダノではなく、大叔父ボリス役のジャド・ハーシュがノミネート。出番はかなり少ないんですが、主人公が映画と家族で引き裂かれ、そこを天秤にかけても映画を撮り続けるという呪いみたいな予言を残していくインパクトのある役柄です。
 ジャド・ハーシュは87歳、アメリカ出身の大ベテラン。アカデミー賞ノミネートは1980年の『普通の人々』以来で実に42年振り。演劇のトニー賞、テレビのエミー賞は取ったことがありますが映画では無冠です。『インデペンデンス・デイ』や『ビューティフル・マインド』『ペントハウス』などに出演。ここらでオスカーも取って欲しいところですが、今回は受賞には弱めの立ち位置。


バリー・コーガン『イニシェリン島の精霊』

 大本命キー・ホイ・クァンへの最も有力な対抗と見られるのが『イニシェリン島の精霊』からのもう一人のノミニー。奇天烈な役をやらせれば天下一品、バリー・コーガンです! アイルランド出身、30歳。
 やはり鮮烈な印象を残したのは2017年の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』のマーティン役。ここで激ヤバなキャラを演じさせると異常に激ハマりすることに全世界が気付いたので、もうそういう感じの人です。MCUの『エターナルズ』では精神を操る能力を持つエターナルズ、ドルイグを怪演。また、アメコミ繋がりでは『THE BATMAN-ザ・バットマン-』でラストに登場する謎の囚人ジョーカーを演じ、次回作での活躍に超期待が掛かっています。
 今作で演じたドミニクはイヤな警官の息子でちょっと変わり者のドラ息子。コルムにフラれたパードリックの新たな友人となる青年です。とてもバリー・コーガンなキャラクターでうっとうしいけど愛したくなる変な子。
 ここまでの賞レースではクァンが強すぎるのでやはり華々しい戦績とまでは言えませんが、英国アカデミー賞をクァンを抑えて受賞したのはわりとデカいのでワンチャン来る可能性は上がりました。アカデミー賞は初ノミネートです。


キー・ホイ・クァン『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 何だかんだと並べても、結局予想は揺るぎないレベルで強すぎるのが『エブエブ』キー・ホイ・クァンです。もう取らなかったら事件ですよ。それくらい強い。どの部門の誰よりも強い、今回のアカデミー賞全体で最もオスカーを手にする可能性が高い男。それがキー・ホイ・クァンです。
 キー・ホイ・クァンはベトナム出身、ベトナム系中国人。ここ最近は裏方として武術指導などで活動していましたが、この人が有名だったのは子役時代。1984年の『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』でのインディを助ける中国系少年ショート・ラウンド。1985年の『グーニーズ』の主人公4人組の一人、発明好きの中国系少年データを演じたことで一躍人気になりました。
 ただ、当時のハリウッドでは今以上に人種面での環境は悪く、アジア系への差別的偏見も根強く残っている時代。アジア系の役者仕事なんて大人になってくるとろくになく、人知れず引退して裏方業に回っていました。
 それが近年、状況が変わってきたわけです。多様性が強く訴えられる時代、韓国映画『パラサイト』のアカデミー作品賞受賞や中国市場がハリウッドでも興行的に無視できないようになったことも大きいでしょう。日本もオタク文化で日本LOVEなオタク系映画人を生み出し続けている点では貢献していますよ。アジア系の扱いは以前よりも目に見えて良くなり、『クレイジー・リッチ!』や『フェアウェル』のようなアジア系映画がハリウッドで作られるようにもなりました。
 時代の変化により、ついにキー・ホイ・クァンは役者としてのスクリーンへのカムバックを決断! 今でも親交のあるチャンク役のジェフ・コーエン(弁護士)のサポートもあり、見事に今回の役を射止めるに至ります!
 クァンが演じるのは主人公エヴリンの夫ウェイモンド・ワン。完璧主義のエヴリンとは異なり、優しくてちょっと抜けてる感じの楽観的な癒し系。そんな彼に別宇宙からアルファ・ウェイモンドが憑依してエヴリンにマルチバースの危機を伝えることで物語は進んでいきます。バースジャンプにより様々な顔を見せてくれるのも嬉しいところ、ウエストポーチ・ヌンチャクで戦うとことかメチャクチャカッコ良いぜ!
 前哨戦における主要な賞もほぼほぼ取ってますので、作品力と演技力、キャラクターの良さ、俳優復帰のストーリーとマジで取れない理由を探す方が難しいくらいです。


【助演女優賞】

アンジェラ・バセット『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
ホン・チャウ『ザ・ホエール』
ケリー・コンドン『イニシェリン島の精霊』
ジェイミー・リー・カーティス『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
ステファニー・スー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 助演女優賞も読んで字の如くで、一番良かった助演女優の賞です。
 ここは結構悩ましいところで何をどう読むかで予想が変わってきます。前哨戦の結果を見ていけば本命として考えられるのは『イニシェリン島の精霊』のケリー・コンドン。ただし、受賞を確実視できるほどでもないんですよね。対抗としては全米俳優組合賞(SAG賞)を制したジェイミー・リー・カーティスと唯一のアフリカ系候補アンジェラ・バセット。この怖い三つ巴にステファニー・スーがワンチャンという様相。果たして誰がオスカーを手にすることになるか。


アンジェラ・バセット『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』

 まず悩ませて来るのが『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』からアンジェラ・バセット。アメリカ出身、64歳。ワカンダ国の女王ラモンダを演じました。
 バセットは1993年にティナ・ターナーを演じた『TINA ティナ』でアフリカ系女優で初めてゴールデン・グローブ賞の主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を獲得しました。『TINA ティナ』ではアカデミー主演女優賞にもノミネート。今作で実に30年振りのノミネート、そしてマーベルのMCUから初めて演技部門でアカデミー賞にノミネートされたことにもなります。
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』はアメコミヒーロー映画で初めてアカデミー作品賞にノミネートされた『ブラックパンサー』の続編。アフリカ文化を巧みに美術や衣装、設定に織り込み、ストーリーも含めて称賛された作品です。前作はアカデミー賞で作曲賞・美術賞・衣装デザイン賞の3部門を獲得しました。
 続編にも大いに期待が寄せられていましたが、2020年に主演のチャドウィック・ボーズマンが大腸癌で急逝。大きな悲しみに包まれる中、シリーズの継続も危ぶまれました。スタジオはチャドからキャスト変更をせず、ブラックパンサーことティ・チャラをチャドのまま劇中でも病没させることを選択。偉大な王を失い、悲嘆にくれるワカンダに迫る危機と遺族の選択を描いていきました。バセットが演じる女王ラモンダは、苦しみながらもブラックパンサー不在の隙を狙う国連加盟国家や未知の海底王国と戦います。
 主人公が属する架空の国家ワカンダはヨーロッパ諸国及びアメリカを中心に虐げられ、搾取されてきたアフリカの歴史へのカウンターです。どこよりも進んだ技術と豊かな資源を隠し持ち、外敵の支配を免れて正しく繁栄したアフリカです。弱小国家だと思ってナメてたら実は最強国家でした、という清々しくカタルシスのある存在。それが今作の敵である海底王国タロカンは恐ろしいことに、同じくヨーロッパの外敵に侵略されて滅びたメキシコのマヤ文明をルーツとしています。それが海に逃れて独自の進化と繁栄を遂げたのがタロカン。ともに虐げられてきた歴史のあるワカンダとタロカンが終わりのない復讐戦争を繰り広げる最悪なストーリー展開を見せるのが今作。
 さらにはみんなの期待を胸に新生ブラックパンサーとなるシュリも、気高き王ではなく復讐に狂ったキルモンガーの遺志を受け継ぐというどうしようもないストーリー。別にそれはこき下ろす意味ではないんですけど、「救いがねえ~!」と思って劇場を後にしたこともよく覚えています。マジで救いがない。今後も尾を引きそうなのがなおヤバい。
 一方で、冒頭からラストのおまけまでずーっとチャドウィック・ボーズマン=ティ・チャラへの追悼映画としても機能し続けているので、まあ情のないことを言うと辛気臭さが一生漂う映画ですよ。映画館で気持ち良くチャドとお別れさせてもらえたのでその点はもうむしろ感謝しかないポイントで、面白いのはスゴく面白いのです。ただまあ、「救いがねえ~!」ってなります。
 今作でのアンジェラ・バセットは目頭を熱くさせるほどに素晴らしいシーンも多々あり、演技面に加えて上述の追悼ポイントなんかも加味させていただいて、さらには今回の演技部門で唯一のアフリカ系ノミニーですので決して弱くはないノミネートです。ここまでの賞レースではゴールデングローブ賞や放送映画批評家協会賞を受賞しており、本命と呼べるまでかは悩むとこですけど受賞も十分に有り得るポジションです。予想する上ではかなり怖い存在。


ホン・チャウ『ザ・ホエール』

『ザ・ホエール』からサプライズノミネートとなったホン・チャウはタイの難民キャンプで生まれたベトナム系アメリカ人。43歳。
 マット・デイモンが体のサイズも小さくなってしまう2017年の『ダウンサイズ』で清掃員のノク・ラン・クラン役でゴールデングローブ賞にノミネートされるなど注目を集め、今作でアカデミー賞に初ノミネート。同じく2022年の映画では『ザ・メニュー』でエルサ役を好演しました。
 今作で演じたリズは主人公チャーリーの亡くなった恋人の妹であり、友人でもある看護師です。


ケリー・コンドン『イニシェリン島の精霊』

 現状、本命と言えるポジションにいるのが『イニシェリン島の精霊』ケリー・コンドン。主人公パードリックのしっかり者の妹シボーンを演じました。アイルランド出身の40歳。
 同じマーティン・マクドナー監督作である『スリー・ビルボード』に出演している他、恐らく最も有名で多くの人が聞いたことのある役はマーベル・コミックのMCUシリーズのF.R.I.D.A.Y.でしょう。『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』から登場する、J.A.R.V.I.S.に代わるアイアンマンのサポートAIです。まあ、声だけですけど……。
 今回がアカデミー賞初ノミネート。今作で英国アカデミー賞を始め多数の映画賞を手にしました。ここまでの勝ち星的にはトップなんですが、最重要のSAG賞を落としているのはイタいところ。決して悪くないんですが、絶対的に強い要素と思えるところもそんなにないんですよね……。


ジェイミー・リー・カーティス『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 そのコンドンを抑えてSAG賞を受賞したのが『エブエブ』ジェイミー・リー・カーティス。アメリカ出身64歳、父親が『お熱いのがお好き』のトニー・カーティス、母親が『サイコ』のジャネット・リーという俳優サラブレッド。
 自身の最も有名な映画作品はデビュー作でもある1978年から始まる『ハロウィン』シリーズです。ヒロインのローリー・ストロードを演じ、今年は復活三部作の最終章である『ハロウィン THE END』も日本公開を控えています。昔はスクリーム・クイーンとしてホラー映画中心にバリバリ活躍していましたが、2018年の『ハロウィン』でブギーマンと対決する強い女性として復活してからはより幅広い役柄で大きな映画にも出演してきているイメージ。まあほとんどは『ハロウィン』ですけど。
 今作で演じたのは主人公一家の納税の監査をする監察官ディアドラ。バースジャンプすることで激しいプロレス技も見せていましたが、やはり印象的なのはソーセージ・バースでのミシェル・ヨーとのロマンスでしょうか……。指がソーセージの人類が繁栄した宇宙でしっとりとした大人のロマンスを展開します。終盤のコインランドリーでの会話も良かったですね。
 ベテランながらアカデミー賞には初ノミネート。今作で様々な賞を獲得していますが、何と言ってもSAG賞の受賞は大きいです。作品力も加わり、一気に本命と言っても差し支えない状態になりました。今回この部門はマジで絞り切れません。


ステファニー・スー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 最後は『エブエブ』から2人目のノミネート、ステファニー・スー。主人公エヴリンの娘ジョイであり、別宇宙でマルチバースを滅ぼす悪として覚醒したジョイの暗黒面ジョブ・トゥパキを演じます。
 本命3人、怖い三つ巴状態になっている助演女優賞に割り込んでいくとすればこの人。映画でもミシェル・ヨー、ジェイミー・リー・カーティスと強いベテラン女優2人に挟まれながらそこに劣らず生き生きと魅力を発揮しました。
 同性愛者で自分をありのまま母親に受け入れてもらえず、夢も希望も失って全てのマルチバースの能力を自在に操る巨悪と成り果てるぽっちゃり娘。何にでもなれる可能性の獣で、最悪のジョーカー。しかしどんな世界でも母娘の絆は繋がっており、じんわりと温かくさせてくれます。
 32歳の中国系アメリカ人。ブロードウェイやテレビで活動を始め、映画にも進出。今作でいくつかの批評家協会賞などを受賞し、アカデミー賞初ノミネートとなりました。


【脚本賞】

『イニシェリン島の精霊』
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
『フェイブルマンズ』
『TAR/ター』
『逆転のトライアングル』

 脚本賞は優れたオリジナル脚本に贈られる賞です。原作付きの場合は脚色賞の候補となります。
 当然ながら映画の面白さに脚本の面白さは欠かせません。作品賞を取る映画は同時に脚本、あるいは脚色賞も取ることがよくあります。と言うことで、作品賞本命がいる脚本部門はまずそこが本命。今回で言えば『エブエブ』ですね。『イニシェリン島の精霊』との一騎打ち状態です。
 また、脚本賞ノミネート作品はオリジナル作品の中でも監督自身が脚本も担当していることが非常に多く、それだけ監督自身の想いも寄せられた作品ということだと。今回のノミニーも全て監督が自分で脚本を書いています。


『イニシェリン島の精霊』

 まずマーティン・マクドナー『イニシェリン島の精霊』。先に書いたようにもともとが劇作家として成功した人で、映画作品でも自分で手掛けた独創性の高い脚本を評価されることが多い監督です。
 前哨戦でも多数の勝ち星を獲得。限りなく本命に近い対抗ポジションにある作品です。むしろアカデミー賞好みとしては『エブエブ』より完全にこっちでしょう。ただし全米脚本家組合賞(WGA)にはノミネートされず。
 独特の空気感で内戦を描く面白さもさることながら、現在でもややこしい状況が続くアイルランドを不思議な距離感で描いているのも現在を描く映画にもなって面白いところ。状況は面白くないんですが。この辺りはやはり地元ネタもやり込んでるマクドナー監督の強さがありますね。
 アカデミー脚本賞には3度目のノミネート。3度目の正直となるか。


『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 拮抗してはいますがそれでも本命として考えられるのはダニエルズ『エブエブ』。オリジナリティとしては他に引けを取りませんし、アカデミー会員の多様化も進めている中ではこういう作品がオスカーを取ってもいい。アカデミー脚本賞初ノミネート。WGAでも脚本賞を獲得しました。
 マルチバースを扱ったアイディア自体はダニエルズは10年以上前からすでに検討していて、ただし想定外だったのはこの数年間でマルチバースの概念自体が急速に浸透してしまったこと。主にマーベル映画のせいなんですけど。同じ年に公開された『ドクター・ストレンジ:マルチバース・オブ・マッドネス』でも様々な多元宇宙の可能性が観られましたが、要するにせっかく長年考え続けてたのにめっちゃネタ被りしまくってるんですよ。もちろんマルチバースと言うか、パラレルワールドとか並行世界とかそういうのは大昔からあるんですけども、大手とネタ被りするとやりにくいですよね……。
 まあ逆に観客に分かりやすい土壌が作られたとも言えるので、様々なモノに刺激を受けながらSFのみならずカンフーアクションやアニメ、コメディ、家族の絆と人種的アイデンティティと性的マイノリティ! アジア! ベーグル! 尻! と多元宇宙で多ジャンルな作品としてモリモリに仕上がりました。
 そもそもMCUが長時間の長編映画何本もやっていまだに何がしたいのかすらよく分からん中で、映画1本でやりたい放題をきちんとまとめて観客に訴えかけてくる手腕は凄まじいモノがあります。


『フェイブルマンズ』

 やはりここでも怖い立ち位置にいるのは『フェイブルマンズ』。脚本を担当したのは監督のスティーヴン・スピルバーグともう一人、トニー・クシュナーです。
 スピルバーグの人生を基にした作品ですからスピルバーグ自身が書くのは当然として、クシュナーは2021年の『ウエスト・サイド・ストーリー』に続いてのスピルバーグ作品への参加。これでスピルバーグと組むのは4度目です。劇作家の人で、舞台ではトニー賞も受賞しています。
 実はスピルバーグの少年時代を映画にするプロジェクトそのものは20年以上前に妹の脚本家アン・スピルバーグが考案したモノ。ちなみにサミーの妹で眼鏡のレジーがアンをベースにしたキャラクターです。
 自身や両親について語る勇気が出なかったというスピルバーグは長期間このアイディアを寝かせることになりますが、スピルバーグとクシュナーが初めて一緒に仕事をした2005年の『ミュンヘン』の頃にはすでにスピルバーグはクシュナーとこのストーリーついての話をしていたそうです。いつか伝えなければいけない物語として。
『フェイブルマンズ』のタイトルをつけたのもクシュナーです。「FabelMan」は登場人物の姓で、意味としては「寓話を語る者」になります。つまり「ファブル」ですよ。今作は「自伝的映画」であってスピルバーグの「自伝」ではありません。映画製作者としてのフェイブルマンズでもあり、架空の寓話的存在としてのフェイブルマンでもあるのです。フェイブルマンの道は地平線の向こうへ、映画を撮り続ける運命に繋がっていく。プロとして──。
 ここまでの戦績を考えれば受賞は厳しいところではありますが、映画関係者から好意的に受け入れられることは間違いありません。
 スピルバーグ自身はアカデミー脚本賞は初ノミネート。そもそも脚本でクレジットされること自体が2001年の『A.I.』以来21年振りです。クシュナーは『ミュンヘン』『リンカーン』でアカデミー脚色賞にノミネート。脚本賞は同じく初ノミネートです。


『TAR/ター』

『TAR/ター』の脚本もトッド・フィールド監督自身。この人もすでに書いた通りに脚本を高く評価される人です。まあ脚本賞だからそりゃそうなんですが、今回そういうすでにある程度名を馳せた脚本巧者の集いなのでどこもワンチャンある感じがして迷わせてきますよね。
 日本公開時期の都合上全く判断しようがないのですが、演出の面白さも併せて脚本でも強いインパクトを残す作品になっているのでしょう。
 これまでは『イン・ザ・ベッドルーム』『リトル・チルドレン』がそれぞれアカデミー脚色賞にノミネート。脚本賞は初ノミネートになります。今作でゴッサム賞やロサンゼルス映画批評家協会賞で脚本賞を取りました。


『逆転のトライアングル』

『逆転のトライアングル』リューベン・オストルンドもまた、シナリオ面でも高く評価される監督。得意の風刺劇は想像よりもどんどんスゴい方向へと加速していきます。
 しかしながら、脚本巧者揃いでもここまでの前哨戦で目立つのは『イニシェリン島』『エブエブ』のみという厳しい状況。スウェーデン監督のオストルンドの場合、アカデミー賞で監督賞と脚本賞にノミネートしたこと自体が十二分にスゴいんですけどね。今回が初ノミネートです。


【脚色賞】

『西部戦線異状なし』
『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』
『生きる LIVING』
『トップガン マーヴェリック』
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

 脚色賞はオリジナルではなく何かしら原作付きの脚本に対しての賞です。
 原作付きと言うのは分かりやすく言えば小説や漫画、あるいは昔の映画のリメイク、とかですけど。歌とか雑誌とか新聞記事とかキャラクターとか、そういうのも原作になります。なぜか『トップガン マーヴェリック』はこっちに入るようなので、わりと不思議な賞です。言ったもん勝ちか?
 実際のとこ、「良い脚本」とか言われてもボケーッと映画観てると「このシーンの良さは脚本か演出か演技か、どれが良いんやろなあ……(ボケーッ)」みたいになることも多いのでよく分かりません。私は雰囲気で映画を観ています。それに比べれば脚色の良さは脚本もさることながら「原作をどうアレンジしたか」みたいなとこも出て来るので脚本のみの良し悪しで考えるよりは分かりやすい気がしています。原作知らないとどうしようもないですが……。
 ここは前哨戦の結果を踏まえればほぼ『ウーマン・トーキング』。ただ、ここに急激に出て来た『西部戦線異状なし』(明らかにメチャクチャ脚色加えてる)、シナリオ面が強い『ナイブズ・アウト』がどれだけ勢いを増してくるか。


『西部戦線異状なし』

『西部戦線異状なし』はすでに2作のアメリカ版映画はありますが、映画のリメイクではなく原作であるエーリヒ・マリア・レマルクの小説をドイツで映画化したもの。脚本を手掛けたのはイアン・ストーケルレスリー・パターソン、監督のエドワード・ベルガーも脚本としてクレジットされています。
 この企画自体は作品を愛してやまないパターソンとストーケルの脚本家コンビから始まりました。パターソンはトライアスロン選手でもあり、映画化権を買い付けた後は賞金を使ったり家を抵当に入れたりしながら財政難を乗り越えて映画化の実現にこぎ着けています。
 脚色そのものは賛否の割れるところで、大きなポイントでは原作にもない休戦交渉のシーンが入るところ、先生や元郵便屋さんの上官が登場しないこと、主人公パウルが故郷に帰らないところが挙げられます。原作者のレマルクの本名はエーリヒ・パウル・レマルクで、パウルは作品の主人公と同名です。原作小説自体が作者のレマルク自身の従軍経験を基にした作品でもあり、そこのアレンジの良し悪しは原作を生かしているのか殺しているのか難しい点ですね。原作者自身が体験した一兵士としての過酷な戦争体験が、より大きなモノが作品に加わることで印象が変化してしまうことになります。作品の純粋さに深みが増したとするか雑味が入ったとするか。現在に映画化するのならば後の時代に繋がるエピソードも加えないと意味がないという観点もその通りでしょう。
 そこの是非の判断は観た人が個々にすれば良しとして、ここは脚色を競う脚色賞です。賞を争う上では一個人の体験からより大きな戦争のうねりを加えたことを評価し、作品の総合力を高めたと考えておくべきでしょう。
 本命とはいかずとも原作そのものの知名度も高いのでとにかく大きな脚色ポイントが分かりやすく、作品の評価・話題性とも組み合わさってここはズバッと受賞してしまう勢いが残っています。


『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』

『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』は2019年の『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』の続編となるミステリー映画。製作・監督・脚本はライアン・ジョンソン、主演は『007』のダニエル・クレイグ。クレイグ以外にも豪華キャストによるアクの強いキャラクターが乱れ咲いて恐ろしいアンサンブルを奏でてくるシリーズです。
 今作はコロナ禍でロックダウンが続く中、セレブが友人達を招いて開いた自由なプライベート・パーティーで巻き起こる殺人事件を描きます。ちょっとコミカルでバカ方向のユーモアではっちゃけた毒を出してくる愉快さは独特の味わい。
 ただこれ…………オリジナル脚本なんですよ…………。
 だって別に原作小説とかないし…………。
 こういうのが脚色賞の意味不明なところなんですが、前作はアカデミー脚本賞にノミネートしています。主人公の名探偵ブノワ・ブランはオリジナルキャラでオリジナルストーリーですから。しかし今作は…………キャラクターと前作を原作として脚色としてエントリーしてきています…………???
 作品全体ではキャストのアンサンブルとジャネール・モネイの助演女優賞でいくつか賞を取っている他、シナリオ面ではオンライン映画批評家協会賞などで脚色賞を受賞。存在に疑問は残りますが、受賞争いでは油断出来ない位置にいる作品です。
 ライアン・ジョンソン自身は脚本家としては前作でアカデミー脚本賞にノミネートしたのみ、今回が脚色賞には初ノミネートです。


『生きる LIVING』

『生きる LIVING』は黒澤明などによる原作映画の脚本をノーベル文学賞のカズオ・イシグロが脚色しました。アカデミー脚色賞初ノミネート。
 イシグロが映画作品の脚本を手掛けるのは3作目。イシグロ自身が黒澤映画のファンと言うことで、この本はおろそかには作られていないでしょう。年代はともかく国が丸ごと変わっていますし、クロサワのリメイクとなれば否が応でもハードルが上がります。それでもなお高い作品評価を得ているのはさすが。
 ただ賞レースではノミネートまで至っても受賞には至らず……というところ。あまり華々しい戦績はありません。


『トップガン マーヴェリック』

 そして、お前もここにいるのかよ! というみんな大好き『トップガン マーヴェリック』! 絶対オリジナル脚本だろ!!
 とにかく36年越しの続編なので色々な紆余曲折はあったようですが、最終的に脚本としてクレジットされているのはアーレン・クルーガー、エリック・ウォーレン・シンガー、クリストファー・マッカリーの3名。原案がピーター・クレイグとジャスティン・マークス、そして原作者として前作脚本のジム・キャッシュとジャック・エップス・ジュニアもクレジットされています。
 だからまあ、今作に限らず前作も含めて作品に関わった人々をリスペクトした結果の今回のややこしい表記と脚色としてのノミネートになっていると考えられます。『ナイブズ・アウト』よりはしっくり来る。いや、オリジナル脚本ですけど……。
 アーレン・クルーガーは『トランスフォーマー』シリーズなどの脚本家。
 エリック・ウォーレン・シンガーは『アメリカン・ハッスル』で共同脚本としてアカデミー脚本賞に初ノミネート。
 クリストファー・マッカリーは同じくトム・クルーズの代表作である『ミッション:インポッシブル』シリーズに5作目から4作連続で監督を務める予定で、多数のトム出演作の脚本も手掛けるトム・クルーズの盟友と言える存在。かの有名な『ユージュアル・サスペクツ』でアカデミー脚本賞を受賞した頼りになる男です。まあ、ダークユニバースを1作で終わらせた『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』にも脚本で関わっていますが……。
 どちらかと言うと技術系の部門で存在感を示してる作品なので脚本部門でノミネートしてきたのはわりとビックリ。ただし、サテライト賞や全米脚本家組合賞(WGA)など大きいところにもしっかり脚色賞でノミネートしていますので評価は上々。


『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

 最後は本命の『ウーマン・トーキング 私たちの選択』。脚本担当は監督でもあるサラ・ポーリー、原作はミリアム・トウズの同名小説です。
 サラ・ポーリーはカナダの44歳の女性監督。4歳の頃から子役として活躍していて、女優としては2004年のあの『ゾンビ』のリメイク映画、みんな大好き『ドーン・オブ・ザ・デッド』! あれです、あれのヒロインがこの人です!
 20歳頃から監督としても活動しており、脚本も兼ねた作品は初期から高い評価を得ていました。長編監督デビュー作の2008年『アウェイ・フロム・ハー君を想う』でアカデミー脚色賞にノミネート。今回は2度目のノミネートとなります。
 何やかんやあって役者としても監督としても10年以上活動しておらず、今作は復帰作のようなモノ。ポーリー自身はその理由の一つとしてハリウッドでの女性の扱いに過去言及しています。
 今回のアカデミー賞は監督賞で女性が一人もノミネートしておらず、その点でも票が集まってくると思います。順当に行けばオスカーに一番近いのは間違いありません。WGAでも脚色賞を獲得、受賞に向けてさらに前進しました。


【撮影賞】

『西部戦線異状なし』
『バルド、偽りの記録と一握りの真実』
『エルヴィス』
『エンパイア・オブ・ライト』
『TAR/ター』

 撮影賞は最も優れた撮影をしている作品・撮影監督に贈られる賞。さあ、ここから技術系部門が続いていくのでふわふわしたことを言っていきますよ……! 優れた撮影と言うのは、何かカッコ良い撮影です!!
 今回の23部門の中で一番予想に困ってるのが実際のところ、ここ。これみんな困ってると思うんですけど。
 まず当確レベルで考えていた大本命の『トップガン マーヴェリック』が…………落選してるんですよ…………!!
 これはねー、生中継でノミネート発表観てても信じられなかったので何回か確認しました。映画系メディアのツイートもメッチャ見ました。ノミネートしてませんでした……。
『トップガン マーヴェリック』は前哨戦でほぼ無双状態で取ってたんですよ、撮影賞。それが落選して、特に参考になるような受賞がないノミネートばっかになりました。こういうのメッチャ困る。アカデミー賞は一つくらいはこういうことするとこあります。
 これで全米撮影監督協会賞(ASC賞)を『トップガン マーヴェリック』が取ってしまったら参考材料が一個も無くなってしまうと懸念していましたが、取れずに『エルヴィス』が取ったので結局余計に混乱させられる羽目に。いや、その他に受賞有力と考えてる『TAR/ター』『西部戦線異状なし』もASC賞にエントリーしてないんですよ……。何でそういうことするの!
 まー、『トップガン』を破ったわけですし一番受賞に近いのは『エルヴィス』になるのか……?


『西部戦線異状なし』

 こうなってくると過去の受賞歴とか作品の撮影の中身をちゃんと参照して考えるんですけどね、ここで厄介なのがまた『西部戦線異状なし』ですよ!!
 撮影監督はジェームス・フレンド。やたらとフレンドリーな名前ですが、残念ながら全然知らない! ドイツ映画だから!? 参考にならない! しかも映画自体は撮影賞に強そう! 今、こういうのメッチャ困る!!
 フレンドはイギリスの撮影監督で監督のベルガーとはテレビシリーズで何度か仕事をした後、今作が映画で初のタッグ。英国アカデミー賞で撮影賞を取りました。
 真面目に言うと、脚色の是非は置いておいて面白いんですよこの映画は。劇中で描かれる第一次世界大戦下の戦場のリアリティ。無情な兵士の死。戦争の苦しみ。だから映像もバツグンに面白い。自然光を上手いこと扱いながら、100人以上がウロウロする戦場を捉えました。大変そう!
 作品力とかジャンルとしての強さとかもろもろ考慮して、本命が抜けた撮影賞をしっかり押さえて来そうなんですよね。英国アカデミー賞で大暴れしたことで作品そのものにちょっとブーストかかってる疑いもあります。


『バルド、偽りの記録と一握りの真実』

 Netflix映画の『バルド、偽りの記録と一握りの真実』の撮影監督はダリウス・コンジ。ASC賞にもノミネートしています。しかし、如何せん作品の知名度が弱い……。1部門にしかノミネートしてない映画は相当そこだけで圧倒的に強いとかじゃないと作品力の弱さが響きますから、予想としては一旦置いておこうというスタンスに。
『バルド』は『バードマン』や『レヴェナント』でアカデミー賞でも大活躍していたメキシコの映画監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの作品。全編メキシコ撮影で第79回ヴェネツィア国際映画祭のコンペ部門に出品され、プレミア上映されました。メキシコに帰ってきたジャーナリスト兼ドキュメンタリー作家の主人公が夢のようなヴィジョンを見て危機を感じていくコメディドラマで、撮影はかなり絶賛されています。ただ作品の評価自体は別に高くないんですよね……。
 撮影監督のコンジはイラン出身、フランス国籍も持つ67歳のベテラン撮影監督です。『デリカテッセン』とか『エイリアン4』とか『ミッドナイト・イン・パリ』とかですね、有名作品にも多数参加しています。どうでもいいことを言うと『パラサイト・バイティング 食人草』もこの人の仕事です。1996年の『エビータ』でアカデミー撮影賞にノミネートしており、今回が2度目のノミネート。


『エルヴィス』

 作品力という点では安心して考えられる『エルヴィス』の撮影監督はマンディ・ウォーカーです。今年還暦、ベテランのオーストラリアの女性撮影監督。『赤ずきん』『奇跡の2000マイル』『ドリーム』など。2024年公開予定のディズニーの実写版『白雪姫』にも参加しています。
 今回が初ノミネートで、バズ・ラーマン監督とは2度目のタッグとなります。幅広い年代、ハリウッドやラスベガスなど場所ごとに合わせた照明や撮影で熱狂的で幻想的なエルヴィス・プレスリーの物語を生み出しました。
 今作ではライブシーンで本物のプレスリーのテレビ映像と撮影も照明も何もかも完全に一致する歴史再現もしていますが、それはテレビで映されたモノと全く同じショットを撮るために同じテレビカメラの中に自分の65mmデジタルカメラを仕込んで同じアングルを作り、テレビカメラと同じデジタルズームも作り出して徹底的に仕込んだうえで撮影したとか……。めーっちゃアカデミー賞が好きそうな撮影!
 昨年も言いましたが映画業界において女性の撮影監督は非常に少ないのです。アカデミー賞でも撮影賞を受賞した女性はいまだにいません。そもそもノミネート自体がようやく3人目です。ただ、そもそもが男性の仕事になり過ぎて女性の絶対数が少ないのです。
 まあそれでも、ウォーカーがやり始めた頃に比べれば女性の数はかなり増えているそうです。60歳のベテラン、女性の撮影監督。道を切り拓いてきた偉大な先人の一人としても、ここらで分かりやすく評価されて欲しいところではあります。
 重要な前哨戦であるASC賞の受賞は女性史上初。このままオスカーまでイケてしまうのか!?


『エンパイア・オブ・ライト』

 作品評価そのものは悪くないもののノミネートは大して振るわず受賞までは厳しいか、というのが『エンパイア・オブ・ライト』。『007 スカイフォール』『1917 命をかけた伝令』などのサム・メンデス監督、オリヴィア・コールマン主演のドラマ映画です。
 1980年代のイギリスの静かな田舎町にある映画館エンパイア・シネマを舞台とした、そこで働く中年女性と若い黒人男性のクラシックでロマンチックな交流。どこか懐かしい光景にノスタルジックな名曲の数々も使用され、薄暗く恐ろしい面もありながらも美しく居心地の良い場所を与えてくれる。もはやオスカー常連とも言えるオリヴィア・コールマンに、新鋭マイケル・ウォードや英国紳士コリン・ファースなどの演技も魅力。
 まあ受賞とはなるまいと思うのですが、悩ましいのが撮影監督がロジャー・ディーキンスなところ。御年73歳の大ベテラン、サム・メンデス作品でも常連。今回が通算16回目のアカデミー撮影賞ノミネートで、2017年の『ブレードランナー 2049』と2019年の『1917 命をかけた伝令』で2度受賞しています。現役の撮影監督ではメッチャ強くて尊敬されていて影響力もある、まあ普通にトップですね、トップ。今の頂点がロジャー・ディーキンスだと断言しても異論はかなり挟みにくいでしょう。
 私はどちらかと言うと無冠でもなければお年寄りはわざわざこんな賞取らなくて良いと思っちゃう方なんですが……。やっぱりいるだけで無視できない名前ですよね、ディーキンスは……。


『TAR/ター』

 最後が『TAR/ター』。撮影監督はフロリアン・ホーフマイスター。52歳のドイツ人です。今回がアカデミー撮影賞は初ノミネートで、『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』や『ジョニー・イングリッシュ アナログの逆襲』などに参加しています。
 作品力として考えればもちろん『TAR/ター』もかなり強い方。でも映画自体が観られないからな~。
 ホーフマイスターは今作で作品に必要な画を生み出すためのカスタムレンズを作り、それでわざわざ撮影段階から画質を劣化させるアナログ的手法でデジタルにクラシックな質感を持ち込みました。これもアカデミー賞が好きそうな感じ。そして印象的な照明を使うことでケイト・ブランシェットが演じるリディア・ターという人物を画面により強固に映し出しているようです。
デジタルにアナログを纏わせるような、カメラのフルスペックをそのまま発揮するのではなく敢えてのグレードダウンをすることで生み出される撮影。60年代のコンサート映像を再現した『エルヴィス』と対比として考えてもメチャクチャ面白いですし、双方アカデミー賞好みな感じはするんですよね。そうなるとやっぱりASC賞を取ってる方が有利と言えるのか、しかしここで『西部戦線異状なし』の存在がイマイチ確信を持つまでにはさせてくれない……! 結構ギリギリまで予想に悩む部門になると思います。『トップガン』さえノミネートしてればなー!


【編集賞】

『イニシェリン島の精霊』
『エルヴィス』
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
『TAR/ター』
『トップガン マーヴェリック』

 編集賞は一番優れた編集をしている映画に贈られる賞です!
 優れた編集とは……? 私もちっとも分かりません。そんなもの、普通に映画観ながら判定出来るか? 専門家か?
 優れた作品は優れた編集を行っている、ということ程度は私にも分かります。作品を生かすも殺すも編集次第……それゆえに黒澤明なんかは編集も自分でやっていたと言いますが、とにかく重要な部分ですので作品賞を取る映画は大概は編集賞にもノミネートします。今回はちょうど全部作品賞にノミネートしてる作品ばかりですので、これと監督賞とか演技部門とか脚本部門とかを見比べていけばだいぶそっちが絞れたりもするのですが。
 今回の編集賞に関しての話をすれば、どれも強そうな作品ではあるもののやはり『エブエブ』がほぼ間違いなく取る部門となります。前哨戦は圧倒的です。次点が『トップガン マーヴェリック』かな。


『イニシェリン島の精霊』

『イニシェリン島の精霊』で編集を担当したのはミッケル・E・G・ネルソン。デンマーク系アメリカ人技師。
 これまでには2020年の『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』で見っかってアカデミー編集賞を受賞しました。あれは良い映画でしたね。
 今回2度目のノミネート。前哨戦では特に奮わずですが、作品が好きなので編集も良かったはず。


『エルヴィス』

『エルヴィス』の編集はマット・ヴィラジョナサン・レドモンド。ともに初ノミネートです。
 音楽映画の編集ってライブシーンもあるから大変そうですよね。今作はプレスリーの人生を描いていく作品ですので、場面ごと、時代ごとの見せ方も様々。2時間40分の長い映画の中ではありますが、さらに莫大な量の素材の中からロジカルにモンタージュを駆使するなどしてプレスリーの人生を感じられるように仕上げました。そもそも撮影賞で言ったコンサート映像再現、撮影も大変だけどその後の編集もメチャ大変なわけで……。


『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 さて、今回の大本命である『エブエブ』はもはやここまでの賞レースでは敵なし。これはもう分かりやすく、カオス極まりない作品世界をまとめ上げただけで偉い! そもそも登場人物の衣装とかもカットごとに変わったりもするし、1秒以下の速度でバシバシ切り替わる脳内サイバードラッグみたいな映像もありましたし……。とにかく素材がバカ多そう。
 編集を務めたのはポール・ロジャース。アカデミー賞初ノミネート。インタビューを読んでるととにかく忠実に作品をより良くするための編集を行っていたのが分かります。そもそもがアクション映画ですからね、秒以下のカットの尺調整、アクションを魅せるための細かい速度調整などなどやることは山積み。そこにマルチバースのワケわからん事柄が積み重なってくるんですから……。改めて考えると、めーーーーっちゃ手間のかかる映画ですねコレ。
『イニシェリン島の精霊』を抑え、全米編集監督組合賞(エディー賞)のコメディ部門を獲得しています。


『TAR/ター』

『TAR/ター』の編集はモニカ・ヴィッリ。オーストリア出身の女性エディターです。アカデミー賞初ノミネート。
 とにかくこの作品に関してはまだ公開してないから技術系で言えることがマジでない。ネットに落ちてることしか分からないです! 3時間半くらいのラフからリディア・ターの物語として最適なシーンの繋ぎをリズミカルに生み出していったとか何とか。前哨戦でも特にこれと言った戦績もないので、受賞は厳しいでしょう。


『トップガン マーヴェリック』

『トップガン マーヴェリック』はイギリスのエディ・ハミルトンの仕事。
 アカデミー賞は初ノミネートですが、『バイオハザードⅡ アポカリプス』とかマシュー・ヴォーン監督の『キック・アス』シリーズとか『キングスマン』シリーズとか。フィルモグラフィーに信頼度の高い人物です! 『DOA/デッド・オア・アライブ』なんかもやってますよ! スゲー!!
 トム・クルーズ作品だとクリストファー・マッカリーが担当する近年の『ミッション:インポッシブル』シリーズ全部やってますので。トムとしても安心して任せられる仲間でしょう。
 こういう作品はカンフーアクションとどっこいどっこいな大変さはやはりあると思いますので。編集賞ってざっくり言えばどれだけめんどくさいことしたか選手権なとこもありますし、今回のノミニーでは『エブエブ』に次ぐ対抗候補です。エディー賞ではドラマ部門で『TAR/ター』『エルヴィス』と競い受賞しているので、組合賞の結果で見ても『エブエブ』と『トップガン』の一騎討ちでしょう。


【音響賞】

『西部戦線異状なし』
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
『THE BATMAN-ザ・バットマン-』
『エルヴィス』
『トップガン マーヴェリック』

 音響賞は一番優れた音響効果を生み出した作品に贈られる賞です。作曲とか歌曲とか、「音楽」ならもうちょっと分かりやすいんですけど。例えばスゴい効果音とか、臨場感のある戦場の音やライブさながらの音楽シーンの音の創出とか音のバランス調整とか、何かそういうのです。シーンに合うように音を加工し、ミキシングしてよりシーンのグレードを上げる。特殊な音を使うSF映画や音が重視される音楽映画が目立つところですね。戦争映画も強い。
 そういうところで考えるとここで強いのは『西部戦線異状なし』、そして『トップガン マーヴェリック』です。前哨戦の結果で見れば本命は『トップガン マーヴェリック』。他のノミニーも決して弱くはありませんが、ここは順当に本命で決まりそう。


『西部戦線異状なし』

『西部戦線異状なし』は第一次大戦下の悲惨な戦場の音を作り出しました。戦争映画で言えば同じ第一次大戦を扱った2019年の『1917』も音響賞を取っています。前哨戦ではそんなに目立っていない作品な分、やはりこの部門でも怖い立ち位置です。
 全米音響効果監督組合賞(ゴールデン・リール賞)では外国語映画部門で受賞。


『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』も独自の世界観を構築したSF映画であり、音響としても侮れないところ。多様な環境、多様な生物も登場します。昨年は砂の惑星の音を生み出したSF映画の『DUNE/デューン 砂の惑星』が受賞しましたね。


『THE BATMAN-ザ・バットマン-』

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』はご存知アメコミヒーローのバットマンをリブートした作品。これまでのアメコミ映画群とは異なる新たな世界線の作品です。ややこしいですね。若いブルース・ウェイン=バットマンが闇の中から光に辿り着く、これまでにないバットマン・サーガの予感がする面白い作品になっていました。
 そういう意味では私は脚色の面白さを推していきたいところですが、賞レースでは音響や作曲、音の使い方で定評を得ています。


『エルヴィス』

『エルヴィス』はエルヴィス・プレスリーの伝記映画であり、やはりジャンル的にも強いノミネートです。良い音楽シーンには良い音響が必須ですからね。
 近年の同ジャンルでは『ボヘミアン・ラプソディ』が今は無き旧ウェンブリー・スタジアムのライブ音を再現するということをやって受賞したのが印象的。そこと比べるとちょっとインパクトは弱いかも。
 ゴールデン・リール賞は音楽部門で受賞しています。


『トップガン マーヴェリック』

 本命の『トップガン マーヴェリック』は王道のストーリーに迫力の空中戦、そしてそれに伴ってもうバリッバリに音でも痺れさせてきます! 技術的にはもっと色んな部門で大暴れしてても良いくらいなんですけども。
 高い作品人気も相まって基本的にはつよつよ映画ですので、やはり取れるところは取って欲しいですね。前作『トップガン』も現在の音響賞である音響効果編集賞と録音賞にノミネートしています。
 音響系組合賞ではゴールデン・リール賞の効果音部門と、さらに全米録音監督組合賞で録音賞も受賞しています。


【美術賞】

『西部戦線異状なし』
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
『バビロン』
『エルヴィス』
『フェイブルマンズ』

 美術賞は素晴らしい映画の舞台美術に贈られる賞です。美術・衣装デザイン・メイクアップ&ヘアスタイリングの3部門は比較的ノミネートも被りやすく、特に美術と衣装デザインは同じ映画が取ることも多いです。
 この3部門はジャンル的にピリオド(時代)、ファンタジー(空想)、コンテンポラリー(現代)の3系統にカテゴライズされていて、美術と衣装デザインで強いのはだいたいピリオドの映画。
 今回は『アバター:WoW』以外はピリオドにカテゴライズされる映画。この中で前哨戦でフロントランナーになっていたのは『バビロン』です。オスカーを手にするのもほぼほぼこの作品で決まりでしょう。と言うか、作品賞に入れなかったのでこの辺りは取っておいて欲しい。


『西部戦線異状なし』

『西部戦線異状なし』はやはりリアルな戦場の構築、中でも第一次世界大戦名物の塹壕でしょう。広い画面で捉えたエキストラ100人規模がわちゃわちゃする戦場において、この時代に欠かせないのが塹壕。まあ、日本のお城のお堀の、もっと汚くて泥まみれなヤツです。第一次世界大戦を象徴する情景の一つですからこれは欠かせません。この時代の映画作る度に掘るんですかね、これ……。
 全長250mの塹壕を掘り、撮影に合わせて塹壕を拡げたりちょうどいいサイズになるように作っていったということで。塹壕を走ったりさせられるキャストも大変ですけど、そもそも穴掘りさせられるのも大変そうですよね。


『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』

 唯一のファンタジーカテゴリでのノミネートとなった『アバター:WoW』でプロダクション・デザイナーの一人が前作から続いて携わるディラン・コール。この人はデジタル・マット・ペインターですので、まあCGのスゴい背景を描いたり合成したりするんですが。あとコンセプト・アートを描いたりですね。前作ではコンセプト・アート・ディレクターとして、空中に浮かぶハレルヤ・マウンテンなどをデザインしました。
 今作は美術監督で、まあこの人は完全にCGの人なんですよね。穴掘ったりしないです。シリーズの続編以降も美術監督を務める予定。
 未知の惑星の海の集落を作る! という超面白そうなことをしているんですが、同じファンタジー部門でも全米美術監督組合賞(ADG賞)において『エブエブ』に負けてるのはツラいところ。


『バビロン』

 ここの本命はハリウッド黄金期を描いたドラマ映画『バビロン』。ADG賞のピリオド部門も制し、オスカー獲得はほぼ間違いないでしょう。
 1926年から1952年まで、ハリウッドが絶頂期にあったサイレント映画時代に夢の映画業界に飛び込んでいく女優志望のネリー(マーゴット・ロビー)とスタッフ志望のマニー(ディエゴ・カルバ)。トップスターのコンラッド(ブラッド・ピット)や歌手のレディ・フェイ(リー・ジュン・リー)などとの関わりの中で才能を発揮し、彼らも映画業界の魅力に惹き込まれていく。しかし、時代は1926年。翌年にはハリウッド初の長編トーキー映画『ジャズ・シンガー』が公開され、大衆は新しい映画に夢中になっていきます。時代に取り残される者とさらに大きなチャンスを掴む者。ネリーとマニーの運命はどこに向かうのか。
 ウンコ、オシッコ、チンコ、ゲロ、セックス、乳首! と下世話極まりないビジュアルがバンバン飛び出してくる幻想的で原始的で熱情的なハリウッドを描く意欲作です。テンションたっけえー画面がアツアツで楽しくてね、賛否はあるようですが私は結構好き。お前も映画になるんだよ。
 監督は2016年の『ラ・ラ・ランド』でアカデミー監督賞史上最年少受賞のデイミアン・チャゼル。この人、ほぼ同年代なので当然こんな時代全く分からないはずなんですけど、過去の映画界への憧れを露悪的に生き生きと描きました。過去の事実に基づく映画というよりはほぼこれは「映画」というファンタジーを描く作品です。現代のハリウッドのファンタジーを描いた『ラ・ラ・ランド』と見比べるのも面白いでしょう。チャゼルらしいハッピーエンドを迎える映画でした。
 そんな今作はやはり開幕の乱痴気パーティーシーンが象徴的で、何か山の上にある金持ち屋敷にハリウッドの大物たちが集ってドラッグ&ドランクwithセックスの黄金の嵐。自主規制も始まっていない時代、やりたい放題のハリウッドがどんな妖しい魔力を放っているか。どんだけテンションたけえー仕事をやっているか。ここの音楽とビジュアルがメチャ良いんですよ。まさにバビロン。神をも恐れぬ不道徳都市こそが栄華を極めたハリウッドなのです。


『エルヴィス』

『エルヴィス』も歴史再現という点ではエルヴィス・プレスリーにまつわる多数の舞台をスクリーンに再現しており、中でもやはりプレスリーの大邸宅グレースランドやメンフィスの中心にあるビールストリートは代表的セットでしょう。
 プロダクション・デザイナーを務めたのはオーストラリアのキャサリン・マーティン。彼女は『エルヴィス』の監督バズ・ラーマンの奥さんで、プロデューサーと衣装デザイナーも兼任しています。美術と衣装を兼任するのはマーティンがよくやるスタイルで、両方やることで一貫したサポートを作品のビジュアルに加えられるそうです。
 アカデミー美術賞はこれまで2001年の『ムーラン・ルージュ』、2013年の『華麗なるギャツビー』で2度受賞(ともに夫のバズ・ラーマン監督作品)。今回で4度目のノミネートです。


『フェイブルマンズ』

『フェイブルマンズ』のプロダクション・デザイナーは1993年の『ジュラシック・パーク』から今作まで、実に11作品のスピルバーグ監督作を手掛けてきたリック・カーター。他にもみんなが知ってる数々のメジャー作品でプロダクション・デザインをやってきている70歳のベテランです。
 アカデミー美術賞は今回で5回目のノミネート。この人もこれまで『アバター』、『リンカーン』で2度受賞しています。だから新旧アバター対決と言っても過言ではないのかもしれませんし、ジャンルが違い過ぎるので過言な気もします。
 スピルバーグは父親の仕事で引っ越しが多く、子どもの頃から結構住む家が変わります。それらをスピルバーグの記憶に基づき再現していく。アカデミーはノスタルジックは大好きですので。まあちょっと個人的過ぎるきらいはありますが、不思議と観客自身のかつての情景とも重ねやすいような舞台になっています。


【衣装デザイン賞】

『バビロン』
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
『エルヴィス』
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
『ミセス・ハリス、パリへ行く』

 衣装デザイン賞は最も優れた衣装デザインに贈られる賞です。映画世界を構築するビジュアルを讃える賞として美術賞と同じ作品が受賞することも多く、ノミネートも被りがち。
 ここも歴史を扱うピリオド部門が強めで、豪華な衣装に限らず時代を再現する衣装の数々にも注目が集まります。
 歴史としては『バビロン』『エルヴィス』『ミセス・ハリス、パリへ行く』。ファンタジーとしては『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』『エブエブ』。『エブエブ』の多元宇宙を示す奇抜な衣装デザインも忘れられませんが、強いのは『エルヴィス』と『ブラックパンサー』です。ここもちょっと……絞りにくいんですけど。ここは作品力も合わせて『エルヴィス』で考えたい。


『バビロン』

『バビロン』はハリウッド黄金期の多数の衣装を製作。とりわけヒロインのマーゴット・ロビーは強烈です。『スーサイド・スクワッド』でのハーレイ・クインの過剰な露出のあるコスチュームはそこに注目されるのはちょっと嫌がってた覚えがありますが、冒頭の乱痴気パーティーシーンでは大胆に前も後ろも開いた真っ赤なドレスを着用。自由に闊達に振る舞います。
 衣装デザインはアメリカの58歳、メアリー・ゾフレス。アカデミー衣装デザイン賞には4回目のノミネート。受賞経験はありません。チャゼル監督作品では2016年の『ラ・ラ・ランド』を担当し、アカデミー賞にノミネートされています。


『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』

 さて、本命の一角は『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』ルース・E・カーターです。60歳、アメリカの衣装デザイナー。
 スパイク・リー作品の衣装をよく手掛けているブラック映画のエキスパート。アカデミー衣装デザイン賞は4度目のノミネートで、前作『ブラックパンサー(2018年)』でアフリカ系で初めて同賞のオスカーを受け取ったデザイナーとなりました。
 スーパーヒーロー映画だからコスチュームがカッコ良いぜ! って話かと言うとそうでもなく(カッコ良いが)、『ブラックパンサー』はビジュアルにアフリカの様々な部族の民族衣装を織り交ぜて構築しているんですね。それは当然引き継がれるとして、今回衣装面でスゴかったのはやはり葬式シーンのビジュアル。白を基調とした葬儀用の礼装はビーズや革、毛皮などの素材を複雑に組み上げ、華美ではないが目を奪い惹きつけられるパワーを持っています。
 それに加えて今回は古代マヤ文明をルーツとしたタロカンの衣装に海藻や貝殻、ビーズを使って古代文明の文化をリスペクトしながら、ワカンダとはまた異なる誇りを持つデザインを仕上げました。それに対抗する新登場のワカンダ海軍もまた、緑色をベースに新たな魅力あるデザインにしています。ミッドナイト・エンジェルはダサい気がしていますが……。
『ブラックパンサー』で連続受賞なるか! というところなんですけど、ただ全米衣装デザイナー組合賞(CDG)落としたんですよね。


『エルヴィス』

 もう一つの本命は『エルヴィス』。こちらは美術賞にも名前が挙がるキャサリン・マーティンが衣装デザイナーも務めています。衣装デザインとしても美術賞と同じくこれが4度目のノミネート。受賞も同じくで、夫であるバズ・ラーマン監督作品の『ムーラン・ルージュ(2001年)』、『華麗なるギャツビー(2013年)』で美術賞と一緒にオスカーを獲得しています。
 衣装としてはやはりまず目を引くのはプレスリーのステージ衣装になりますが、実物の再現も含めて90を超える数の衣装をプレスリー一人のために用意。映画全体で言えばその100倍、9000以上の衣装を製作したそうです。エキストラも多いでしょうし、そこも考えればまあいっぱい必要ですよね。もちろんその全てを時代に合うように仕立てて時代に合うように着せているわけで。
 大事な前哨戦のCDGはピリオド部門で受賞。ライバルの『ブラックパンサー』は落としたのでジャンル的な強さも考えると安泰かと思われますが、ここで怖くなってくるのが『エブエブ』ですよ!


『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

『エブエブ』の衣装デザインはLA生まれLA育ち、52歳の日系アメリカ人シャーリー・クラタです。
 アメリカ育ちながら日本の雑誌で日本のファッションに影響を受けたというクラタ。大きな丸いファッショングラスをトレードマークに、アカデミー賞初ノミネートです。
 今作ではやはり特に注目なのが、様々なバースの能力を操り自由なコスチュームを纏ったジョブ・トゥパキ。ゴス風、原宿風、ゴルファー風、エルヴィス風、などなどジョイ自身の内面を示したモノやアジア系のイメージを踏襲してぶち壊すモノがいっぱいあります。とにかく自由度が高いデザインの衣装を身に付けているのでインパクトは抜群。何か分からんけど、全身から樹が生えてる感じの服とか……。前見えにくくねえか? と思うんですけども。動画だとアメーバ・ジョブとかCOVIDジョブとか呼んでますね。まあそういう衣装がいっぱい観られます。
 で、これがCDGのファンタジー部門を『ブラックパンサー』を抑えて取っちゃったんですよ……!
 こうなると作品力はトップクラスに高いですし、当然勢いもあるのでちょっと悩ましくなります。勢いなら『エルヴィス』も高まってはいるので簡単には勝てませんが? 今回は全体的にアフリカ系のノミネートは弱めなんですけど、代わりにと言うかアジア系はいつもよりもかなり多いんですよね。それも『エブエブ』絡みで多いので、作品が強いからどこもかなり高めの位置にいまして、恐らく過去最多でアジア系がオスカーを取るアカデミー賞にはなります。そうなるとそれが後押しになるか逆に反発されるか……?


『ミセス・ハリス、パリへ行く』

 最後、『ミセス・ハリス、パリへ行く』はここだけのノミネート。実は公開中にちょっと観に行けなかったので観てないんですけど……。評判の良さだけは聞いています。原作は1958年の小説で、3度目の映画化。
 1950年代、ロンドンの家政婦ミセス・ハリスはお客さんが持っていたクリスチャン・ディオールの高級ドレスに憧れて、自分も貯金をはたいて買うぞ! とパリへ向かいます。分不相応な高級ドレスを買おうとするハリスが、そこで出会う人々と紡ぐ温かいコメディドラマ。
 いいですよね、掃除のおばさんが素敵なドレスを着てみたい! と夢を叶えに行く冒険譚。「ドレスを着たい」が動機なのがまた良いじゃないですか。レスリー・マンヴィルにイザベル・ユペール、キャストも素敵です。面白そ~。
 衣装デザイン担当はジェニー・ビーヴァン。泣く子も黙る72歳、イングランドの衣装デザイナーです。この人は何かもう、好きで……。アカデミー賞はこれで12回目のノミネート、2021年の『クルエラ』などで衣装デザイン賞を3度獲得しています。いやー、取って欲しさで言えば私はジェニー・ビーヴァンには一生取って欲しいですけどね。まあ今回は無理かな……。
 クリスチャン・ディオールの全面協力を受けて、50年代のデザインを再現したファッションショーなどをやっているそうで、ステキなドレスはいっぱい観られると思いますよ。


【メイクアップ&ヘアスタイリング賞】

『西部戦線異状なし』
『THE BATMAN-ザ・バットマン-』
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
『エルヴィス』
『ザ・ホエール』

 メイクアップ&ヘアスタイリング賞もそのまま、優れたメイクとヘアスタイリングの賞です。他と比べると創設されたのが40年ほど前からでだいぶ新しめ。ここにヘアスタイリングが加わったのは10年くらい前です。
 ノミネートだけなら視覚効果賞と並んでアメコミ系でも入りやすい部門になりますが、ここも歴史的な作品の方が強いは強いです。女性のヘアスタイリングとか過去再現の方が大変なセットしてるケースは多いですし。ただ、最近の傾向としてはいかに自然に実在の人物に似せるメイクをしているのか!? みたいなのはあって、特殊メイク系も人気なんですよ。
 ここは『エルヴィス』、もしくは『ホエール』の対決。偉大な人物の再現を重視するか、巨漢に扮する特殊メイク術を評価するか。


『西部戦線異状なし』

『西部戦線異状なし』は何でしょうね。選外の作品でもアナ・デ・アルマスをマリリン・モンローに変身させた『ブロンド』とかもあったので何でこっちが入ってくるのか全然分かんないんですが。泥を顔面に塗りたくったメイクとか、その辺の評価ですか? スゴさが分かりにくいので、ここは気にしなくて良いと思います。


『THE BATMAN-ザ・バットマン-』

 アメコミから参戦してきたのは『THE BATMAN』。アメコミキャラってのは良いも悪いも大概はゴリゴリに変なメイクをしています。なのでコミック再現をするとまあ、必然的にスゴいメイクにはなりがち。中でもバッツはメイクが必要な悪役が多い印象ですが。
 今作はバッツそのものが、マスクをかぶる時のアイメイクをマスクオフ時にそのまま付け続けて撮影することで今作独自の印象を強くしています。地味ポイントです。後は主演男優賞ノミネートの痩せ型のコリン・ファレルが、たっぷり時間をかけた特殊メイクでもう全く別人の悪党ペンギンことオズワルドの人相に変身していますね。ここまでいくと、すげーけどファレル以外をキャスティングした方が良かったのでは? という気もしないでもないです。


『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』はアメコミヒーロー映画らしく特殊メイクのスゴさもあるとは思うんですが、それよりもアフリカ的・あるいはマヤ的なビジュアルを生み出すメイク術とか、衣装と合わせ技のスゴいヘアセットが評価されている気がします。全米メイキャップアーティスト&ヘアスタイリスト組合賞(MAHG賞)で、コンテンポラリー(現代劇)部門のヘアスタイリング賞を獲得しました。


『エルヴィス』

『エルヴィス』のこの部門での強さは、そもそものエルヴィス・プレスリーというカリスマの再現もありますが……こいつ、この映画で年を取るんですよ!!!
 若い誰にも知られていないような頃から、カッコ良いテレビにもバンバン出るような絶頂期、そしてベガスでの晩年のヤサグレ期。長い人生をやってしまいますので、その年代ごとに自然にオースティン・バトラーを加齢させる必要があります。別にモノマネ大会やるわけじゃないからプレスリーに激似させる必要はないんですよ。でも、バトラーのプレスリーにきちんとプレスリーのような年の取り方をさせないといけないんですよ。大変ですねえ。
 バトラーは実はプレスリーになるために顔面にオプションパーツをくっつけているんですが、年を取るとこれが増えていくんですね。邪魔そうですね。プレスリーは太っていくからファットスーツも着る羽目になりますからね。俳優って大変ですね。メイク班もメチャクチャ大変ですが!
 そういう苦労も認められて、MAHG賞ではピリオド・キャラクター部門でメイクアップ賞とヘアスタイリング賞を受賞しました。こうやって書いてみるとますます取りそうな気がしてきます。


『ザ・ホエール』

『エルヴィス』と戦うのは、デカくて説明不要の『ザ・ホエール』! とにかく体重270キロに見えるように自然なメイクを施しました! って話なのでホントにそれ以外には言うことはない!
 MAHG賞では特殊メイクアップ効果賞を受賞。アカデミー賞は俳優を自然に太らせる特殊メイク好きですからね。それも生命の危機に達するレベルの肥満体に太らせるってのはさすがに早々ないので。取る可能性はかなり高そう。


【視覚効果賞】

『西部戦線異状なし』
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
『THE BATMAN-ザ・バットマン-』
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
『トップガン マーヴェリック』

 視覚効果賞は特撮やCGを使ったVFXなどビジュアルエフェクトを讃える賞です。CGの賞なのでアメコミヒーロー超大作など商業映画の大作でもノミネートしやすいところ。ただ、ド派手であれば良いわけでもなく面白い技術を評価するところなので受賞までは別の話です。
 ここは何と言っても『アバター:WoW』。そんなこともないんだろうけど、外野からすればこれはもうこの賞を取るために生まれてきたようなモノですよ! それくらいには強い映画です。後は『トップガン マーヴェリック』ですね、これもVFXは相当面倒なことをしています。


『西部戦線異状なし』

 大変ですよね、VFX。現代の映画は何であれかなりCGによる補正には頼っていると思いますけど、やっぱりSFやアクション、戦争となっていくとその比重も強まるわけで。
 第一次世界大戦の過酷な戦場を描く『西部戦線異状なし』でも、いろんな場面をVFXで修正することで戦場のグレードアップをさせています。


『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』

 さて、大本命の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』くん。毎度おなじみ惑星パンドラに住む青肌のデカい宇宙人種族ナヴィはもちろん全てVFX処理されているCG生命体。しかしそれは外面の話で、彼らの動きと表情はモーションキャプチャーによるもの。ちょうど前作で地球人が操作する人工生命体アバターのように、中身は血の通った人間で出来ているんですね。
 そしてナヴィのスゴいモーションキャプチャーのことなぞすでに13年前に通った道。同じことして同じ賞をもらえるわけではありません。今作は以前よりもはるかにレベルアップしているのです。そう、水を使った視覚効果によって!!
 今回の舞台は海の部族たちの暮らす集落です。普段生活するのも、敵と戦うのも、ほとんど全部に水が関わってきます。今回はハイフレームレートで作られており、映画で通常だと毎秒24フレームで作られる映像が48フレームになっているんですよ。要するに1秒間に使うセルアニメの枚数が倍になってるようなことで、よりリアルに俗に言う「ヌルヌル動く」状態になります。ゲームだとプレイステーション5は目的に合わせてこの描画枚数を変えられるんですが、アクション優先だと60、ビジュアル優先だと30、みたいな感じ。つまり多い方がアクションでは強いということです。単純計算で、以前の『アバター』よりも2倍強くなっているんですよ!!!
 まあ、2倍スゴいとかは雑過ぎる話なので人に言わない方がいいですが、常にハイフレームレートだとヌルヌル動き過ぎて気持ち悪いとか文句言われることになるので。日常ゆるふわシーンはこれまで通りの24フレームで、アクションシーンは激しく48フレームで! ときちんと使い分けを考えられています。二刀流ですよ、二刀流! そして、今作最大の売りである水が出て来るシーンは常に48フレームのハイフレームレートです!!!
 そして今作の一番大きな成果は「水中でのモーションキャプチャー」を成功させたこと。『アバター:WoW』は水中でのシーンが多い……その動きをリアルに撮影するにはどうすればいいか?

「ぶち込んじまえばいいじゃん、水中に!!!」

 と言うことで、まずデカいプールタンクを作ります。実際に水を入れて人を泳がせて撮影する、水中撮影用のスタジオですね。そこに若手だろうとシガニー・ウィーバーだろうと、誰彼構わず水中シーンがある役者はモーションキャプチャー用のマーカーを付けた専用スーツを着せて水中に入れて本当にアクションをさせます。完成!
 ただこれにも問題があって、モーションキャプチャーはカメラがマーカーを捉えて役者の動きを取り込むわけですけど、水中だと呼吸の気泡がマーカーと誤認されるから正確にキャプチャー出来ないんですよ……! 水中で撮影したい、でも気泡が邪魔で撮影出来ない! どうする、キャメロン!?

「呼吸させなきゃいいじゃん!!!!!」

 と言うことで、水中に入るキャストは全員呼吸を止めて演技をすることになりました。シガニー・ウィーバーでも何でも、水の中に入るヤツは誰彼構わずだ!!
 もちろんこれはスタッフも同じ。水中に入る人は全員が撮影の間は息をせずに、余計な泡を立てずに行動します。そのためにわざわざスゴいダイビングの先生を呼んできて、15ヶ月間訓練を積んで安全を確保してから撮影を行ったそう。この結果、キャスト達は水中で長時間呼吸せずに動けるようになったとか……。役者って大変ですね。いやこれはある意味なぜかダイビングの訓練積まされてるスタッフの方が大変かもですが……(訓練楽しかったらしい)。
 そういうことでまあ、ほぼ今回もここを取ることは確実でしょう。VFXの話なのに思ったより肉体的な話でしたが……。他にも色々とスゴい技術を駆使して作り上げたみたいですよ。


『THE BATMAN-ザ・バットマン-』

 VFXの話は意味は分からんけど、見ててスゲー! とは思えるのでメイキングが楽しいですよね。
 アメコミヒーロー映画『THE BATMAN』の特徴は巨大なLEDスクリーンを円筒形に配置して作り上げた撮影空間。ここに広大なゴッサムシティの遠景を投影するなどして撮影するわけです。スター・ウォーズのドラマの『マンダロリアン』で使われてた技術の発展形みたいですね。
 こういうのも撮影によって良し悪しあるんでしょうけど、LEDスクリーン自体は流行りなのでこれから普及していくやり方の一つだと思われます。日本でも使い出してるらしいですからね。


『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』

 そしてもう一つのアメコミヒーロー映画からノミネートしてきたのがやはり『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』。視覚効果賞くらい、『ドクター・ストレンジ』とかでもいいのに!
 まあ、とにかくバンバンやってます。こういうVFX大量投入でのド派手なアクションシーンの作り込みはやっぱりMCUの方が強いですしねー。特にクライマックスの海戦はまあ、そりゃCGだなっていうスケール感のバトル。キャラクターもモーションキャプチャーはしますけど、CGアニメで動きは作られたりもするので。激しく動きまくる時はだいたいCGです。


『トップガン マーヴェリック』

 もしも、万が一にでも、『アバター:WoW』がこの賞を取れなかった場合。その時は受賞するのは『トップガン マーヴェリック』です。
 これはもう飛行シーンですよね。「今回の飛行シーンは絶対に空中で飛びながら撮るぞ!」とまたトムが何か言い出したので、俳優達は本物の戦闘機のコックピットの映像を撮るために本当に戦闘機に乗る訓練を3ヶ月積むところからやる羽目になりました。訓練プログラムを組んだのはトム・クルーズ。だってなぜか乗れますし、なぜか自分の飛行機も持ってますからねトムは……。

「トムだけ楽しそうでしたけど、僕らには地獄でした。マジでツラい。でもトムがいないとこんなの出来なかった、マジで感謝」

 そんな感じのことをインタビューで言っていたのはグースの息子ルースター役のマイルズ・テラー。
 何か、前に同じような話を聞いた記憶があるんですよね……。「乗馬はスタントがやってくれると思ってたらトムがやる気満々で馬に乗るから俺もやるしかなかった。トムは楽しそうだったけどマジできつかった。トムに感謝」みたいなヤツ……。あいつ、また若い役者を無茶に巻き込んでんのか!?
 まあ、でもさすがにマジで役者が戦闘機を飛ばして撮影したわけではありません。操縦したのは本物のトップガン。役者は後部座席で操縦しているフリをしつつ、マジで高速で飛ぶ戦闘機の衝撃に素でビビったり頭打ったりしてるだけです。それでもちゃんと訓練しないと分かんないことはありますからね。1作目の時はトム以外のキャストは吐いたり気絶したりでろくに使えなかったらしいですし。まあ、別に絶対にやらないといけないことではないんですけど……(スゴさも意味も分かるがそのうち死にそうなので積極的に認めにくい)。
 ちなみにトムだけが役者陣で唯一飛行機に乗って操縦してます。戦闘シーンのヤツじゃないですけど。なぜかわざわざ自分の飛行機を持ってきて乗ってます。何をやってるんだ、トム。
 で、これで革新的だったのは実際に戦闘機に乗って撮影したことじゃなくてですね、狭い戦闘機のコックピットで本当に飛びながら撮影できるシステムを組んだことですよ。これによって飛びながら撮影した素材を組み合わせてVFX班がリアルな空中戦を仕上げていくわけです。
 今回の視覚効果賞は「実際に水中で息を止めて撮影した映画」と「実際に空中で高速飛行をして撮影した映画」の対決になりますね。結局CGアニメを作るわけじゃないから自分たちでがんばる必要はあるんだな……というのが分かる映画達ですね。


【作曲賞】

『西部戦線異状なし』
『バビロン』
『イニシェリン島の精霊』
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
『フェイブルマンズ』

 作曲賞は歌ではなく映画のスコアに贈られる賞です。「作曲」の賞なので。歌入りの主題歌などへはこの後の歌曲賞が贈られます。
 毎度おなじみジョン・ウィリアムズなんかもノミネートしていますが、ここの本命は『バビロン』ジャスティン・ハーウィッツ。だいぶ強い。後は作品力も含めて『エブエブ』サン・ラックスが来るかどうか。


『西部戦線異状なし』

『西部戦線異状なし』の音楽はドイツの作曲家フォルカー・ベルテルマン。『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』でハウシュカ名義でノミネートしていますので、今回2回目のノミネートです。英国アカデミー賞は作曲賞を獲得しており、ともするとオスカーも持って帰る可能性はあります。
 正直、音楽としては結構好き。ただ主張が強過ぎると言うのか、音の不快感が「うっせえーーーーーー!!!!!」って思っちゃうことはシーンによってはあります。


『バビロン』

『バビロン』の音楽はチャゼル映画では毎度おなじみ、安心と信頼のジャスティン・ハーウィッツです!  今回の本命。
 ハーウィッツは2016年の『ラ・ラ・ランド』を手掛け、あの年は歌曲賞も含めて一気に3ノミネートしていました(作曲賞・歌曲賞を受賞)。今回はそれ以来の2度目のノミネート。
 やっぱり特にとなるとこの映画は冒頭の乱痴気シーンになっちゃうんですが、その乱痴気シーンの乱痴気音楽が最高! 音楽と映像の一体化したグルーヴがアガります。チャゼル監督とは大学時代からの仲間で、ここまで全ての映画でタッグを組んでいる盟友です。お互いに欠かせない存在として長い間仕事し続け、とうとう今回は今までで一番映画と音のベストマッチが感じられる作品になったんじゃないでしょうか。
 前哨戦ではとにかくかなりの強さを見せており、不意に『西部戦線』あたりが飛び出さない限りは負けないんじゃないかなー。


『イニシェリン島の精霊』

『イニシェリン島の精霊』カーター・バーウェル。67歳、アメリカの音楽家。『ファーゴ』とか、コーエン兄弟の映画の音楽をやったりしていますが、マーティン・マクドナーの映画も大体この人ですね。アカデミー賞のノミネートは3回目。受賞経験はなし。
 今作は物静かで雰囲気の良い曲が多くて、普通に好き。そんなに田舎って好きなわけでもないんですけど……。この映画はこう、合わせ技で何だか全体の空気が好きで、上手く包んでくれてるのがバーウェルの音楽です。急に不安になることもありますけど!


『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

『エブエブ』の音楽はサン・ラックス。個人名じゃなくて、アメリカのスリー・ピース・バンドです。当然ながら初ノミネート。
 マルチバースの音楽を生み出す、というところでいわゆる映画音楽を作る人以外を選んだ感じでしょうか? 監督のダニエルズはMV出身ですので、こういうところのセンスは良いと思います。
 作品は映像のインパクトも強くて、あんまり音楽の印象が残ってないんですが……。作品の勢いが強い分、ここも持ってっちゃう可能性はありますね。


『フェイブルマンズ』

 スピルバーグ作品と言えばこの人。『ファイブルマンズ』の音楽はジョン・ウィリアムズ御大、いつまで現役なんだ91歳!!
 もう多過ぎて数えるのがめんどくさかったんですが今回で48回目のノミネート、自ら最多ノミネート記録を更新しました。ちなみにこの人、これまで歌曲賞にも5回ノミネートしているので合計53回ノミネート。ご存命の中ではアカデミー賞最多ノミネート記録保持者です(歴代最多はウォルト・ディズニーの59回)。昔は1回のアカデミー賞で2回ノミネートするとかを頻繁にしてましたからね、頑張ったら歴代最多記録も夢じゃないですけど……。
 なお受賞は5回で、作曲賞の歴代2位記録です。
 そしてさらに付け加えるとアカデミー賞の受賞者って最高年齢記録が89歳(ジェームズ・アイヴォリーとアン・ロス)なんですよ。これ、万が一ウィリアムズ御大が取れば91歳の史上最高齢オスカー受賞者が誕生してしまいますからね。ノミネートまでならたぶん今でも歴代最高齢者です。
 取れないとは思ってるんですけど、今でもこんなにちゃんと作曲できるんだ……って怖くなりますね。


【歌曲賞】

「Applause」『私たちの声』
「Hold My Hand」『トップガン マーヴェリック』
「Lift Me Up」『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
「Naatu Naatu」『RRR』
「This is a Life」『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 作曲賞は映画のスコアへの賞。対して歌曲賞は劇中の挿入歌やエンドロールで流れる主題歌など、歌付きの楽曲に贈られる賞です。
 作品そのものの魅力を増す、場面や主題に沿った内容の歌が評価されることが多いですね。実写に限らずアニメ作品の歌も入りますので、わりとディズニー作品が強いことも。
 ここも際どい一騎討ちになりそうなんですが、有力候補は『トップガン マーヴェリック』の「Hold My Hand」。あるいはダンスが話題の『RRR』の「Naatu Naatu」です。全てのノミネート曲が授賞式で披露される予定ですので、アカデミー賞で見られるナートゥが楽しみで仕方ないですね! 世界が "ナートゥ" をご存じになってしまう。


「Applause」『私たちの声』

 秋に日本公開が決まったのは女性のエンパワーメントをテーマに7つの短編を集めたアンソロジー映画『私たちの声』。日本からは呉美保監督の作品も加わっており、主演は杏さんです。主題歌の「Applause」がノミネートしました。「拍手」という意味で、奮闘する女性にエールを贈る楽曲。
 これ、ダイアン・ウォーレン枠なんですよね。別にそんな枠が本当にあるわけではないんですけど、ダイアン・ウォーレンが作詞・作曲を担当した楽曲が今回で14回目のノミネート。受賞歴はないんですが6年連続でノミネートしており、とにかく毎年のように登場するノミニーです。


「Hold My Hand」『トップガン マーヴェリック』

 本命の一つはレディー・ガガが歌う『トップガン マーヴェリック』の主題歌「Hold My Hand」。『トップガン』は前作でもベルリンの「Take My Breath Away」が歌曲賞にノミネートし、受賞しました。
『トップガン』というとやっぱり「Danger Zone」のイメージが強くて、今作でもオープニングで熱くさせてくれましたね。今回のガガが歌う主題歌も見事なパワーバラードで胸を熱くさせるとても良い曲です。『トップガン』の歌は強い!
「Hold My Hand」は「私の手を握って」という意味で、勇気を与えて鼓舞してくれる歌になっています。カッコ良いですね。


「Lift Me Up」『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』からノミネートしてきたのはリアーナが歌うエンドソング「Lift Me Up」。追悼ソングです。
「Lift Me Up」は「気分を上げる、元気を出す」というような意味。もう会いたくても会えない大切な人への恋しさを歌う曲で、ブラックパンサー=ティ・チャラへの哀悼であり、チャドウィック・ボーズマンへ捧げる曲でもあります。
 こう……じんわりと沁み込んでいく歌声。歌そのものはシチュエーションも相まってすごく良いので、本命とは言いませんがオスカーを取る可能性も十分。


「Naatu Naatu」『RRR』

 “ナートゥ” をご存じか!?

 映画大国インドから『RRR』の劇中曲、ご存じ「Naatu Naatu」がアカデミー賞に殴り込みだ!!!!!!
 とりあえず動画を観てください。分かりましたか? これがナートゥです。素晴らしいですね。ダンスシーンも込みの評価になりますしするべきですが、もうこんなもの誰も勝てませんよ。無限に観れます。
 いちおう簡単に説明しておくと、『RRR』はインドのテルグ語映画。『マッキー』『バーフバリ』のS・S・ラージャマウリ監督が贈る近代の英雄叙事詩です。時は巨大な大英帝国による不条理な支配と理不尽な暴力に晒されるインド植民地時代。2人の好漢ラーマとビームはそれぞれの信念を胸に、たった2人で卑劣な大英帝国に立ち向かっていきます。
 このナートゥのダンスシーンは現在のウクライナへのロシアの侵攻が起こる前に、ウクライナのキーウにある大統領公邸マリア宮殿で撮影されました。その時はこんなことが起こるとは想像していませんでしたが、今となれば強大な国家の暴力に晒されて人々が苦しめられる状況は映画の背景とも合致してしまいます。いつかね、マリア宮殿で全員倒れるまで踊り続けるナートゥダンス大会が開催出来たらいいな、と思ってるんですよ……。
 アカデミー賞授賞式でも生披露されることが決定していますので、今からそれが一番楽しみです。会場に集まったハリウッドスター全員でナートゥしようぜ! トム・クルーズがニヤニヤしながらナートゥしてる姿が見たいんですよ私は!


「This is a Life」『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

 最後は作品力では一番高い『エブエブ』の主題歌、「This Is A Life」。パフォーマーは音楽担当のサン・ラックス、日系アメリカ人のミツキ(mitski)、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンです。どんな組み合わせだ。
「これが人生」ということで、自分を縛り付ける運命から解き放って、自分の可能性に光を当てる人生讃歌です。作品のエンドソングにふさわしい良い歌、良い歌詞ですね。授賞式ではジョイ役のステファニー・スーが歌う予定です。
 受賞の可能性は低めだとは思いますが、作品のパワーがある分ひっくり返す可能性はあります。


【長編アニメ賞】

『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』
『マルセル 靴をはいた小さな貝』
『長ぐつをはいたネコと9つの命』
『ジェイコブと海の怪物』
『私ときどきレッサーパンダ』

 長編アニメ賞は素晴らしいアニメーション作品に贈られる賞。比較的日本作品もエントリーしやすい賞ですが、今年は湯浅監督の『犬王』が候補に残ったものの残念ながら落選。
 ディズニー・ピクサーが毎年強いところで当初はピクサーの『私ときどきレッサーパンダ』が本命かと思っていましたが、フタを開けてみると前哨戦の結果はイマイチ。ドリームワークスの『長ぐつをはいたネコと9つの命』も評判はかなり高いので楽しみな作品ですけど、受賞の可能性は低そうです。
 ここで取りそうなのはA24の実写とストップモーションアニメを組み合わせた『マルセル 靴をはいた小さな貝』。そして本命はNetflixのストップモーションアニメ『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』です。そもそも手間がえげつないのもありますが、映画賞は結構ストップモーションアニメは好き。


『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』

『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』はNetflixのストップモーションアニメ。監督はタイトルそのまんま、『パシフィック・リム』などのギレルモ・デル・トロです。
 最近、日本でピノッキオ映画が公開される率が高くて。本家イタリアの『ほんとうのピノッキオ』も2年ほど前にありましたし、去年はディズニーの実写版ピノッキオも配信されました。前者は原作寄りで、後者は実写版ディズニーらしく現代的なアレンジをしたかったのは伝わる映画です。
 そしてこのトロ版は、何ともトロらしい味付けがされたピノッキオ! 何せクリーチャーを愛してやまないトロ、人間と半魚人のロマンスを描いてアカデミー作品賞を獲得した『シェイプ・オブ・ウォーター』を作った時は「『美女と野獣』で野獣が王子様になるのが納得いかない」と言っていたほどです。「人間になる」ことが絶対的に良いことだと考えていないんですね。それがピノッキオをやるとどうなるか?
 今作は舞台を第一次世界大戦下のイタリアに設定しており、戦争で息子を失ったゼペットの悲しみ、不死身の能力に目を付けられて徴兵されるピノッキオ、と原作で見たことない展開がモリモリ出て来ます。そうした戦時下のダークな雰囲気の中で、「本物の少年」であるということ、「生命」を考えていく。
 そして原作でもディズニー版でもピノッキオは「大人の言うことに従うのが良い子」と定義しており、それ以外は悪い子としています。子どもは大人の言うことを聞くのが正しいのです。しかしデル・トロ、そんなことを受け入れません。ギレルモ・デル・トロのピノッキオは「大人の言うことを聞いて人間になる話」ではなく、「大人に抑圧され、搾取される子ども達が自由を訴えて反旗を翻す話」になっていきます。
 デル・トロが描くビジュアルや世界観は素晴らしく、ミュージカル映画になっているのも面白いところ。暗い時代に明るく自由に響くピノッキオのキャラクターもとても良い作品です。アニー賞など大きいところもバシバシ取って、長編アニメ賞大本命。


『マルセル 靴をはいた小さな貝』

 対抗として挙げたいのがA24の『マルセル 靴をはいた小さな貝』。無事に邦題も決まり、6月に日本公開されることになりました!
 予告編を観てるだけでも可愛らしくて良い雰囲気がありますね。アニメと実写の融合というのは、2DアニメでもCGアニメでも何作かあります。しかしこの作品はストップモーションアニメと実写世界との融合。ちょっと珍しくて、何だか分かりませんが大変そうですね。まあそもそもは1925年の『ロスト・ワールド』とか1933年の『キング・コング』とかレイ・ハリーハウゼンとか、大昔はそれこそ特撮の主流なんですけど。それを今の技術で今の感覚でやるとどうなるか、には興味が尽きません。
 元々は監督のディーン・フライシャー・キャンプとマルセル役のジェニー・スレイトがやっていた短編シリーズ。靴をはいた喋る貝のマルセルとお祖母ちゃんが売れない映像作家の男性ディーン(監督自身)と出会い、マルセルに興味を持ったディーンはマルセルの毎日を撮影します。その動画がYouTubeでバズって彼らの状況は一変! そこから巻き起こる物語をハートウォーミングに描きます。技術的にもストーリー的にも良さそうな作品で絶対観たい。


『長ぐつをはいたネコと9つの命』

 日本公開も間もなく、3月17日から。ドリームワークスの『長ぐつをはいたネコと9つの命』も非常に高評価の作品です。
 『長ぐつをはいたネコ』は2011年に『シュレック2』からのスピンオフとして公開されたアニメ。その続編です。ネコには9つの命があると言われており、長ぐつをはいたネコことプスはそのおかげで気ままに命知らずの冒険を続けて来られました。でも、ついに命は残り1つに。プスは急にリアルに迫る死が怖くなりペットになろうと決意しますが、何でも願いが叶う願い星の存在を知って、仲間とともに命の数を戻すための旅に出ます。
 死生観を扱い、人生の楽しみを探るアニメ。予告編もやり過ぎなくらい可愛らしいので、家族で楽しく観られる作品でしょう。


『ジェイコブと海の怪物』

 Netflixからもう1作エントリーしてきたのは『ジェイコブと海の怪物』
 世はまさに大ハンター時代、海を支配する恐ろしいモンスターに恐れを知らぬハンターが次々と挑み、世界に希望をもたらす時代。ハンターに憧れる孤児の少女メイジーは現役最強のハンターであるキャプテン・クロウの船に潜り込み、恐るべき怪物レッド・ブラスターとの戦いに参加します。しかし戦いの最中、メイジーはハンターのジェイコブとともに海に投げ出され、何だかんだで無人島に流れ着く。そこでレッド・ブラスターに助けられた2人は嘘で塗り固められていた世界の真実を知ることになる。
 メチャクチャ良いとまでは言いませんが良くできたアニメ。


『私ときどきレッサーパンダ』

 本命の一角と考えていたピクサー最新作『私ときどきレッサーパンダ』。思ったほど賞レースでは活躍していませんが、これが良いんです! 思春期にイタい記憶がある人は必見。生き生きとしたキャラクターのイタイタしい青春がたまりません。
 カナダで暮らす中国系カナダ人のメイは13歳の女の子。ある日、興奮すると巨大なレッサーパンダになる能力に目覚めたメイは、その能力を使って友達と一緒に憧れのアイドルグループのライブに行くために奮闘するのだ!
 このレッサーパンダ化は思春期で迎える二次性徴のメタファー。身体が大きく、丸みを帯びて柔らかくなり、体毛が濃くなって体臭も変化し真っ赤になる。ついでに情緒も不安定になる。レッサーパンダって、思春期の女の子なんだ! あとカナダと中国を合体させた感じっぽいです。
 2018年の短編アニメ映画『Bao』でアカデミー短編アニメ賞を獲得した女性監督ドミー・シーが手掛け、これまでのピクサーにない大胆な表現で感情豊かで楽しくてイタい思春期を詰め込みました。もっと評価されて欲しかったですね。


【短編アニメ賞】

『ぼく モグラ キツネ 馬』
『The Flying Sailor』
『氷を売る親子』
『My Year of Dicks』
『An Ostrich Told Me The World Is Fake And I Think I Believe It』

 短編アニメ映画賞は40分未満のショートアニメに贈られる賞です。短編部門はアニメ・実写・ドキュメンタリーの3つ。情報が少ないので予想する上では鬼門になってきます。ほぼ観る機会もない。予想でも無視されがちです、誰も観てないから。
 まあ今回の短編アニメ賞に関しては予想は簡単で、まず『ぼく モグラ キツネ 馬』が受賞するでしょう。


『ぼく モグラ キツネ 馬』

 AppleTV+で配信されているらしい『ぼく モグラ キツネ 馬』。2019年に出版された同名タイトルの絵本を原作者自らがアニメ化した作品です。プロデューサーにJ・J・エイブラムス。声優にはイドリス・エルバやトム・ホランダーなど。
 コロナ禍の中でリモートで作られた作品で、20以上の国から150人を超えるスタッフが参加。この時代ならではのやり方で作られた作品と言えるでしょう。水彩画風のタッチも魅力。


『The Flying Sailor』

 YouTubeで全編公開されているのが『The Flying Sailor』。1917年にカナダでハリファックス大爆発という死者2000人にものぼる大災害がありまして、その実話に基づいたアニメ。船の衝突事故なんですが、爆薬を積んでてとんでもない爆発をしたんですね。その爆風で吹っ飛んでいくおじさんの走馬灯なんです。なんですけど。
 実際の大災害だからアレなんですけど、アニメの話なので!! 爆風を浴びた水兵のおじさんが2キロほどの距離を飛ばされるんですよ。で、その時にもうスローモーションでゆっくりと服が剥ぎ取られていくんですね。それで全裸に、完全にノーモザイクの生まれたままの姿でゆっくりと、ゆっくりと吹っ飛んでいくんですよ。無修正で丸出しなんですよ。完全全裸のおじさんがスローモーションで吹っ飛んでいって、完全全裸のおじさんの走馬灯を観るアニメなんですよ!!!
 いやー、これが良くて……。アニメの作り方とか音楽とかそういうのもメチャクチャ好きなんですが、もうとにかく「ゆっくり全裸で飛んでいくおじさん」という映像が良すぎました。ありがとうございます。ちゃんと重力で向きも変わりますし、完全全裸なのにタバコだけくわえてるのもマニアックで良かったです。
 爆風で2キロ吹っ飛んで生きてたイギリス人船員が本当にいたらしく、そのエピソードに触発された作品ということ。


『氷を売る親子』

『氷を売る親子』はポルトガル、フランス、イギリス合作。断崖絶壁で氷を売る親子のお話。パラシュートで降りて近くの村まで売りに行くのです。設定がスゴいですね。
 セリフを使わず、親子の絆を描いた作品です。


『My Year of Dicks』

『My Year of Dicks』はアメリカとアイスランドの合作、Vimeoで配信してます。女性脚本家パメラ・リボンの回顧録に基づき、少女の体験を綴る。ちょっとアダルトな感じ。


『An Ostrich Told Me The World Is Fake And I Think I Believe It』

 最後はオーストラリアの11分のストップモーションアニメ『An Ostrich Told Me The World Is Fake And I Think I Believe It』。仕事に追われる毎日で起きた出来事を描きます。


【国際長編映画賞】

『西部戦線異状なし』(ドイツ)
『アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~』(アルゼンチン)
『The Quiet Girl』(アイルランド)
『CLOSE/クロース』(ベルギー)
『EO イーオー』(ポーランド)

 国際長編映画賞はアメリカ以外の国の素晴らしい映画に贈られる賞です。去年は日本の『ドライブ・マイ・カー』が取りましたね。最近は作品賞などでも外国の映画が入ってきやすくなっているので良いことです。
 ここは前哨戦の結果で見ても本命はインドの『RRR』か韓国の『別れる決心』で考えていましたが、そもそもインドは代表を『エンドロールのつづき』にしたので『RRR』は代表選落ち、『別れる決心』もノミネート選外。本命不在になるかと思われましたが、それでも国の代表がぶつかり合うガンダムファイトみたいな部門ですから強豪は揃います。
 ベルギー代表の『CLOSE/クロース』、ポーランド代表の『EO イーオー』も数多くの賞を取ってきた猛者で油断できない相手。しかしここは作品賞にまで入り他部門にもやたらと顔を出しているドイツ代表『西部戦線異状なし』がいます! この勢いならさすがにここはまず『西部戦線異状なし』が取るでしょう。他の映画も日本公開が楽しみですね。


『西部戦線異状なし』(ドイツ)

 さてまず本命のドイツ代表『西部戦線異状なし』ですが、もう作品賞とか他のところでも書けることはだいたい書いてるのでもういいですか? 1930年にもアメリカ版がアカデミー賞で激賞された名作を本場ドイツで初の映画化。英国アカデミー賞でも大暴れしましたので、他のノミニーが欲しいヨーロッパ票も普通に持っていくと思います。


『アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~』(アルゼンチン)

 PrimeVideoで配信されているのがアルゼンチン代表、『アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~』です。
 1985年、アルゼンチン最後の軍事独裁政権の首謀者を起訴したフンタス裁判を描き、血なまぐさい独裁政権を二度と生み出すまいとする信念を映し出す法廷劇。
 第79回ヴェネツィア国際映画祭のコンペ部門でプレミア上映されて最高賞である金獅子賞を争い、ゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞などを受賞しています。


『The Quiet Girl』(アイルランド)

 アイルランドから初めてこの部門へノミネートした作品となったのは『The Quiet Girl』。本命視されていた韓国映画『別れる決心』を抑えてのサプライズノミネート。とは言え、これもベルリン国際映画祭でクリスタルベアを獲得するなど高い評価を得ている作品です。アイルランドのアカデミー賞と言えるIFTAも8部門取りました。今年はちょっとアイルランドが盛り上がってますね。
 主人公は9歳の大人しい女の子で。家庭がこう……あんまりよろしくない。お金がなくて、両親の仲が悪くて、何かと余裕がないのにそれでもまた妊娠しちゃって、やることやってんじゃねーか、とか思うんですけども。普段でも全然子どもの面倒見られないのにそんな状態だから、親戚の家に預けられるんですよ。最初はぎこちなかったんだけど、この親戚夫婦は昔子どもを亡くしていて……。
 という、まあ家族というのは必ずしも血縁が全てじゃないんだよ、と。そういう苦しさを乗り越えて、最後にボロボロ泣かせにくるタイプのヒューマンドラマ映画です。家族になっていく話、好きなんですよね……。
 日本公開予定は今のところありません。


『CLOSE/クロース』(ベルギー)

 ベルギー代表『CLOSE/クロース』もまた注目度の高い作品。カンヌ国際映画祭でグランプリ(2番目に良い賞)を取りました。
 13歳の大親友レオとレミ。2人はいつも仲良しで一緒にいて、同じベッドで眠るほどです。しかしその仲の良さを学校でからかわれた2人。レオはゲイだと思われたくなくてレミと距離を取り始めますが……。
 あんなに一緒だったのに、些細なことで取り返しがつかないことになってしまう切ない青春ドラマ。これももうたまらない映画になっていると思います。日本では夏頃公開予定。


『EO イーオー』(ポーランド)

 ポーランド代表はロバ可愛い! 『EO イーオー』です!!
サーカスで生まれたロバの生涯を追っていくロードムービー。ロバ・ロードムービーですよ。カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しました。アメリカ国内の批評家賞でも結構国際映画賞系は取っているので。詳しいことは公式サイトにも何も書いてないから知りませんが、ロバ可愛いから観たいなと思っています。日本は5月5日公開予定。


【短編映画賞】

『An Irish Goodbye』
『Ivalu』
『無垢の瞳』
『真冬のトラム運転手』
『The Red Suitcase』

 短編映画賞は上映時間40分未満の優れた短編実写映画に贈る賞です。
 ここも当然ながら情報が少なく、予想がツラい部門。
予想としてはアルフォンソ・キュアロンがプロデューサーを務めてDisney+で観られる『無垢の瞳』


『An Irish Goodbye』

 『An Irish Goodbye』は今年の英国アカデミー賞で短編映画賞を受賞した映画です。北アイルランドの田舎の農場を舞台にしたブラックコメディ。
 母が亡くなり、ロンドンから故郷の農場に帰ってきた主人公は疎遠だったダウン症の弟と再会。兄はさっさと農場を売りに出して弟を厄介払いしようとしますが、弟は農場を続けることを頑なに主張し、農場を売る条件として母が生前残したバケットリスト(死ぬまでにやりたい100のこと)を兄弟で一緒にやり遂げることを提案します。
 最後にほっこりする、後味は良い家族の修復コメディ。


『Ivalu』

『Ivalu』はデンマーク映画。デンマークでもグリーンランドを舞台にした作品で、同名のグラフィックノベルが原作です。
 父と姉イヴァルと3人で暮らしていた妹。しかしある日、姉は失踪してしまう。姉がいなくなったことを気にも留めない父親と、姉がいなくなったことを悲しむ妹。翌日、夢の中で妹は姉と再会し、真実を知る。
 映像が美しい胸クソ系映画です。


『無垢の瞳』

 短編映画賞で本命視されているのがDisney+の配信映画『無垢の瞳』。イタリア映画で、監督はイタリアの女性監督アリーチェ・ロルヴァケル。プロデューサーには『ゼロ・グラビティ』『ROMA/ローマ』などのアルフォンソ・キュアロンが名を連ねます。
 第二次世界大戦中のイタリアのカトリック系寄宿学校が舞台。反抗的な少女と厳格な修道女の対比で、権力が定める善悪とファシズム、自由への反抗と無垢な献身を描きます。そういう視点は『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』ともちょっと近いのかもしれませんね。主演のアルバ・ロルヴァケルは監督のお姉さんです。


『真冬のトラム運転手』

 ノルウェーの短編映画『真冬のトラム運転手』はちょっと風変わりな展開を見せる短編ドラマです。
「トラム」というのは要は路面電車。小人症の主人公は寒さに耐えかねてトラムに乗り込み、何となくガチャガチャして勝手に発進させてしまいます。停留所で乗ってきたのは無礼な青年たちとトランス女性。青年は性別を知らずにトランス女性と仲良くなり、彼女のジェンダーを知ると騙されたと勝手に思い込んで嫌がらせを始める……。
 そういう嫌がらせバカに中指を突き立てる映画です。


『The Red Suitcase』

『The Red Suitcase』はルクセンブルクの映画です。監督のサイラス・ネシュヴァドはルクセンブルクに住むイラン人。
 芸術を愛し、夢見る16歳のイスラム教徒の少女が大切な道具を詰めた赤いスーツケースを持ってルクセンブルクの空港に到着。それは誰かも分からないはるか年上の男性と結婚を決められたためでした。彼女は残酷な運命から逃れようと男性に気付かれない内にやり過ごそうとするのですが……。
 緊迫感のあるシーンが続くサスペンス。幸福になれないことが決まってしまう世界に放り込まれるイスラム少女の運命を描きます。夢くらい好きにさせられる世界が欲しいんですよ。


【長編ドキュメンタリー賞】

『All That Breathes』
『All the Beauty and the Bloodshed』
『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』
『A House Made of Splinters』
『ナワリヌイ』

 長編ドキュメンタリー賞は優れたドキュメンタリー映画に贈られる賞です。ドキュメンタリー映画は興行的にはそんなですし、良作でも映画館でかかるとも限らないんですが。最近は配信サービスが(資金的な意味でも)充実しているおかげで良いドキュメンタリーを観られる場所も増えていますね。私もそんな観る方でもないですけれど、意外な切り口で作られた作品とか、丁寧にお金と時間をかけて作られた作品とか……。面白い世界を知ることが出来るということでも、ドキュメンタリー映画も面白いものです。
 今回はちょーっと迷いどころで、例えばまず強いのが昨年ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を獲得した『All the Beauty and the Bloodshed』。あるいはDisney+で配信されている『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』なんかも前哨戦で活躍しています。しかしそこに、全米製作者組合賞(PGA)でドキュメンタリー賞を獲得した『ナワリヌイ』! ここは主題的にもかなり今この瞬間に対して強い! ドキュメンタリー賞なんて面白いのは大前提として、テーマがどれだけ突き刺さるか勝負でもありますからね! その点ではこれは他の何よりも強い! それが賞レース終盤になってババンと重要な賞まで取っちゃいましたから、迷うもののここはもう『ナワリヌイ』が取る予想になります。


『All That Breathes』

 インド・イギリス・アメリカの合作映画。インドのニューデリーに住み、大気汚染によって空から落ちてくる鳥を救う仕事をしている兄弟にスポットを当てた映画です。20年間で20,000羽の猛禽類を救ってきた兄弟。都市化が進み、それだけ都会の空気が汚れるんですね。
 鳥が落ちてくるってスゴい状態ですが、水が汚染されると魚が棲めなくなるわけですから空が汚染されると鳥も飛べなくなるってわけですね。
 粘り強い活動への称賛と、撮影のトーンの魅力も作品の良さとして挙げられます。


『All the Beauty and the Bloodshed』

 ここの本命の一つは『All the Beauty and the Bloodshed』。ドキュメンタリーながらヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得。ドキュメンタリーがヴェネツィアを制するのは2013年のイタリア・フランス映画『ローマ環状線、めぐりゆく人生』以来。史上2作目です。
 また、監督のローラ・ポイトラスは2014年の『シチズンフォー スノーデンの暴露』でアカデミー長編ドキュメンタリー賞を獲得した経験があります。
 なのでかなり景気良く賞レースでも活躍していましたが、圧倒的に他を突き放すほどの勝ち星でもなく本命になりきれない印象。今では『ナワリヌイ』の方が取りそうなのでちょっと厳しいかも。
 社会の悪を許さない有名なフォトジャーナリスト、ナン・ゴールディンの活動と人生に迫るドキュメンタリー。ゴールディンを絶対的正義とするわけではなく、彼女の家族の自殺や自身の薬物依存など、あまり人に晒したくないような面にも触れられているようです。


『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』

 Disney+で配信されている『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』も非常に面白そうなドキュメンタリー(観てない)。タイトルからスゴいんですけど、フランス人火山学者のクラフト夫妻の人生を追うドキュメンタリー映画です。
 火山が好き過ぎる2人が出会って夫婦になった、というのもスゴいものですが、とにかく凄まじい自然映像のアーカイブとしても面白い作品ということ。そして「火山に人生を捧げた」とありますが、覚えている方もいるでしょうか、この夫婦は1991年に日本の雲仙岳の噴火で火砕流に襲われて亡くなっているんですね。だからそういうのもたぶん出て来ますよ。
 映画賞でも高く評価されているので、サテライト賞のドキュメンタリー賞を取ったり、全米監督協会賞でドキュメンタリー映画監督賞を取ったりしています。熱い火山と燃える愛の映画。


『A House Made of Splinters』

 前哨戦で特に目立っていなかったので意外なノミネートとなったのは『A House Made of Splinters』。アカデミー賞にノミネートするまで全く知らなかったんですが、これウクライナのドキュメンタリー映画なんですね。
 2022年のロシアによるウクライナへの全面侵攻以前にも危険な状態は続いていました。ウクライナ東部、ドンバスで起きていた戦争。それによって両親を失った子ども達の面倒を見る保護施設がありました。そこで暮らす子ども達と、子ども達を守ろうとする人々のドキュメンタリーです。
 受賞という点では題材が題材なのでいきなりワンチャン来る可能性はあります。


『ナワリヌイ』

 そして現状、本命視していいと思うのがやはりこれもロシア絡みのドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』。日本でも劇場公開あったんですけどね、たぶんほとんどの映画館は終わってるので。PrimeVideoでレンタル配信はしてます。
 ロシアの弁護士でアレクセイ・ナワリヌイという人がいるんですね。この人は反体制派、要するに反プーチンの弁護士なんですよ。ロシアなのに。で、2020年にロシアで飛行機に乗ってたら急に瀕死の状態になって。「何者か」に機内で毒を仕込まれて毒殺されそうになったんですよ。このドキュメンタリーとナワリヌイ自身がものスゴいのはね、それで一命を取り留めたナワリヌイは犯人と思われる人物を割り出していって、自ら電話をして話を聞き出して真相を究明していくっていう……そしてそれをカメラが捉えているという。だからドキュメンタリーなのにサスペンス映画みたいなのが観られるんですね! サスペンス映画みたいなのが現実に行われているのが怖いんですけどね!
 だから、これはもう普通に色んな意味で面白いので。内容的にもあまりにも興味津々になっちゃうので、かなり取る可能性は高いと思います。


【短編ドキュメンタリー賞】

『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』
『Haulout』
『How Do You Measure a Year?』
『マーサ・ミッチェル -誰も信じなかった告発-』
『Stranger at the Gate』

 最後の賞です。短編ドキュメンタリー賞は40分未満の短編ドキュメンタリー映画に贈られる賞です! 短編系はまあ、どれにしてもかなり好きで観てる人でないとなかなか情報も集まらず分かんないのは同じなんですけども。
 今年のノミネート作品はNetflixで『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』『マーサ・ミッチェル -誰も信じなかった告発-』は観ることができます。また、『Haulout』『Stranger at the Gate』もYouTubeで本編丸ごと視聴可能。日本語じゃないですけど。
 難しい予想になる部門で、まず人気が高かったのは『エレファント・ウィスパラー』。Netflixは結構短編系は強くてドキュメンタリーも良作が揃います。ただ、最終盤に来て急激に『Stranger at the Gate』の勢いが増してます! これは取るタイプの勢い! それを信じて『Stranger at the Gate』予想になります。


『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』

 Netflixで配信中の『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』。象可愛いですね。インドで野生の象の保護をしている夫婦の物語です。子象のラグーを預かった夫婦は細心の注意を払ってお世話をする。次第に夫婦とラグーには絆が生まれていく……。
 自然とヒトの調和を描いた作品でもあり、総合的に高評価を得ています。象が可愛いですからね。


『Haulout』

 YouTubeで観られる『Haulout』。イギリスとロシアのドキュメンタリーですね。こちらは寒い場所で、シベリアの北極圏でセイウチを観察する人の話です。セイウチ可愛いですね。


『How Do You Measure a Year?』

『How Do You Measure a Year?』はちょっと変わったドキュメンタリーで、映画監督であるお父さんが撮影した娘の記録なんですね。娘が2歳から18歳まで、毎年撮影を続けました。『6才のボクが、大人になるまで。』のリアル版。


『マーサ・ミッチェル -誰も信じなかった告発-』

 Netflixからもう1本、『マーサ・ミッチェル -誰も信じなかった告発-』
ウォーターゲート事件の内部告発者であるマーサ・ミッチェル。司法長官の奥さんだった彼女が、ニクソン政権から圧をかけられ口封じを受けていた、という胸クソ系です。


『Stranger at the Gate』

 最後、勢いが急加速している『Stranger at the Gate』。YouTubeで全編公開中。
 これスゴい話で、アメリカの元海兵隊の男がインディアナ州にあるイスラムのモスクを爆破しようとしていたんですよ。彼はイラクとアフガニスタンと軍人として行ってて、それでもう帰ってきてPTSDになって、イスラムが怖くて怖くて仕方ないんですね。それで地元にあるモスクをもうぶっ壊しちまおうと。爆破しちまおう! と出掛けるんですが、そこでアフガニスタン難民の女性と会って、コミュニティに受け入れられてしまう。
 スゴい話なんですよ。争いが大なり小なり世界中で続く中で、こういうことがあって欲しい。内容的にも受賞しそうな雰囲気です。



最終予想

【作品賞】『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
【監督賞】ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
【主演男優賞】ブレンダン・フレイザー『ザ・ホエール』
【主演女優賞】ミシェル・ヨー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
【助演男優賞】キー・ホイ・クァン『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
【助演女優賞】ジェイミー・リー・カーティス『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
【脚本賞】『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
【脚色賞】『ウーマン・トーキング 私たちの選択』
【撮影賞】『エルヴィス』
【編集賞】『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
【音響賞】『トップガン マーヴェリック』
【美術賞】『バビロン』
【衣装デザイン賞】『エルヴィス』
【メイクアップ&ヘアスタイリング賞】『エルヴィス』
【視覚効果賞】『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
【作曲賞】『バビロン』
【歌曲賞】「Naatu Naatu」『RRR』
【長編アニメ賞】『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』
【短編アニメ賞】『ぼく モグラ キツネ 馬』
【国際長編映画賞】『西部戦線異状なし』
【短編映画賞】『無垢の瞳』
【長編ドキュメンタリー賞】『ナワリヌイ』
【短編ドキュメンタリー賞】『Stranger at the Gate』

 長々とお付き合いありがとうございました。あれこれと書いてきましたが、私の最終予想は上の通り。いくつか怖いとこはあるので17くらいは当たると思います。
 第95回アカデミー賞授賞式は3月13日(月)です! たぶん例年通りならお昼くらいにはだいたい出てると思いますよ! 授賞式は観られないので今年もTwitterを監視して結果を見る予定です。
 ぜひ、皆さんも好き勝手に予想して遊んでくださいね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?