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アカデミー賞予想ごっこ2022

 毎年この時期にやる遊びに「アカデミー賞予想ごっこ」があります。

 アカデミー賞って映画の賞がありますよね? ざっくり言えばアメリカの映画業界で一番権威がある賞。まあ権威があるってのも偉そうでアレなので、一番有名な賞です。
 アカデミー賞は作品から俳優から技術から、色んな賞が今は全部で23部門ありまして、それを授賞式で順番に発表していきます。今年だと日本時間で3月28日ですね。結果発表の前日までに各賞の結果を予想して遊ぶというのが「アカデミー賞予想ごっこ」。シンプル。

 ノミネート作品って何か知らない映画ばっかりだし、皆そんなに興味ないと思ってるんですが……。これをぜひ予想して遊んでみていただきたいんですよ。予想して遊ぶだけなら映画を観ない人でも出来ますし、そうすることで新しい映画を知ることにも繋がります。アカデミー賞にかかる映画なんて日本での知名度はほとんどありませんから、ちょっとした知ったかぶりもすぐ出来るようになります。
 アカデミー賞予想ごっこは別に当てたところで誰にも賞賛されない自分が楽しいだけのヒマ潰しですが、まとめて大量の映画を知ることで人生を豊かにするヒントも掴めるのです。たぶんきっと。まあ楽しいからやるんですよ。

 アカデミー賞の各部門はそれぞれに会員の中で監督なら監督、役者なら役者というようにその部門に関わりのある仕事をしてる人が投票でノミネート作品を選出してから会員全体の投票で受賞作を決めます。

 アカデミー賞の面白いところは、その年の映画賞レースの締めくくりになるからすでに前哨戦と呼ばれる他の映画賞である程度のデータが揃っていること。加えて批評家やファンが客観的に評価すると言うよりは業界人が主観的に評価するイメージになるので、他とやや評価軸が変わるんですね。
 データ+傾向分析と社会情勢、後は直感で予想を組み立てていく、考えるべき要素が豊富にあるのが楽しいのです。

 この予想ごっこのいいところは映画なんて観てなくてもマジで問題ないところで、僕もノミネート作品全部観てるわけでもないですし(そもそも全部日本で観られることがない)、データさえ見れば知らなくても予想は立てられます。しかもわりと当てられます。好きな作品を応援する推しの意味でひいき目に予想するのも自己満足感が高まりますね。

 まあ、何だかんだでどんな賞があるのか、何がノミネートしてるのか、そもそもご存知ない方も多いでしょう。実際に今年の各部門ノミネートリストと注目ポイントを順番に挙げていきます。少しの間お付き合いください。


【作品賞】

『ベルファスト』
『コーダ あいのうた』
『ドント・ルック・アップ』
『ドライブ・マイ・カー』
『DUNE/デューン 砂の惑星』
『ドリームプラン』
『リコリス・ピザ』
『ナイトメア・アリー』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
『ウエスト・サイド・ストーリー』

 アカデミー賞で一番注目される作品賞。額面通りに言えば素晴らしい作品に贈られる賞です。これまでは作品賞は5~10本選出となっていましたが、今年から作品賞は10本ノミネートで固定に変わりました。
 作品賞だけは決め方が他と変わっていて、具体的には調べてくれればいいんですが、ある程度満遍なく好まれる作品が取りやすくなっています。
 作品数も多く予想も悩ましい部門ではあるものの、現状では本命は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』、対抗として『ベルファスト』『ウエスト・サイド・ストーリー』『リコリス・ピザ』『ドライブ・マイ・カー』というところでしょうか。ここにさらに授賞式1週間前にして『コーダ あいのうた』が急浮上してきてどんどん分からなくなっています。


『ベルファスト』はケネス・ブラナー監督自身の少年時代をベースにした半自伝的映画。北アイルランドのベルファストでの日々を白黒の映像で描き出します。イメージ的には2018年に注目された『ROMA/ローマ』とダブりますね。トロント国際映画祭で観客賞を受賞して本命視されていましたが、前哨戦の結果はそこそこ。しかし現在のウクライナの状況と重ね合わせられる面もあるので、ここからさらに評価が上がっていく可能性もあり引き続き要注目作品。日本では3月25日に公開予定です。


『コーダ あいのうた』はフランス映画『エール!』の英語リメイク作品。配給がAppleなのでアメリカではApple TV+の配信と劇場上映での同時公開になりました。聾の家族の中で唯一の健聴者(CODA)である女子高生の主人公が夢にもがく姿と家族との絆を描きます。
 これ面白いんですよ! 幸せな家族、愛すればこその衝突。オリジナル版と家業の設定や演出も変わってより良くなっています。ちなみにオリジナルの『エール!』はPrimeVideoで観られるので見比べることも可能。
 作品賞については本来リメイク作品であることは不利に働くんですね。だから作品賞は厳しかろうと思っていましたが、とにかくこの映画は愛され度が高い! そのためか、先に書いたように本命とまで言わずとも対抗くらいの位置には急浮上しています。
 まず全米映画俳優組合賞(SAG賞)で最高賞であるアンサンブル賞を獲得。さらに全米製作者組合賞(PGA)を受賞する快挙。これはもう快挙と言っていいでしょう。オマケに全米脚本家組合賞(WGA)でも脚色賞を取りました(これは本命不在でしたが)。
 とにかく前哨戦終盤にきて勢いがスゴい。「リメイクだから取らないだろうな~」と思ってたものの、こうなってくると取るべきファクターもメチャクチャあるんですね。
 ひとつは作品賞で有利な広く高い支持を集めるタイプの作品であること。そして前哨戦の中でも重要とされるPGAはアカデミー作品賞と同じ投票方式を取っている賞です。この投票方式では十分に勝てることが示されました。
 さらにこれはイヤな言い方をしますが、障がい者がメインキャラクターで多数登場する家族の物語です。これは多様性を重視する今のハリウッドの傾向と合致します。もちろんそんなことは関係なしに聾文化をポジティブに紹介するという意味でも良い作品です。
 そして監督のシアン・ヘダーは女性監督。本命の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のジェーン・カンピオンも女性監督で、カンピオンはまず監督賞を取る位置にいます。それならば他の女性監督の映画を作品賞に……という考えが生まれても時勢的にはおかしくないですね。
 逆に不利なのはやっぱりリメイクであること。ただ、これはWGAを取ったようにオリジナルからの脚色がしっかりされているのでもはや気にしなくてもいい要素かもしれません。
 後はこれも『パワー・オブ・ザ・ドッグ』同様に配信で公開された映画であること。でもこれはAppleですからね。Netflixは業界人で嫌いな人は嫌いなんじゃないかな……と思ってるんですが、Appleは少なくともそれより嫌われてないのでは。むしろここ何年も作品賞を取るために頑張ってきたNetflixの目の前で他の配信サービスの映画が持っていくのは、意地悪な見方だけど面白いかもしれないですね。
 それからデータ的な話です。過去の統計から作品賞との一致率や同時ノミネート率が高い監督賞・編集賞にはノミネートしていません。監督賞にノミネートせずに作品賞を取ったのは2013年の『アルゴ』があります。あの年のアカデミー賞も波乱が大きいものでした。過去に例がないわけでもないので、これに関してはあくまで統計の話、取る時は取るとしか言いようがありません。主演女優賞のノミネートは欲しかったですね。
 そんなこんなで『コーダ』の大躍進で俄然面白くなってきてるのです。


『ドント・ルック・アップ』はNetflixの配信映画。『マネー・ショート』のアダム・マッケイ監督が、地球壊滅規模の彗星が迫る中での人々の姿を環境問題やコロナ禍になぞらえ、刺激的でシニカルな笑いで見せるコメディ。ある意味、歴代彗星衝突映画の中で最もリアルな作品とも言えるでしょう。まさに今にドハマリするテーマで楽しいんですが、コメディ自体が不利なアカデミー賞で内容も内容なので作品賞受賞は難しいところ。


『ドライブ・マイ・カー』は今回一番のダークホース。アメリカでも熱心なファンに評価され、日本映画で初の作品賞ノミネートを果たしました。日本映画で4部門ノミネートも1985年の『乱』(黒澤明)以来36年振り。現在、日本でも公開規模を拡大して上映しています。3時間があっと言う間のストーリーは「生きる」と言うことをスクリーンに映し出す。
 説明が難しいタイプの作品で、地味で難解な映画でもあり、心の底に熱を帯びて響いてくる映画にもなる。徹底的に作り込まれた世界は観るだけで心地良さもあります。でも幅広く受けるかは怪しいところで、前哨戦でもニューヨーク批評家協会映画賞を獲得するなど批評家層やマニア層を中心に大健闘してはいるんですが、作品賞受賞まではどうかな~と言うところ。同じアジア映画で作品賞を受賞した『パラサイト』よりは明らかに弱いです。それでも受賞そのものは有り得る立ち位置にいるので、今回の予想を大いに悩ませる存在ですね。


『DUNE/デューン 砂の惑星』はアカデミー賞で不利とされるSF映画でありながら、今回は特に技術系で総ナメして最多受賞が予想される作品。ノミネート数も今回2番目に多い10ノミネートです。
 原作は『スター・ウォーズ』など数々のSF映画に影響を与えたとされる伝説的小説ですが、そもそもかなりの長編で映画化も不可能と呼ばれる類のモノ。かつてデヴィッド・リンチが映画化してカルト的人気を博し、ホドロフスキーが映画化に挑んだ様子はドキュメンタリー映画になっています。
 今作は『ブレードランナー2049』のドゥニ・ヴィルヌーヴがリブートした前後編の前編。見事に映画化していますが、個人的には真面目で面白味が薄いと言う感も。前編だけだと打ち切り漫画みたいな終わり方になっちゃうので、これだけで作品賞ってのもやや疑問はあります。


『ドリームプラン』は女子プロテニスのウィリアムズ姉妹を育てた父親リチャード・ウィリアムズの伝記映画です。主演のウィル・スミスが大絶賛され、主演男優賞の本命とも言われていますね。
 娘が生まれる前から娘を偉大なテニス選手にするために78枚のドリームプランを用意し、テニス素人ながら熱心な指導で娘たちを本当に史上最強レベルの選手に育ててしまったウソみたいな実話。そしてそれ以上に、人間としては問題ありありながらも必死に世界に誇れる娘を育てた父親の話です。何より大切なのは自分自身をリスペクト出来る人間であること。個人的にはジョン・バーンサルが変なヒゲ生やしてるのが楽しい。


『リコリス・ピザ』はポール・トーマス・アンダーソン監督によるフレッシュな青春映画。ピザ屋さんのお話かと思ったら、タイトルはレコードショップの名前でピザ関係ないんですね。
「PTAがフレッシュな青春映画を……!?」みたいな疑念はあるんですけど、主演のアラナ・ハイムとクーパー・ホフマン(フィリップ・シーモア・ホフマンの息子!)はどちらもこれが映画デビュー作。キャストや脚本の評価も高く、作品賞もあり得る立ち位置です。日本では7月1日公開予定。


『ナイトメア・アリー』は『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロ監督の最新作。1947年に『グランド・ホテル』のエドマンド・グールディングが映画化した同名小説を原作とする2度目の映画化作品。ノワール調のサイコサスペンスです。
 ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、ウィレム・デフォーなど豪華アンサンブルも魅力(全体的に顔面力もスゴい)ながら、40年代の怪しげなショー・ビジネスを描くダークな世界観はデル・トロの得意とするところで非常に楽しみ。作品賞なんてまず取りませんよ! ノミネートしただけでえらい作品です。日本は3月25日公開予定。


『パワー・オブ・ザ・ドッグ』はNetflixの配信映画にして今年の作品賞大本命。今回最多の11部門12ノミネートを果たしています。前哨戦では相当な強さを発揮しており、作品賞となればNetflix悲願、史上初の配信映画での作品賞となります。映画業界に新しい歴史が刻まれる瞬間になるかもしれないんですよ! 良いか悪いかはともかく!
 Netflix映画が本命に近い位置にいるのはもう毎度のことではありますが、今作は内容的にも抜群に良いです。1925年のモンタナで大牧場を経営する兄弟の弟が子持ちの未亡人に恋をして結婚。しかし昔気質の荒くれカウボーイな兄貴はこの嫁を財産目当てと決めつけ、徹底的にイジメ抜こうとする……。
 人間の外面と内面、表面的な関係とその裏にある感情。結婚を機に変化していくそれぞれの関係のさらに奥にあるものが、物語が進むうちに顔を出していきます。雄大な荒野の風景もたまりません。かつての廃れゆくカウボーイのマッチョイズムが現代のジェンダーとも重なる描写も見事。


『ウエスト・サイド・ストーリー』は説明不要な超有名ミュージカル作品を説明不要な超有名映画監督スティーヴン・スピルバーグが待望のリメイク。取り壊されるウエスト・サイドのスラムでポーランド系不良グループとプエルトリコ系自警団の悲しく不毛な縄張り争いが展開されます。
 今さら『ウエスト・サイド・ストーリー』が面白くないわけがあるか! という話で、スピルバーグの演出力に加えて、61年版では"やらかしていた"ポイントもしっかりカバー。60年以上前の物語のテーマが今でも全く問題なく通用してしまうことにも空しさを覚えつつ、全力で今を生きていこうとする若者の姿には大きなパワーを与えてもらえます。
 いうてリメイク作になるので作品賞はないやろ……とは思うんですが、総合力が普通に高い映画なので全てのノミネートで不気味なポジションにいます。


【監督賞】

ケネス・ブラナー『ベルファスト』
濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』
ポール・トーマス・アンダーソン『リコリス・ピザ』
ジェーン・カンピオン『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
スティーヴン・スピルバーグ『ウエスト・サイド・ストーリー』

 監督賞は優れた監督に贈られる賞。監督として良かったってどうやって判断するんだ? という疑問はわりとあるんですが。
 当然ながら優れた監督の作品は優れた映画にもなりますから、作品賞と監督賞は一致することも珍しくありません。ちなみに作品賞を取る映画はほとんど監督賞・脚本or脚色賞・各演技部門・編集賞にもノミネートしますので鉄板としてはそこを参照します。特にこれまでは監督賞にはほぼ全ての作品賞受賞作がノミネートしてきているので、この5作品は作品賞においても上位にいると見ることも出来るでしょう。
 今回の監督賞は前哨戦を見る限りではほぼ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェーン・カンピオンの独走状態ですが……。

『ベルファスト』ケネス・ブラナーは61歳、北アイルランドはベルファスト出身。役者としても活躍しておりシェイクスピア系の作品でも有名ですね。1988年の『ヘンリー五世』では29歳の若さでアカデミー監督賞と主演男優賞にノミネートしています。最近だと『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』でも監督でありながら主演の名探偵ポアロも演じています。

『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介は1964年『砂の女』の勅使河原宏、1985年『乱』の黒澤明に続く日本人3人目の監督賞ノミネート。このおかげで作品賞の予想からもなかなか外しにくい状況です。43歳神奈川県出身。ルノワールの演技指導を元にした濱口メソッドをそのまま劇中で家福メソッドとして取り込んでおり、印象的な場面も数多く作り出しました。
 賞レースではカンヌ国際映画祭での脚本賞受賞を皮切りに、批評家層を中心に監督としても熱烈な支持を獲得。同年の『偶然と想像』もベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞しており、注目度の高さは間違いありません。

『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソンも数々の名作を手掛けてきた実力派であり、世界三大映画祭全てで監督賞を受賞した経験がある男。アメリカ出身の51歳。近年の作品では『ファントム・スレッド』『インヒアレント・ヴァイス』など。まだ作品が日本未公開なので何とも言いにくいんですけども、作品の評価も併せて納得のノミネートですね。ただし、実はアカデミー賞は取ったことがありません。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェーン・カンピオンは今回の監督賞大本命です。前哨戦で圧倒的な強さを発揮し、受賞はまず間違いないと見て良いレベル。67歳、ニュージーランドのベテラン女性監督で、かつてはカンヌ国際映画祭で初のパルムドール(最高賞)を獲得した女性監督でもありました(『ピアノ・レッスン』)。カンヌの最高賞は昨年『TITANE/チタン』でジュリア・デュクルノーが受賞するまではカンピオン以外の女性監督の受賞はありませんでした。
 ほぼアカデミー賞と一致する全米監督協会賞(DGA)も受賞し盤石の体制。今回アカデミー賞を取れば、昨年のクロエ・ジャオから2年連続で女性監督の受賞。史上3人目の女性監督での監督賞受賞者となります。不安点はわりと受賞スピーチの失言が多いことですかね……。
 ちなみにカンピオンが『ピアノ・レッスン』で監督賞を逃した時にオスカーを受賞したのはスピルバーグです(『シンドラーのリスト』)。奇しくも今回スピルバーグもノミネートしていますので、ここを取れば雪辱を果たすカタチにもなります。

『ウエスト・サイド・ストーリー』スティーヴン・スピルバーグは説明不要の超有名監督。75歳のユダヤ系アメリカ人。世代的にも僕はバリバリにスピルバーグ育ちですからね、スピルバーグの映画には郷愁めいたものさえ感じるんですけども。超有名作品を見事にアップデートして現代に甦らせ、堂々の監督賞ノミネートを果たしました。
 スピルバーグのアカデミー監督賞ノミネートはこれで8度目。受賞はこれまで1993年の『シンドラーのリスト』、1998年の『プライベート・ライアン』で果たしています。今回取ればウィリアム・ワイラー、フランク・キャプラに並ぶ3度目の受賞(史上最多は4回受賞のジョン・フォード)。まあ、もうアカデミー賞はいいんじゃないですか? とも思いますが、スピルバーグが取れば間違いなく盛り上がるでしょうね!


【主演男優賞】

ハビエル・バルデム『愛すべき夫妻の秘密』
ベネディクト・カンバーバッチ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
アンドリュー・ガーフィールド『tick, tick...BOOM!:チック、チック、ブーン!』
ウィル・スミス『ドリームプラン』
デンゼル・ワシントン『マクベス』

 主演男優賞は映画の主演男優に贈られる賞です! そのまんまですね!
 俳優系は主演男女と助演男女の合計四部門。たまに主演なんだか助演なんだかよく分かんないノミネートが発生して戸惑います。『パラサイト』のソン・ガンホなんかは明らかに主演なのに助演男優賞候補でした。じゃあ、誰が主演なんだ……?
 今回はほぼカンバーバッチとウィル・スミスの一騎打ち状態。そこをガーフィールドくんが窺う態勢ですね。誰が取るか断言まではしにくい状勢です。

 ハビエル・バルデムはAmazonPrimeVideoで配信されている『愛すべき夫妻の秘密』で主人公ルシル・ボールの夫デジ・アーナズを演じました。いきなりですけど、この人助演だと思うんですが……? まあタイトルでも「夫妻」って言ってますけども。
 バルデムは53歳のスペイン人俳優で女優ペネロペ・クルスの夫。今回は夫婦揃って主演俳優賞にノミネートしました。
 『ノーカントリー』で殺し屋シガーを怪演してスペイン人で初めてアカデミー助演男優賞を獲得。『DUNE/デューン 砂の惑星』にもフレメンの部族長スティルガー役で出演しています。
『愛すべき夫妻の秘密』は1950年代にアメリカで一時代を築き上げるほどの絶大な人気を誇ったシットコム『アイ・ラブ・ルーシー』の主演ルシル・ボールとデジ・アーナズ、実生活でも公私ともにパートナーであった2人の関係を描いた伝記映画です。
 シットコムは「クソ野郎.com」みたいなことではなくシチュエーション・コメディのことを言います。観客を入れてその笑い声も収録に入るアメリカのホームコメディのイメージ。『フルハウス』とかああいうのですね。
『シカゴ7裁判』などの脚本の名手アーロン・ソーキンが監督・脚本を務めていますので面白いんですが、説明がないとちょっと今の子には分からない映画かなという印象。ハリウッドの赤狩りやキューバ出身であるアーナズの立ち位置、妊婦をテレビでタブー視するなどの時代背景、『アイ・ラブ・ルーシー』についても簡単な事前知識は欲しいところです。

 ベネディクト・カンバーバッチ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で高圧的なカウボーイであるフィル・バーバンクを演じました。前哨戦でもかなりの強さを発揮しており、間違いなく本命の一人です。
 45歳のイングランド出身。最近ではマーベルのアメコミ映画『ドクター・ストレンジ』で有名で天才型のキャラクターの印象も強い人ですが、この作品では複雑で繊細な内面を持つ粗野なカウボーイを巧みに演じています。イヤなヤツなので最初は嫌いなんですけど、段々と感情移入していっちゃうんですよ。ツルンと丸みのあるお尻を振り乱して走るシーンもあります。
 2014年には『イミテーション・ゲーム』でアカデミー主演男優賞にノミネートはしていますが受賞はなし。でもまあ、カンバーバッチはまだまだこれから取れるタイミングありますからね。たぶん。


 アンドリュー・ガーフィールドくん『tick, tick...BOOM!:チック、チック、ブーン!』で己の才能の無さに苦悩するジョナサン・ラーソンを好演しました。38歳のアメリカ出身、アメイジングなスパイダーマンです。2016年の『ハクソー・リッジ』でアカデミー主演男優賞ノミネート。
 彼とは同い年で、僕がそもそもガーフィールドくんを好きなのもありますが、個人的には今回はガーフィールドくんに取って欲しい。映画では初となるミュージカルの歌唱も抜群に上手く、心の底から吐き出す感情がダイレクトに叩きつけられます。ゴールデングローブ賞ではコメディ・ミュージカル部門で主演男優賞を獲得しました。
『tick, tick...BOOM!:チック、チック、ブーン!』は作品そのものも大好きで、個人的には2021年の映画ベスト1にしています。ジョナサン・ラーソンは『RENT』で大成功したミュージカル作家ですが、その成功を収めるもっと前。30歳を目前に満足のいく成果を上げられず、理想と現実の狭間でもがき苦しむ姿が描かれます。Netflixの映画ですからいつでも観られますよ!

 そしてカンバーバッチと並ぶもう一人の本命がウィル・スミス。53歳のアフリカ系アメリカ人。『ドリームプラン』でウィリアムズ姉妹を育てた困ったお父さん、キング・リチャードを演じました。
 ウィル・スミスはこれまでアカデミー主演男優賞に2001年の『ALI アリ』、2006年の『幸せのちから』で2回ノミネートして無冠、今回が3度目の正直です。ここらで取らないとウィル・スミスの普段の出演作からすると下手すれば一生縁が無くなる可能性もあるんですよね……。前哨戦では思ったほど奮いませんでしたが、ゴールデングローブ賞ドラマ部門と全米映画俳優組合賞でも主演男優賞を取りましたし、勢いそのままにアカデミー賞初受賞の可能性はかなり高いと思われます。

 そして最後は67歳のアフリカ系アメリカ人、『マクベス』デンゼル・ワシントン。タイトルロールのマクベス役。アカデミー主演男優賞には今回で7度目のノミネート、2001年の『トレーニング デイ』でアカデミー主演男優賞を受賞し史上2人目のアフリカ系俳優での主演男優賞に輝いています。
 まあ今さらデンゼル・ワシントンが素晴らしいのは分かり切ってるので、それなら今年はピーター・ディンクレイジにノミネートして欲しかったな~とか思ってるんですが……。
 今回の『マクベス』はコーエン兄弟の兄貴の方、ジョエル・コーエン単独の監督作でヒロインは実生活の嫁フランシス・マクドーマンド。日本未公開でApple TV+で配信されてるみたいです(加入してない)。シェイクスピアの『マクベス』を全編白黒撮影でストイックに仕上げており、批評家筋はワシントンを大絶賛しています。


【主演女優賞】

ジェシカ・チャステイン『タミー・フェイの瞳』
オリヴィア・コールマン『ロスト・ドーター』
ペネロペ・クルス『Parallel Mothers』
ニコール・キッドマン『愛すべき夫妻の秘密』
クリステン・スチュワート『スペンサー ダイアナの決意』

 主演女優賞は映画の主演女優に贈られる賞です! そのまんまですね!
 今回、ともすれば最も大混戦状態なのが主演女優賞です。普段は俳優系の部門はだいたい誰かが圧倒的に強い、あるいは今回の主演男優賞のように一騎打ち状態になることが多くて予想としては楽な方なんですね。でも今回の主演女優賞は正直、全く分かりません。
 拮抗した時は作品力で判断する場合もありますが、今回のノミネートはどれも作品賞にノミネートしてないモノばかりで……。前哨戦でも良い感じに戦績がバラけてて頭を悩ませる部門になっています。


 まずジェシカ・チャステインは日本未公開、Disney+で配信されている『タミー・フェイの瞳』のタイトルロールであるタミー・フェイを怪演した44歳のアメリカ人女優です。フェミニストとしても積極的に活動されており、女性の描き方の幅を広げる様々な役柄にも挑戦しています。
 今回の『タミー・フェイの瞳』は2000年の同名ドキュメンタリー映画をドラマ映画化したもので、1970年代から1980年代までテレビ伝道師として活躍したジム・ベイカーという人がいたんですね。タミー・フェイはその奥さんでベイカーと一緒に番組に出演して歌を歌ったりしていました。
 夫のベイカーはテレビで熱狂的な支持を集めたことで信者から莫大な献金を受け、それを不正流用したり悪いことしてたヤツなんですけど。奥さんのタミー・フェイはある意味危なっかしいほど純粋な人で、熱心で信仰心も篤く共感性も非常に高い。禁忌とされる同性愛者にも等しく神の祝福があるとしてベイカーを困らせてもいました。
 そんな夫婦の築き上げた帝国が崩壊するまでの伝記映画。ちなみにベイカー役はアンドリュー・ガーフィールドくんです。
 タミー・フェイは独特のメイクも特徴的で、突き刺さりそうなまつ毛がビッシリ生えていたり何を目指してるビジュアルなのかよく分かんないんですが、とにかくそれをジェシカ・チャステインが再現しながら非常にエネルギッシュに演じきっています。ビジュアル力も込みでインパクトが強い作品ですね。
 ジェシカ・チャステインは2011年の『ツリー・オブ・ライフ』『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』などで高い評価を受け、『ヘルプ』ではアカデミー助演女優賞、2012年の『ゼロ・ダーク・サーティ』はアカデミー主演女優賞にノミネート。しかしこれまでオスカーの獲得経験はありません。今回は重要な前哨戦とされる全米映画俳優組合賞で主演女優賞も獲得し、混戦の中でも本命と呼んでもいい立ち位置にいると思います。


 そしてNetflixの『ロスト・ドーター』からはオリヴィア・コールマン。イングランド出身の48歳。『ロスト・ドーター』はジェイク・ギレンホールのお姉ちゃんである女優マギー・ギレンホールの監督デビュー作です。2006年のイタリアの同名小説が原作で、母であることの苦しみを大胆なストーリー構成で描き出し、批評家から大絶賛されました。コールマンは主人公レダ・カルーソを演じています。ヴェネツィア国際映画祭では脚本賞を受賞、マギー・ギレンホールが監督としても高く評価されています。
 ただし今回のアカデミー賞では作品賞・監督賞ともにノミネートならず。その代わりにオリヴィア・コールマンの主演女優賞受賞に期待がかかるところです。
 そのオリヴィア・コールマン、最近では2019年のドラマ『ザ・クラウン』や2018年の『女王陛下のお気に入り』が絶賛されており、2020年の『ファーザー』や今回長編アニメ賞にノミネートしている『ミッチェル家とマシンの反乱』にも出演しています。しかしその『女王陛下のお気に入り』で2年前に主演女優賞を獲得したばかりであり、この短いスパンでの受賞があるか? という疑念は残ります。とは言え、昨年『ノマドランド』で主演女優賞を獲得したフランシス・マクドーマンドも2018年に『スリー・ビルボード』で主演女優賞を取ったばかり(しかも3回目の受賞)。最近取ったばっかだから……という見方もアテにならないのが困りモノ。


『Parallel Mothers』ペネロペ・クルスは正直顔が大好きですが、今回のノミネートはサプライズ気味で他のノミネート者よりは受賞の可能性が低い印象。47歳のスペイン人女優で、夫のハビエル・バルデムとともに今年は夫婦で主演賞にノミネートしました。
 アカデミー賞は2008年の『それでも恋するバルセロナ』で助演女優賞を獲得。主演女優賞には2006年の『ボルベール〈帰郷〉』でノミネートを果たしています。『355』で一人だけ素人のカウンセラーでドンパチに混ざってるの可愛かったですね。
 今回の『Parallel Mothers』はスペインのドラマ映画。当然スペイン語映画なので、そもそも演技部門で非英語映画って不利なんですよね……何言ってるか分かんないので……。クルスは主人公のジャニス・マルティネスを演じ、ミレナ・スミット演じるアナと同じ日に出産し強い絆で結ばれていく2人の母親の物語を展開します。ストーリー観てると結構アクが強そうな作品ですが……。日本では11月に公開予定。


 ニコール・キッドマンは主演男優賞にもノミネートしている『愛すべき夫妻の秘密』で主人公ルシル・ボールを演じました。作品については主演男優賞のところで書いた通り。今作で描かれるボールはアメリカでもっとも人気のあるコメディエンヌでありながら、夫婦生活でも仕事でも凄まじい渦中にいる状態。ただ幸せな生き方を求めて周囲の人を翻弄する、まっすぐで芯の強い女性です。劇中劇でのキッドマンのオーバーアクトも楽しい。
 ニコール・キッドマン自体は日本でも十分に有名な女優ですからだいたい皆さんご存知でしょう。代表作なんて挙げてたらキリがないくらい。54歳のオーストラリア女優でアカデミー賞には今回で5回目のノミネート(主演女優賞4回・助演女優賞1回)。2002年の『めぐりあう時間たち』で主演女優賞をモノにしています。
 前哨戦ではゴールデングローブ賞で主演女優賞に輝き、2度目のアカデミー主演女優賞に向けて弾みをつけています。


 そして最後は『スペンサー ダイアナの決意』クリステン・スチュワート。ダイアナ皇太子妃を演じました。31歳アメリカ人女優。
 この人は2002年の『パニック・ルーム』で注目された子役。その後『トワイライト』シリーズの主人公ベラを演じてブレイクしました。最近だと2019年の『チャーリーズ・エンジェル』で主人公を演じていますね。
『スペンサー』はダイアナ皇太子妃がチャールズ皇太子との離婚を決意した1991年のクリスマスシーズンの3日間を描く伝記ドラマ。スペンサーはダイアナ皇太子妃の旧姓です。スチュワートの物憂げで美しいビジュアルも話題になっていましたね。でもこの映画で描かれるダイアナさんは非常にやさぐれてるという……。スチュワートはバイセクシャルで恋愛歴が結構スゴいんですけど。美しさもさることながらクール系のビジュアルでまず何と言ってもカッコ良いんですよ。そんなスチュワートがわりとそのまんま演じる、やさぐれてぶっちゃけたとこのあるダイアナと言うだけで気になる作品。日本では2022年の秋頃公開予定です。
 今回がアカデミー主演女優賞に初ノミネートですが前哨戦においてはかなり圧倒的な強さを見せており、勝ち星で言えば断トツ。ただし後半失速してきた印象もあり、全米映画俳優組合賞にはノミネートもしませんでした。大本命と言っても良い勢いはあったんですが、そういう点ではオスカー獲得も断言はしにくいところ。


【助演男優賞】

シアラン・ハインズ『ベルファスト』
トロイ・コッツァー『コーダ あいのうた』
ジェシー・プレモンス『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
J・K・シモンズ『愛すべき夫妻の秘密』
コディ・スミット=マクフィー『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

 助演男優賞は映画の助演男優に贈られる賞です! そのまんまですね!
 ジェシー・プレモンスJ・K・シモンズのノミネートがサプライズ気味。まあ今回は完全にコディ・スミット=マクフィーくんトロイ・コッツァーの二択でしょう。独走状態のマクフィーくんをコッツァーがまくり上げており、賞の行方が分からなくなっています。現状はもはやコッツァーの方が完全に勢いで上をいってる感じ。

 シアラン・ハインズは北アイルランド・ベルファスト出身の69歳のベテラン。作品賞本命のひとつ『ベルファスト』から、祖父のポップ役でノミネートを果たしました。『ハリポタ』シリーズの弟の方のダンブルドア役、『沈黙-サイレンス-』、『ジャスティス・リーグ』など。
 作品そのものがまだ日本で公開されていないので自分で判断できるところがないのですが、ハインズの実力には疑う余地もないので作品力を考えてもまず順当なノミネートでしょう。

 トロイ・コッツァーは今回の助演男優賞本命の一人。『コーダ あいのうた』で家族の父親フランク・ロッシを演じました。53歳アメリカ人。
『コーダ』は主人公ルビー以外が全員聾者という4人家族のお話。そして実際に、ルビー役のエミリア・ジョーンズ以外の家族を演じたのは全員が聾のキャストです。もちろんコッツァーも聾者。
 昨年に音響賞・編集賞の2部門でオスカーを獲得した『サウンド・オブ・メタル-聞こえるということ-』、ホラー映画『クワイエット・プレイス』シリーズ、怪獣映画『ゴジラvsコング』、スーパーヒーロー映画『エターナルズ』。ここ数年でメジャー映画で聾のキャラクターが登場する作品が急増、それに伴い聾の俳優がメジャー映画に出演する機会も少し増え始めました。例えば『エターナルズ』で聾のスーパーヒーロー・マッカリを演じたローレン・リドロフは人気ドラマの『ウォーキング・デッド』、『サウンド・オブ・メタル』にも出演しており、大きな作品での活躍の場を切り拓いています。聴覚障害のあるキャラを出すと効果的に音響にメリハリがつけられて面白い、というのもある気もしますが、こういう作品を観ていると聾者の話す手話が表現として非常に豊かで魅力的なんですね。
 そういう今の流れも踏まえると、ここはコッツァーが取るしかないという感じもします。聴覚障害者がオスカーを取れないかというとそんなことはなく、今作で一家の母親を演じたマーリー・マトリンは1987年に史上最年少の21歳でアカデミー主演女優賞を獲得しています(『愛は静けさの中に』)。聾のキャストでオスカー受賞は分かりやすいインパクトもありますから、みんなそれも見たいでしょう。嫌なことを言ってますが。何の通訳もなしに手話でスピーチするとこ見てえなあ~、絵的に!って思うじゃないですか。誤解のないように改めてきちんと言うと今回のコッツァーの演技はそんなこと関係なく本当に素晴らしいんですよ。
 全米映画俳優組合賞(SAG賞)ではそれまでの前哨戦で圧倒的な強さを見せてきたマクフィーくんを抑えての助演男優賞、おまけに作品そのものも同賞の最高賞であるアンサンブル賞に輝く快挙を達成しました。演技部門のノミネート自体はコッツァーだけですから、他のキャストや作品への評価も上乗せされてくると思うんですよね。作品そのものの勢いも急加速状態、流れは完全にコッツァーに来てます。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェシー・プレモンスは『リコリス・ピザ』のブラッドリー・クーパーや『ハウス・オブ・グッチ』のジャレッド・レトなどノミネートを予想されていた有力候補を抑えてのサプライズノミネート。まあ、正直に言えば完全にこれは作品の評価に引っ張ってもらったカタチでしょう。コディ・スミット=マクフィーくんは前哨戦で連戦連勝の勢いでしたが、プレモンスは賞レースではその陰に隠れていてノミネートすること自体多くありません。
 33歳のアメリカ人俳優。小太りな憎めない顔をしていて、マット・デイモンそっくりと言われています。テレビドラマでは『ブレイキング・バッド』や『FARGO/ファーゴ』、映画では『ザ・マスター』『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』『ジャングル・クルーズ』などに出演。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ではカンバーバッチが演じるフィルの弟ジョージ・バーバンクを演じました。
 ジョージは粗暴で小汚いフィルと正反対で小ざっぱりとして清潔、女性にも優しく紳士的な男。ただし乱暴なカウボーイでありながら大学を出てインテリな面もあるフィルと違って、ジョージは成績が悪くて大学を中退した男。オシャレな社交界に憧れを抱き、不器用で向いてないなりに上流階級の真似事を頑張っています。そんな彼が子持ちの未亡人ローズと結婚することからそれぞれの人間関係に変化が起きていく。
 劇中で結婚するローズ役のキルスティン・ダンストとは実生活でもパートナーであり、主演賞のハビエル・バルデム&ペネロペ・クルスと同様に、夫婦揃って助演賞にノミネートを果たしました。

『愛すべき夫妻の秘密』J・K・シモンズも実力には疑う余地はありませんが今回はサプライズ気味のノミネート。
 67歳、アメリカのハゲ頭俳優で、サム・ライミ監督の『スパイダーマン』シリーズの宿敵ジェイ・ジョナ・ジェイムソンや『セッション』での鬼教師役が有名。その『セッション』で2015年にアカデミー助演男優賞を獲得しています。名前は女子高生みたいで可愛いんですけど、怖い役のイメージが強過ぎて顔を見るとプレッシャーを感じる俳優です。
 今回は『アイ・ラブ・ルーシー』でルシル・ボールと共演した俳優ウィリアム・フローリーを好演しています。すごく出番が多いというほどの役でもないものの、独特の空気感を持ち要所を締める、味のあるポジション。

 そしてコッツァーと並ぶもう一人の本命コディ・スミット=マクフィーくん『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でジョージと再婚したローズの連れ子ピーターを演じました。
 マクフィーくんはオーストラリアの25歳。線が細くてフレッシュな顔をした注目の若手俳優です。メジャーどころでは『X-MEN:アポカリプス』以降のナイトクローラー(青い肌のえげつないテレポート能力の使い手)、クロエ・グレース・モレッツと共演した2010年の『モールス』など。今年公開予定のエルヴィス・プレスリーの伝記映画にもプレスリーに影響を与えたカントリー歌手ジミー・ロジャーズ役で出演します。
 マクフィーくんは16歳で強直性脊椎炎を患っており、左目を失明しています。現代でも完治させることはできないらしく、闘病しながら活動しています。
 マクフィーくんが今回演じたピーターって子は色白で細くてなよなよして綺麗な顔をしていて……。それで、趣味がアートなんですね。宿屋を切り盛りしているお母さんを手伝いながら、紙を切ってお花を作ってそれをお店の飾りにしたりしている。西部劇の町なんて岩とか砂とかだいたい茶色いですから。客がちょっと心に潤いを持てる嬉しい仕掛けですね。でもそこに客としてやってきたカンバーバッチ達は昔気質のカウボーイなので「男がこんなことするかよ!」って花に火をつけたり、メチャクチャ馬鹿にしちゃう。悔しくって店を飛び出したピーターは櫛の歯をカリカリしながら外で無限フラフープ。最悪の出会い方をした後で、お母さんがカンバーバッチの弟と再婚してイヤな奴らが身内になっちゃうんですよ。カンバーバッチの方も母子ともに気に食わないから、イジメ抜いて追い出そうとしてくるんですが……。
 というところで、段々とそれぞれの関係性が変化し、内面の複雑さが見えていくんですね。ピーターは影の主役と言ってもいいキャラクターで、難しい役だと思いますがスゴかったですね。クライマックスは脳がやられてしばらく「??????」ってなってました。今回のノミニーの中でもかなり印象的な演技をしています。正直、コッツァーもマクフィーくんも、どっちにも今回取って欲しいですね……。


【助演女優賞】

ジェシー・バックリー『ロスト・ドーター』
アリアナ・デボーズ『ウエスト・サイド・ストーリー』
ジュディ・デンチ『ベルファスト』
キルスティン・ダンスト『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
アーンジャニュー・エリス『ドリームプラン』

 助演女優賞は映画の助演女優に贈られる賞です! そのまんまですね!
 ノミネートを有力視されていた『PASSING-白い黒人-』のルース・ネッガは落選し、ジェシー・バックリージュディ・デンチがサプライズノミネートとなりました。
 しかし現状この賞に関してはアリアナ・デボーズの独走状態。キルスティン・ダンスト、アーンジャニュー・エリスが続く印象ではありますが、ほぼ間違いなくアリアナ・デボーズが取るでしょう。

 ジェシー・バックリーはNetflixの『ロスト・ドーター』でオリヴィア・コールマンが演じるレダ・カルーソの若い頃を演じています。アイルランド出身32歳。2019年『ジュディ 虹の彼方に』でのジュディ・ガーランドのアシスタントや2020年版『ドクター・ドリトル』のヴィクトリア女王、2020年はNetflixの『もう終わりにしよう。』でも注目を集めました。今回がアカデミー賞初ノミネートです。
 母親として後悔を残すレダはバカンス先のギリシャで出会った子連れの家族と親しくなるにつれて過去の記憶が蘇る。バックリーが演じるのは過去パートでの主人公であり、レダの心を読み解くための重要な役柄になります。


 ほぼ受賞確実のアリアナ・デボーズ『ウエスト・サイド・ストーリー』でプエルトリカンのリーダー、ベルナルドの恋人アニタを演じました。31歳アメリカ人女優。父親がプエルトリコ人、母親がアフリカ系アメリカ人とイタリア人の家系。テレビドラマや映画にも出演していますが、主にブロードウェイミュージカルで活躍してきた人です。今作でも有名な劇中曲『America』などで圧巻のパフォーマンスを見せました。
 今回の『ウエスト・サイド・ストーリー』なら助演女優賞はリタ・モレノでもいいと思うんですが、61年の映画版はアカデミー賞で10冠に輝いた作品でリタ・モレノはデボーズが演じるアニタ役で助演女優賞を獲得しています。今作ではモレノは原作で言うドクの立ち位置。ジェッツの若者の溜まり場でもあるドクのドラッグストアを経営しているプエルトリコ人女性で、今作ではすでに鬼籍に入っているドクの奥さんという設定。つまりかつては主人公のトニーとマリアと同じ立場だった女性になってるんですね。このことが作品に独自の味わいをもたらし、また終盤でのアニタのあるシーンがかつてアニタだったモレノが加わることでもう何とも言えない悲劇の繰り返しを感じさせます。
 そういうアレコレも加味すると、デボーズだけの力でも十分に受賞に値するパフォーマンスにさらに大女優のアシストも得ての無敵状態になっているのが今作のアニタですね。

 イギリスの大ベテラン、ジュディ・デンチ『ベルファスト』の祖母グラニー役。87歳イングランド出身。『007』シリーズのMといえば多くの人がピンと来るでしょう。監督のケネス・ブラナーともシェイクスピア系の作品でよく組んでいます。アカデミー賞はこれまで主演女優賞で5回、助演女優賞で2回ノミネート。今回が3回目の助演賞ノミネートです。1999年の『恋におちたシェイクスピア』で助演女優賞を獲得。
 実は『ベルファスト』からノミネートが目されていたのは、彼女ではなく母親役のカトリーナ・バルフでした。前哨戦ではバルフの方がノミネート総数は多いと思います。そもそもデンチの役は出番もそう多くはないと聞いています。それが蓋を開けてみれば、知名度もキャリアもあるデンチの逆転ノミネート。まあ「バルフでいいじゃん」とも思うんですけどね、助演男優賞でも祖父役のハインズがノミネートしてるので作品を支えたベテランが揃ってノミネートということで。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』からはキルスティン・ダンスト。牧場に嫁入りしてくる未亡人ローズ役で、結婚相手であるジョージ役のジェシー・プレモンスとは実生活でも夫婦。夫婦揃っての助演賞ノミネートです。また、プレモンスがサプライズノミネートを果たしたことで『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の主要人物全員が演技部門ノミネートとなりました。強すぎる。まあ今の感じだとどの部門でも2番手くらいの位置になるので、一番可能性が高そうな助演男優賞のマクフィーくんでもどうか、というところなんですが……。
 ダンストは39歳アメリカ出身、父がドイツ人、母がドイツ系とスウェーデン系でドイツ国籍も持っています。子役の頃から『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』『若草物語』『ジュマンジ』などで活躍し、何と言っても2002年のサム・ライミ版『スパイダーマン』のヒロインMJが日本ではバツグンに有名です。
 30年以上に及ぶキャリアの中で今回がアカデミー賞は初ノミネート。息子のために再婚し、ボロボロにイジメ抜かれる母親を演じました。印象的にはデボーズに続く2番手、前哨戦で圧倒的に強かったデボーズに勝って初受賞となるか。

 アーンジャニュー・エリス『ドリームプラン』で夫リチャードとともに娘達を懸命に育てる母オラシーンを演じています。53歳アメリカ人。最近ではドラマ『ラヴクラフトカントリー』に出演。
 『ドリームプラン』はウィリアムズ姉妹を育てたムチャクチャな父親リチャード・ウィリアムズの伝記映画ですが、同時にウィリアムズ姉妹の物語であり、家族の物語です。そしてオラシーンは自身の信仰に支えられながら、娘たちのために夫に協力して無謀なプランを実現させた影の立役者でした。劇中でも娘のため、リチャードに大切なことに気付かせるためにとんでもない大喧嘩をぶちかます非常にパワフルな場面を熱演しています。
 アカデミー賞は初ノミネートで印象的には3番手。正直これまでのキャリアの中でそんなにピンとくる役どころは少ないんですが、今後の活躍が広がるノミネートになるのではないでしょうか。


【脚本賞】

『ベルファスト』
『ドント・ルック・アップ』
『ドリームプラン』
『リコリス・ピザ』
『わたしは最悪。』

 脚本賞は映画のオリジナル脚本に贈られる賞。原作付の作品はこの後の脚色賞にノミネートされます。優れた脚本に贈られるモノで、傾向としては監督自身が脚本も書いている作品の方が受賞しやすいところがあります。

その点ではザック・ベイリンによる『ドリームプラン』はデータ的にはやや不利。他のノミネート作品は全て監督が脚本を兼任しています。

 サプライズは国際映画部門にノミネートしているノルウェー映画の『わたしは最悪。(原題:The Worst Person in the World)』でした。やはり脚本ですので、細かいニュアンスまで読み取るためには非英語作品は不利と考えられます。それは今年の脚色賞にノミネートしている『ドライブ・マイ・カー』にも言えるところ。しかし2020年には韓国映画の『パラサイト』が見事に脚本賞を獲得したばかりで、追い風はあるでしょう。
 まあ、全体的にそうなんですが、アカデミー賞に投票するアカデミー会員はかなり長い間、白人で高齢の男性が高い割合を占めていました。近年はハリウッド映画そのものの多様性を反映するために様々な人種・国籍・性別から会員層を広げています。非英語作品が国際映画賞以外で評価されることが増えてきたのはその成果と言えますね。
 エスキル・フォクトと監督ヨアキム・トリアーの共同脚本となるこの長いタイトルの作品は、ノルウェーの首都オスロを舞台としたトリアーのオスロ三部作の3作目です。30歳の節目を迎え、いまだに人生が定まらないユリヤが様々な恋愛を経験し人生を見つけようとする姿を描く異色のダーク・ラブコメということで、面白そうな作品ですね。日本では7月1日に公開予定。

 見事な風刺劇を仕上げた『ドント・ルック・アップ』もユニークで刺激的なコメディを得意とするアダム・マッケイが本領発揮した快作。全米脚本家組合賞(WGA)を『リコリス・ピザ』を押さえて受賞しました。

 しかし、そうは言っても今回の本命はポール・トーマス・アンダーソンの『リコリス・ピザ』です。WGAを落としたのは不安材料ですが、英国アカデミー賞などで数多くの脚本賞を受賞。PTAは脚本部門にも強く、脚本・脚色合わせて今回で5回目のアカデミー賞ノミネートです。ただし受賞そのものはないので、そろそろ取ってもいい頃でしょう。

 ここで怖いのが作品力も高い『ベルファスト』です。『ベルファスト』は高齢の会員だと自分自身の思い出とも重なったり、まあ強いんじゃないかと言われてるわけですが。現在の世界の状況も考えるとここでも評価が高まっていることは考えられます。重要な前哨戦のひとつと言われるゴールデングローブ賞も『ベルファスト』が取っています。


【脚色賞】

『コーダ あいのうた』
『ドライブ・マイ・カー』
『DUNE/デューン 砂の惑星』
『ロスト・ドーター』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

 脚色賞は脚本賞に対して原作付の作品に贈られる賞です。原作は小説だったりノンフィクションだったり新聞記事だったり戯曲だったり、キャラクターそのものが原作であることもあるので、まあ何でもいいんだろうなって感じです。
 キモとしては“脚色”の良さ。脚本としての魅力は大前提として、映画化する上でその原作をいかに見事に脚色したかもポイントになってくるんですね。だから真面目に考えるなら全部原作知らないと判断できないんですけど……。
 今年のノミネート作品は全て監督が自分で脚本にも関わっています。

 まず『コーダ あいのうた』は普通に全方位敵無しなタイプの優しい家族の絆を描く感動作。原作にあたる元の映画版から、フランスの田舎の酪農家の設定をアメリカの港町の漁師に変更しました。これにより自分の夢を追って街を離れたい主人公に対して、残される聾の家族が健聴者である主人公抜きでやっていくことの難しさが強調されています。家族の設定がストーリーに生かされる形に変わっているんですね。
 全米脚本家組合賞(WGA)で脚色賞を受賞。これは『パワー・オブ・ザ・ドッグ』も『ドライブ・マイ・カー』もエントリーしていないので何とも言えませんが、英国アカデミー賞はこの2作品を制して脚色賞を取っています。作品の勢いもあるだけに予想が悩ましいところ。

『DUNE/砂の惑星』は、まあ脚色としては前後編によくまとめたね、なんですけど今作だけでは評価のしようもないくらい途中で終わるので前後編揃ってくれないといかんともしがたい。原作に対してのヴィルヌーヴのクソ真面目感のあるキャラクター描写も良し悪しですしね……。

『ロスト・ドーター』は原作が良く分かんないので詳しいことは置いておきますが、過去の出来事をフラッシュバックさせながら展開するストーリー構成はいいですよね。原作がどうなってるのか分かんないけど。

 そして今回の大本命は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。これは原作が1967年のトーマス・サヴェージの小説で、2001年に再評価されるまでろくに売れてもないし知られてもないって作品で、映画化もされた『ブロークバック・マウンテン』に影響を与えたとも言われています。原作者のサヴェージ自身がモンタナの牧場で過ごした少年期をモチーフにした自伝的要素もある小説です。
 原作読んでみよ~って思ったんですけど、Kindleになかったので結局買わずじまいで読んでません……。なので原作との比較はできませんが、ストーリーそのものはまず非常によく出来ていますよね。映画の完成度が極めて高い作品です。前哨戦でもかなり強く、数多くの脚本・脚色賞を受賞しています。作品賞受賞作品はだいたい脚本・脚色も取りますので、作品賞でも本命視される本作は脚色賞の本命としても説得力があります。

 ただしここで悩ませてくるのが『ドライブ・マイ・カー』の存在です。日本映画では脚色賞初ノミネート。脚本賞のところにも書いた通り、非英語映画での脚本・脚色賞は不利な要素です。しかし過去にも非英語脚本での受賞そのものは前例があり、近年の流れとしても絶対的に不利とは言い切れない。考えようによっては逆に好評価されることもあるでしょう。
 そして『ドライブ・マイ・カー』はまずカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した作品です。最初に脚本に対して世界でがっちり評価されてるんですね。それ以降もボストン批評家協会賞などで脚本賞を取っており、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』とは数では比べられませんが十分に評価を得てきました。
 脚色という意味でも、原作としては村上春樹の同名短編小説になりますが、そこにさらに別の村上春樹の短編2本を合体。劇中劇としてのチェーホフの『ワーニャ伯父さん』の存在など、"脚色"だけで見れば恐らく一番面白いのがこの作品です。
 でも前言を翻すようですけど、日本語の映画なんだよな~。ただこいつの怖いとこは劇中劇の作り方が変態で多言語演劇なんですよ。だから英語とか韓国語とか手話まで入り混じってくるんですね、実際のところ。メチャクチャ面白くないですか? やりたい放題過ぎるだろ。
 だからね、取らないだろうなあとは思ってても予想的にかなり悩ましいとこなんですよね。取ったら一番盛り上がってもいいかもしんない部門です。


【撮影賞】

『DUNE/デューン 砂の惑星』
『ナイトメア・アリー』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
『マクベス』
『ウエスト・サイド・ストーリー』

 撮影賞は一番イイ感じの撮影をした映画に贈られる賞です! ハッキリ言って技術系部門に入るとマジで素人目には判断できませんからね、ふわふわしたことを書きますよ!

 まず『マクベス』は唯一白黒映画作品からのノミネートですね。白黒の撮影はカッコいいのでみんな好きです(ふわふわした発言)。
 撮影監督はフランスのブリュノ・デルボネル。過去には『アメリ』や『ハリー・ポッターと謎のプリンス』、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』などでノミネートを果たし、受賞はありませんがこれで6回目のノミネート。

『ナイトメア・アリー』はデンマークのダン・ローストセンが撮影監督。メジャーどころではキアヌ・リーヴスの『ジョン・ウィック』シリーズも担当していますし、デル・トロとも何度か組んでいます。デル・トロがアカデミー作品賞を獲得した『シェイプ・オブ・ウォーター』ではローストセンも撮影賞でノミネートしました。今回が2度目のノミネート。

『ウエスト・サイド・ストーリー』ヤヌス・カミンスキーはポーランドの撮影監督。『シンドラーのリスト』『プライベート・ライアン』で2度アカデミー撮影賞を受賞しており、『シンドラーのリスト』以降はスピルバーグ作品はずっとこの人がやってます。アカデミー賞ノミネート自体はこれで7回目。
 ちなみに今さらですが、撮影監督は映画の撮影全般を監督する人です。監督のイメージに合わせて実際に映像を作り上げる責任者ですね。カメラの動きやカットの構図、レンズの選定なども行います。映画は監督のイメージを各部署で協力してカタチにしていくわけですが、映像そのものですから当然のように一番しっかりしてないとダメな部分で超重要ポジションです。

 そして今回の撮影賞は『DUNE/砂の惑星』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の対決です。『DUNE』は技術部門総ナメも期待されていますので、これからバンバン本命として出てきます。
 『DUNE』の撮影監督はグリーグ・フレイザー、オーストラリア出身。2012年の『ゼロ・ダーク・サーティ』で高く評価され、スター・ウォーズのスピンオフ映画『ローグ・ワン』や大人気ドラマ『マンダロリアン』、マット・リーヴスの『THE BATMAN-ザ・バットマン-』でも撮影監督を務めています。名前もカッコいいですし、大作の撮影にも経験豊富。
 特に最近はVFXを活かしたテクニカルな撮影が好まれる傾向も強く、SF大河ロマンの『DUNE』はそういう点でもバッチリ。まずビジュアル面の迫力が売りですからね。組合賞も取って受賞はほぼ確実。

 前哨戦の成績から見てもまあ『DUNE』だろうな、というとこですがそこで『パワー・オブ・ザ・ドッグ』なんですよ。こちらも雄大な荒野の大自然を捉えており、撮影そのものは非常に面白いです。
 そしてこの映画の撮影監督はアリ・ウェグナー。フレイザーと同じくオーストラリア出身で女性の撮影監督です。女性の撮影監督っているんですけどね、やっぱり珍しいんですよ。そもそも監督そのものが今でも男性社会と言われています。今まで93回もアカデミー賞やってきて女性監督のオスカーは2回だけ。そして撮影賞での女性のオスカーはゼロです。
 これスゴいことなんですけど、この部門だけなんですよ。女性が受賞したことがないのが。何せ今回のウェグナーのノミネートでようやく女性のノミネート数が2です。2ですよ、2。94回目でノミネートが2人だけ。初めてノミネートしたのは2018年に『マッドバウンド』のレイチェル・モリソンです。
 まず単純に女性の撮影監督の数が少ないんですが、それは何で少ないの? なんですよ。もっと現場に増やせる環境、正当な評価ができる環境がようやく整え始められる時代になっていると思います。
 だからこそ、ここでウェグナーが女性監督のカンピオンとともにオスカーを手にすることは非常に大きな意味がある。映画業界の歴史を変える一歩を新たに踏み出せるんですよ。もちろんこれは今回のウェグナーが賞に相応しい作品を手掛けたと確信した上での話なので、女性の活躍推進のためだけにウェグナーを選べって話ではないです。オマケとしてこんなに面白い展開がついてくるぜ! って話。


【編集賞】

『ドント・ルック・アップ』
『DUNE/デューン 砂の惑星』
『ドリームプラン』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
『tick, tick...BOOM!:チック、チック、ブーン!』

 編集賞は一番見事な編集に贈られる賞です。よく分かんないですね。
"編集"って動画編集したことある方なら分かると思いますが、作品の仕上がりにダイレクトに影響を及ぼす物凄く重要な仕事なんですよ。どうしようもない映像素材でも編集で良さげなモノには出来ます。逆に超素晴らしい映像も編集次第ではクズの集合体に生まれ変わらせることが出来ます。
 でもこれ分かんないんですよ。統計的に作品賞との関連性も高い賞で、作品の完成度を決定づけるものですから当然良い作品は良い編集をしています。しかしながら、ほとんどの良い編集は素人目に分からないんです。映画観てて「お、ここのカットの繋ぎ方最高だな~。この数フレームで変わるんだよな~」なんて客いないでしょう。パッと見て分かるのは大概が悪い編集です。
 だからただでさえ素人目に分かりにくい技術部門でもピカイチで分かりにくいのが編集賞なのです。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とかね、説明されれば素直に「変態の仕事じゃん」って納得できることもあるんですけど。

『ドント・ルック・アップ』ハンク・コーウィン。同じアダム・マッケイ監督作品の『マネー・ショート』『バイス』で編集賞にノミネートし、3度目のノミネート。マッケイのコメディらしい独特の空気感を編集で作り出しています。ちゃんと説明できないけど!

 本命である『DUNE/砂の惑星』はこれで3回目のノミネートとなるジョー・ウォーカー。ヴィルヌーヴ監督とも2015年の『ボーダーライン』以降ずっと組んでおり、ヴィルヌーヴの世界を作り出すことに大きく貢献しています。傾向としてはアクション要素のある作品が好まれやすいので、今回のノミネートの中では有利。前哨戦の成績で見てもまずこの映画を推していくべきでしょう。何がどうなのかは分かりませんが!

 しかし一致率が高いアメリカ編集監督組合賞(エディー賞)は『ドリームプラン』パメラ・マーティンが『DUNE』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』双方を抑えて取りました。マーティンは2011年ボクシング映画の『ザ・ファイター』でもノミネートしたことがあります。
 この映画は当然テニスシーンも多く、まあそうなると編集の腕の見せ所も増えるでしょうね。よく分かんないけど……。エディー賞取ってるのはデカいものの、ここ2年ほどは一致してないんでどうしたもんかなって感じ。

 そしてもう一つ本命と言えるでしょう、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ピーター・シベラス。初ノミネート。
 いや実際、この映画の編集面白いと思うんですよ。具体的には何も言えないけど……。前哨戦の結果もそう悪くないですが、何しかエディー賞落としてるのが怖いですね。

 そのエディー賞もドラマ部門とコメディ部門がありまして、コメディ部門で『ドント・ルック・アップ』を押さえてエディー賞に輝いたのが『tick, tick...BOOM!:チック、チック、ブーン!』ミーロン・ケルシュタインアンドリュー・ワイスブラム。ワイスブラムはよくウェス・アンダーソンの映画の編集をしています。アンダーソンの映画の編集大変そう。
 ミュージカルも当然ながら編集が光る場面は多いジャンルです。ドラマパートとミュージカルパートを効果的に見せる必要がありますからね。テンポよく駆け抜ける本作でもそれは大いに活かされています。よく分からんけど。まあでも、取るなら『ドリームプラン』の方かな……という感じはしますね。


【音響賞】

『ベルファスト』
『DUNE/デューン 砂の惑星』
『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
『ウエスト・サイド・ストーリー』

 音響賞は音響効果に対しての賞です。効果音とか音楽の重ね方とか。
 最近まではインプットの音響編集賞とアウトプットの録音賞に分かれていましたが、素人には違いが分かりにくいな~と思ってたのをみんなそう思ってたのか2021年から統合されて音響賞になっています。
 この部門はSF映画や戦争映画、音楽映画が強い傾向があります。いずれも音の聴こえ方が非常に大切なジャンルで、SF映画なんかは世界に存在しない音を生み出す必要があるからその世界の存在に関わってきますね。戦争映画でも戦場を作り出す大部分は音です。音に映像が組み合わさることで僕達は疑似的に戦場を体験します。

 ここでもやはり本命は『DUNE』になるでしょう。近年はSFより戦争映画や音楽映画が取ることも多いですが、前哨戦の成績では抜きん出ています。誰も見たことのない砂の惑星の音をリアルに創造しました。アメリカ音響効果監督組合賞、アメリカ録音監督組合賞も受賞しています。

『ベルファスト』『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』とほかの候補作も作品力の高い作品・知名度のある作品が並んできますが、対抗としてはミュージカル作品の『ウエスト・サイド・ストーリー』。これはもうジャンル的にも音が作品評価に直結しますからね。破滅に向かっていくギラついた若者たちの精神状態を音でも感じさせ、作品世界への没入感を高めました。


【美術賞】

『DUNE/デューン 砂の惑星』
『ナイトメア・アリー』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
『マクベス』
『ウエスト・サイド・ストーリー』

 美術賞は優れた美術に対しての賞です。
 これもメインで目立つモノではないですが、セットのデザインは作品の世界観やキャラクターの表現などに大いに活躍します。意識せずとも多くの情報を観客に与えているのが美術です。衣装デザイン賞と一致することも多く、両方にノミネートする作品の方が受賞の可能性は高くなります。

 ここも本命は『DUNE』。アメリカ美術監督組合賞にも輝きました。
 美術や衣装、メイクは組合賞などではピリオド(歴史)、ファンタジー、コンテンポラリー(現代劇)の3つのカテゴリーに分かれています。『DUNE』はそのうちのファンタジー部門の作品。傾向として強いのは時代を再現するピリオドか想像力豊かなファンタジーになりますが、大河SFの『DUNE』はピリオド感のあるファンタジーと言えるでしょう。

『ナイトメア・アリー』はピリオド部門で組合賞を取っています。デル・トロの作品においては美術は注目度の高い要素。ダークな世界に没頭させる素晴らしい美術を作り上げていることでしょう。この映画が『DUNE』の対抗となります。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の美術ってそんなに良かったっけ、て気持ちもありますが、同じピリオドの『マクベス』『ウエスト・サイド・ストーリー』はまず順当なノミネート。『マクベス』は白黒映画ですからね、ストイックというか余計なものを作らずにシンプルに独特の世界を作り上げているのは面白いですね。


【衣装デザイン賞】

『クルエラ』
『シラノ』
『DUNE/デューン 砂の惑星』
『ナイトメア・アリー』
『ウエスト・サイド・ストーリー』

 衣装デザイン賞もそのまんまでステキな衣装に贈られる賞です。
 美術と同じく作品の主体とはならずとも、その世界や時代背景、キャラクターの個性を語らずとも伝える大事なポイントです。女性陣のゴージャスな衣装などは注目を集めることも多いですね。ここもやはり強いのは歴史系のピリオドや空想のファンタジーにカテゴライズされる作品。


 ここの大本命になっているのはディズニーが『101匹わんちゃん』のヴィランであるクルエラ・ド・ヴィルの若い頃を描いた実写映画『クルエラ』。エマ・ストーンが悪女クルエラが生まれるまでをファッショナブルに演じました。
 1970年代のイギリスのファッション業界の戦いを描き、社会への怒りに満ちたパンクな若者と上流階級のセレブのファッションの対比がそのままキャラクターとストーリー、作品のテーマに反映されていく。全部で277着の衣装が使われ、ゴミ収集車から出てきたクルエラがカリスマデザイナーが作った過去のドレスを繋ぎ合わせて作った超々ロングドレスを着ているシーンなど(過去の栄光=ゴミ)、劇中のパンクさがとにかく痛快で面白い。
 衣装担当はジェニー・ビーヴァン、御年71歳。2016年には『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で2度目のアカデミー衣装デザイン賞を獲得、授賞式にライダースジャケットで出席したイカした女性です。今回で11回目のノミネート。アメリカ衣装デザイナー組合賞もピリオドで受賞しています。

『シラノ』は1897年のエドモン・ロスタンによる戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』を原作とするミュージカル作品。醜い詩人騎士シラノを小人症の俳優ピーター・ディンクレイジが好演し、不器用な愛の姿を映し出しました。ディンクレイジはカッコ良いんですよ。17世紀のフランスが舞台ですので、衣装に限らず美術やメイクなども注目して欲しい作品です。

 対抗となるのが『DUNE』。他のノミネート作品が全てピリオドなので唯一のファンタジー部門からのノミネートです。
 衣装担当はジャクリーン・ウェストボブ・モーガン。ウェストは『レヴェナント』や『ベンジャミン・バトン』などで今回が4度目のノミネート。モーガンは初ノミネートです。

『ナイトメア・アリー』『ウエスト・サイド・ストーリー』はそれぞれ美術賞にもノミネートされています。『ナイトメア・アリー』のルイス・セケイラは2018年に同じトロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』でも衣装デザイン賞にノミネートし、今回で2度目です。
『ウエスト・サイド・ストーリー』はダンスパーティーのドレスなどミュージカルに映える見応えのあるモノもありますし、エキストラも大人数で踊る場面もありますから大変そうですが。衣装担当のポール・テイズウェルは初ノミネートです。


【メイクアップ&ヘアスタイリング賞】

『星の王子ニューヨークへ行く2』
『クルエラ』
『DUNE/デューン 砂の惑星』
『タミー・フェイの瞳』
『ハウス・オブ・グッチ』

 メイクアップ&ヘアスタイリング賞は特殊メイクやヘアセットに贈られる賞です。これもやはり美術や衣装とも近いところのあるモノで、最近は実在の人物に寄せるためのナチュラルな特殊メイクが評価されることも多いですね。特殊メイクという点ではアメコミ映画のようなエンタメ系でも比較的ノミネートしやすいところです。
 賞としては若く1982年に初めて設けられ、2013年にはそれまで「メイクアップ賞」だったものが名称にヘアスタイリングも加わり今に至ります。5作品ノミネートするようになったのも2019年からで、それまでは3作品だけのノミネートでした。

 ここもそれなりに混戦模様なんですが、まずアメリカメイキャップアーティスト&ヘアスタイリスト組合賞(MAHG賞)においてコンテンポラリー(現代劇)部門でのメイクアップとヘアスタイリング、さらに特殊メイク賞の三冠を達成したのが『星の王子ニューヨークへ行く2』です。
 1988年のエディ・マーフィー主演のコメディ映画の33年振りの続編。ニューヨークに自分も知らない息子がいることを知ったアキームが、セミとともに再びニューヨークに向かいます。コロナの影響もありAmazonPrimeVideoで配信公開となった映画。
 まあ、内容のことは置いておいて作品を楽しく……うーん、まあ、メイクが重要な場面が多かったですよね? だから内容はともかくメイクはいいんですよ。これ以外のノミネートは全部ピリオド部門ですし……。

『星の王子2』はダークホースとして、混戦になってるのはむしろ他の4作品。衣装でも本命の『クルエラ』はここでも強いことが予想され、MAHG賞ではピリオド・キャラ部門のメイクアップ賞を受賞。ヘアスタイリングの方は『愛すべき夫妻の秘密』ですがこちらはノミネートしていません。

 そうなると『クルエラ』が本命だろうとは思うんですけどね、『DUNE』も相変わらずどこにでも出てきて受賞しそうな空気を出してきます。恐らくこの賞は他に譲らざるを得ないでしょうが、それでも取れそうな雰囲気は残る。

 そして個人的に本命視したいのは『タミー・フェイの瞳』。だってあのジェシカ・チャステインがですよ、バカみたいなメイクして怪演してるんですよ!? ここでこれに賞をあげなくてどうするのか! まあでもぶっちゃけ僕はエマ・ストーンの方が好きですし作品的にも『クルエラ』の方が好きです!

 最後は全体的に振るわなかった『ハウス・オブ・グッチ』。いやこれ、衣装デザイン賞でノミネートできないとどうしようもない映画なんですが。
 家族経営でやっていた有名なイタリアのファッションブランド・グッチがとんでもない嫁のせいで崩壊していく実話ベースの伝記サスペンス映画。ゴージャスなファッションのレディー・ガガ、クソヤンキーモードのレディー・ガガ、悪魔みたいな表情のレディー・ガガ、と色んなレディー・ガガが見られるレディガガお得パック映画。一族を取り仕切るのがアル・パチーノで、ファッション界のゴッドファーザー映画でもあります。
 特に話題になったのが落ち武者みたいな髪型の変わり者パオロ・グッチに扮した怪優ジャレッド・レトの姿。なのでこのノミネートは落ち武者ノミネートです。おめでとう、パオロ。


【視覚効果賞】

『DUNE/デューン 砂の惑星』
『フリー・ガイ』
『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』
『シャン・チー/テン・リングスの伝説』
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』

 視覚効果賞は特撮・CGなどのビジュアルエフェクトの賞。昔ながらの特撮のSFXよりはCGなどのVFXの方がもはや主流ではありますが、その中であえてCGを極力使わない映像表現を評価されることも。受賞するかはともかく、ノミネートではアメコミ映画に代表される大作エンタメ映画が強い部門です。ただ技術の面白さが評価されやすいから、お金掛けた映画って意外と取らないんですよね。

 ということでここも本命は『DUNE』です。ほぼ間違いなく取ります。

後はいずれも作品としても面白いヒット作や話題作ばかり。『フリー・ガイ』はゲーム世界のモブキャラを主人公とした作品で、主人公ガイを演じるライアン・レイノルズがディズニーネタも豊富にぶち込んでやりたい放題。テーマ的にも良くて、ゲーム的表現は特に若い世代やゲームファンを中心に喜ばれました。

『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』はまあ普通によく出来てますよね。ダニエル・クレイグが演じてきた6代目ジェームズ・ボンドの最終作。過去シリーズを意識した要素も入りつつ、次世代へ向けた視線も含まれていました。視覚効果的には特筆するほどかは分かりませんが好きな作品です。

 そしてMCUからは『シャン・チー』『スパイダーマンNWH』がエントリー。お金のかかった大作で内容ももちろん良い。特に『NWH』はMCUファンよりも歴代スパイダーマン映画ファンに刺さる作品で、2回観て2回ともボロボロ泣いてました。僕の2022年の暫定1位の映画です。
 でも傾向的には不利なので受賞には厳しいでしょう。組合賞でも『DUNE』がバカスカ取ってるのでまずここは『DUNE』で決まりです。


【作曲賞】

『ドント・ルック・アップ』
『DUNE/デューン 砂の惑星』
『ミラベルと魔法だらけの家』
『Parallel Mothers』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

 作曲賞は映画音楽に贈られる賞です。いわゆるスコアに対するモノですね。映画音楽もご存知のように作品の世界や感情を盛り上げる重要な要素です。個人的には『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジョニー・グリーンウッドに取って欲しいんですが、ここは『DUNE』と一騎打ち。優勢なのは『DUNE』か。

『ドント・ルック・アップ』ニコラス・ブリテル。この人は『セッション』のプロデューサーだったり色々してますが、映画音楽家としては2013年の『それでも夜は明ける』で注目されます。アカデミー賞には『ムーンライト』と『ビール・ストリートの恋人たち』でノミネートし、今回が3回目のノミネートです。


本命である『DUNE』の音楽を担当したのはハンス・ジマーです。もはや説明不要の映画音楽界の大物、そんなジマーが長年夢見ていたというのがこの『DUNE』が映画化された時に作曲を手掛けること。夢が叶いました。
 今回、ジマーがやったのは誰も見たことのない砂の惑星を音楽で表現すること。この惑星の音楽を作り出すために、ジマーは楽器を作り、弾き方も従来とは異なる方法を編み出しました。独自の言語も生み出したとかで、効果音だけならともかく誰が地球外の音楽文化まで作れと言った……! 何を言ってるのか全然分からない。そりゃアカデミー賞くらい取るってもんですよ。
 ジマーはアニメ映画『ライオン・キング』でアカデミー作曲賞を受賞。今回が12回目のノミネートです。


『ミラベルと魔法だらけの家』はコロンビアを舞台としたディズニーアニメ。久々のオリジナルミュージカル作品で、音楽が重要です。ミュージカルナンバーを手掛けたのはリン=マニュエル・ミランダですがスコアはジャーメイン・フランコの仕事。ディズニー長編アニメで初の女性作曲家です。ピクサーの『リメンバー・ミー』でも作曲に関わっていました。
 劇中曲もヒットし、サウンドトラックも大人気。作品の知名度では見劣りしません。

『Parallel Mothers』も音楽でも高く評価されていた作品です。作曲はアルベルト・イグレシアス。スペインの作曲家で、アカデミー賞には4度目のノミネート。スペインのアカデミー賞に相当するゴヤ賞はバカスカ取ってます。外国の映画ってやっぱ不利ですからねえ。


『DUNE』の対抗となる『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の作曲は、映画音楽の作曲家としても評価が高まっているレディオヘッドのジョニー・グリーンウッド。元々がマルチプレイヤーで色々使えるんですが、映画音楽は2007年の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』で作曲を手掛けてベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞。それ以来、PTAの映画でよくスコアをやってます。2018年に『ファントム・スレッド』でアカデミー作曲賞にノミネートし、今回が2回目のノミネート。2021年の映画は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の他にお馴染みPTAの『リコリス・ピザ』、パブロ・ラライン監督の『スペンサー ダイアナの決意』と注目作品3作でスコアを担当しています。
 これはもう素直に一番好きな音で、サントラの1曲目の「25 Years」とか聴いて欲しいんですがメチャクチャいいんですよ。のどかなカントリー系っぽくもありつつ、聴いてるとシンプルな繰り返しが不安を掻き立ててくる。音の聴かせ方もよくよく聴くと気持ち悪いんですよね、これ。こういう音の作り方がサイコーに良いので、ここらでオスカー取って欲しいんです。


【歌曲賞】

「Be Alive」『ドリームプラン』
「Dos Oruguitas」『ミラベルと魔法だらけの家』
「Down To Joy」『ベルファスト』
「No Time To Die」『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
「Somehow You Do」『フォー・グッド・デイズ』

 歌曲賞はスコアの作曲賞に対して歌入りの劇中曲や主題歌に贈られるモノです。テキトーなタイアップソングではなく、作品の内容や主題とリンクする、物語を盛り上げる歌が評価されます。『ウエスト・サイド・ストーリー』の「tonight」などは残念ながら映画のオリジナルソングではないのでここではノミネートしていません。


『ドリームプラン』「Be Alive」はセリーナ・ウィリアムズの親友でもあるビヨンセのナンバー。ソウルフルな歌声が流れるエンドクレジットは超カッコ良いです。歌詞も"自分自身に誇りを持って生きるんだ"という、何より自分をリスペクトすることを教える作品ともマッチします。人種・生活環境から虐げられることがデフォルトになり過ぎるからこそ、まずは自分が自分を世界一愛してやる。偉大なアフリカ系ボクサー、モハメド・アリの精神にも通じるところです。


『ミラベルと魔法だらけの家』からは「Dos Oruguitas」。劇中で一族の過去の回想で使われる楽曲です。日本ではナオト・インティライミが歌ってますが、原曲の方がシーンと合ってて好き。
 歌っているのはコロンビアの代表的シンガーソングライター、セバスチャン・ヤトラです。『ミラベル』は人気曲が多く、とにかくコロンビア要素を重視して作ってるのは偉いですね。アニメの時のディズニーは偉い。

『ベルファスト』からは「Down to Joy」。歌っているのはヴァン・モリソンです。ベルファスト出身、76歳の偉大なミュージシャンで本作の音楽も担当しています。モリソンの曲も色々流れますよ。


 そしてこの部門の大本命は『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』「No Time To Die」。"まだ死ぬには早い"。本作のオープニングシーンで使われます。これはもうガンガン歌曲賞は取ってますので。たぶんにメモリアル的な意味もあるでしょう。この曲だけならそこまで強いと思ってませんが、この映画は全てのボーカル曲がリンクしていくので総合的には歌曲がスゴく良いんですよ。
 歌ってるのは史上最年少でシリーズ主題歌を歌ったビリー・アイリッシュです。

最後は『Four Good Days』から「Somehow You Do」。歌ってるのはカントリー歌手のリーバ・マッキンタイア。作品はグレン・クローズとミラ・クニスが共演するドラマ映画で、薬物依存から抜け出そうとする実話ベースの母と娘の物語。内容はともかくいかんせん知名度がないです。
 で、これ作詞・作曲がダイアン・ウォーレンなんですよ。グラミー賞など色んな賞も取ってるベテランの大物ソングライターですが、アカデミー賞は無冠で今回13回目のノミネート。2018年から5年連続でノミネートし続けています。何なら2015年と2016年もノミネートしてます。もうちょっと知名度のある作品で作ればいいのにな……って思うんですけど。昔は『コン・エアー』とか『アルマゲドン』とかやってましたけどねえ……。
 そろそろオスカー取って欲しいですが、まあ来年に期待ですね。


【長編アニメ映画賞】

『ミラベルと魔法だらけの家』
『FLEE フリー』
『あの夏のルカ』
『ミッチェル家とマシンの反乱』
『ラーヤと龍の王国』

 長編アニメ映画賞は長編アニメを対象とした賞です。これは比較的日本の作品もノミネートしやすいところですね。
 まあだいたいディズニー・ピクサーが圧倒的に強い部門ではあります。作品の面白さに加えて技術力も美術力もストーリーのテーマも、とにかく総合的に強いんですよ。特にピクサーの方が。
 しかし最近は他のスタジオの作品もかなり良作が増えていて、いつまでもディズニーなら安泰という状態ではありません。そうは言っても今年もディズニー・ピクサーで3作品エントリーしているんですが……。


 今年のノミネートは去年順当に強かったアニメ映画5本がそのままノミネートしている状態です。その中で本命のひとつはディズニーのミュージカルアニメ『ミラベルと魔法だらけの家』
 ディズニー初の南米コロンビアを舞台に、眼鏡を掛けた何の能力もないパッとしない女性主人公が、スゴい魔法を使える家族のピンチを救うために奔走します。これはもう名作の類で、音楽も映像も楽しくストーリーも胸に迫るという王道無敵タイプ。
 まあ僕は家族のしきたりを押し付けてくるところがサイコーに気持ち悪くて、最終的に家族の呪いから逃れられない感じが不気味でいいな、て思ってたのでたぶん素直に言うと怒られるんですが。でもディズニーには人の心がないと思ってるので、これくらいの方がしっくり来るんですよね……。
 知名度とスタジオの実績の強さ、他の部門にもエントリーしてるのは強いですね。


 今回、かなり特殊なエントリーをしているのがデンマークの映画『FLEE』。長編アニメ映画賞と長編ドキュメンタリー映画賞、国際長編映画賞にノミネートしています。国際映画なのはデンマーク映画だから良しとしても、長編アニメで長編ドキュメンタリーなんですよ。
 これはアフガニスタンから亡命してデンマークに逃れたある男性が、恋人の男性との結婚を前に自身の過去を親友である監督に語り始めるというアニメ作品。アフガニスタンの様子も実写アーカイブ映像で挿入され、アニメだからこそ描ける過酷な現実を映し出していきます。
 日本は難民慣れしてませんし、今でも外国人慣れもしていません。ないに越したことはないですが、世界の状況がどうなっていくかは分からないので。これからの私達の未来とも重なり得る作品です。日本は6月公開予定。

 ピクサーからノミネートしたのはDisney+での配信限定になってしまった『あの夏のルカ』です。イタリアの港町を舞台に、人々からわけもなく恐れられているシー・モンスターの少年と人間の交流を描く。どこかノスタルジックな風景が居心地が良くて、ジブリ映画のような匂いがします。空気感が大好きな作品。


 そして『ミラベル』とバチバチに一騎打ち状態なのがNetflixの『ミッチェル家とマシンの反乱』。これはもうとにかくハチャメチャに面白くて、作品としては映像表現でもストーリーの語り方でも一歩二歩先を進んだアニメです。だから僕はこれがオスカーで良いと思っていますが。前哨戦でも成績はトップ。アニー賞も獲得しました。劇場公開が少なかったことが難点ですね。
 作っているのは2019年に『スパイダーマン:スパイダーバース』で長編アニメ賞を獲得したソニーのアニメチーム。なので『スパイダーバース』をさらに発展させた水彩画調アニメがですね、もうメイキングとか見てくれればいいんですけどとにかく変態の仕事です。動画ネタなど、今時の子のインターネット文化を積極的に取り込んでるのも新鮮で時代にマッチしていますし。そして何の説明もないけどナチュラルに主人公のケイティがレズビアンなのも良い。LGBT+であることに物語を求めない。これが到達すべき場所ですからね。非常によくできた、去年サイコーの映画のひとつです。

 ディズニーからもう一本エントリーしているのは『ラーヤと龍の王国』。東南アジアをモチーフにした冒険アクションアニメで、東南アジアをテーマにしてるのにキャストがほとんど中国系か韓国系という悪い意味でディズニーらしいテキトーさは発揮していたものの、面白い冒険アニメという点ではかなり優秀で隙のない作品。オークワフィナが演じる龍も、何ていうかオークワフィナな感じで良いですね。シラットvsムエタイという東南アジア異種格闘技ドリームマッチも今作ならでは。


【短編アニメ映画賞】

『Affairs Of The Art』
『Bestia』
『ボクシングバレー』
『ことりのロビン』
『The Windshield Wiper』

 短編アニメ映画賞は40分未満のショートアニメに贈られる賞です。短編系はアニメ・実写・ドキュメンタリーとありますが予想する上では鬼門で、何せ真面目にやらないと情報も入ってこないことがほとんど。予想記事とかも短編部門はだいたいガン無視してますよ。で、例えば短編アニメだとディズニー・ピクサーがやっぱり強いんですが何と今年はノミネートなし!
 知名度で言うとNetflixの『ことりのロビン』一択です。

 まず『Affairs Of The Art』は16分の手描きアニメーション。風変わりな家族の物語で、主人公ベリルは監督のジョアンナ・クインによって過去にも3本短編アニメが作られているキャラクター。数々の短編アニメ賞も今作で受賞しています。

続いて『Bestia』はチリの15分の短編アニメ。今年のアニー賞で短編アニメ賞を取っています。でも他のアカデミー賞ノミネート作品が不在でしたから参考にはしにくいんですよね……。チリの軍事独裁政権時代の恐ろしい人物がモチーフで、陶器人形のような質感が魅力的なストップモーションアニメです。

『ボクシングバレー』はロシアの15分アニメ。ユニークなんですが、ロシア製なので……。何となく敬遠されそう。内容も哲学系。


 恐らく本命視されるのはNetflixの『ことりのロビン』です。これは『アーリーマン』や『ウォレスとグルミット』などでお馴染みのイギリスのクレイアニメの大御所アードマン・スタジオによる32分のストップモーションアニメ。全てのキャラクターをフェルトで作っています。
 普通に考えればこれなんですが、断言しにくいのはストーリーも普通でそんなに……という技術力とスタジオの知名度で頑張ってもらわないといけないところ。いや、いわゆる良い話なんですけどね? まあ全部観られるのもこれだけなので……フェルト動かしてるのスゴいし……。もう『モルカー』がノミネートすればよかったのに。

『The Windshield Wiper』はスペイン系監督による15分の短編アニメ。あるカフェでタバコを吸いながら「愛とは何か?」と男が問いかけ、ある結論に導かれていく。みたいな。あらすじ読んでるだけだとつまんなさそうですね。予告観てもピンと来にくくて、観ないと良さが分かんないタイプ。


【国際長編映画賞】

『ドライブ・マイ・カー』(日本)
『FLEE フリー』(デンマーク)
『Hand of God/神の手が触れた日』(イタリア)
『ブータン 山の教室』(ブータン)
『わたしは最悪。』(ノルウェー)

 国際長編映画賞はアカデミー賞がアメリカの映画賞ですから、アメリカ以外の国の映画に対して贈られる賞です。
 これは以前は外国語映画賞という名称でした。しかし海外にルーツを持つアメリカ人も数多く存在し、昨年の『ミナリ』のようにアメリカ映画でも英語以外の言語を主要言語として使うアメリカ映画もあることで近年名称が変わりました。日本の大手映画館で公開される映画の多くは日本かアメリカの映画ですので、あまり観たことがない国の映画を知るのにも良い部門です。

 今年の大本命は日本の『ドライブ・マイ・カー』です。と言うか、ここはほぼ間違いなく取ります。日本映画では2009年に滝田洋二郎監督の『おくりびと』が取って以来13年振りの受賞。

 対抗として怖いのはひとつはデンマークの『FLEE』。表現方法としての新鮮さに加えて、どこまで他人事であるか分からない現在の不安とシンクロする内容。対抗としてはまずこの作品でしょう。

 Netflixで配信しているイタリアの『Hand of God』はパオロ・ソレンティーノ監督の思春期の頃の個人的な体験から作られた作品。タイトルの由来は伝説のサッカー選手マラドーナです。1980年代にイタリアのSSCナポリに移籍してきたマラドーナは、86年のワールドカップで"神の手"ゴールを決めました。別にマラドーナがメインの映画ではありませんが、当時の若者にとってのマラドーナの影響も感じられます。

 この部門でサプライズノミネートとなったのはブータンの『ブータン 山の教室』です。ブータンの映画では初ノミネート。元々去年にブータン代表として出品していましたが失格になり、今年リベンジを果たしました。
 ヒマラヤ山脈、標高4,800メートルにあるルナナ村で都会から飛ばされてきた若い先生が村人と交流していく。自然の美しさと人々の温かさ、そこで奏でられる音楽! というほぼほぼ間違いなく楽しめる作品です。

 そしてもうひとつ対抗となり得るのがノルウェーの『わたしは最悪。』。脚本賞にもノミネートしている通り、脚本の評価が非常に高いんですね。邦題も決まってタイトルも短くなりました。


【短編映画賞】

『Ala Kachuu-Take And Run』
『The Dress』
『The Long Goodbye』
『On My Mind』
『Please Hold』

 短編映画賞は上映時間40分未満の短編実写映画の賞です。
これも他の短編系同様に情報が少ない。今年はNetflixの映画もない……。
有名どころで言えば『サウンド・オブ・メタル』のリズ・アーメッドが主演を務める『The Long Goodbye』。内容的にもここが本命かと思います。

 まず『Ala Kachuu-Take And Run』はスイス映画。タイトルの「アラ・カチュー」はキルギスの誘拐婚のことです。無理矢理男達に誘拐された主人公は結婚を強要される。違法行為として認定されているにも関わらず、今でもキルギスの社会ではアラ・カチューが黙認され存在している。性的暴行も含むより酷い方法で増加傾向にすらあるとも言われています。世の中でトップクラスに嫌いな類の風習です。こうした悪習を国際的にもっと知ってもらうために作られた映画。

『The Dress』はポーランドの実写映画です。恋愛に憧れる主人公はパブでステキな相手と出会い、夢のデートのために新しいドレスを買わなくてはいけなくなる。夢いっぱいな感じですがわりとハード系でハートに刺さる系譜。まず予告を観てもらえば分かりますが、ヒロインが小人症です。ちっちゃいんですよ。まあ、ピーター・ディンクレイジとか小人症の俳優さんが活躍してくれてるのでまだ見慣れてるんですけど。結構ストレートにそこをテーマにしてきてる作品みたいですね。


 そして恐らく本命、リズ・アーメッドの『The Long Goodbye』。これはちょっと変わってるのはアーメッドはヒップホップ系ミュージシャンでもあるんですよ。彼が2020年にリリースした2枚目のスタジオアルバムが『The Long Goodbye』で、それについてくるアニーア・カリア監督の同名のショートフィルムがこれ。
 アルバムのコンセプトとしてはイギリスの人種差別についてギッシリ詰め込んだ作品ということで、アーメッド自身はイングランド出身だけどパキスタン系なんですね。イスラム教徒なんです。それで色々と自分が見聞きして体験したことを込めているんだろうと思うんですね。YouTubeで全編観ることが出来ますが、平穏で幸せな日常が極右勢力によって一変し、大人も子供も年寄りも女も関係なく理不尽な破滅を迎える。ラストのアーメッドのメッセージが全てです。「俺がイングランドで生まれたかどうかはあいつらには関係ない」。こういうバカみたいなことって何で終われないんでしょうね。ちなみにアーメッドは『FLEE』でもプロデューサーと主人公の声をやっています。

『On My Mind』はデンマークのドラマ映画。監督が娘を亡くした経験に基づき、バーのカラオケマシンで奥さんのために「Always On My Mind」を歌おうとする男性を描きます。

『Please Hold』はアメリカのSFコメディですね。ある日、なぜか逮捕されてしまった主人公。すでにAIが支配する世界ではどうしようもなく、有罪の確定を待つしかない。何の罪かさえ分からないまま。
 という、風刺系の映画ですね。正義が自動化された世界では冤罪が認められない。唐突に間違って人生を狂わされても誰も気にしない怖さ。
 短編映画も面白そうなんですが、Netflixとかでやってくれないときちんと日本語翻訳されたモノを観る機会そのものがないのがツラいところですね。


【長編ドキュメンタリー映画賞】

『Ascension』
『アッティカ刑務所』
『FLEE フリー』
『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
『燃え上がる記者たち』

 長編ドキュメンタリー映画賞はドキュメンタリー映画の賞です。ドキュメンタリー映画も劇場公開されたりされなかったり色々ですが、まあたいていは売れませんからね。内容的には現在の大切なことが多いので本当はこういう機会に観た方が良いんですよ。
 『FLEE』にも注目ですが、ここはもう断トツで『サマー・オブ・ソウル』が強いです。前哨戦ではブッチギリ。

『Ascension』はアメリカの中国系女性監督によるドキュメンタリー。タイトルは「上昇」という意味で、より良い暮らしを求める資本主義について中国の様々な階層の暮らしから見つめていく。儲けるための現実。これは中国の問題でなく、アメリカをはじめ世界中に跳ね返っていく。

『アッティカ刑務所』は1971年にニューヨークのアッティカ刑務所で起きた暴動を描く作品。多くの死人も出た暴動事件はなぜ起きたのか、当時の受刑者へのインタビューを交えて50年前の事件を掘り下げていく。
 まあだいたいお分かりかと思いますが……収監されているのがほとんど有色人種で看守が白人ばっかりなんですよ。であれば看守は何をしてもいいような状況が作られるんですね。そういう刑務所の腐った部分に焦点を当てるドキュメンタリーです。

『FLEE フリー』は先に書いた通り。この部門でも2番手の印象で、受賞がなくはないけど厳しいでしょうね。ドキュメンタリー部門はアメリカ国内の話の方が響きやすいですし……。アフガニスタンのことだから別に無関係でもないんですけど、ウクライナのことと合わせて注目が集まれば。


 本命は『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』。タイトルは長いですがとにかく強いです。日本でも劇場公開してたみたいですね(知らなかった)。配給がサーチライト・ピクチャーズなので今はDisney+で観られます。1969年8月、ニューヨークでは歴史的な野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル」が開かれていました。これを題材にしたドキュメンタリーや映画もあるので映像を観たことがある方もいらっしゃるでしょう。何かもうとんでもないことになってますよね。後片付けしたくねえな~って思いました。
 その同じ1969年に同じニューヨークのハーレムでブラック・ウッドストックとも呼ばれた大規模なアフリカ系音楽コンサート「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」が行われていました。とんでもない数の熱狂的な観客、カラフルな色彩にブラック・ミュージックのソウルフルなパフォーマンス。約50年の間、未発表で地下に眠っていた記録映像を掘り起こしてデジタル化、当時参加した出演者や観客のインタビューを交えて仕上げた作品です。
 いやもう、映像が良いんだ。コロナ禍を経てぎゅうぎゅうの会場を観ると「うおっ」と身構えちゃうようになったんですが、もうそんなレベルじゃないですもんね。そこでもうスティーヴィー・ワンダーとかマヘリア・ジャクソンとかいるんですけども、タイムスリップしてる感じがありますね。警察が警備できないから会場はブラック・パンサーが警備してるとかね、すげえなと思うんですけども。今に必要なすんごいパワーのある作品ですね。

 最後は『燃え上がる記者たち』。インドのドキュメンタリー映画なんですが、これもスゴい話で。女性記者の話なんですよ。インドの、女性記者の話なんですよ。インドって場所によってバラつきはあるでしょうけど、まあ差別的な意識は強い社会です。身分制度であるカーストがありますが、その中にすら入らない最下層のダリットの女性たちが運営する新聞があって、それが時代に合わせてスマホを使ったデジタルジャーナリズムに移行していく。そういう話です。
 だから、スゴいんですよ。女性で最下層というどういう権利があるのか分からないような位置の記者たちが、ジャーナリストとしての誇りを持って危険を顧みず取材していく。女性であることや身分による差別、社会の最底辺からそういうことと戦い続けていくんですね。日本もどこかで配信でもされるといいですね。


【短編ドキュメンタリー映画賞】

『オーディブル:鼓動を響かせて』
『私の帰る場所』
『The Queen Of Basketball』
『ベナジルに捧げる3つの歌』
『When We Were Bullies』

 短編ドキュメンタリー賞は40分未満の短編のドキュメンタリーに贈られる賞です! まあそのまんまです。長々と書いてきましたがこれで最後です。
 ここは何と他の短編に比べるとほとんどの作品が観られます!
『オーディブル』『私の帰る場所』『ベナジル』の3本がNetflix。『The Queen of Basketball』はニューヨーク・タイムズの作った映画でYouTubeにあります。予想としては悩ましいところですが、バスケかなあ……。

 まず最初のNetflixは『オーディブル:鼓動を響かせて』。アメフトの強豪校メリーランドろう学校のアメフト部に密着したドキュメンタリー。オープニングや音楽の入れ方など普通に劇映画みたいな演出してくるのちょっとビビるんですが。聾文化を描くという点では時勢にも合ってますし、聾者もアメフトが出来る(しかも強い)という当たり前の知見を得られるのが良かったです。演出が強過ぎるのはやっぱ好みじゃないですけど、その分映像も音もカッコ良いですよ!

 続いてのNetflixは『私の帰る場所』。2017年から2020年にかけて、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルのアメリカ西海岸の3都市で撮影されたホームレスの姿を映すドキュメンタリー。
 まあ……ほとんどの人は望んでこんな生活してないわけで。まず「何が欲しい?」って聞かれて「家が欲しい」ってそりゃそうだなと。家があってもキツいんですけどね、家賃が高くてノマドランドする羽目になったりするので……。でもこれだけ多くのホームレスが生まれてしまうのは何かしら間違ったことが起きてるので、こういう時に助けられなかったら社会をやってる意味ってないんですよね。「ホームレスになんてならないぜ!」って思ってる人の気持ちも分かるんだけど、僕も油断したら住むとこくらいはなくなると思ってますし。結局どうすればいいのかは分からんけど、悩まされるドキュメンタリーです。


『The Queen Of Basketball』はニューヨーク・タイムズが作ったドキュメンタリー映画です。女子バスケットボールのパイオニアとも言われる伝説的選手ルシア・ハリスについて、デルタ州立大学のスター選手として活躍していた様子や1976年のモントリオール・オリンピックでの銀メダル獲得などを生前の本人へのインタビューで振り返ります。
 ルシア・ハリスが活躍していた当時は女子プロバスケのWNBAがありませんでした(1996年発足)。そのためハリスは女性でありながらNBAにドラフトで指名を受けますが、妊娠中であり家庭を優先してこれを断ります。
 プレーを離れてからの心の在り方など、レジェンドが秘めていた想いに迫ります。オリンピックのシーンでは日本チームもちょろっと出ますよ!

 最後のNetflixが『ベナジルに捧げる3つの歌』。アフガニスタンの若者を追うドキュメンタリー映画です。
 タイトルのベナジルは奥さんの名前なんですね。主人公はシャイスタ。2人は結婚したてのカップルで難民キャンプで生活しています。それでシャイスタは「うちのキャンプで初めての軍人になるぞ!」と余計なことを思って軍に入ろうとします。でも親族はみんな反対して、誰か保証人になってくれないと入れないんですよ。それでシャイスタは困る。
 まあこれは彼なりには立派な仕事に就きたいんです。学問もありませんし、ケシの収穫くらいしかやれる仕事がなくて。でもそんなことしても……ってジレンマがあって、そういう葛藤を描きます。
 願書受付のとことは言え、普通に軍の施設にカメラ入れるんだ……って思いました。

 そして唯一ネットで観られないのが『When We Were Bullies』です。まあ何て言うか嫌な話っぽいんですけどね。監督はドイツ系アメリカ人のジェイ・ローゼンブラット。50年前、小学校5年生だった時の担任の先生とクラスメイトを探すんですよ。それで50年前にあったイジメを検証しようとする。胸クソ悪そうですよね。観れないから分かんないんですけど。これ、どうも監督がイジメっ子側なんですよ。まあ観てみないと何ともこれ以上は言えないんですけど……胸クソ悪そ~って感じです。


 長くなりましたが、アカデミー賞23部門のノミネートについてでした。
 授賞式は日本時間で3月28日(月)、たぶんお昼くらいなのでぜひ楽しんでみてください。日本のニュースでも『ドライブ・マイ・カー』関連くらいは取り上げると思います。

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