閲覧注意 パーフェクトなトラウマ(チョットきついからスルーしてね)スキ不要

完全にトラウマだ。苦しくて仕方がない。

とある自治体病院の公務員医師から受けたハラスメント

夜は眠れず、二時間おきに目が覚める。
夢を見ればその公務員医師の顔と言葉が我が夢を支配する。

診察を受けることを考えただけで動悸が高まり
9月6日の14:30少し前がフラッシュバックする

白いカーテン、カーテン裏の看護師と医師

その公務員医師の言葉、癌という病巣と何の関係もない言葉が先の尖った術具さながらの切ッ先を私の心と頭に突き立てた。だからどうしたではない。その男の言葉からは悪意しか読み取ることはできなかった。
癌と関係あるからどうしましょうであれば処理のしようもある。
しかし_______ちがった。

私は前日5日の夕刻、日勤の看護師が最後の回診に来た際に、自分が抱える不安を口にしていた。申し訳ないですが、先生に伝えてくれますかと。
「看護師は大丈夫ですよ。ちゃんとお伝えしておきます。上手な先生ですから心配ありませんよ」看護師は私にそう告げてくれた。

なのに6日午後、公務員医師は「それだけ」を口にした。初めての癌を患い疲弊した患者の心を挫くことを目的とするように。
病巣と関係のない、癌と関係のないそれだけを口にした。

事務方の責任者の一人にコンプレインを直接挙げた。
自治体職員である彼は調査を約束してくれた。

一次調査の結果では「医師は、看護師からの報告を受けていないと言っている。事前に報告を受けていたら私は配慮していた」事務方責任者はそう私に告げた。

信じられない倫理観である。これが自治体病院の公務員という医者の倫理観なのか。ホスピタリティーという高邁な精神世界の最前線で働く人間の倫理観なのか。

二次調査の結果が自治体職員である事務方から私に齎されたのは21日13:39だった。この自治体職員は、本当であれば20日の私の診察終了時に二次調査の報告をしてくれることになっていたのだが、当日、彼はなんの連絡もなく私との約束を反故にした。自治体病院の誠実さとは何なのだろう。

翌21日13:39 我慢を重ねた私は氏に電話をした。電話口の氏の声は震え、自分から齎さなければならない真実という言葉を喉に閊えさせながらそれを私に告げた。

「〇〇様の仰る通りでした。大変申し訳ございません ! ! 確かに看護師は担当医師に伝えており、その件は看護師長も確認しておりました。本当に申し訳ありません」と。

さて、この信じられない地方自治体の公務員医師の診察を最初に受けたのは、9月5日の14:40を過ぎた頃。次が9月6日14:20ごろから、次が9月13日、次が9月の20日である。4度の診察を受けている。

 かかる事案が発生したのは9月6日14:30少し前。

 私は凡てを飲み込んでいる。
 診察の邪魔になることの無いよう、威力をもって業務を妨害することの無いよう、診察室の不法な占拠に繋がることの無いよう、診察と関係のないことは一切口にしていない。天地神明に誓って、一言たりとも口にしていない。詫びすら要求していない。いまや私の臍上の倫理観は鉄板だ。

どれほど辛くとも、どれほど我慢が出来なくとも、どれほどのトラウマを感じていようとも。60歳になった私が信じる姿勢を貫いた。

 ちなみにだが、私はセカンドオピニオンの紹介を5日時点でオーダーしている。しかしこの公務員医師は「どうせ断られますよ」と云った。酷い。断られる理由など見当たらないのである。

今に至っては診察を受けることすら足がすくむ。

恐ろしい。また何か云われるのではないか。

また傷つけられるのではないか。また差別されるのではないか。また、安心安全な医療が受けられないのではないか、また患者としての権利と尊厳を傷つけられはしまいか、そしてそのような事実に対し、また聞いていない、知らないと嘯かれるのではないか。

 また個人としての人格が否定されるのではないか、最善で良質な医療を受ける権利がはく奪されるのではないか、そして重要なことは何の説明も無いままに納得できないままに勝手なことをされるのではないか。
意図的に手術ミスをされたらどうしよう。
意図的に大きな障害を残されたらどうしよう。
意図的に命の危険にさらされたらどうしよう。

脂汗が出てくる。震える。吐き気がする。悔しくて泣けてくる。
それでも私は手術台の上に登らなければならない。
癌の発見から手術まで2カ月近くがたつのだから……
大きさと浸潤の可能性を考えたとき。改めて検査を受ける余裕は既にあるとは思えない。
拷問台さながらの手術台にあげられ、この世で最も信頼という言葉から遠いところにいる者の手による手術を受けるのである。

私の書くものは、全方向的に関係者のプライバシーには配慮している。自治体名、病院名、医師名、看護師名、事務方職員名。凡てである。 これが私の最低限の倫理観であり、トラウマやPTSDなどをはじめとする精神的疲弊のせいにはしないという最低限の責任の見せ方である。

 これが自分の名前を晒して物を書く人間のあるべき姿勢と結着している。

尚、先日から既に弁護士との打ち合わせは始まっている。
同時に、私の今の状態を弁護士に打ち明けたところ然るべき診察を受けることを勧められている。
また、最初に相談を受けてくれた弁護士の弁として「それは…… ひどい。傷つきますよね」だったことは申し添える。

近々、心療内科の診察を受けるべく予約を取得した。

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