見出し画像

「あなたは何がしたいのですか」この一言は、16億円を溶かした! いや寧ろ16億円で済んで良かったのかもしれぬ。

人間ね、みんながみんな己の「利」のために「理」を振りかざすなどとは考えない方がよろしかろう。たとえ損だと分かっていても揺るぎのない大義とイデオロギー、アイデンティティーに裏打ちされたものであるのなら、引くべきではない。後悔せぬ前提が機能しているのであれば進むのも手。結果的に何千人の命を救うことになるやもしれず、結果的に業界の間違いをただし、業界を救うことになるかもしれぬ。自分にとって損か得かを考えるのか、大義にとっての損か得かに基づくのか。人間の肚の太さの違いはそこでしかない。

                ◆

 今から十数年前。旅行業界の有名どころの旅行会社5社が共同運航を前提に、スペインのチャーター航空会社〇〇エアーという航空会社の飛行機をチャーターブローカー経由にて仕入れた。
 日本国内、各地方都市からハワイはホノルルに向けてのツアーを運行することが発表された。
 集客方法はインターネットパンフレットをはじめ、店頭パンフレットや旅行会社5社それぞれが集客することはもちろん、共同ツアーを計画したりと業界初の試みに当該5社は大いに盛り上がっていたのだが________ 。

 偶然そのパンフレットを手にしたのが関西に住む男。わたしだった。
「良いパンフレットではないか。そうか、第一陣は広島空港からの便になるのだな。このパンフの主催元は J〇〇か…… どれどれ、いくらのツアーだ ?」  
 商売柄だろう。わたしはパンフレットをつぶさにチェックした。と、そこに面妖なる"一行"をみつけたのである。
運行形態/運行航空会社・チャーター便/〇〇エアー(政府許可申請中)

 この一行に素人が躓くことはない。が、プロであれば躓く一行なのだ。「やってやがる。やりやがった」と。因みに、ここでいうところの政府許可とは「国土交通省」への許可申請を云う。
 搔い摘んで書くと、チャーター便という臨時便を運航する場合、運航者は政府に運行のための許可申請をしなければならないことが定められている。この申請は運行機体チェックなど少なくない審査項目があり、各空港にある国土交通省の出先機関が、運航ディスパッチを担うJALやANAと共同して審査にあたることになっていた。
 したがって、発着地に当該機体が到着するのは早くて運行の二週間前であり、事と次第によっては一週間前ということもザラにあるのだ。

 ところが、パンフレットが出され、募集が始まったのは梅雨入り前であり、運航開始、ツアー設定日は11月からのことだった。
 即ち、この時点で運航機体は日本には到着しておらず、「政府許可申請中」などは常識的に考えてあり得ることではなかったのである。

 わたしはとりあえず広島の J〇〇の中四国営業本部内のカスタマーセンターへの問い合わせの電話を入れた。
「虫眼鏡でなければ読めないような級数の字で、政府許可申請中と書かれますが、政府の何処に許可申請を出しておられますか」と。

それからのことは後々小説にする予定なので割愛するが、これからが大変だった。蜂の巣をつついたような大騒ぎである。 J〇〇は本部の法務部が動き出し、共同運航する予定の旅行会社も大騒ぎだった。

そんな中、わたしが抜いた刀を収められなくなる事態が勃発する。
馬鹿な J〇〇のとある責任者が「〇〇さん、あなた目的はなんですか」とやった。
 
たぶん事件師やゆすりたかりの類だとでも考えたのだろう。
「貴方たちが気にするべきことは、わたしの目的ではない。あなた達の出した嘘パンフレットを手にし、書いてあることを信用して旅行に申し込んだ人たちがいる。その人たちにどう説明するのか。どう姿勢を開示するのか。あなた達は間違っている。考えてごらんなさい。あなた達のパンフレットを信用して旅行に申し込んだ人たち…… 聞いたこともないような航空会社にも拘らず、政府に許可を申請しているならと申し込み、参加したツアーの飛行機が万が一事故を起こした時、貴方たちはどうやって責任を取るのですか。どうやって家族に言い訳するのですか。あなたたちがこのまま運行したいのであれば、出来ることはただひとつ。訂正広告をあげることです。パンフレットをすべて回収することです。わたしは決めました。あなたの口にした一言、貴方の目的は…… これについて自分の持つ凡てを使って業界姿勢を糾弾します」

これが観光を愛し、Tourismを愛し、お客様やお客様の笑っている姿を愛した私が選んだ道だった。恰好をつけるつもりは無い。ここは分かる者が分かれば良い。わたしにはこれを理解してくれる者たちが少なからず存在する。

 結局、業界団体からはパンフレット記載事項の適正化にむけた通達が出され、観光庁もそれに追従した。
5社による共同運航ツアーでは〇〇エアーが使えなくなり、アメリカの航空会社の飛行機との代替え契約が結ばれた。
 後にその結果の損出額は16億円と私の元に聞こえてきた。粛清人事もあったようだ。事業部の再編成もあったと聞く。

干されたさぁ。そりゃ干されるわなぁ。業界から。
7年ぐらい干されたかな。わたし。

しかしね、わたしは最低、数百人の命を救えたかもしれない。もちろん何事も無かったかもしれない。がもしも当該5社があの航空会社を嘘を書いたままのパンフレットで集客し運行し事故に至っていたとしたら、損出は桁違いなものとなっていただろう。
いや業界全体の存亡すら危うくなっていたはずだ。小さくはない16億円と引き換えに、業界はそれ以上に大きなものを失わずに済んだことは肝に銘じてくれればそれで良い。

「はいはい、分ったわかった。であんた、何がしたいの」
成果をもとめ、労力を出し惜しみするスマートさが持てはやされる時代という側面も見える昨今。損か得かも結構だが、自分が信じるものに本気になる姿勢は持ち続けたいものだ。人の目や声を気にしたり嘲笑を気にすることなく、本気になれるものがあることはそれだけで豊かであることに気付くべきだろう。

 少し前。ここで知床遊覧船の事故を扱った原稿を上げているのだが、記憶に留めている御仁もおられるだろう。わたしは昨年四月の末の事故以来、数カ月間週に一度、斜里町の役場や一時ご遺体安置所の体育館に花を供えさせていただいていた。
 あの事故は防げた。観光業界が一丸となり安全に取り組む姿勢さえ堅持できていたら、26名が寒い知床の海に沈むことは無かったのだ。
 こういう時に「はいはい、分ったわかった。であんた、何がしたいの」と聞いてほしいのだが________、不思議なことに誰も聞いてくれないのである(笑)

 観光で人が死ぬことはあってはいけない。最も簡単な自己実現機会で命を落とすことなど絶対にあってはいけないのである。同時に命を守り、命を救う場所である病院という命の最前線で、人間の尊厳を軽んじる行動や言葉を患者に浴びせることなどは絶対にあってはいけない。ましてや仲間を貶める行為などは何をか況やだ。医の倫理に立ち返り、高邁な初心を抱いた時代を思い出してほしいところである。

昨日アップしたもう一本の医師、病院、自治体の提訴に関連した原稿は今朝時点で下書きに入れた。今回のことはわたしにとって最も大切なことだったに過ぎないのである。損か得かが好きな方はそれも良かろう。わたしは干されてもいいし、損してもいい。
大切なものは売れないだけである。


わたしの原稿を読んでおられる人なら気付いてくれているかもしれない。
わたしはお客様を「お客様」と必ず呼ぶ。書く。
お客と呼んだり、客と呼ぶ人間は信用しないことにしている。
 ただし、実際のお客様を前にして「お客」と呼びつけたり「客」と呼びつけたり、常にその言葉を使っている人間は信用する。
問題は、姿勢でしかないのだ。一貫したものは必ず姿勢に出る。

お付き合いに感謝します。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?