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人生初のスパークリング清酒体験談

 先日読了した『一目おかれる酒選び』(江口まゆみ著)に「マズイ酒とは例えば『飲んだ後に腹を壊す酒』を指すのであって、それ以外はマズイ酒ではない。」的なことが記されていた。
 更に「世界には多種多様な酒があるのだから、いろんな酒を愉しく呑むべきだ」的なことも書かれていた。

 それを読んで、おお確かに、と思った。
 甘い酒、辛い酒、苦みを感じる酒、妙にクセのある酒……味も香りも沢山ある。それらを「美味しくない」「マズイ」と感じるのは単に自分の舌や好みに合わないだけで、他の誰かは「実に美味しい!」と喜んで呑んでいるのだ。なのに自分の感覚のみで不味いと切り捨てるのは間違っている。お酒を造った人にも失礼である。

 私はお酒を呑んで「これキツいな〜!」と呻いたことはあれど、マズイと言ったことは無い。
 そもそも、自分の口に合わなさそうなお酒は避けてきた。

 勿論、若い頃は色々チャレンジしたものです。二十代前半の酒歴は、そりゃあもう酷いったらありゃしない。終電以降も飲み歩き、繁華街のビルの隙間から差し込む朝日を浴びて帰る──なんて経験は終ぞしなかったけれど、短時間にキツいのを何杯も呑むことはあった。
 大抵ビールかウーロンハイで始まって、芋焼酎、ジンライム、ウォッカ、ウイスキー、梅酒か杏露酒をデザート代わりに挟んで、また焼酎を呑んだ。沖縄料理の店だったら泡盛を呑み、昭和レトロな店のメニューに電氣ブランがあれば「あっこれ森見登美彦さんの小説でチラリと出てきた奴だー!」とテンションぶち上げで注文した。
 そして翌日は二日酔いになるか、昼日中になっても全くアルコールが抜けず半酩酊状態で過ごすかを余儀なくされた。己の酒量を全然把握していない、強いお酒が呑める大人ってカッケー! とガチで考えていた愚かな若人だったのです。

 それが二十代後半に入り、三十路が音を起てて近寄ってくると考えが変わってくる。
 旨いのか旨くないのかも分からず、度数の高いお酒ばかりを呑むのは雅じゃない。己の酒量を知り、本当に美味しいと感じられるお酒を呑むべきだと考えられるようになりました。

 このころから、ワインと日本酒を中心とした酒生活になった。
 そしてチャレンジ精神がしゅりゅしゅりゅと萎み、自分好みの「フルボディ」「辛口」「大辛口」「淡麗」を選択するようにもなったのです。いや、それだって別に自分でコレが好き! と選んだ訳じゃない。親の舌が「フルボディ」や「大辛口」を好んだので、子の舌も影響されただけの単純な話である。

 が、『一目おかれる酒選び』で、キヌア並に萎んでいたチャレンジ精神がちょっと膨らんだ。
 今の小さな世界に満足してはいけない。偶には普段選ばないモノを呑んで冒険してみなくっちゃ!

 ──と思い立った私は、スーパーの酒コーナーに入り浸り、悩みに悩んで一本の瓶を手に取ったのです。

 それは、松竹梅白壁蔵のスパークリング清酒『澪』である。

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 正直、この商品を初めて知った数年前は、日本酒に炭酸が入ってる?  邪道では? と思っていた。だってシャンパンならまだしも、日本酒だよ? えっ無くない? と。
 そして某酒雑誌での対談記事にて、某エッセイストが『澪』を若い女性の間で日本酒ブームを巻き起こした代表的な酒として紹介し、ワイングラスで嬉しそうに呷っていたのである。その写真と記事を読んで、そんなもん日本酒じゃないやい! とページを捲ったのだった。

 その『澪』を選ぶ。
 保守的な私としては、かなり大胆な冒険だった。

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 カチカチカチと音を鳴らしてキャップを開き、冷酒用に使っている猪口に注ぐ。
 深い青色の瓶に納められた透明な清酒。水面でパチパチと弾ける小さな泡。精米歩合七〇%のやや黄色みがかった色合いに慣れきっている私の目には、とても新鮮な光景であった。
 凄い、日本酒が炭酸水みたいにしゅわしゅわしてる。なんだか香りは爽やかな感じがするし、これは期待できそう。「夏には冷やしたスパークリング清酒で」って一文は真理かもしれない……!
 大きな期待を胸に、ぐいっと一口。

 あっっっっま!!!!!

 ゲロ甘であった。
 いや、カクテルよりかは全然甘くないので、ゲロ甘ではない。けれど滅茶苦茶甘かった。少なくとも三ツ矢サイダー並に甘い(個人の感想です)。
 三ツ矢サイダーを思い浮かべると、もうダメだった。呑めば呑むほど三ツ矢サイダーにしか感じられず、「あれ? 私いつの間に三ツ矢サイダー注いでたっけ?」となった。
 なのに肚の底というか、胃の奥がじわじわ熱を帯びるから不思議である。なんだか日本酒の三ツ矢サイダー割りのようだなあ!

 ──と考えた瞬間、ある記憶が舌に蘇った。デジャブに似た感覚と言ってもよい。
 あれれ? この感じ、憶えがあるぞ。冷たくて甘くて、でもコッテリじゃなくてサラッとしてて……。

 そうだ、浅草で呑んだ『電氣ブランサイダー』に似ている!

 電氣ブランサイダーとは、かの有名な電氣ブラン──白ワインやブランデー等を合わせたカクテル、浅草『神谷バー』が発祥──を三ツ矢サイダーなのかラムネなのか分からぬが、とにかく甘い炭酸水で割った飲み物である。
 いつかの初夏、声が枯れるほど泣き叫んだ『浅草花やしき』を離れ彷徨った通称ホッピー通りで、私はその一杯に出会った。琥珀色の液体と弾けて踊る泡達は、八つ時の日差しに輝き、冷たい甘みと電氣ブラン特有の香りは、絶叫マシンによって痛めつけられた喉と精神を癒した。あれは正に命の水。私は、これぞ甘露なり!! と心中で叫びながらグビグビと呑み干したのです。

 当時の記憶と感動が、何故か澪で呼び起こされた。

 その途端、澪の甘さが嫌いになれなくなってしまう。うーん、甘い。もっと日本酒臭くて甘くないやつ呑みたい。でも、この甘みもまた癖になって止められない……。いやでも……。
 はっ、これが「マズイ酒は無い」って感覚なのかしらん。ふわふわした思考でそんな結論を出した。恐らく江口まゆみ女史が言いたかったのは、そういうことではない。

 同時に澪が「若い女性の間で日本酒ブームを巻き起こした代表的な酒」だと言われる所以に納得もした。
 私の友人だけかもしれないが、甘いお酒を好む女性は多い。寧ろ、ビールで始まり芋焼酎やジンライムなどを率先して頼む方が珍しかった。だから「焼酎ロックで」と頼むと、一緒のテーブルに就いた人達から「えっマジ?」なんて眼差しを寄越される時が稀にあった。

 きっと澪も、辛口を好む私には「甘っ!!」と感じるけれど、彼女達の舌には丁度好いのかもしれない。

 なるほど、この世にマズイ酒なんて存在しないんだなあ……と身に染みた一本だった。
 そしてよっぽど日本酒がダメでは無く、甘いお酒が好みの人には是非勧めたいなとも思いました。

 そうだ。真夏の暑い日の午後、気付けで一杯ぐいっといくのも良いかもしれぬ。よく冷やされ且つアルコール度数も低いから、食前酒にも持ってこいだし、何より明るいうちから呑むお酒は格別美味しい。公式HPを見ると『澪DRY』『澪GOLD』なる代物もあるようだし(どちらもマイナス値が物凄く高い=めちゃ甘い)、今度は其方に挑戦してみるのもアリだな。うむ。
 ……また「あっっっま!!」って叫ぶんだろうなあ。我ながら懲りない奴です。

(了)


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