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市場のコーヒー

ペナンにいる間、ローカルの子に連れて行ってもらったチョウラスタマーケットが気に入ってひとりで毎日通った。午前しかやっていないので朝ごはんを食べがてらほとんど手ぶらで出かける。

市場の真ん中で賑わうホーカーの中にコーヒー屋台があって、ココナツミルクの入ったカレー麺とか、トマト味の麺とか、汁なしワンタン麺とかを食べながらみんなそこでコーヒーも注文して飲んでいる。練乳が入って甘いそれはどう考えても食事に合わないが、私もなんとなく注文してしまう。

運ばれてきた段階でソーサーにはじゃばじゃばにコーヒーがこぼれている。麺を急いで食べたあとでそれをすすると脳みそが甘やかされるような、暑くてなんだかいろんなことがどうでもよくなってくる感じとシンクロして、すっかりぬるくなって甘いのに妙にあとをひくのだった。

そのコーヒーをじゃんじゃん作り続けるおばさんは目鼻立ちのはっきりした中華系の美人だった。屋台の人たちがみんな比較的だらっとしたよれよれのシャツみたいな格好で(でも忙しく)働いているなか、彼女は妙にきっちりと化粧をして帽子を被り、たっぷりと沸いたお湯の前にきっぱりと立って、極めてスピーディーにいろいろなコーヒーをいれ続けていた。

カップに練乳をいれ、コーヒーをいれ、おたまを使ってコーヒーをお湯で割り…という一連の動作には彼女独自のリズムがあり、時々踊るように膝を曲げたり、体全体で調子を取りながら流れるように動いていた。カラカラカラと高らかにグラスをかき回す音、おたまで蓋を閉める音、スプーンを投げ入れる音、ソーサーを置く音、様々な音を立てながら迷いなく手を動かし続ける様子は優秀な即興演奏家のようだった。

コーヒーが飲みたいというより、コーヒーおばさんを眺めたくて毎日通ったんだと思う。私のジョージタウンの音楽。


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