「勉強」の大切さ

やあ、おかえりなさい。

近頃は春の足音が聞こえては寒波が押し寄せを繰り返す、どこかのアトラクションのような天気が続いている。
人間の免疫は温度変化に敏感、身体を冷やさぬよう自愛が必要な時期だ。気をつけていかねば



さて、前置きはここまで。今回の本題は


「勉強」をするのが如何に大切か


である。


勉強と聞いて、嫌な思い出を持つものや拒絶反応を示す者もいるかもしれない。
だが、そんな者も是非読んで頂きたい内容だ。


そもそも、なぜ勉強が必要なのか。
もちろん社会で生きていくのに差し支えが無い状態を作るのも目的だが、それは義務教育の範疇だ。

義務教育は、

・社会で必要な文字数字の読み(語学)
・理論に基づき正しい処理をする(理数系)
・過去の前例を知るきっかけを作る(歴史)
・それらを試す試験

だいたいこれらで構成されている。
当事者であればある程、必要性を感じない特化分野や社会には生かせないと感じる事柄も多い。

それらは内容の完全習得を目的としてはいない。小難しい方程式もあまりにニッチな特化分野知識も、思考回路を構成する皮切りにすぎないのだ。
現に、簡単な読み書きや知識、対人能力があれば社会を生きていけているだろう。


しかし、ご存知の通り義務教育は中学校までだが高校、大学・専門学校が存在する。
これらは後々、これからの内容に関わるため一度棚に上げとこう。


さて、ここまででは話が見えないだろう。
勉強が大切な理由、これを一言で言うと


「人生の選択肢を増やし、個性を作るプロセス」


であるからだ。
最近世の中でよく目にする「多様化」にも関わる重要な手段努力なのだ。

勉強が大切。だが義務教育でうんざりしてる者には必要性を感じないだろう?
ここで言う勉強は「分野は自己の意思に委ねる」ものだ。

つまり、自ら興味があり、やってみたい気持ちやチャレンジしたいことがある。それを突き詰めるのもまた「勉強」なのだ。

勉強に対するイメージは学生時代のまま変わらない者が大半だと考えている。その影響でどうしても勉強に対してマイナスイメージを抱いてしまう。気持ちはよくわかる。

興味や趣味嗜好について知る、これだけでも実は勉強をしている事になる。
それらがやがて自分の武器になり、他の者と一線を画す存在になる時に、それはその者の「個性」と呼ばれる事となる。

先に話した高校や大学・専門学校があるのも特化した武器を身につけるための場なのだ。自らのやりたい事を目指す、若しくはやりたい事を見つける所である。

私の場合は物事への興味関心が著しく強い為、様々な分野へ手を出している。
もちろん誰しもがこうでは無いと思っているが、ほんの少しでもいい。少しでも気になる事や不思議・疑問に思った事から「勉強」の門扉を叩いてほしい。

それが貴方の力となって、必ず自分や他人を助けるような機会が来るから。


年齢なんて一切関係ない。
ぜひ勉強というイメージを改め、好きなことを取り組んで見て欲しい。


さあ、いってらっしゃい。

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