見出し画像

『学校で起こった奇妙な出来事』 ⑩

⑩ 「そして夏休みがやってきた」


○  海岸に近い駅

 佐伯哲男 「さあ、着いたぞ」

    夏休み初日の早朝。

    3年D組の撮影隊が機材や私物を持って駅舎を出てくる。

    真っ青な空に笑顔がこぼれ、口々に感想を述べ合う。

 佐伯哲男 「お~い、みんなそろったか」

 金森淳  「海はいいなあ」

 長瀬叡子 「やっぱりきてよかったわね」

 ビーダマイヤー「テツボー、やけに仕切ってるじゃないか」

 スタンダリアン「その気にさせとけばいいよ」

 トーテキ姫「ここ、トライアスロンにもよさそう」

 フォロー中「私も推します」

 オキナ  「摂氏33度、南の風1.5メートルだ」

 ケイリン 「いい汗かけそうだぞ」

 ザッカヤ 「解放された気分だね」

 クッパ  「もう暑くてまぶしいや」

 ハカイシ 「街じゅうビキニの女の子だらけだぜ」

 篠川久美 「磯の香りがする」

 アホ賀  「荷物のせいで腕がしびれちゃった」

 大タコ  「どっちへ行けばいいんだろう」

 長瀬叡子 「そう。海岸はどっちなのかしら?」

 佐伯哲男 「(叫んで)みんな、こっちだよ」

 金森淳  「確かだろうな」

 ハカイシ 「女の子に目をつけたんじゃないの」

 佐伯哲男 「(まじめな顔で)潮騒が聞こえるんだ」

    その言葉に全員が耳をすませる。

    かすかに触れ合う波のざわめき。

    胸騒ぎのする浮かれた面持ち。

○  海岸道路

    真夏の強烈な陽射しにまばゆいほどの波頭。

    てくてくと歩いていく撮影隊。

    湾曲する海岸線の先に断崖と小さな島。

    目前に広がる白い砂浜。

 篠川久美 「わあ、きれい」

 佐伯哲男 「ごらんのとおり。俺を信じてれば間違いない」
    と、自慢げに耳や鼻をひくひく。

 金森淳  「これだよ」

 ハカイシ 「先に言ったもん勝ちだな」

 長瀬叡子 「早く泳ぎたいわね」

 ビーダマイヤー「ダメダメ。そのまえに撮影がある」

 スタンダリアン「出番がなきゃかまわないさ」

 篠川久美 「なんか、わくわくする」

 長瀬叡子 「だから、言ったでしょ」

 金森淳  「(二人のあいだに入って)残った連中、いまごろクソまじめ
       に補習受けてるはず。どう考えたってこっちがいいに決まっ
       てる」

    一行は海岸へ出るつづら折りの道を歩いていく。

○ 3年D組

    夏休みの特別授業。

    うだるような暑さとまばらな席。

    教室の壁に“暑い夏を勝ち抜こう”とか“夏休みこそ飛躍のチャン
    ス”といった標語が掲示される。

    数学教師、桑原のノミが鳴くような小さな声。

    つまらなさそうにノートをとるカイチョウこと河野純一。

○  切り立った岩場

    岩場の陰から怪獣が現れ、胸を叩いて咆哮。

    重々しそうにゆっくり歩きはじめる。

    数歩で磯に足をすべらせ、水たまりに落ちる。

 スタンダリアン「カット! カット! カット!」

 ビーダマイヤー「あのヤロー、何回同じところで転ぶんだ」

 スタンダリアン「場所を変えようか」

 ビーダマイヤー「こんな場面、カットしちゃおうぜ」

 スタンダリアン「ここは重要なシーンだぞ」

 ビーダマイヤー「だったらほかのやつに怪獣をやらせよう」

 スタンダリアン「それはハカイシが猛抵抗するだろうな」

 ビーダマイヤー「自業自得だよ」

 スタンダリアン「それはそうと、水たまりに落ちたっきり怪獣の姿が見え
         ない」

 ビーダマイヤー「逝っちゃったか」

    二人はあわてて水たまりを覗き込む。

    と、水面からしぶきを上げて怪獣が浮上。

    轟かさんばかりの咆哮をする。

    肝をつぶした二人が足をすべらせ、水たまりのなかへ落ちる。

 ハカイシ 「どうだ。怪獣の登場シーンはやっぱこっちがいいだろ?」
    と、二人を見下ろす。

 スタンダリアン「驚いたなあ。すごい演出だ」

 ビーダマイヤー「俺たちをびっくりさせてどうする。カメラに写ってなき
         ゃ意味ないんだぞ」

 スタンダリアン「これ、撮ってみよう」

 ビーダマイヤー「そうだな。ハカイシ、もう一度水の底に沈んでくれ」

    そう言うやいなや、怪獣を力いっぱい水のなかへ引き倒す。

○  浜辺

    真夏の太陽がさんさんとふりそそぐ。

    ビーチパラソルの下で横になる金森、叡子、篠川。

    近くの砂の吹きだまりで真っ赤に日焼けして寝る佐伯。

    打ち上げられた漂流物のようだ。

○  波打ち際

    トライアスロンの真似をして時間をつぶすトーテキ姫。

    身体訓練をかねてだがウェアは本格的。

    同じ恰好のフォロー中に初歩的なレッスンを施す。

○  空

    抜けるような青い空にぽっかり浮かぶ白い雲。

○  浜辺

    さざ波が海面に泡立ち、海鳥が空を飛んでいく。

    風に揺れるビーチパラソルと波が砕け散るかすかな音。

 金森淳  「(ぼそっとつぶやくように)好きだ……」

    全身でいまを満喫するような金森。

 金森淳  「……こうして風に吹かれながら、体いっぱい陽を浴びてるの
       が好きだ。瞼を閉じ、寝そべっていても波のざわめきや潮の
       香りがして、どうなってもいいような気分になるんだ」

 篠川久美 「(神妙な口ぶりで)わかるような気がする」

    うつぶせの叡子が細目を開き、篠川を見る。

 長瀬叡子 「……気づいてると思うけど、これって彼の病気。もしかする
       と精神疾患かもしれないから額面どおり受け取ると後悔する
       かも」

    篠川は何か言おうとするが、叡子の言葉が続く。

 長瀬叡子 「ジュンってね、陽を浴びながら寝ころがってると何しでかす
       かわからないところがあるでしょ。意識が朦朧として頭ん中
       が真っ白になっちゃうのかな。もっと考えたり話したりして
       対人関係を磨いてくれると嬉しいんだけどね」

 篠川久美 「……私はわかるような気がする。ふだん役割ばかり押しつけ
       られ息苦しくてたまらないけど、自然を相手にしたときだけ
       素直になれるんだと思う。海や風や太陽の光は、それを気づ
       かせてくれるの」

 長瀬叡子 「書記長が話すこととジュンが言ってること、似てるようだけ
       ど違う気がするなあ」

 篠川久美 「ほら、あの鳥の群れを見て」

    黙ってしまう叡子。

    金森はすやすや寝息を立てている。

    さっきまでいた佐伯の姿はない。

    はるか沖合を海鳥が飛んでいくのが見える。

○  進路指導室

    ソファに座ったまま考え込む教師の桑原。

 桑原   「そこで補助棒のようなものつかませるのはどうかな。数学で
       もそうだが、ゲームにしたっていい武器になると思う」

    ホワイトボードの前に立ってうなずく河野。

 河野純一 「なかなかのアイディアですね。でも先生、いいとこを突いて
       る気はしますが、もう少し具体的に言っていただけると助か
       ります」

 桑原   「うむ、幾何としては設定やアプローチの見なし方だが……」

    河野がボードのツール欄に“補助棒”と記す。

    横には『セル族の逆襲』と対比したプロットのフローチャート。

    『進路指導実践講座』という仮のタイトルがふってある。

○  岩場の洞窟

    道が二手に分かれた、ひっそりとした洞窟内。

    探検隊に扮したアホ賀と大タコがその分岐点で立ち止まる。

    暗がりのなかを同様の恰好をしたケイリン隊員が戻ってくる。

 ケイリン 「どうやらこの先に出口はないようだ。オキナ隊員はまだ戻っ
       てないのか?」

 アホ賀・大タコ「はい」

 ケイリン 「しかし、不思議なものを発見した。重要な手掛かりとなるか
       もしれない」

 アホ賀・大タコ「なんでしょうか?」

 ケイリン 「これだ」
    と、足下にあるボロボロの一輪車を指さす。

    それに飛び乗って軽業を演じる。

 ケイリン 「どうだ」

    アホ賀と大タコが拍手する。

    そこへ戻ってくるオキナ隊員。

 オキナ  「この奥は必ず出口につながっているはずだ。そっちはダメだ
       ったようだな、ケイリン隊員」

 ケイリン 「(疑い深い目つきで)何か証拠でも見つかったのか?」

 オキナ  「どこからか光が射し込んでいるのは確かだろう。その可能性
       を示す、すばらしいものを発見した」

 アホ賀・大タコ「なんでしょうか?」

 オキナ  「これだ」
    と、手から一輪の花を差し出す。

    懐中電灯を近づけるとそれが踊りだす。

 オキナ  「どうだ」

    アホ賀と大タコのひときわ大きな拍手。

 ケイリン 「なるほど、クッパ隊員とザッカヤ隊員はこれに惑わされ行方
       不明となったのかもしれない」

 アホ賀  「最初は未確認生物との遭遇を知らせる信号でした」

 大タコ  「そのあとSOSが入ったのです」

 ケイリン 「オキナ隊員、その踊る花は毒を持つことはないだろうね」

 オキナ  「その一輪車よりはるかに安全だと思う、ケイリン隊員」

    やがて四人は出発する。

 スタンダリアン「カット!」

 ビーダマイヤー「一発OKだ!」

    にっこり笑う隊員たち。

    離れた場所で怪獣が淋しそうにたたずむ。

    みんなについていこうとするが、足場が悪いのでよろめく。

    うさん臭そうに振り返る監督とカメラマン。

 スタンダリアン「怪獣くんはしばらく出番がないから、ついてこなくてい
         いよ」

 ビーダマイヤー「海で遊んでていいさ」

○  海

    一人で沖へと泳いでいく金森。

    気持ちよさそうに漂い、仰向けになって太陽の光を浴びる。

○  空

    空は青く、雲は白い。

    そのなかを飛んでいく海鳥。

○  浜辺

    心配そうな表情で沖を眺める篠川。

    うつぶせのままの叡子。

    ずっと遠くで金森が寝泳ぎしながら手を振る。

○  波打ち際

    磯のほうからとぼとぼ歩いてくる怪獣。

    弱々しい潮たれた姿に子どもから砂をかけられる。

 トーテキ姫 「シャキッとー!」

    海面から声を上げ、両者に活を入れるトーテキ姫。

    フォロー中は浮き輪につかまったまま。

○  浜辺

    遊び相手を見つけたみたくパラソルに向かってくる怪獣。

    眠っている二人の水着に不細工な影が行ったり来たり。

 篠川久美 「(うっすら目を開け)キャッ!」

    驚いて目を覚ます叡子。

 長瀬叡子 「こら、エロ怪獣!」
    と、その急所に足蹴り。

    下腹部を押さえて逃げていく怪獣。

    その先の海で、ボートを浮かべる撮影隊の姿が目に入る。

○  海上

    静かな波のなか、クッパとザッカヤが立ち泳ぎ中。

    それを3艘のボートが囲む。

    ケイリンとオキナが1艘ずつと、監督とカメラマンが乗った1艘。

 スタンダリアン「(海面に向かって)もう一回いくよ」

 ビーダマイヤー「こっちをちらちら見るんじゃないぞ」

 スタンダリアン「用意、スタート!」

 ビーダマイヤー「ダメダメ、どうも緊張感がない」

    金魚のように口をぱくぱくさせるクッパとザッカヤ。

    かろうじてボートにつかまる。

 クッパ  「溺れたふりを何度もやるなんて無茶だよ」

 ザッカヤ 「疲れちゃったよ、もう」

    ここで監督とカメラマンは、ケイリンとオキナに目配せする。

    やっと出番がきたとばかり、オールで海中の二人を叩きはじめる。

 クッパ  「コラッ、何するんだ」

 ザッカヤ 「本当に溺れちゃう」

 スタンダリアン「そうそう」

 ビーダマイヤー「いけいけ」

    ペースよく快調に進む撮影。

○  視聴覚教室

    中学校の視聴覚教室。

    その一角でパソコンを囲む1年生の女子生徒が4人。

    〇〇中学ファンクラブの面々だ。

 女子生徒A「リニューアル中のサイト、見てみて」

 女子生徒B「2年生のニューフェイスが紹介されるんでしょ」

 女子生徒C「そうか、3年生はもう終わりなんだね」

 新井裕子 「まだ、ケリがついてないんじゃない」

    最後に発言した彼女をじろりと見る生徒。

    と、パソコンのまわりが赤く染まる。

    振り返ると窓の外はきれいな夕焼けである。

○  夕陽

    海面へ徐々に傾いていく太陽。

    群れをなして飛んでいく海鳥。

○  海の家

    夕暮れ。3年D組の一行が帰り支度の準備。

    金森は石堤の上であぐらを組み海を見つめたまま。

    着ぐるみを上半身だけ脱いでカップ麺を食べるハカイシ。

    ケイリンが砂浜を一輪車で走り、オキナは踊る花を植える。

    目の前でシャワーを浴びるトーテキ姫とフォロー中。

    アホ賀と大タコはすでに対戦ゲームに飽きた様子。

    奥でタオルを巻いて体を震わせるクッパとザッカヤ。

    心配顔の叡子と篠川が缶ジュースを手に同じ方向を見る。

    浜辺を駆けてくるスタンダリアンとビーダマイヤー。

 スタンダリアン「どこにもいない」

 ビーダマイヤー「連絡も入ってないらしい」

 ザッカヤ 「(震えながら)先に帰っちゃったんじゃないかな」

 クッパ  「あいつ、やることがないもんだからイジケちゃったんだよ」

 アホ賀  「少しは手伝ってくれてもよかったのに」

 大タコ  「ぼくたち、一度も浜辺で休めなかった」

 トーテキ姫「ビーチで落ち武者のような姿を見たけど」

 フォロー中「ええ、そういう役柄かと」

 ケイリン 「はは、日焼けで異常なくらい真っ赤になってたからな」

 オキナ  「朝から斬り込み隊長のように張り切ってたし」

 スタンダリアン「それが恥ずかしくなったんだろうか」

 ビーダマイヤー「そんな繊細なやつだったっけ」

 長瀬瞳子 「帰るんだったらそれくらい言うはず」

 篠川久美 「私もそう思います」

 ハカイシ 「ほっとけ、ほっとけ。これまで何回もあったことじゃん。よ
       けいな心配すると、あとでこっちが損するに決まってる」
    と、カップ麺を食べながら言う。

    いつのまにか石堤の上に立つ金森。

 金森淳  「……そうだな、テツボーのことだ。いまごろ、どこかで笑っ
       て見てるかもしれない」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?