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『学校で起こった奇妙な出来事』 ⑦

⑦ 「十代の不吉な予兆」


○  丘陵の坂道

    初夏の陽射しと澄みきった空気。

    一昨日の夜を思い起こすように半焼した北校舎を眺めやる金森。

    そこへやってくる瞳子。

 長瀬叡子 「おはよう。こういうとこで待ち合わせなんてジュンらしい」
    とガードレールを降り、窪地に座る金森の横へくる。

 金森淳  「ああ」

 長瀬叡子 「何よ、その気のない返事。大切な話があるっていうからきた
       のに」

 金森淳  「わかってもらえるか自信がないんだ」

 長瀬叡子 「しおらしいじゃん。ケガのほうはだいじょうぶなの?」

 金森淳  「そっちはまあ平気だけど、頭がいかれてるとか目がおかしい
       なんて言うのはなしな」

 長瀬叡子 「また妙なこと話すつもり? 私はきのう、ジュンが休んでる
       あいだに篠川さんと話したよ」

 金森淳  「(反省するように)俺って自分に都合のいいことしか覚えて
       ないからなあ」
    と、学校の上空へ目をやる。

○  丘陵からの景色

    一日がはじまろうとするすがすがしい光景。

    空を行き交う鳥の群れ。

    蒸気が立ち上るような家々。

    バイパスの車に反射する朝の光。

○  丘陵の坂道

    朝陽の照りつける窪地に並んで座る二人。

 長瀬叡子 「ジュンらしくないわ。ナーバスになりすぎだと思う」

 金森淳  「やっぱ、そうか」

 長瀬叡子 「空から撮った写真だとか、鳥のように羽ばたいたとか、火事
       の現場へ飛んでいったとか、頭がいかれてるとは言わないけ
       どまだ熱があるのかも」

 金森淳  「すごくリアルなものだったんだ」

 長瀬叡子 「でも夢なんでしょ。そんなことにうつつ抜かしてないでちゃ
       んと頭を使ってほしいな」

 金森淳  「……せっかくこうやって話してるんだから、なんかこう、人
       の内面に深く優しく迫るようなこと、言えないもんかなあ」

 長瀬叡子 「だからそういう精神的なこと、霊感めいたことに惹きつけら
       れるのは心が弱ってるときなんだわ。理屈で説明できないそ
       れがあれば確かに強くなれるけど、それ一辺倒になったらま
       わりに迷惑かけるだけ。面倒くさくてもちゃんと説明できる
       ことが大事だと思う。その積み重ねが本当の成長とか進歩と
       かになるんでしょうし、より強くなる道なんじゃないかな。
       家族が変な宗教にハマったトラウマがあるから、私だって偉
       そうなこと言える身じゃないんだけど」

    噛みしめるように聞いている金森。

 金森淳  「……そういえばA子は、占いやおみくじを進んでやるタイプ
       じゃなかった」

 長瀬叡子 「ときにはそういう力が必要なのもわかってる」

 金森淳  「いいなあ。頭がどんどんすっきりした感じになる。こうして
       相談できて本当によかった」
    と、朝陽に向かって大きく息を吸い込む。

 長瀬叡子 「やだ、急に態度を変えちゃって。少しは元気が出てきたのか
       な」

 金森淳  「ああ、俺はやっぱりA子が好きだ」
    と、その頬にすばやくキス。

    その瞬間、すぐ近くで数回、シャッターの音。

    金森と叡子は体を離し、あたりを見まわす。

    草陰から現れる4人の女子生徒。
    (1年生の、〇〇中学ファンクラブのメンバー)

女生徒A 「やりました、先輩。ついに撮っちゃいました」

女生徒B 「これはスクープ。次のファンクラブ会報に載せます」

女生徒C 「デートのお邪魔しちゃ悪いから、もう行こう」

    そろって駆けだし、口を利かなかった新井裕子があとに続く。

    呆気にとられ、顔を見合わせる金森と叡子。

○  焼け跡

    無残に焼け焦げた北校舎の一角。

    担任の数学教師、桑原の指示で後片づけをする体操着の生徒たち。

    散乱したホルマリン漬けの臓腑を喜々と取り出すクッパとハカイシ
    とザッカヤ。いちいち見せびらかして女子生徒をからかう。

    注意するもさじを投げたように備品や書類のチェックに戻る叡子と
    篠川。

    トーテキ姫とフォロー中は器具類を形状ごとに分別し、汚れを拭き
    取る。

    アホ賀と大タコは黒くなった骸骨の標本を組み立てる作業に熱中。

    現場検証のまねをして言い合うスタンダリアンとビーダマイヤー。

    実験台に佐伯が腰かけ、金森はその横で寝そべる。

 佐伯哲男 「授業中にドカタやらせるんだから、勉強が恋しくなるよ」

 金森淳  「くだらん授業よりマシさ。クラスごと交替でやるより、俺は
       一日中こうしてたいね」

 佐伯哲男 「火事のおかげというわけか。だいたいこの学校を救ってやっ
       たのは俺たちだぜ。果敢な英雄的行為が表彰されるどころか
       放火犯に間違われるなんて。もっと感謝されてもいいはず」

 金森淳  「ずいぶん間抜けだったらしいじゃん」

 佐伯哲男 「だれから聞いた」

 金森淳  「みんな知ってるさ」

 佐伯哲男 「本当に?」

 金森淳  「そう落ち込むな。便所で焼け死ななかっただけでも運がよか
       ったんだ」

 佐伯哲男 「俺たちは救出隊だったんだぜ。火を放ったやつを俺は知って
       るんだ」

 金森淳  「な、なんだって!」
    と実験台から飛び起き、佐伯の顔を見る。

 佐伯哲男 「錯覚だといってだれも取り合わなかったけど、しっかりこの
       目で見てるんだ」

    金森は佐伯の肩に腕をまわし、焼け跡からこっそり抜け出す。

○  校舎の一角・イメージ

    夜の校舎を徘徊する鳥人間。

    ふわっと揺らめいて宙に浮く火の玉。

○  木造便所

    木造便所の一室に閉じこもる二人。

    おもむろにポケットから煙草を取り出し、火をつける金森。

 金森淳  「お前も吸うか」

 佐伯哲男 「おい、よせよ」

    その言葉を無視し、気持ちよさそうに煙を吸い込む金森。

 佐伯哲男 「よりによってこんなとこで、どうして煙草吸うんだよ」

 金森淳  「お前が変な話をするからさ」
    と、目の前で煙を吐きだす。

    佐伯は顔をそむけ、手で煙を払いのける。

 佐伯哲男 「うそじゃない。こっちはまじめに話してるんだぞ」

 金森淳  「わかってる」

 佐伯哲男 「全然わかってないじゃん。おととい火事があったばかりでこ
       んなことしてちゃ、よけいまずいだろ」

 金森淳  「だから吸ってるんだ」
    とさらに吸い込み、便器のなかに吸殻を捨てる。

 佐伯哲男 「なんだよ、それ」

 金森淳  「いいか、お前が火の玉を見たという時間、俺も変な幻覚にう
       なされていた。神がかりにあったような、いかにもっていう
       感じで信じたくなるが、それはありえないことだ。最近、妙
       なことが続くのはそこらあたりが関係してると思う」

 佐伯哲男 「何かに取り憑かれたとでも」

 金森淳  「それだよ」

 佐伯哲男 「まさか、玉キンの霊では」

 金森淳  「そういう妄想がいけないの。へたに考えるから不安を抱き、
       その恐怖心がいっそう気持ちを動揺させる。悪循環だよ。今
       朝、A子と話しててわかったんだ。予兆めいたことは考えな
       いにかぎる。そういうときこそ大胆不敵になれってね」

 佐伯哲男 「で、煙草を吸ったわけ?」

 金森淳  「そのとおり」
    と、また煙草に火をつける。

 佐伯哲男 「それって勝手な思い込みのような気もするけど」

 金森淳  「そう、それが大切なんだ」
    と、これ見よがしにスパスパやる。

 佐伯哲男 「でも、よくそんなうまそうに煙草が吸えるな。大胆不敵はい
       いけど、いくらなんでもここは臭すぎないか」

    そのとたん金森はむせて、便器のなかに煙草ケースを落とす。

○  同・表

    顔をゆがめ、先を争うように脱出する二人。

○  裏山への抜け道

    焼け跡とは反対側の、いつものさぼり場所へと足が向く。

 金森淳  「あんな臭い匂いに気づかなかったなんて、どうかしてるぜ」

 佐伯哲男 「最初からこっちへくればよかったんだ」

 金森淳  「しかし、臭いところにも慣れるもんだな」

 佐伯哲男 「俺は慣れてないぞ」

 金森淳  「いい話ができたじゃないか。いまの事実も教訓になる。気持
       ちの持ち方しだいでどうにでもなるわけで、毎日すこやかに
       過ごしてれば、不吉なことなんてこれっぽっちもないのさ」

 佐伯哲男 「そんな簡単なもんかね」

 金森淳  「むずかしく考えないことさ」

○  裏山の草地

    いつもの場所で寝そべる二人。

    初夏の光と風が身についた匂いを吹き飛ばしてくれる。

 佐伯哲男 「さっきの問題だけどさ。どう受け止めるかはそうかもしれな
       いけど、3年になってから妙なことが続くのは動かしがたい
       事実だよ。学校側はどれも俺たちのせいにしようとしてる。
       妄想とかなんとかじゃなく、けっこうヤバイんじゃないの、
       これ。ジュン、聞いてる?」

 金森淳  「(面倒くさそうに)テツボーが見た火の玉も、彼らのせいだ
       というのか」

 佐伯哲男 「それとこれは別問題だって。考えても解決しないからといっ
       てこのまま逃げてる場合じゃないだろ」

 金森淳  「逃げるなんて言ってない」

 佐伯哲男 「じゃあ、どうするつもりさ」

 金森淳  「だからふだんどおりでいいの。いざとなったら戦ってやる」

 佐伯哲男 「待ってるだけなのか」

 金森淳  「いい感じなんだよ、このほうが。それしかないだろ」
    と伸びをし、寝返りをうつ。

○  焼け跡

    後片づけに飽きた様子の生徒たち。

    ススだらけになった3人組に叡子が近づいていく。

 長瀬叡子 「ねえ、ジュンとテツボー、知らない?」

 ザッカヤ 「そういえばいつのまにか姿が見えないね」

 クッパ  「糞でも垂れてんじゃないの」

 ハカイシ 「またどこかで寝そべってるのさ」

 ザッカヤ 「気楽でいいな」

 ハカイシ 「しょうがねえ人間だよ」

 クッパ  「ああいうやつらのことを能天気っていうんだ」

 長瀬叡子 「あんたたちからそう言われるって、けっこうショックかも」

    ぽかんとする3人。

    後ろでやりとりを聞いていた篠川がうなづく。

○  裏山の草地

    気持ちよさそうにイビキをかく金森。

    釈然としないまま空を見ている佐伯。

    初夏の空に雲の一群がふわりふわり流れてくる。

 佐伯哲男 「またきやがったな」
    とそっぽを向き、金森の横顔をみる。

    平和そうなその頬にアリをつまんで乗せる。

    が、ふとした調子で鼻の穴に吸い込まれる。

 佐伯哲男 「ありゃりゃ。……ま、いいか」
    と、顔をそらす。

    草地を雲の影がよぎっていく。

    うすく目を開けると雲がにらんでいる。

 佐伯哲男 「ふん、もうお前なんかにだまされるもんか」
    と、独り言。

 武藤完治 「ほう、わしがお前をだましただと?」
    と、仁王立ち。

    あわてて跳ね起きる佐伯。

 佐伯哲男 「あ、いえ、その (雲をちらっと見上げてから)、なんだあ、
       武藤先生じゃないすか。こんにちわ。そろそろ焼け跡の後片
       づけに戻ろうかな」 
    と、駈け出そうとする。

    が、首根っこを捕まえられ足をバタバタするばかり。

    その足が金森の尻を蹴っ飛ばす。

    寝ぼけ眼でゆっくり上体を起こす金森。

    鼻がむずかゆいらしく、大きなくしゃみをする。

    と、黒い鼻くそが武藤の足元へ飛んでいく。

    落下したとたんそれがちょろちょろ動きはじめる。

 武藤完治 「おい金森、とうとうお前の頭ん中に、アリが巣を作ったよう
       じゃな」

    事態がよく呑み込めない金森。

    ぼうっとしたまま自分の頭をかく。

    佐伯は知らん顔してあさっての方向を見ている。


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