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『デデデのデ』 Ⅲ

Ⅲ 「ドク・タンゴ」


○  控え室

    勢いよく振りまわされる拳。

    軽快な腰つき。

    サンドバッグを叩く重厚な蹴り。

    にやりと笑う、ドク・タンゴ選手。

    カメラに顔を寄せる、レポーターの荘ジャン。

    興奮した面持ちだが、声は抑え目。

 荘    「イエーッ!(と顔面ポーズを決め)、ついにこのときがやっ
       てきました。レポーターの荘ジャンです。格闘技王の決まる
       決戦を控え、私はいま緊張感みなぎる特権的な場所に立って
       おります。日出ずる国の血をひく、地球の裏側に残された伝
       統と本能と知性、ドク・タンゴことホセ丹後選手が、やっと
       その片鱗を見せてくれました」

    汗をふき、奇妙なステップを踏むドク・タンゴ。

 荘    「(さらに声を抑え)先ほどまで白衣を着てスタッフとやりと
       りする姿も見られたのですが、ついいましがたから、高ぶる
       思いを全身で表現しております。まさに世紀の一瞬が刻々と
       迫ってきています」

    息をつき、ベンチで大の字になるドク・タンゴ。

 荘    「(ちらっと振り返り)どうやら、最後の精神統一をしている
       ようです。ドクと名乗るとおり医学博士の学位を持つため、
       身体管理には人一倍ナーバスのようであります。(思わずく
       しゃみをし)ここでいったん、実況席の三角寛景さんにマイ
       クをお返しします」

○  実況席

    マイクに向かって座る三人。

    上手から、アナウンサーの三角寛景、解説の水子久陽、ゲストの辻
    万子。

 三角   「ドク・タンゴ選手の控え室から、レポーターのジャン荘さん
       でした。ぴりぴりとした空気が伝わってきましたね。本日は
       解説の水子久陽さん、ゲストに辻万子さんをお迎えしており
       ます。水子さん、いかがですか」

 水子   「そんなに辛くないと思います。うまくバランスをとってます
       ね」

 三角   「はっ?」

 水子   「8バナナでした」

 三角   「あの、何の話でしょうか?」

 水子   「背後にバスケットケースがありましたね。その中にバナナの
       房があり、確か8本あったはずです」

 三角   「ははあ、そうでしたか。さすが鋭い観察力。緊張感でかたく
       なる雰囲気をそれによってなごませ、さらに精力をつけてい
       たんですね。辻さんは、どのようにご覧になりましたか」

 辻    「ドク・タンゴ選手を目の当たりにできるなんて夢のようで
       す。ネットで見たんですが、彼の必殺技“シワヌキ”って効果
       てきめんらしいわ」
    と、幸せそうな顔。

 水子   「シワッチュ!」
    と、意味不明のリアクション。

 三角   「(しわがれた声で)ええ、……たったいまシワヌキと言われ
       ましたが、正確には“シワヨセ”と訂正させていただきます。
       虚勢を見抜き、ツボを押さえ、相手の戦意を弛緩させてしま
       う技です」

    不服そうに口をすぼめ、鼻に皺を寄せる辻万子。

 水子   「みんな、精神的苦痛で顔を醜く歪ませてしまうそうです」

 三角   「……ドク・タンゴ選手は東洋医学にも精通してるわけですが、
       技術的に何かそこらへんの影響があるとお考えですか」

 水子   「鍵はバナナだと思います」

 三角   「またですか」

 水子   「いえ、試合直前にバナナを食するということは、ドク・タン
       ゴの本質はすでに南洋のものといっていいでしょう。東洋と
       のつながりを強調しすぎると、かえって彼の術中にはまって
       しまう危険性があります。鋭い突破や狡猾な身のこなし、足
       もとの強引な技術はかの地で培われたはずです。来日予定日
       を大幅に遅れたルーズな時間感覚、それでまったく悪びれも
       せずコリもしない態度、意表をついたあのざっくばらんさも
       同様でしょう。実際、彼自身が日本にくるのは初めてだとい
       うことですから」

 三角   「……そうですね。思えばドク・タンゴことホセ丹後選手の初来
       日、いえ一族にとって百年ぶりの帰国が果たされてからとい
       うもの、身よりやゆかりのある人々の他愛もない話ばかりが
       駆けめぐり、彼が現地でどういう位置付けにあるのか詳らか
       でありません。しかもどんなふうに戦うのかというより、だ
       れとの混血かという話に終始し、東洋、西洋、南洋の遺伝子
       を混ぜ合わせた世界の血統種を、というスローガンのみが流
       布しております」

 辻    「南洋医学ってあるのかしら?」

 水子   「それより北洋はどこへいった?」

 辻    「私、南北線できたのよ」

 三角   「(無視して)では、再び控え室のほうを呼んでみましょう。
       ジャン荘さん、そちらは現在どんな様子でしょうか」

○  控え室・扉の前

 荘    「(咳き込みながら)はい、荘ジャンです。私たちはすでに部
       屋の外へ出されております。先ほどドク・タンゴ選手の体に
       触れたら、身の毛もよだつような昂ぶりを感じました。まる
       で怒りで発光するゴジラの背びれのようです。このあとの展
       開が恐ろしくもあり、こちらもだんだん高揚してきますね。
       ここでいったん、実況席の三角寛景さんへ戻します」
    と、しだいに咳が止まらなくなる。

○  実況席

 三角   「(動揺した様子で)ジャン荘さん、ゴジラに接触したことが
       あるんでしょうか。……心配ですが、あてられるほどの熱気
       がぷんぷん伝わってまいります。気をつけて取材にあたって
       ください」
   と、ちらっと隣に目をやる。

   辻が水子に指でつんつんし、水子が辻の体をさすっている。

   うつろな二人。

 三角   「(話題を変えようと)ええ本日は、元全日本監督、鴨根来人
       さんが会場のどこかにいらっしゃいますので、声をかけてみ
       たいと思います。鴨根さ~ん、いまどちらでしょうか?」

○  客席

    大勢の人に囲まれている鴨根来人。

 鴨根   「……鴨根来人です」
    と言ったとたん、周囲から袋叩きにあう。

○  実況席

 三角   「(目を丸くし)ありゃりゃ……」

    足もとでは、水子と辻が横になって絡まっている。

 三角   「(あわてて)もう一度、控え室のジャン荘さんを呼んでみま
       しょう」

○  控え室・扉の前

    マイクを持ったまま倒れている荘ジャン。

○  実況席

 三角   「(しどろもどろに)シ、シ、シーヘムのはと、いひょいひょ
       ド、ド、毒団子が出てきまふ!」
    と、口から泡を吹きはじめる。

○  リビングルーム

    テレビのスイッチを切り、みたらし団子を頬張るセルジオ備後。

<終>


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