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夏の終わりの夢

ショッピングモールで買い物をして、構内の広々とした十字路にあるベンチで一休みした。生半可なウォーキングよりもたくさん歩いた気がする。
見渡すと買い物客は思い思いにショップを出入りし、夏の終わりの休日を楽しんでいるように見える。

座ったベンチから斜め向かいにあるのは、輸入食品や珈琲豆を売る店だ。
入り口ではしょっちゅう試飲コーヒーを配っている。
香ばしい香りに誘われて、行列ができている。
客は店の入り口でそのコーヒーを受け取って奥に入り、買いたいものをゆっくりと見て回る、ということらしい。

狭い店内で飲み物を飲みながらの買い物。結構な混雑なのに、ぶつかったりこぼれたりしないかな?などと思いながらぼんやりと眺める。
試飲を待つ行列はさっきから引きも切らない。提供する若い店員は、朗らかな声で「いらしゃいませ、ただいま、〇〇〇の新着コーヒー豆を試飲頂いております」と呼ばわりながら、次々に小さな紙カップにコーヒーを注いでは、客に手渡している。

ポットのコーヒーがなくなり、次のポットが運ばれる。
行列は続いている。

ぼんやり見ていた私は、さっきからじわじわと感じていた違和感の正体にハッとする。

出てくる客がいない?
どこへ出て行ってるんだろう?

ちらちら見える店内に、客の姿はちゃんとある。
店のロゴ入りレジ袋を持って、通り過ぎる人も、いるにはいる。
それが、入って行く人の数からして、あまりに少なすぎる気がするのだ。


ひょっとすると・・・店の中はどこかほかの場所に通じているのかも知れない。
冗談半分な気持ちで、列に並んでみる。
順番が来て小さな紙カップにコーヒーをもらい、店内へ進む。

陳列棚が迷路のように取り囲み、床のそこここにも商品が積んである。カップを持った客たちはぶつかりそうになったり、道を譲ったりしながら、見て回る。
珈琲の香り、雑多なスパイスの香り。
色とりどりのパッケージが積み重なる異国的な空間をうろつく。

しかし、特にどこと言っておかしな所もない。
そりゃそうか。
何か買って帰ろう。
チャイのティーバッグとプレッツェルを持って、レジの行列に並んだ。

レジに向かう行列も長く、20人くらいはいるのだが、その割に進みが早い。
レジは1つしか開けていないのになぁと思いながら、ぼんやり順番を待つ。
レジ向こうのカウンターに、スタッフ通用口が開いているのが見え・・・
そこからの進みがやたらと早いのだ。

客の列はそこで二つに分かれている。
レジからそのまま出て行く者と、スタッフ通用口から中へと入って行く者。

だんだん、その場所が近づいてくる。
私はどっちに行くんだろう?
いよいよ次が私、という直前までは、通用口の方へ行ってみたいと思っていたのに、いざ自分となった時、やっぱり通常の出口へ行きたいという郷愁のような気持ちが高まる。

次の瞬間には、薄暗い、薄明るい、場所にいた。
目の前には狭い通路が一筋延びている。
両側は白い壁、というよりも布のような質感で滑らかに光り、内側から発光しているようにも見える。
何か指示があるでもなく、私は自然にその通路を辿り始めた。

時間も距離もわからず、やがて日付さえ不確かになりながら歩いて行くと、いきなり視界がひらけた。

まぶしくて目をつぶる。
そっと目を開けてみる。

こ、ここは!


このショッピングモールに4つある出入口のうちの一つだ。
ドラッグストアの近くにある、東口だ。

付近に人だかりでもあるかと思いきや、何もなく、ただ普通の出入り口の光景しかない。
親子連れが入ってくる。
ビジネスマン風が出て行く。振り向くと、また一人、キツネにつままれたような顔の高齢男性が出てきた。

「あの通路はここに通じているだけ?」
騙し打ちにあったような気分で、またモール内に入ってみた。
さっきの店先に戻ると、いつもの光景がある。
行列はつながり、その半数以下ぐらいが店から吐き出されている。

「ふん。あの通路は、店先の混雑対策だったってこと?」
なんだよそれ、と思いながら、フードコートへ行き、「ワカメうどん・天ぷらヤケクソのっけ」を食べた。



おしまい

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