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真亜子のともだち(創作)

真亜子と恵理は毎日のように一緒に下校する。
高校から駅まで歩いて10分。
乗車して20分で恵理が下車し、真亜子はさらに10分乗って下車駅に着く。

高校も幼馴染みの祥子と一緒だったが、祥子が剣道部に入ったので二人は行き帰りが別になってしまった。
恵理は同じクラスで部活にも入っていないため、帰りは一緒が多いのだ。

「恵理って、なんかとっつきにくくない?」
「ちょっとお高く止まっていない?」
「何考えてるのか分からなくない?」
祥子は、真亜子が恵理と接近中なのが心配だ。
真亜子はのんびり屋だから、恵理に振り回されそうな気がする。
真亜子は不思議そうに言う。
「全然そんなことないよ。普通に仲良いと思う」

恵理は確かに気持ちが見えにくく、ある時は学年でも派手なグループと一緒だったり、クラスで傍観的な態度を取ったりするので敬遠されやすい。
しかし真亜子とは、好きな音楽を交換したり、本の話をしたりと、よくある友達付き合いをしていた。

真亜子は恵理にほんの少しだけ遅れて歩く。
誰といる時でも、少し下がっている方が真亜子は落ち着く。
歩きながら、少し前にいる彼女の気配をいつも「かっこいい」と思う。
制服のブラウスの半袖を2回折り返して、そこからすっと伸びている二の腕のしなやかさ。
制服の袖を2回折り返す恵理のセンスがかっこいい。
真亜子もしてみたいがちょっと太めの腕だから、ぱつぱつしそうで、真似できない。
「あれは細いからかっこいいんだな。袖と腕の隙間がかっこいい」
真亜子はそんなことを思いながら、恵理の半歩後ろを歩く。


音楽好きな恵理はギターを弾く。
ある日学校にギターを持って来て、放課後だれもいない音楽室で聞かせてくれた。
弾き語りで、オフコースの「秋の気配」。
真亜子はその歌を聞くのははじめてだし「オフコース」というバンドも知らなかったが、すっかり聞きほれてしまった。

歌の世界からほっと醒めた真亜子に、恵理は
「ねえ、バンドやらない?」と言ってきた。
「私、楽器なにもできないよ!」
真亜子が慌てると
「タンバリンどう?ずっと鳴らしてるわけじゃないし、練習したらできるようになるから大丈夫!」
いつもは落ち着いてクールな恵理が、熱心に言う。他のクラスの子にもピアノを頼んでいるらしい。
「じゃあ私なんかいなくてもできるんじゃない?」
真亜子が言うと、
「バンドって3・4人くらいがしっくりこない?」
そうなの?
まあそういう理由なら、参加してもいいかな。
真亜子はまんざらでもない気持ちだった。


恵理は時々保健室で休んでいることがあった。
どこか悪いのかと聞いたことがあったが、恵理から拒否のオーラを感じ、それ以来、二人の会話に持ちこまなかった。
どこか醒めていて別の世界で呼吸をしているような恵理は、真亜子には魅力的だった。

「うちで一緒に練習しようよ」
春休みの初めに恵理から誘われて、真亜子はワクワクして出かけて行った。
タンバリンは思ったほど簡単ではなかったが、恵理のギターを聞けるのが嬉しい。また何か弾き語りしてくれるかもしれない。
暖かく、雪が消えて乾いた道路は埃っぽかった。
商店街の一角に恵理の家はあり、奥まった中2階に部屋があった。
「1階と2階の間にお部屋があるんだね、物語の中みたい」
「うん、私によく似合っているでしょう?」
恵理の言う意味がよくわからなかったが、確かにこういう不思議さは恵理には似つかわしいと、真亜子はうなづいてみせた。

しばらく練習した後、恵理がつぶやくように言った。
「うちのお母さんともお父さんとも兄とも、血のつながりはないんだ」
いきなりの重たい言葉に真亜子は返事ができなかった。
「赤ちゃんの時に貰われて来たんだって。生まれたのは真亜子の町らしいよ」
「高校に入る時に知らされたんだ。父も母も兄も、可愛がってくれてるし、不満があるわけじゃないんだけど、ほんとの親はなんで私を手放したのかなーってね。気持ちがどうしようもなくなることがある」

ああ、なんか、ドラマみたい。モモエちゃんのドラマみたい。
アイドルを主人公にしたドラマが、クラスでも話題をさらっている。
そんなことがこんな身近にもあるんだ。
真亜子は持ち前ののんびりした頭を必死でぐるぐると回転させた。
恵理がまとう醒めた空気。それでいて時折り見える人恋しげな眼差しは、そのあたりに源があるのかも知れない。

家に帰り、真亜子は本を開いた。
高野悦子『二十歳の原点』。
「真亜子も読んでみて」と言って恵理が貸してくれたのだ。
学生運動に身を投じ、恋をし失恋し、生きることに疲弊して行く自分を記す日記だった。高野悦子その人は、この日記を残して鉄道自殺していた。

真亜子が想像もつかない人生がそこにあった。鉄道自殺は、実際には目をそむけたくなるような、自裁の方法にちがいない。
しかしそこに至る日記はどこか魅力的で、「死」が発する甘い匂いを真亜子は嗅いだような気がした。
そして恵理も同様に、この匂いに魅入られることがあったのかも知れなかった。

恵理は練習と言ったが、それは名ばかりで、真亜子に心のうちを話したかったのかも知れない。
中2階にある自分の部屋のことを「私に似合っている」と言ったのは、家族との心の距離感を言っていたのだろうか。
「でも、どうしたらいいんだろう。あんな大事なこと話されても」
真亜子はしばらく困ったが、いつか記憶のすみに片付けてしまった。
だれにも言わないでしまっておこう、そして普段は忘れていよう。
真亜子にはそれしかできなかった。
一緒にいる時でもふととばりの向こうに行ってしまう恵理が、ぐっと近寄ってくれたそのことが、真亜子には誇らしく嬉しい。
恵理が寄せてくれた信頼をただ大事にしようと思った。


バンドの活動は、音楽室が使える週2日だったが、秋の学園祭には間に合わせることができた。ピアノとベースが加わって、4人編成になっていた。
恵理のギターと歌声が涼やかに会場を流れる。ピアノとベースで曲が立体的になり、初心者のバンドにしては、聴きごたえのあるステージになった。
タンバリンを握りしめて真亜子はぎこちなく立っていたが、それは緊張のためばかりではなかった。聴衆の反応がしんしんと伝わる。体の中から震えてくる気がする。
恵理の体温や息遣いがわかる。醒めてなどいないし、恵理はしっかりと顔を上げてみんなに歌を届けていた。


年が改まり、3年生は卒業とそれぞれの進路に向けての準備で忙しくなる。
真亜子も少し離れた地方都市での学生生活が待っている。
一方、恵理はだんだんと登校がまばらになり、卒業後についても何も決めてはいなかった。


真亜子が新しい生活の場へ出発する前日、恵理からライブに誘われた。
恵理の町にある小さなレストランの2階が会場になっている。

奥から歌い手が現れた。スポットライトの下、カラオケ用の狭いステージに立つ。
麦藁帽子を被り、ボサボサの長髪で、着古したTシャツにジーンズ。サンダルを履いている。

ギターを掻き鳴らしながら、自作の曲を数曲披露した。曲は独特で、どんな音楽とも似ていなかった。真亜子は「吟遊詩人」という言葉を思い浮かべた。
集まった客は30人たらずだったが、大きな拍手が起きていた。
「地味にあちこちで歌っている人なんだ。ギター、彼が教えてくれたの」
恵理は拍手しながら真亜子の耳元にささやいた。そして初めて見るような屈託のない朗らかな笑顔になり真亜子と腕を組んだ。

「プロポーズされているんだ」
駅まで一緒に歩きながら恵理がそう言った時、真亜子は驚かなかった。よかった、と思った。
恵理は吟遊詩人のとなりに居場所を見つけたのだ。
もう中2階の部屋で埋められない孤独を一人で抱えなくていい。
恵理は、あの吟遊詩人と一緒に自分の家庭を作っていくんだから。

真亜子は、明日の引っ越しが終わって落ち着いたら、恵理にお祝いを贈ろうと思った。私も新しい生活が始まるんだなと、電車の外に流れる夕景を眺めた。




おわり



真亜子のお話


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