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クレデンザ1926×78rpmの邂逅 #06~E.スコットニー、E.ザック、M.コルジャス 『春の声』コロラトゥーラの競演~

立春を過ぎたというのに、相変わらずのこの寒さ。
私の住まいするところは冬風が強いことで有名で、天気が良く、発表される気温がそれなりでも、体感温度はそれよりもかなり低く感じる。
30年以上この地で生活しているが、これだけは未だに勘弁して欲しいと思ってしまう。

ということで、心だけは温かく、春の到来を待ちわびながら、ヨハン・シュトラウス円舞曲『春の声』を、それも歌入りのバージョンで聴こうと思った。

1987年、カラヤンのニューイヤー・コンサート

ヘルベルト・フォン・カラヤンが、生涯唯一そのステージに登場した1987年のウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート。あのコンサートを衛星中継、映像パッケージ、CDで楽しまれた方はさぞ多いだろう。私もあの時の記憶はかなりの鮮明度で頭に残っている。

1983年のザビーネ・マイヤー事件(カラヤンがその才能を認めていた女性クラリネット奏者、ザビーネ・マイヤーのベルリン・フィル首席奏者入団を巡る、カラヤンと楽団メンバーの確執)以来、カラヤンとベルリン・フィルの関係は冷め始めた。ニューイヤー・コンサートにカラヤンが登場したのも、彼とウィーン・フィルが互いに接近し、蜜月関係になったひとつの結果だろう。

このコンサートのプログラムを改めてみると、最近のニューイヤー・コンサートと少しばかり違う点が目につく。
このところのニューイヤー・コンサートではよく、「ニューイヤー・コンサート初登場曲が今回は何曲」ということに触れる風潮があり、実際に初登場曲がある程度の数、演奏される。
しかし、カラヤンのそれを見ると、『ジプシー男爵』序曲『天体の音楽『アンネン・ポルカ』『こうもり』序曲『観光列車』『皇帝円舞曲」』『ピチカート・ポルカ』『常動曲』『雷鳴と電光』といったポピュラーな曲が勢揃いしている。まるでベスト盤のような選曲。

そして、カラヤンはニューイヤー・コンサートの禁を破り、本編最後に荒業を繰り出した。
彼がその才能を高く評価し、クラシック界のみならず広くその存在を(特にウィスキーのCMに出演した日本では)知られるようになったソプラノ、キャスリーン・バトルを迎え、『春の声』を演奏したのだ。
このコンサートでソリストが出演するというのは、後にも先にもこの1回1曲。帝王カラヤンだから許された所業・・・。

しかし、王道な選曲といい、バトルを呼び寄せたことといい、やはりカラヤンが真のエンターテナー、通俗名曲においても(だからこそ)その実力を遺憾なく発揮する指揮者だということを、改めて思い知らされたコンサートだった。
自分の目で見た映像の限りで言えば、2回登場したカルロス・クライバーの印象も強烈だったが、カラヤンはそれを遥かに上回るように思った。
ヨーゼフの名曲、そしてニューイヤー・コンサートの創始者であるクレメンス・クラウスが得意とした『天体の音楽』は、クラウスに極めて近い音楽性を持つカラヤンにとっても、大切な曲だった違いない。
あの美しい旋律をたたえる『天体の音楽』は、クラウスやカラヤンの音楽を堪能するには、とても適した名曲だ。天国のクラウスもカラヤンの演奏に目を細めたに違いない。

コロラトゥーラ・ソプラノのマスター・ピース『春の声』

カラヤンの話で横道にそれてしまったが、円舞曲『春の声』はバトルのようなコロラトゥーラ・ソプラノには、自分の美声、音域やテクニックを誇るのには打ってつけのマスター・ピースだ。しかも、華やかである。
さらに演奏時間も長くないため、片面最大収録時間5分の78rpm(SP盤)の時代、多くの歌手がレコーディングをしている。78rpm時代のDIVAたちの『春の声』をコンピレーションしたこんな復刻CDもリリースされている。

というわけで、今回は手元にある戦前活躍した名コロラトゥーラ・ソプラノ3名による『春の声』の78rpmを、1926年製クレデンザ蓄音機で聴き較べ、競演を愉しみむという一興を・・・。
因みに今回取り上げる3名の歌も、先程のCDにすべて含まれている。

イヴリン・スコットニー

まずはオーストラリア出身のイヴリン・スコットニ―(Evelyn Scotney, 1896–1967)。1910年代から20年代に活躍したコロラトゥーラ。

この『春の声』は1927年に録音されたとされている。流石に音的には多少貧弱だ。
しかし、同じくオーストラリア出身の伝説的コロラトゥーラ・ソプラノ、ネリー・メルバ(1861-1931)の後継者とされ、メトロポリタン・オペラの花形としての地位を築いたスコットニーの、力強くもあり、凛とした歌いっぷりは十分堪能できる。なお、スコットニーはこれをイタリア語で歌っている。

エルナ・ザック

続いてはベルリン生まれのコロラトゥーラ、エルナ・ザック(Erna Sack, 1898–1972)

こちらは1935年ハンス・シュミット=イッセルシュテットが指揮するベルリン・シュターツカペレとの共演。
超高音「C7」を出すことができたザック。その彼女の特異な能力を活かすため、リヒャルト・シュトラウスがオペラ『ナクソス島のアリアドネ』ツェルビネッタのアリアのカデンツァを書き換えた、といった逸話があるほどだ。
この『春の声』でも、人間の声とは思えないロング・ハイ・トーンを披露。「見世物」感無きにしも非ずだが、「時代」らしいと言えばよいか・・・。

ミリザ・コルジャス

最後はミリザ・コルジャス(Miliza Korjus, 1909–1980)
ポーランド出身エストニアのソプラノ。

1920年代にベルリン市立オペラの常連となり、そのコロラトゥーラとヴィジュアルでアイドル並みの人気を誇った。
そして1936年にはハリウッドに招かれ、38年にはヨハン・シュトラウスの伝記映画『グレート・ワルツ』でアカデミー助演女優賞にノミネートされている。

以前、「note」で触れたコロラトゥーラ、ギッタ・アルパールもそうだが、ヨーロッパで活躍した後にアメリカへ渡り、女優として映画やミュージカルに出演するようになったソプラノは少なくない。
芸術ジャンル間での上下関係、貴賤などない時代。
これは現代のエンターテインメントのあり方を考えると、一考に値する事実ではなかろうか?

この『春の声』は1934年ルートヴィッヒ・リュートが指揮するベルリン・シュターツカペレと録音したもの。
ザック同様、超高音をコントロールしながら、より軽やかなところが魅力。

では、イヴリー・スコットニーエルナ・ザックミリザ・コルジャス、3名のDIVAの競演を!


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