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むんず

寝れないので立て続けに投稿。立て続けに投稿などもう日記ではないのではないか内容も違う。やっぱりTwitterの方が向いてるなあとも思う。いやダメだった、iPhoneの画面が75%真黒で見えないからTwitterから遠ざかっていたんだ。そもそもこのiPhoneは必要なのだろうか。画面がほぼ見えない状態かつ誰かから連絡が来るわけでもない。来たとしても「手伝ってくれ」という旨のLINEのみ。引きこもってるが故家族と連絡を取ることもほとんどない。絶対に要らないだろう。スマートフォン自体要らないのではないかという疑念も浮かんでくる。ね。

友人の日記に「用もなく連絡できる友人がいない、これを見てショックを受ける人がいるのは万が一、億が一の可能性もない。」と書かれていた。僕は宝くじより確率の低いものに当たった。が自分も用がないと連絡できないから同じだった。確かに彼と用もなく連絡を取っていたらなんだか気持ち悪い。生肌を触っているような気分。僕は男の生肌など触りたくない。類は友を呼ぶ。彼とは完全に同類である。ただ彼は誕生日には連絡できるらしい。すげえな。

よくわからないことを書いているが、友人の日記と比較すると自分には文章力がないというのと、面白くないというのがはっきり分かる。別に誰に見せてるわけではないのでいいのだが。ここで文章をたくさん書いて上手くなったら嬉しい。いいぞ!前向きな人間の思考だ!三日坊主にならないことを祈ろう。昔から飽き性で、すぐはまってはすぐ飽きる。長く続いているのは自慰行為ぐらいだ。これだけは特技欄にかけるほどの自信がある。自慰のみで僕の半生は語れるだろう。

自慰は幼稚園生の頃にはもう本能で始めていた。自慰の申し子である。当然当時はこれが何なのか分かっていなかった。故に居間で家族に披露していたこともあった。なかなかクレイジーである。ただ一般的な方法ではなく、揉みこみ式なので着衣であったことは記しておこう。この揉みこみ式自慰行為は「むんず」という名がついている。「むんず」とは当時読んでいた漫画で服をつかむときに使われていた擬音で、これを表すにあまりにも適切な表現があることに驚いた。小学校に上がってもむんずは行われていた。だが成長による弊害が生じてしまうこととなった。小学校低学年のある日服を脱ごうとしたら陰茎と下着がくっついて離れないではないか。精巣が発達し始め、何かの液体が出たのだろう。無理やり剥がそうとすると激痛が走る。これはただ事ではないと親に報告。どうにか剥がしその日を終えたが、まさかむんずのせいだとは夢にも思はない親は、後日僕を病院に連れていった。病院で下着を脱ぎ、陰茎を露わにして見知らぬおじさんに丁寧にこねくり回された。家族以外で僕の陰茎に初めて触ったのは、可愛いあの子ではなく見知らぬおじさんだったのだ。その際快楽を覚えなかったのは不幸中の幸いだろう。なんと診断されたのかは知らないが、むんずのせいだとは言えなかったことを覚えている。むんずの悪夢はこれだけではなかったのだが、これはまた今度。

本当に何の話か分からないことを書いていたら朝になってしまった。今度は日記を書こう。おやすみなさい。

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