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ぼくは0点? 第四章 高1①

第四章:高1

◆1学期 現国問題
 長い学ランを引きずるように着流し、額には剃り込みを入れ、髪はポマードで固めたリーゼントスタイル、当時の曲でいう「洋ラン背負ってリーゼント」にした「ツッパリ」と呼ばれた男子生徒。新設の新田中学、特に秀雄の学年には数人だけしかいなかったが、内海中学には秀雄が転入した当時の中3にはかなり存在しており、佐藤くんやゴロチからは「3年生の校舎には行ったらいかん」と聞かされたものだった。
 その「ツッパリ」が半数を占める男子高校、私立セントラル学園。4月、大西先生の言う通りに、秀雄はセントラル学園に入学した。秀雄としては、再受験するという気持ちが変わるはずないと思っていたので、この時点で
 (2学期いっぱい、12月末にここは辞める)
 と決めての入学だった。
 入学式当日こそ、おとなし目の学生服で登校した新入生たちも、もともとそうだった者、上級生、クラスメートの影響を受けた者、とにかくそのほとんどが、5月になる頃にはかなりツッパった服装、傾(かぶ)いた外見になっていた。
 そんな中、秀雄のクラスである1年3組の生徒たちがそこまで乱れていないのは、上級生たちからも一目置かれる風紀担当の笠間(かさま)先生が担任だったからだ。細身でも筋肉質とわかる外見で、噂では空手の有段者らしい。滅多に笑わず、たまに笑う時はニッコリではなくニヤリとする男の先生だった。年齢は秀雄の父親と同じくらいか。

 当初、秀雄は高校の勉強と受験のための中学の復習を両立できるかどうかを心配したが、実際に授業が始まると、全てが杞憂だったことがすぐにわかった。どの教科も中学の復習レベルだったのだ。テスト勉強を特にやるわけでもなかったが、定期テストは中間も期末も学年1位だった。

 秀雄はときどき、後ろめたさを感じながらも、平日に高校を休んで新田中に行った。その日は一日中、図書室にこもって実力テストを受けた。現役の中3生たちと同じテストを受けておきなさい、という大西先生の計らいだった。
 大西先生はこの年も中学3年生を受け持っていた。秀雄は全く知らなかったが、中学の先生が精神的にも体力的にも負担の大きい3年生の担任を2年連続で引き受けることは、普通あり得ない。大西先生は秀雄のために、この重役を自分から買って出てくれていた。
 年度初めの実力テストで秀雄は学年1位になった。最も、これは現役の3年生には酷な話で、曲がりなりにも1年間受験勉強した秀雄が圧倒的に有利だった。現役の中3生で入学以来1位だったAくんの落ち込み度合が半端なく、大西先生が事情を説明してAくんを慰めてくれていた。最も秀雄の1位は最初の第1回目だけで、その後はAくんがきっちり王者に復帰した。これも秀雄は知らない話。

 思いもよらず、目標だった「1位」を獲得したことになったが、自分の実力だとは思えなかったので、リコには報告しなかった。
 あの後、リコからは手紙がきた。「Dearヒデくん」と始まる手紙には、秀雄の受験結果は女友達から聞いたこと、東京の女子校での生活のことなどが書かれていた。女子校という響きに何故か安心した秀雄は、「Dear」を英和辞典で確認して、「親愛なる」という意味を発見し、一人悦に入ったりした。秀雄よ、それは単なる挨拶言葉だ。
 すぐに送った返信で、私立高校に通っていること、その私立高校は12月には退学するつもりであること、来年の3月には讃高をもう一度受験するつもりであることを書いた。最後に「Will you love me tomorrow?」と自分でもよく分かってない英語を付け加えてみた。アニメソングの歌詞だった。

 7月に入ってすぐ、朝のホームルームのときに、秀雄は笠間先生から呼び出された。
 「進藤、今日の放課後、俺んとこに来い」
 ニヤリともせずに言われて、落ち着かない一日を過ごし、職員室に向かった。笠間先生は腕を組んだまま、話し始めた。
 「まあ、しかし、お前みたいなんが、よううちの高校に来てくれたの。毎日ちゃんと勉強しよるんか?」
 (高校受験の勉強をしています)
 とは言えず、秀雄は返事に困った。
 「ふん、無理せんでもええ。うちの授業内容はお前には物足らんはずや。でな、職員会議で他の先生方とも話してみたんやけど、お前はこの高校から数年ぶりに大学に行ける力がある奴やということで、お前のために『大学進学コース』を作ろうということになりそうや。大学には行く気やろ?」
 (今は高校に行くことだけを考えています)
 とは言えず、返事に困った。
 「うん?大学、考えてないんか?まあ、親御さんと相談せんといかん内容やし、返事は急がんけど。まずはお父さんとお母さんに、学校にはいつでもそれだけの準備をする覚悟がある、ということを伝えてくれ。お前さえその気なんやったら、夏休みからでも、各教科の先生がお前のために個人授業をしてくれるぞ。考えといてくれ」
 ちょっと話が大きくなってきた。

 結局この年の夏、秀雄は大手予備校が開く中3生対象の夏期講習を受けることにした。セントラル学園の世話にはなれないと考えたのと、自分にはまだまだ穴が多いと感じていたためだ。授業料のことは両親には申し訳なかった。

 夏休みのほぼ毎日、市内の繁華街にある予備校の本校に朝早くから通うため、母親に弁当を頼めず、かといって、授業料だけでも大変なところに昼食代を頼む訳にもいかず、秀雄はほぼ毎日を自分の小遣いでやり過ごした。そして、讃岐うどんのありがたみを知る。香川県民の多くは当たり前と思っていることだが、県外を知る者や学生にとって、讃岐うどんはお財布に優しい最強の外食だった。
 「おばちゃん、かけ特大!」
 「はいよ」
 湯気の充満した厨房からドンと大きな器に盛られたうどん玉が出てくる。秀雄が通うようになった店では並(1玉)、大(2玉)、特大(3玉)、ぜんぶ同じ値段だ。200円。レジでお代を払うとそこからは完全セルフ、自分でうどん玉をお湯でもどして、湯切りして、蛇口をひねって出汁を出す。出汁同様に入れ放題のネギ、天かす(油玉)、鰹節はどかどか入れる。うどんのコシが取り上げられることが多いが、実際には出汁が相当に美味しい。かけ汁の味が濃いぶっかけ、暑い季節に欲しくなるざる、これらも美味しいが、それよりも出汁を楽しめるかけうどんが圧倒的にお勧めである。
 だが、立ったままうどんをかき込む秀雄は
 「うまいっ!」
 とは言わない。これが当たり前だと思っている。実際にこの値段でこのクオリティの味の食べ物は全国でも珍しいのだが、物心ついたときから讃岐うどんを食べている秀雄が、讃岐うどんは安くて本当に美味しいと実感できるようになるのは香川を出てからのことになる。それはまた別の話。
 うどんだけでどうしても物足りない時、節約のため滅多にないが、80~100円ほど追加すれば、レジ横に並んでいる天ぷら、コロッケ、唐揚げ、おにぎり、おいなりさんなどを追加することもできる。また、どんな小さなうどん屋にも置いてあるのがおでん。これも1品100円ほどで牛スジ、卵、コンニャク、大根などを自分で選んで皿に取る。薬味としてからし酢味噌をたっぷりとつける人が多い。秀雄のお気に入りは白天ぷら、衣のついた天ぷらではなく、魚のすり身で作ったさつま揚げみたいなものだ。当時の秀雄はまだ知らないが、この天ぷらは香川県にしか売っていない。

 予備校では、現役の中3生に交じって講習を受講した秀雄だが、既に受験生を1年以上も経験しているくせに、受験テクニックの点では、今さら知ることがたくさんあって、両親に授業料をお願いしてでも受講した甲斐があったと喜んだ。
・地理では日本地図、世界地図のどちらも自分で白地図から作った方が覚えられる
・歴史は「〇〇年、日本でこういうことがあった時に、他国でこれが起こっていた」と、1国だけでなく、各国の動きをチャートにして整理しておくとよい
・古文と漢文は基本的に別もの、それぞれ基本ルールの理解は必須
・現代国語(現国)は筆者の気持ちになる必要はない、読み手がどう思うかは関係ない
 特にこの現国のテクニックは、秀雄を大きく一歩前進させた。

 秀雄の母親は「勉強しろ」とは言わずとも、「本を読め」とはしょっちゅう言う人だった。父親は無口だが、時間がある時は本を読む人だった。進藤家は玩具やお菓子は買ってくれないのに、本は買ってくれる家庭だった。そのおかげか、秀雄は読書が好きだ。小学校の図書室の本は大概読んだ。が、下の妹弟は秀雄ほどではない。これは読み聞かせをしてもらった期間の長さに比例している、と秀雄は分析していた。母親は秀雄、妹、弟と生まれた順に平等に読み聞かせをした、と思っているが、秀雄は母親の自分への読み聞かせだけでなく、妹への読み聞かせ、弟への読み聞かせをずっと横で聞けるという、長男の特権にあずかることができていたのだ。
 読書好きが幸いして、現国は、授業前の休み時間に教科書を読んでおく、その際に意味がわからなかった文章に線を引く、という程度の予習で、定期テストは乗り切ってきた。秀雄自身も国語は大丈夫だと思っていた時期もあった。ところが、実力テストになると点数がなかなか安定しなかった。自分好みの文章、読みやすいと思った文章が本文になった設問だといい点数が採れるが、自分が苦手な文章のときは点数が一気に下がるなど、この時期の秀雄にとって国語(現国)は最も点数にムラがある教科だった。これは入試本番の際にも「どんな文章が出るか」運任せ、という大きな不安材料でもあった。

 「小説や評論文の問題を解く際に、本文を『作者の気持ちになって読まないと…』などと思っている人はいませんか?はい、それは間違いでーす。作者がどう思って書いたかなんて、誰にも分かりませんよー。もっと言うと、読み手がどう思うかなんてどーでもいいことですよ。確かに文章を楽しんで読むときには、そんな読み方もありかもしれませーんけどー」
 「今、皆さんに必要なことは何でしょう?そうでーす。皆さんは受験を勝ち抜くための読み方をしなければなりませーん。皆さんがやること、それは本文の筆者ではなく、問題を作った『出題者』の立場になって本文や設問を読む、ということです。はい、ここ、今日のポイントでーす」
 なるほど!と思った。「本文の筆者ではなく、問題の制作者のこだわりがどこかを気にすればいいんだ!」と大きく納得した。以後、実力テストや模試などで現国の点数はかなり安定することとなる。


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