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中国でのコウジカビ利用に関するメモ

 Aspergillus oryzaeの中国語名としては、多少表記揺れはあるものの「米麴菌」が一般的なようだ。(簡体字では「麴」=「曲」。菌ではなくカビと言いたい場合には「霉」の字が使われる)

……在東亞的中国與日本料理中經常被用來發酵大豆來製作醬油、味噌與甜麵醬。……(中略)……也被用於糖化稻米、馬鈴薯、麥等糧食來發酵製作酒類,像是黃酒、清酒、泡盛與燒酎等等。

米麴菌 - Wikipedia(中文)

是我国传统酿造食品酱和酱油的生产菌种。

米曲霉 - 百度百科

 Wikipediaでは「黄酒」含め広範な用途で使われるものとして書かれる一方、百度百科の記述では「醤と醤油」と限定的であり、現在の大陸中国において、酒類の製造に用いるものという意識は薄いものかと感じられる。


1.酒類

上海自然科学研究所『上海自然科学研究所彙報 第1巻 第1号
 支那産「」に就て 山崎百治』(1929年)
※基本的にAspergillus属を主体とした麴は、「小麦の擂砕粒」「小麦の全粒及擂砕粒」の形態をとるものであり、コマ番号40あたりが顕著。

長西廣輔「紹興酒醸造用の酒葯及び麦に就て」(1930年)
※資料を国内に持ち帰って分析したもの。

中村靜「甘藷の酒精醗酵に就て(第6報) : 日本麹菌の澱分糖化力比較」(1930年)
※「満州産醤油麴より分離せられたるもの」「満州産高粱麴より分離せるもの」を含むAspergillus Oryzae多数の分析。

山崎百治「満洲国産高粱酒用麹類の研究(第1報) : 麹類及び其所含菌類」(1935年)
※「奉天省公署実業庁に於ては、各県に通牒して、……(中略)……、見本を提供せしめたり」

山崎百治「満洲國産高粱酒用麹類の研究(第7報) : Aspergillus屬菌類の高粱に對する醗酵化学的作用」(1935年)
※「満州国産高粱酒用麹類の最も主要なる糸状菌類はAbsidia属」とあり、紹興酒用麦曲のようにメインで利用されたものではない。

朝井勇宣ほか「リゾープス屬のアミラーゼに就て」(1942年)
※「Asp. Oryzaeのうち糖化力の勝れたるAsp. Oryzae朝鮮B」朝鮮の何かしらから分離した菌株と思われるが、それ以上を辿れていない。

金子安之ほか「麹菌による螢光物質の生産に關する研究(第2報)」(1949年)
※「山州自治博士が支那産発酵製品から分離され、御厚意により坂口に分与された黄緑色Aspergillus属かび35株」「朝鮮B」

山崎百治「東方(大東亜)産の麹類(VII)(第5編中国産麹類)」(1962年)
※紹興酒用麦曲に関して。

菅間誠之助「中国の黄麴菌によるバラ麴の酒」(1993年)
※「1957~58年、上海食品工業科学研究所ならびに浙江省軽工業庁とその所属酒廠は共同で紹興酒用草包麦曲の微生物調査を行った」「正常な麦曲ではA.oryzaeが優位を占めていた」

 1950年代以降では優良菌種の選抜と、純粋培養された菌の接種が進んだようであり、これ以後は分けて考えなければならないだろう。
 中国系のネット通販サイトでは、温州産と古田産の「黄衣曲」が販売されているのが見て取れ、「烏衣紅曲」(米の散麴であり、烏衣=黒麴、紅=紅麴)と合わせ、浙江省・福建省あたりで限定的に利用されるものと見るべきか。


2.味噌/醤油等

 酒造におけるコウジカビ利用は極めて限定的だった一方、その他の発酵食品に関しては、古来コウジカビ類が用いられてきたようだ。
 5世紀の『齊民要術』には「黃衣」という表現が出てくるが、これは「黄色のカビ」あるいは、黄色のカビを生やしたいわゆる「麴」そのものを指す。
 現代日本でも「黄麴菌」と呼ぶわけであるが、蒸した小麦粒上で成育させるという特性からも、コウジカビ類であっただろうと推測されるものだ。(このあたりは訳本「斉民要術 現存する最古の料理書」参照。またクモノスカビやケカビの類は加熱した培地上の繁殖が弱い上、黄色を呈するということもない)

 検索をかける場合は、基本となるのは「黃衣」だが、「麥䴷」とも称する。
 このほか蒸した小麦粉上に繁殖させたものは「黃蒸」であり、稻米に黃衣を生やしたものは「女麴」とある。

 ネットで参照できる日本語文献としては、
包啓安「醤と醤油の淵源とその生産技術について (2)」(1982年)

包啓安「豆鼓の源流及びその生産技術 (2)」(1984年)

が、後世の漢籍での記述にも触れており分かりやすい。

 詳細は扱わないが、

  1. 5世紀の『齊民要術』

  2. 元代の『農桑輯要』『農桑衣食撮要』『居家必用事類全集』

  3. 明代の『本草綱目』

  4. 清代の『醒園録』

を主に挙げており、製造技術の展開過程、また日本への伝播を考察しやすいかと思う。


3.まとめ

  • 酒類の製造でコウジカビ類を用いる例は存在するものの、散麴の利用はかなり珍しいことであり、地域的に限られる。東南アジア等も含め麴の主流はクモノスカビ類及びケカビ類による餅麴であり、酒造においてコウジカビ類しか用いない日本は特殊な事例と言える。

  • 一方で醤や醤油や豆鼓など、調味料の製造においては古来使われ続けてきた菌であり、「麴菌は日本にしかいない」というような記述は明確な間違いなのだろう。

  • ただその製造は基本的に空気中からの自然落下や、植物に付着している菌を移すような形で行われるものであった。

  • ネットの普及過程でおかしな風説が流布されている感はあるものの、歴史的な種麴という形態の普及や、専業のもやし屋が成立というのは他に類を見ない展開であり、国菌として定めること自体はおかしなものではないかと思う。

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