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「プログラムの写真」

「佳代さん、写真は?」


お教室に着くなり麻子先生に言われて気づいた。


まずい、今日が締切りだった。うっかりしていたわ。

おばあちゃんの入院やら何やらあって、忘れてしまっていた。


3カ月後、通っているバレエ教室の発表会がある。そのプログラムに載せる写真のことだ。


バレエの発表会というものはお金がかかる。出演料、衣装代の他に、チケットを何十枚も買わなければならなかったり。

でも麻子先生は、極力内輪でなんとかしようとしてくださる。だから他のお教室よりはかなり格安だ。


例えば今回のプログラムは、子ども生徒、由美ちゃんのお父さんの印刷所に頼み込んだ。さらに安く上げるために、写真も各自が撮ったものを提出することになった。

スマホの自撮りでもなんでもいい。髪をまとめてレオタード姿であれば。

まだ日があるから大丈夫だと思ってたのに、ああ、今日が締切だなんて……。


「アッ、今日まででしたっけ!?」


宝塚の娘役のような高い声が響いた。のぞみさんだ。

一緒に発表会に出演するのぞみさんは、上品かつ華やかな美貌の持ち主。

同じ50代後半とは思えない。


「のぞみさんも忘れてたの?」

「え、佳代さんも?」


「今、撮ってよ、お互いを」麻子先生がサバサバした口調で言う。

「チャチャッと。それを教室のLINEに送って」


のぞみさんは、言われてもうその気になって、鏡でシニヨンのまとめ具合を気にしている。


いいわよ、大丈夫。

あなたは十分綺麗よ。

もう、何もしないで。

眉もリップももう足さないで。


「どっちからする?」

「先に私が佳代さんを撮ってあげる」


のぞみさんは、いつも親切だ。

私はスマホをバッグから取り出し、のぞみさんに渡した。

ついでにカサカサした唇にリップクリームをすり込む。


「じゃあ、佳代さん、そこに立ってみて」


私のスマホを構えるのぞみさん。ちょっと首をかしげる。何をしても麗しい。


「笑って~そう! すごくいい~、綺麗~」


いや、あなたが綺麗だから。


返されたスマホで自分の写真を確認する。


やっぱりあたしって頬がパンパン。イヤになる。

目が細い、全然開いてない。


「ね、あたしも佳代さんのスマホで撮ってくれない? 私のより色が綺麗だもの」

のぞみさんが言う。

「いいの?」

「うん」


のぞみさんは少し離れて立ち、そして微笑んだ。

どう撮っても、どうやっても、ブサイクになりようがないのよ、あなたは。

あたしは機械的にカメラのボタンを押し続けた。


「もういいんじゃなぁい?」

のぞみさんがおどけたように笑いながら言う。


撮ったのぞみさんの写真を開く。

綺麗。麗しい、どれもこれも。

あたしは、なかでもとびっきり美しいのぞみさんを、素早く2枚ほど消去した。スマホをのぞみさんに渡す。


「はい、選んで」

「ありがとう」


のぞみさんはスマホをのぞきこみ、楽しそうに選んでいる。

綺麗な人って心も綺麗だ。

素直で人を疑うことを知らない。

                       《終》


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