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SOFT BALLET『愛と平和』――破壊と創造がループする「代表作」


 ソフトバレエのスタジオ作で、万人におすすめできるものはどれか?
 オーディナリーな答えはおそらく、ふたつに絞られるだろう。アルファ時代の『愛と平和』か、ビクター時代の『INCUBATE』に。
 双方ともに作品としてのバランスが優れており、「アルファ時代の総決算」「ビクター時代の正念場」となる楽曲自体も充実した時期。「森岡:藤井」の作曲者配分も『愛と平和』では「5:6」で、『INCUBATE』では「6:5」とほぼ均一。それらの時期のシングルのカップリング曲も含めると、ともに「6:6」になる! 数学的にすばらしい(←数字に酔うヤツかよ)。
 ネットで囁かれる「初心者はインキュベでも聴いとけ」という言葉があらわすよう、『INCUBATE』は胸を張っておすすめできる傑作だが、個人的には、よりおすすめしたいのは『愛と平和』である。間違ってもデジ・ロックが暗くひねくれた『DOCUMENT』や暗黒音楽至上主義の『MILLION MIRRORS』ではない。ネット記事で「シングル『TWIST OF LOVE』が入ってるから初心者には『DOCUMENT』がおすすめ」という意見があって驚いたものだ。それはあなたの好みであってオーディナリーではないでしょうよ、と。
『FORM』は完成度が高いものの、それまでの流れを知ってこそ楽しめる側面が強い。デビュー作『EARTH BORN』はその後の進化を考えると「ソフバの雛形」として考えたほうがいいだろう。
 そんなわけで、2作に絞られるのである。オーディナリーなおすすめは。
 そして今回は『愛と平和』を強くプッシュするのです。

 とかくソフバの代表作として名が挙がる『愛と平和』。
 その後のビクター時代になると一気に音が緻密になるため、ここまでが「ポップなロック」として純粋に楽しめる限界だろう。その後は「いかに音作りするか」が優先されて作曲者の発言権が強くなり、遠藤は外国の海岸でひとり弁当を食っていた印象が強すぎる。
 だからもうひとつのおすすめ『INCUBATE』も実は音数が多く緻密なので、くりかえし聴いていると疲れる。耳と脳が。そこへいくと『愛と平和』はいい意味で音に余白があり、疲れがこない。埋めるだけじゃないのよ音楽は。空間が必要なのよブライアン・イーノのように。
 しかも個人的見解ではあるものの、このアルバムはソフバ唯一の「コンセプト・アルバム」だ。いやすごく個人的見解ですけどね、統一感と曲の並びがコンセプチュアルに感じられる。
 それでは、収録曲を見ていこう。
(以下、作曲は曲名末尾の「*=森岡賢」「**=藤井麻輝」。作詞は藤井麻輝が関与しているものもあるが、基本すべて遠藤遼一)


01 SAND LOWE (BEAT MIX) **
 冒頭からいきなりの暗黒世界。藤井がプログラミングした激しいビート、森岡の妖しさ全開のピアノ(ライヴだとさらに)、遠藤のエフェクトがかかった歌にドイツ語コーラスなどなど、印象的な要素がめいっぱい詰まった「思わせぶり暗黒ナンバー」。タイトルからして思わせぶりなドイツ語で「O」の上に点々ついてるもんね。文字化けとかの影響があるので自分はいつも省くけど。
 この曲を冒頭に、しかも通常ヴァージョンではなくリミックス版を配置するというセンスがいきなり脱帽。もはや逆転の発想とさえ言える。最終曲にオリジナルを配置し、サンドウィッチにすることでコンセプチュアルな構図になっているわけだ。素敵。
 しかもこのヴァージョンは次の曲へメドレー展開で終わる。アルバム冒頭からして怪しい雰囲気満載。

02 VIRTUAL WAR **
 前曲からメドレー展開で続く、ライヴ常連曲にして藤井楽曲の代表的存在。湾岸戦争に触発された曲ということで、思わせぶりな歌詞や世界観にその影響が強く見られる。ソリッドなギター・リフに強烈なビート、遠藤の「NAME OF THE DEAD」という猛々しいヴォーカル。おっと森岡を感じない(笑)。
 このアルバムのキィとなる要素のひとつが「独裁者(Dictator)」で、そのワードはこの曲にも含まれている。この時期のS.E.として制作された曲のひとつに「DICTATOR」というインストもあり、中世浪漫的な響きながら根底に怖さを持っている。閑話休題。
 さてこの曲、初回限定付属CDにはリミックスが収録され、ハウス・サウンドになっている。それをさらにリミックスしたダブ・ヴァージョンやオリジナルに基づいた英語ヴァージョンもあり、その後編集盤やベスト盤にも収録された。しかし中間部のゾクゾクするバストラ連打はオリジナル版だからこそ味わえるもの。

03 EGO DANCE (EXTENDED VERSION) *
 アルバムの先行シングル。今まで陽気でポップで肯定的な楽曲ばかりだった森岡が、藤井に影響を受けて「退廃的なポップ・ソング」を編み出した傑作曲。この曲でNHK『POP JAM』に登場し、森岡がスプリングをビヨンビヨンさせて踊りまくって翌日のクラスで話題になったのは伝説である(と、別項で触れましたね)。
 戦争を描いた曲に続いていることもあり、歌詞にも「NEUCLEAR」「UNDER THE WEAPON」といったフレーズが目立つ。しかし楽曲自体はダンサブルで、しかもシングルの冒頭と中間部を拡張したこのヴァージョンはいっそう耳につく。このヴァージョンを味わうと、シングル・ヴァージョンが実にスッキリしていて味気ない。なお、中間部の「あであでわでわでりそりそ」みたいなエコー処理になっている部分は、ライヴではきちんと歌われてます。
 PVも謎で、90年代らしいエフェクト満載の映像で遠藤と森岡が舞い踊る一方、核兵器でゴジラになった藤井が暴れて中間部ではバレエを踊る。シュールかつ意味不明ですばらしい。映像のタイム感だけはバッチリ。

04 OBSESSION **
 やっと落ち着いたナンバーへ。この頃の藤井が得意とした「ひねくれアルバム曲」で、森岡のような黄金の「Aメロ+Bメロ+サビ+Cメロ」などは作らない。ニルヴァーナよろしく「ヴァース・コーラス・ヴァース」である。うむむ。
 怪しげな打ち込みから印象的なシンセ・フレーズ、「BEAUTY AND BEAST」などと歌われる独特の世界観。「アレタソノミヲカンジナガラ」ってなんやねん。こうした「盛り上がりそうで盛り上げすぎない曲」は藤井の得意技で、黄金ポップ職人の森岡が真似してもうまくできない。なのにとっても耳に残る。ライヴではあまりやらなかったようだけど、いいと思うぞ。それこそデペッシュ・モードみたいな世界観で。

05 LAST FLOWER *
「ピアノ作品を作りたかった」森岡の思いが強く出た楽曲。ピアノを軸として各種効果音やストリングスが乗り、感動的な響きとなっている。のちにほとんどピアノ演奏だけのヴァージョンも出たけど、このアルバム版はやはり強い。しかも全曲箱『INDEX - SOFT BALLET 89/95』での藤井によるリマスタリングが、完璧なまでに美しい。
 遠藤が囁く、すべてが終わったあとの世界を描くような歌詞が印象的で、まるで核戦争後の世界に咲いた最後の花を愛でるような、切なく哀しくしかし美しい世界観。アルバムとしてもこれが終盤ではなく中間部に入ることで、息継ぎすることができる。

06 AMERICA *
 えーと、はっきり言いましょう。デペッシュ・モードの「パーソナル・ジーザス」です(笑)
 というぐらいギターの響きというかリズムなどが酷似しているわけだが、それこそデペの「ドント・レット・ミー・ダウン・アンド・ダウン」を「EARTH BORN」に転化してしまったように、しっかりとソフバの曲になっている。強者(アメリカ)と弱者(日本)を描いているのは、デペの「マスター・アンド・サーヴァント」にも通じる。手首で血と血をかわして服従する、という表現なんかも。
 ゆったりめのビートながらダンサブルで、横ノリのナンバーとして盛り上がる。これもリミックスが多く存在。初回盤付属CDのリミックスやオムニバス盤に収録されたダブなど多くのヴァージョンがあり、ライヴでは中間部を中心に極端に拡張されて倍近くにエクステンドしたことも。

07 FINAL *
 思わずディスコかと言いたくなるイントロだが、打ち込みやビートなどの各音が重なっていってガゼン盛り上がる。シンセ・サウンドのビートが強く、いかにも「印象的なメイン・リフ一発の森岡」が具現化した良曲。ライヴではシンセ音が変化して打撃音が加わったり変化するが、とかくパーカッシヴな『ARIAKE COLOSSEUM』の演奏はシビレます。
 歌詞としては「Love and PEACE」を歌う中核曲。それが「FINAL(究極)」というわけか。
 のちにシングル・カットされ、前奏や中間部を短縮して音をシンプルにして嬌声のような効果音を付随、スピードをやや早めて完奏で終わる7インチ・ヴァージョンが制作された。てんで売れなかったが、その「石像の上を雲が流れるだけのPV(たまにカラス出る)」はファンの間でも永遠の謎として伝説になっている。

08 OPTIMAL PERSONA **
 しかし、その『FINAL』もこの曲あってこそ。盛り上がりまくったあとに抜けるような「スッ、タン!」ビートの退廃的ナンバー。この曲が続くことで総合的に『FINAL』は輝く。そして逆も然り。
 毎度の藤井流「盛り上がらせない、ヴァース・コーラス・ヴァース」なわけだが、気がおかしくなったようなズレ気味のピアノや展開も秀逸。これがないまま次曲へ続くと美しいが、味気ない。ていうかこんなヘンテコな曲が書ける藤井の脳味噌がどうなっているのか知りたい。

09 TANGO IN EDEN *
 転じて、森岡節が静かに炸裂したナンバー。遠藤の伸びやかなヴォーカルが活きており、ポップだがマイナー、得も言われぬ哀しさに満ちている。きっと「エデン」は楽園じゃなく、滅びた世界に続くものなのだろうなぁ、などと思わせる。あ、別に曲自体はタンゴじゃないっす。
 エデンにハデスという単語が印象的だが、きっと現世への「贖罪」なんでしょうね。閻魔大王よろしく冥界の王ハデスに裁きを受けているのかも。さぁ、帰ろう。

10 TEXTURE **
 と、続くのはいきなり沖縄民謡とガムランがケンカしたような奇妙な曲。「いよぉ~っ(カン!)はっ」という歌舞伎のような響きまで含まれている。こんなムチャクチャなようでいてしっかりまとまっている曲を書く、藤井のセンスがすごすぎる。
 実はこれが、アルバムで最後に行き着いた「楽園」なのじゃないかな。エデンにて「我朽チヌ」の先にある世界。天国と地獄のどっちに行くか裁きにあって、天国はこっち。地獄は次の曲。と考えれば実質的な最終曲ということも納得できる。

11 SAND LOWE **
 で、こっちが「地獄」。アルバム導入曲のオリジナル版で、哀しげなピアノとストリングスを軸とした静かでうら淋しいヴァージョンになっている。勘違いしてしまうそうだが、これにビートやシンセ音を追加したのが冒頭曲。こっちは引き算ではなくあっちが足し算なのだよ。
 この曲がここに入ることで、このアルバムはトータル感を一気に出す。「TEXTURE」で終わってもいいが、やはりこの曲が最後に必要。ふりだしと結末は同じ、というわけだ。それこそ核戦争後に世界が滅んでもまた人間が誕生して同じことをくりかえす……とでも言いたげに。破壊と創造、誕生と死滅がループするのです。それこそ永久に。だからこその「現世地獄」!(妄想過多)
 ピアノだけだと淋しすぎる「LAST FLOWER」と違い、この曲はどっちのヴァージョンが好みかという話になるでしょうね。

C/W BLOOD **
 さて、シングルのカップリングにアルバム未収録曲が入っている。しかもこれはちゃんとした歌入りだ。
「ESCAPE」が失敗してから「もう売れ線の曲は書かない」と宣言した藤井だが、この曲のように「ひねくれポップ」を書く腕は確かなもの。音色が華やかなので森岡作曲家と勘違いしそうになるが、音作りの緻密さやメロディに頼らない構成は明らかに藤井だ。
「輝かしい歴史は血でできている」という旨の歌詞は、本作のキィとなるワード「独裁者」にもリンクする。たしかにアルバムの流れには組み込みづらく、シングルと編集盤でしか聴けないものの、ファン必聴の裏名曲と言えそう。

C/W NECRON
 この時期、藤井はよく短めのインストを書いていた。先に触れた「DICTATOR」はライヴ映像ソフトの導入S.E.となり、唯一のライヴ盤『Reiz [raits]』でもイントロとエンディングに藤井のインストを配置している。この曲も同様でS.E.として書かれたと思われるが、なんとアルバムのCMに使われるという光栄な使用方法になった。って収録されてないんですが、アルバムには。
 暗いマーチング・ドラムのようなビートを軸として不穏なシンセ、効果音、それに強い打撃音が加わった「THE フジマキ」な楽曲。短いものの印象的でクセになる。
 仮にアルバムで2ヴァージョンの「SAND LOWE」を1曲として考えても、このインストを追加すればやはり作曲者比率は「6:6」になる。おお(←まだ言うか)。


……と。
 文中にサラサラ書いていたけども、このアルバムには「展開」が見える。それこそ破壊と創造という相反する要素で構成された世界観。それ即ちソフバの音楽性でもあるし、主題となっている「LOVE and PEACE」だって実はイコールじゃなくて正反対なのかもしれない。ぬぬ、深い(勝手な妄想だが)。

「砂のライオン=戦車」で世界は悲劇に染まり、独裁者の指示により「コンピュータを通しての戦争」がおこなわれる。本人不在のまま。
「自我剥き出しの踊り」はさながら核兵器。「憑依」されたように世界は破滅へのめり込み、「最後の花」さえ枯れ伏してしまう。
「強国への隷属」によって「愛と平和という究極」が与えられ、「最適な人格」を選んで行動する。
「贖罪のタンゴ」を踊り、冥界王ハデスの裁きにより「楽園」か「地獄」に導かれる。
 そして世界は、創造と破滅、誕生と死滅をくりかえす……。

 どうだ。
 そんなシナリオ、どうでしょう。
 そんな展開が、くりかえし聴いて音と言葉を感じていると夢想されるのだよ。この一貫した世界観、これこそが『愛と平和』がソフバ代表作たり得る要因なのだよ。
 なんて小難しいことを考えなくても、楽曲が粒よりでどれも魅力的。初期のエレクトリック・ボディ・ビートから後期のノイズ・インダストリアル路線に至る中間部、その「結晶」を感じる。
 言わば「ポップでロックなソフバの最終作にして究極」だったと思うのだ、『愛と平和』は。
 決して愛とか平和とか気軽に語らない3人組だけども、だからこそのメッセージを感じるのかもしれない。宇宙と仮面と破壊の3人組からの。
 一時期は廃盤尽くしでファンしか聴けなかったソフバだけども、今やYouTubeにゴロゴロあるし、念願のリマスタ再発も実現。さらには結成30周年の再評価から限定LPも出たし音楽定額サーヴィスでも聴けるようになった。
 さぁ、あなたも聴いてみよう。創造と破滅の音楽を。

 おしまいに、蛇足。
 僕はあまりにソフバが好きすぎて、曲を何度も聴くと「こうだったらいいのになぁ」と感じる部分が多いのです。いやスタジオだとフェイド・アウトなのにライヴだと完奏なんだよな、とかリミックスのこの部分だけスタジオに追加できればいいのにな、とか。
 そこで、フリー・ソフトを使って「ほぼ全曲を勝手にリミックス」してしまいました。スタジオ音源を軸として、他のヴァージョンや他の曲で不足に感じる部分を補う、と。
 全曲をやってしまったのでもう偏執的でしかないんですが(笑)そうやって「自分の中の完成形」を勝手に作るぐらい聴き込んでもやはり、このアルバムは随一です。かしこ。

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