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句読点や改行が雨で流される世界

明日の降水確率が100%だったとして家から出なければ雨に濡れない確率はほぼ100%なのに、夕方シャワーで身体を濡らしてしまうことでタオルで全身の水気を拭き取らなければならない日々を皆さんいかがお過ごしでしょうか。

さらにわずかな可能性として、雨がご家庭のガラスや天井からしみだしてきたとしてもその水滴が身体にヒットする確率は天文学的な低さなのにも関わらず一日のリセットと引き換えに全身を濡らして乾かす行為をしなければならない生活を送らなければなりませんが。

いや待てよ、全身が濡れるということに抵抗があるのではなく濡れた後に身体がすぐ拭けないというシチュエーションを想像することでの雨への抵抗感を持っていたとすれば道端や電車や会社や近所のカレー屋やクリーニング屋にフリータオルなるものが必要人数分設置されているならば雨の日の外出もあまり苦にはならないかもしれないけれどタオルを洗浄する立場の人の身にもなってみるとしたら一人一人が公平に雨に濡れている世界のほうが平穏なのかもしれない。

そもそも傘が有史以来に進化を遂げていないのがいけないという声も聞こえてくるけれど、最初に雨に濡れることにストレスを感じた人たちと傘で雨を防げたことによる達成感でアドレナリンを最初に放出した人たちの遺伝子情報がこんなにも強くなければ傘というもの自体が必要のない生き物として21世紀の人類をやれていた可能性を検討してみても3秒後に外へ出てみることで実際に降りかかってくる雨、実感として降りかかってくる濡れて拭けないことによる不快感は心の一番手前にいることを改めて認識するから諦めて有史以来完成形としての傘を開いてみるけれど足元や傘じゃないサイドの半身から雨に濡らされてしまうんだ。

今はどんどん強くなっているこの雨が止んだら下流に流された句読点の救出作業に出発する時間に乗る電車のチケットを予約して今日は乾いた布団で早めに寝て終わりのある夢を見ることを願いながら眠りについたほうが良さそう。

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