蠍座の男

亡き父は昭和一桁生まれの無口な男だった。
母とは見合い結婚。
母は五人姉妹の三女、陽気なおしゃべりで、
女子校育ちのせいなのかなんなのか天然なところがあった。

母の姉妹は母以外はみな祖母に似て
ひき目かぎ鼻うりざね顔、いわゆる「日本美人」でキツネ顔
母だけがどんぐりまなこの丸顔でタヌキ顔
そのため「お前だけが不器量」と言われ続けて育ったらしい。

見合いするときも
「お前は不器量なんだから相手が承諾したら結婚しろ、後もつかえている」
流れ作業のように嫁に出されたらしい。

でも私は(目が大きい母の方がかわいいけどなぁ?)と思っていた。

それにコロコロした体格を「でぶ」「恥ずかしくないの」と言われていたらしいのだが、(トランジスタグラマーというものではなかろうか)とも思っていた。

さて。

「自分は不美人」とすり込まれて育った母は
女学生時代通学電車で足を擦り付けてくる痴漢に
「あのう失礼ですがおみ足がお悪いのでしょうか?」
と訪ねて退散させたほどの天然で、
自分が男性にとって魅力があるとは露ほども思っていないので

大学時代に友人に男性を紹介されて「彼氏自慢」だと思ったとか
その他にも思い出話には(お母さん、それ、アプローチされてたのでは?)
というエピソードがぼろぼろと。
目のくりっとしたトランジスタグラマーは恋愛フラグを折りながら生きてきたらしい。

「うちは家計が苦しかったので私は働きたかったのにお父さんが『だめだ』って」
そりゃ、危なっかしいからだよ!

亡父は庭いじりが趣味で、木を植え花を植え藤棚も手作りした。
母は草むしりにせいを出し、父亡き後も庭の手入れを続けている。
高い木は剪定が難しいので植木屋に頼んだとか。

それを聞いた晩、私は夢を見た。
藤棚の下で母と植木屋が話していると
仏間の前の広縁の窓から、死んだ父がそちらをじーっと見ている…

はっ!
お父さん、妬いてる?!

夢の話はしなかったけれど、母は
「なんだかお父さんが死んだ気がしないのよねー」
という。母はそういうのにも無頓着だ。そして
「お父さんは『好きだ』とか『愛している』とか言ったことないわ。
でも『今の時代だったら俺はお前と結婚できていないかもな』って言われたことがあるわ。
そのとき、いつもと違う感じだったのよね…」

それ多分昭和一桁生まれの「アイラブユー」。
お父さーん!通じてないー!

日本人の「愛してる」は奥が深い。

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