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キャラメルと砂になった記憶

小さな手にコインを握りしめて、少年は近所の商店へと向かった。

彼にとってはそれはお菓子の財宝を求める旅。

店内に並ぶ他の物へ誘うトラップを跳ね除け、少し背伸びをして茶色い箱を手に取った。

背中が曲がった店主にコインを渡し、箱に入った甘いキャラメルを口に入れ、ウヰスキーを飲む大人のように舌先でテイスティングを何度も楽しんだ。

家の手伝いで貯めたコインは桃源郷への切符となり、やっとの思いで手に入れた財宝で、彼は小さな夢と大きな通過点を手に入れた。

頑張った過程を積み重ねれば、夢はいずれ掴むことができることを学んだ少年。

やがて大人と呼ばれるほど成長し、社会の歯車を回す側へとなった。

言いたいことが言えず、和と数字を重んじる世界に息苦しさを感じていた。

笑顔の仮面を被り、操り人形の糸が切れそうになるのを、根性を張り合わせることで均衡を保った。

結果が中々出ないことに焦りと憤りが心に染み込んでくる。

あるとき、同僚からもらった差し入れに、茶色い箱があった。

箱の中からカケラを一つ取り出し、白い包装紙を関節の少ない手で開ける。

キャラメルを口の中に入れ、舌の上で転がしていると、記憶の棚が引き出され、幼い頃に抱いた夢を呼び覚まし、懐かしさを感じた。

全てのしがらみから抜け出し、置いて来てしまった笑顔と感情が湧き出した後、焦りと憤りがどこかへ行ってしまった。

仮面と糸から解き放たれ、束の間のタイムスリップをした瞬間だった。

気がつかない内に行われる思い出の整理。

まっさらに消えるのではなく、残骸として光輝く砂となり、美化された記憶のカケラとなる。

完全に消えることはなく、ふと風が吹いた時に宙を舞い、脳裏にある棚を引き出す。

努力の積み重ねで報われることを思い出し、結果は必ず出ると信じて今日も革靴を履く。

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