夜討ち、朝駆け取材は必要か?

#取材 #新聞 #記者

皆さん、一度くらいは「夜討ち、朝駆け」という単語を聞いたことがあるでしょう。文字通り取材対象者の自宅近辺で帰り際や通勤時に単独取材を仕掛ける、きちんとした媒体の記者であれば誰しもが経験したことのある取材手法です。

古典的であまりにも効率の悪いこの取材手法ですが、現代でも変わらず行われています。なぜこのような取材手法が必要なのかというと、極秘情報を引き出すために「非公開で」情報源とサシになるためです。警察や検察、政治家、官僚といった機密情報を保持している組織の、(基本的には)幹部が対象になります。

通常の取材であれば、日中に当局から出されたリリースを元に、正規な形で広報担当者を相手に取材します。記者会見なんかがその例です。しかしそれでは独自の情報を掴むことができず、他社と差別化を図ることができません。そこで情報源が一人になりやすい帰宅時や出勤時を狙って取材を敢行し、独自の情報を引き出すのです。

取材対象者からすれば、疲れて帰宅したにも関わらず記者の相手をしなければならないし、真夜中に住宅地に記者が立って(もしくは車内で)待っているせいで近隣住民に迷惑をかけることにもなるしで、迷惑甚だしい行為なはずですが。。中には「いよいよ俺のところにも記者が夜回りしてくるようになったか」と自らの出世を感じて喜ぶ人もいます。

取材対象者からすれば、官公庁や警察本部といった周りに目がある場所では、いくら懇意にしている記者が相手でも独自情報なんて流せません。彼らは機密情報を漏らしてはなりませんし、もし漏らしているとバレた場合には処分の対象にすらなり得るのです。

そんな取材対象者を「守る」為にも、記者は人目の付かない場所でサシになって話を聞こうと試みるのです。中には家に来られるのを嫌がるため、夜回りには応じない代わりにメールや電話で情報を教えてくれたり、飲みに行く時だけ相手をしてくれる人もいます。十人十色、千差万別です。

相手は官公庁や警察の幹部ですから、帰宅は深夜に及ぶことも多々あります。場合によっては帰らない事もしばしば。それでも記者は、まだかまだかと何時間も待つのです。

私が警察担当だったときには、だいたい19時くらいから夜回りを始め、何軒か回った後に最後は1時くらいまで待つようにしていました。朝は人によってまちまちですが、出勤時間のわからない「初物」が相手の場合はだいたい5時くらいから待つようにしていました。

もはや待つのが記者の仕事です。しかも、何時間待っても会えないときは会えないし、会えても「話すことはない!」と拒否されることだって当たり前のようにあります。

それでもへこたれずに毎日毎日続けていれば、相手も人間です。頭の良い官僚や政治家、怖い怖い警察官であっても、「いつも熱心だな」といって連絡先を教えてもらえたり、家に上げてくれたり、ネタくれたりするようになるのです。(もちろん何度通ってもダメな人はダメですが。。)

こうした努力を重ね、機密情報を教えてくれる「ネタ元」を増やしていくことで、その記者は「優秀」とのお墨付きを貰えるのです。

このような涙ぐましい努力の末に、独自の情報を掴むことができた暁には、いわゆる「独材」という名のスクープとなって世に広まります。ようやくここで記者の努力が報われるのです。彼らの日々のたゆまぬ努力があってこそ、我々の欲しているスクープは生まれるのですね!

……という話をしたかったわけではありません(笑)

今述べた「夜討ち、朝駆け」は基本的には警察や検察、官僚、政治家なんかが対象になります。その未発表情報を手に入れるべく、何時間も何時間もかけて取材するわけですが、運良く独自の情報を掴んで「抜いた」としても、その数時間後にはだいたい当局から発表があるんですよ。

つまり極論から言えば、記者が何時間もかけて時間を使い、時にはハイヤーやタクシーを何時間も繋いで取った情報は、そんなことしなくてもいずれ世にきちんと伝わる情報なのです。人件費やハイヤー代を考えれば、無駄無駄アンド無駄。特に業績の厳しい新聞社では、最近ようやくハイヤーの使い方が見直されるようになってきましたね。

もちろん彼らのこうした努力が公権力の監視に繋がるという意見もあります。なんらかの自助努力がないと他社との差別化ができないわけで、効率は悪いけれど「夜討ち、朝駆け」に勝る取材手法が編み出されていないのも事実です。

ですが以前の記事でも書きましたが、そもそもいずれ発表される事実をたかだか数時間早く書いたところで、嬉しいのはその記者だけです。読者はこれっぽっちも求めていません。そんなことに人や金を割くくらいなら、調査報道やオンラインでの収益化にリソースを割いた方が賢いのは明確でしょう。

「働き方改革」が叫ばれて久しいですから、記者にとっての取材手法も今一度見直してみてはいかがでしょうか。会社の業績を見ていたら、いつまでもくだらない事に時間とお金を費やしている余裕なんてないことくらいわかりそうなものですがね。。

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