マガジンのカバー画像

さよならの国

8
小説です
運営しているクリエイター

2016年12月の記事一覧

さよならの国1

そのバーでは、いつもチョコレートをつまみにカルヴァドスのソーダ割りを飲むと決めていた。

マスターは小太りで坊主頭で黒縁のメガネをかけていた。50才くらいだろうか、みんなマスターと呼ぶだけで、誰も名前は知らなかった。

マスターが笑ったところを誰も見たことがないし、マスターがどこに住んでいるのか、家族がいるのかどうかも知らなかった。

開店時間も閉店時間も決まってなく、マスターが気が向いたら昼から

もっとみる

さよならの国2

港につくとすぐに船はわかった。

船は黒くて大きく、鉄で出来たクジラを思わせた。タラップを上がり甲板に立った。甲板はとても広くてテニスコートが二つは入りそうだった。そして甲板には誰もいなかった。僕はベンチに座り月のない夜空を見上げた。耳をすますと、船底の方からゴウゴウというエンジンの音が聞こえてきた。

気がつくと船は海の上をすべり始めていた。夜の海は静かで、船が海を切り裂くザザッザザッという音だ

もっとみる

さよならの国3

さよならの国に降り立った。雨はあがり、僕がいた世界と何も変わらない、普通の街並みがあった。

僕は雨で濡れた身体をどこかで暖めなくてはと思い、店を探していると『カフェ・ソリテュード』という看板が目に入った。カフェは一人でくつろぐ場所という意味だろうか、それとも孤独な人のための場所という意味だろうか、とにかく入ってみることにした。

店は思っていたよりも狭く、椅子はなくカウンターのみで、10人くらい

もっとみる

さよならの国4

街は静かだった。

舗道はしっとりと濡れていて、空気はひんやりとしているけど、風はなく僕はポケットに両手を突っ込んで歩いた。

するとほっそりとした黒猫が僕の隣を歩いているのに気がついた。黒猫はツンとすましていて気品があり、とても美人だった。

僕が「ねえ」と声をかけると、立ち止まった。「おいで」というと、そっと近寄ってきた。とても愛想が良い。

撫でてやるとすごく気持ちよさそうな表情を見せた。何

もっとみる