バー・ムーン・ビーチ 冬の待ち合わせ

今夜は冬が来店した。

私の顔を見るなり、「待ち合わせだ」と言い、カウンターの席に座った。

ずっとイライラして時計を見ている。

私が「お飲物はどういたしましょうか?」と聞くと、「俺は冬なんだ。温かいのに決まってるだろ」と答えた。

私が冬の前にヴァンショーを出すと、一口飲んで、「うまい」と言った。

「さっきからずっと時計を見ていますが、お待ち合わせの方は遅れてるんですか?」

「すごく遅れてる」

「どなたを待ってるんですか?」

「春だよ。春を待ってるんだ。ほんと、あいつはいつだって時間ぴったりに来たことないんだ。

俺がこのままここにずっといると困るやつらがいっぱいいるんだ。

世間のみんなはまさか春が遅刻常習犯だなんて知らないと思うんだ。

たぶん俺が意地を張って 、いつまでも居座り続けて、可憐な春を困らせているって想像しているんだ。

言っておくけど、桜のつぼみがピンク色になってから1週間もたっているのは一番俺が気にしているんだからな。

つくしが雪の下でずっと我慢しているのも俺はわかってるんだ。

さっきなんて北風が『もう疲れちゃったから早く家に帰らせてよ』って俺のところに文句を言いにきやがった。

あのねえ、俺のせいじゃないの。

春が遅れてるの。

あいつ、今度こそガツンと言ってやるんだ。

今度遅れたりしたら俺もう先に帰っちゃうからなって。

冬が去ってるのに春が来てない、そんな不安定な季節なんて最悪だろって」

そこに突然扉が開き春が入ってきた。

「ごめんなさい。すごく待ったでしょ。

どの服にしようかな、やっぱり明るい色の方が良いかなって悩んでたらあっと言う間に約束の時間が過ぎちゃって。

怒ってる?」

「いや。怒ってなんかないよ。そんな待ってないし。

桜やつくしや北風を困らせるのって結構楽しいんだ。

その服、春に似合ってるよ」

冬がそう答えると世界が春になった。

春はコトー・デュ・ラングドックのロゼ・ワインを注文し、「いい香り、春ですね」と言った。

#小説

お酒やバーについての僕の本です。『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』 https://goo.gl/QGdp48

bar bossaに行ってみたいと思ってくれている方に「bar bossaってこんなお店です」という文章を書きました。 

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バー・ムーン・ビーチ 冬の待ち合わせ

林伸次

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林伸次

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