見出し画像

濃い酒が飲みたい①

ドアが開きカウンターに向かいながら、
「濃いお酒が飲みたいんです」
これが彼の第一声だった。

「濃いお酒?」
僕は聞き返した。

今までウィスキーやラムや焼酎など飲んできたが、
どうも違うらしい
と教えてくれた。
そこで近所でお酒の多い店を調べ当店のHPを見つけた。
多ければ何か出会えるかもしれない。
そう思ったらしい。

濃い、と言っても味なのかアルコール度数なのか個性なのか
分からない。

HPを見られての来店だというので、当店がアイラモルトに力を
入れていることは承知しているはずだ。

それなら、アードベッグ10年を最初に試してもらおうと提案した。

度数もそこそこあり、ピートもそれなりに効いている個性の強い
ウィスキーだ。

ストレートがいい、というのでそのままお出しした。
少しずつ味を確かめるようにゆっくりと何回かグラスを傾けた。
やがて違和感なくグラスは空になった。

「もっと濃くていいかも」

という返事だった。

このアードベッグ10年はある意味辿り着くウィスキーの一つでもある。
それほど個性豊かで飲みごたえのあるウィスキーなのだが、どうやら
物足りないというのは中々の強者だ。

次はカスクストレングスという加水していない原酒を勧めてみた。
度数はおおよそ57度、アードベッグより11度も高い。
ボウモアのカスクストレングスだ。

加水していない原酒、カスクストレングス

美味しいかどうかは分からない。
けれど刺激としては良い感じだ、と。
度数が高い方が好みに近いらしい事が分かった。

その後、幾つかのカスクストレングス系のウィスキーを
飲まれた。

彼は全てストレート。
50度以上のウィスキーを複数杯飲んでも
酔っている感じは見受けられない。

初めて来店される方には、結構気を遣う。
バーは二軒目以降の位置づけ。
来店前にどれくらい飲まれているのか?
そしてどれくらい余力が残っているのか?
わからない。

当たり前だが、酩酊するまで酒を提供するつもりはない。
美味しいお酒を飲んで心地よい気分でお帰り頂くのが当店のコンセプトだ。

初来店で
「これだ」
というウィスキーは見つからなかった。
嗜好が分からない以上手探りで選ぶしかない。
けれど彼が求めている方向性がある程度明確にできたことは
店主としては嬉しい。
彼自身も今まで知らなかったアイラモルトという世界を知り
それが自分に合っているようだという事に気づいたようだ。

平日深夜の初来店で、「かなり飲まれてきたのかな」と
心配はしたが不安は楽しみに変わり充実した時間が
過ごせた事に店主として感謝の気持ちを覚えた。

酒との向き合い方は人それぞれだ。
酔っている感覚が好きで酒を飲む。
食べ物と同じように酒の味を楽しみたい。

「美味しい酒と出会いたい」
こういうお客さんが増えたらいいなぁ
と心の中でつぶやいた。

しっかりした足取りでお帰りになったので
安心して店を閉めた。



この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?