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列車が来る時間を"読む"!…「小田急線運用表サイト」の設立記

概要

 私は2012年3月の改正で大きくダイヤが変わった小田急線の車両の1日の動き(以下「運用」という。)を調査し、「小田急線運用表」というWebサイトを立ち上げ、その調査内容を幅広い読者と共有していた。現在でもサイトは存続しており、当時よりも多い閲覧者を獲得し、鉄道趣味人の間でもその存在が定着したことを実感しているところである。筆者はすでにサイトの運営から退いているが、サイト開設からじきに10年を迎えることもあり、サイト開設までの経緯や調査手法について記録しておこうと思いnoteを執筆することとした。

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(図:2012年に開設した小田急線運用表サイト。)

開設の経緯ー小田急の運用を知りたい!

「運用」への興味
 鉄道趣味者には「撮り鉄」「乗り鉄」など様々なジャンルの趣味人がいるが、多くの趣味人に共通する興味は、"目当ての列車は何時何分に来るか"である。例えば特別な装飾を施した列車や引退間際の列車など特定の車両の乗車や撮影に興味があった場合、列車が来る時間を知ることができなければ、何時間もその列車が来るまで待たなければならないし、運が悪いとその日は点検に入っており1日中来ないなんてこともある。そしてこれはおそらく鉄道趣味人に限らず、アイドルが趣味でアイドルの姿が車両にラッピングされているキャンペーンの際にその列車を追う人なんかも同じような興味を持つのではないだろうか。このように車両の動き(このページでは「運用」という。)を知りたい人は多いが、どのように知ることができるのだろうか。

小田急線の複雑な運用
 日本のすべての鉄道路線(鉄道事業法に基づき許可を受けた路線)では、ダイヤグラム(列車運行図表。鉄道事業法17条、鉄道事業法施行規則35条)を届け出ることが義務付けられており、みなさんがよく目にする時刻表のとおりに列車は運行することになる。日本の鉄道は世界と比較してもかなり厳格に列車の運行計画の策定が求められていることで知られている。それはさておき、ダイヤグラムには1日のすべての車両の動きが車庫を出発してから夜また車庫に戻るまで線に記載されている。多くの鉄道会社では、このように綿密に策定されたダイヤグラムに基づき列車が運行されている。

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(図:JR羽越線・白新線のダイヤグラム(著作権者:齋藤雄己さん、ライセンス:CC、https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:DSCF3183.JPG))

 このダイヤグラムを車両の動きの面で見ると、
運用①1日目は車庫Aから出発、小田急線を2往復したのち、車庫Bに入庫。
運用②2日目は車庫Bから出発、小田急線を3往復したのち、車庫Cに入庫。
運用③3日目は車庫cから出発、小田急線を1往復し、朝のうちに車庫Aに入庫。
例えば上記のような3日サイクルで車両が動くことが考えられる。こうして列車は往々にして、数日周期で同じ運用に入り、特定の列車として運行されることになる。

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*ダイヤグラムを把握すれば、ロマンスカーがいつ来るのかだって簡単に分かる。

 鉄道趣味者は時刻表を見たり実際にその路線に出向き、列車がどのように運用されているかを把握する。そして多くの日本の鉄道路線において、ダイヤグラムは公開されているか、調査が簡単な規模の路線であることもあり、2012年当時においてJR・私鉄問わず趣味人の間ではかなりの割合で簡単にアクセスできる運用表がネット上に公開されていた。しかし小田急線の運用は公表されているものではなく、大手民鉄の一角をなす小田急線の路線は、長距離で3つの支線に分岐しているなど規模の面でも調査のハードルは高かった。参入の障害がゆえに小田急線の運用についてネット上でアクセスできる情報は全くなく、当時は趣味人同士の間で知り合いから入手した情報を交換し合うことでしか運用の全貌を把握することはできなかった。

 多くの路線で運用表が趣味人の間で共有されているように、多くの人で情報を集めあえば、その分迅速にダイヤグラムの全貌が明らかになる。小田急線は確かにダイヤグラムを通常時に公開しているわけではないが、ネット上に公表されている情報や実地調査によりほとんどの情報は集めることができる。こうして、同じく鉄道趣味を持っている幅広い人々とその調査内容を共有するため、小田急線の運用表サイトをオープンすることを決意した。

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(図:2021年版の運用表。サイト管理者は変わったが、2012年に開設以来、10年更新が続く老舗サイトとなった。)

運用の調査

 運用表を作成し、ネットで共有することにしたが、どのように公表されていない小田急線の運用をどのように調査し、情報をまとめ上げるかが問題となる。会社から情報がもらえない以上、実際に列車がどのように運行されているかを実地調査するしかできない。しかし、規模の大きい小田急線では、一人で調査することは現実的ではない。そこで、私は、調査協力者を募り、総勢30人弱の協力者を得ることができた。こうして、ダイヤ改正から1週間程度で新たなダイヤの全貌が明らかになり、ほとんどの情報をネットに掲載することができた。社内とのつながりを持たない状況でこれほどのスピード感を持って行動できたのは、協力者の方々が地道に同じ車両がどのような動きをしているかを1日中観察してくださったおかげだと思う。心から感謝しているところだ。

 なお、当時(運用開始当初)は運転席や車掌室で乗務員が使用するダイヤグラムやスタフと呼ばれる社内文書を見るなどの手法が用いられたこともあったようだが、社内機密として扱われている情報が記載された文書を覗き見てネット上に掲載する行動は著作権法上の疑義があるし、運送約款(小田急電鉄の旅客営業規則167条)の「その他不正」に該当する可能性もあるので、現に慎むべきだと判断してその後は実施していないところだ。当時のサイトには同取材手法を推奨するような記載がまだ残ってしまっているところ、この場を借りて念を押しておく。

現在とこれから

 サイト開設から10年を経て、国民全体のデジタルリテラシーも平均的には大きく向上したところだ。鉄道会社も社内でDXが進み、Webサイトを活用した情報公開も積極的に行われている。イベント列車の運用情報を中心に子どもなどでも簡単に列車の来る時刻がわかるよう提供されているし、同様の情報提供を趣味人に対してもする場面も増えた。当サイトが先駆けとなり、今では小田急線の運用情報を収集するサイトも片手では数えきれないほどにもなった。同じ趣味を皆で楽しみ合う環境が着実に醸成されていることはとても嬉しい限りだ。

 これまで知ることが難しかった情報にアクセスできる方が増えるのは喜ばしい反面、引退する列車などの趣味者が集まる列車を中心にマナーの悪い趣味者が密な状態を作り出したり、周囲に迷惑をかけるなどの行動も見られている。運行ダイヤがこうして趣味者にもアクセスできるようになっているのは鉄道会社の方々のご配慮によるものであることをしっかりと肝に銘じて、会社の好意的な行動を萎縮させてしまうようなことは慎むべきであろう。私は鉄道運用趣味の第一線からは退いてしまったが、これからも趣味者と鉄道会社の間で良好な関係が続き、更に趣味界が発展することを切に願う。


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