JR、ついに完乗!〜私のJR乗りつぶし(0)@総武線・銚子駅

10年がかり、完乗の瞬間

 去る2021年4月、菖蒲が咲き始める季節だった。

 千葉県は銚子市、総武線、松岸駅。

 「2番線に、電車が参ります」という聞き慣れたアナウンスが聞こえてきた。成田線からの普通銚子行き、433Mだ。

 いつも通り入ってくる電車。いつも通り仕事をこなす車掌さんの動作。無機質な7人がけのシートに腰掛け、いつも通り乗客の一人にすぎない自分。

 ただ、今回は少し違う。いつも通りでない部分がある。それは、この乗車が、僕の新しい乗車として最後になると言うことだ。もう乗ったことのない路線がなくなってしまうのは、少し寂しい。 

 桜が散り新緑が色鮮やかで、鰆が旬を迎え、房総半島は1年で最も美しい季節を迎えている。

 銚子の街の、醤油工場からのジューシーな香りと、潮風が混ざった食欲をそそる空気の中を、列車は進む。松岸駅から3km、4分くらいの乗車で、電車は終点の銚子駅に着き、同時に私はJR線完乗を果たした。

 2010年8月から始めた乗り潰しは、10年と少しで幕を閉じた。

 全ての行程を終えてみると、そこにはいつもと変わらない自分がいつつ、それでも隠せない達成感に溢れる自分の感情が同居しており、こうして訪れたひとつの区切り、この日を迎えさせてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだった。

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「最後の駅」をどこにするか

 鉄道ファン(私は鉄道オタクと言う言葉も使うが、一連の記事において意味の違いはない)がJR全線乗り潰しを果たすとき、最も大事なのは「どの駅を最後の駅にするか」である。鉄道の乗り潰しは、緻密な行程の計画である。時刻表と路線図、鉛筆の3点セットをつまみに、徹夜で酒が飲める。なんのためにこんな計画を立てるかといえば、もちろん合理的な経路、少ない待ち時間で列車に乗りたかったり、タイミングよく綺麗な景色を見たいといった理由が考えられるが、最大の興味は、「この旅行を終えた後、どの路線が残るか」であり、「最後にはどの路線・駅を残すか」ということになる。20000kmの最後を飾る場所なのだから、この選定には気合が入る。これはだいたい、思い出深い駅や、日本の果てのような駅が選ばれることが多い。最初からこの駅にすると決めている人も多いだろう。私もその一人だが、思い出深い駅といったものがない私は、結構悩んだ。それでも銚子駅を最後の駅に選んだ理由は、「東京からの近さ」と、「終点ぽさ」、そして「特殊な位置関係」である。

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 まず、「東京からの近さ」。銚子駅は関東の千葉県にあり、私が拠点とする東京からは100km、2時間ほどで到達できる。晴れの日も雨の日も雪の日も昼夜問わずあらゆるJR線に乗車してきたが、最後に降り立つ駅では天気に恵まれ、ダイヤにも翻弄されないで晴れやかに迎えたいと思っていた。そうした願望があったので、最後の駅くらいはいつでも行きやすい場所である必要があった。

 次に「終点ぽさ」。多くの旅付きにとって「終点」は旅情を掻き立てる。なぜなのだろうか。この先に線路はない、どんなに足掻いても、ここで途絶えている。それがロマンであり、ロマンそのものだということなんだと思う。乗り潰しを志す鉄道ファンもそのような考えを持っている者は多く、確かに路線の中間駅を最後にすると言う方も多いとは思うが、終点の駅で旅を終えるのが心持ちとしてもスッキリすると私は思う。銚子駅はJRの駅としては行き止まりになっており(銚子電鉄という私鉄の線路がちょっとだけ続いている)、また千葉県の形を想像すると銚子には犬吠埼という全国区の知名度を誇る岬がある。チーバくんの後頭部、日本地図を眺めていてもバッチリ認識することができるだろう。これらのイメージから、銚子駅が行き止まりになっていることは容易に想起できるのではないだろうか。こうした社会通念の力も借りて、自分が「JR乗り潰し」という壮大なプロジェクトを終えた、という事実を知ってもらうことを通じ、多くの人に自分が旅好きであること、なんだかすごいことを終えたんだということをわかって欲しかったのである。

 最後、「特殊な位置関係」。銚子駅には、総武線と成田線の2つの系統の列車が乗り入れている。両線の列車はいずれも千葉駅を起点としており、佐倉で分岐した後に総武線は八街、匝瑳、旭といった都市を経る。一方の成田線は成田、佐原を経て、銚子に至る。千葉を起点に総武線と成田線は輪っかのような路線を描くわけだが、こうした2つの路線で「ループ」を描く路線を乗り潰すのにはコツがある。それぞれの路線を行って戻ってくるのではなく行きは総武線、帰りは成田線というように乗り潰しの際一気に乗ってしまうことで、無駄なく、同じ景色をもう一度見ることなく戻ってくることができる。しかし銚子は少し特殊な位置にある。総武線と成田線は、両方とも銚子駅に乗り入れているが、実は銚子駅の一駅手前、松岸駅で両線は合流する。成田線の線路名称上の正式な終点は松岸駅であり、松岸駅から銚子駅の1駅間は線路名称上は「総武本線」のみが通る。つまり、ループ状に乗車した時、この1駅だけ「乗り残す」ことになるのだ。そうすると、銚子に行く用事がない限りこの路線に乗ることはない。計画的に最後まで乗らずに取っておくには都合のいい位置にあるのが銚子駅なのだ。

これで終わりではない、鉄道の旅

 こうして銚子駅に降り立ち、JR全線完乗を果たした私だが、これからも鉄道の旅は続く。こんなことを言ってはなんだが、「JR全線完乗」などで舞い上がっているようでは、甘えでしかない。
これまで目標にしていた「JR各社の営業路線のうち、運賃計算に用いられる営業キロを持つものを計上する。」
というのは、実はとても甘っちょろい基準で、その先にもまだ乗り鉄にとって目指したい多くの目標があるので、ご紹介する。
 第1に、日本の鉄道全線乗車。日本にはJRの路線だけでなく、私鉄の路線が約10000km敷かれているので、これに全て乗車する。私はそのうち50%強乗車(2021年8月現在)している。私鉄はそれぞれ会社も走る地域も異なり、特色ある景観を呈している。JRに全て乗ったからといって、その網目のような路線網のさらに細かい部分に鉄道輸送を提供する路線がたくさん張り巡らされている。まだまだ日本には知らないものが多いのである。私鉄全線乗車を果たし、さらに日本を知っている私に早く出会いたい。日本の私鉄は並行在来線などJRの路線のような役割を担う路線と、JRで担いきれない都市内輸送・大都市間輸送を主要な役割とする純粋な私鉄路線とに分けられ、前者は県境を含めた日本全国にあり訪れにくい一方で景色が美しいなどがいい点である。後者は高頻度運行・運賃が安い一方で景色が単調・支線が多く乗り潰しにくいなどの点もあり私は敬遠しているところだ。特に名古屋・大阪圏には地下鉄や住宅街を走る私鉄路線が多く、いつか乗り潰したいもののいまいち気が乗らない日々が続いているところだ。
 第2に、「防衛戦」である。鉄道はすでに人口が減少する日本社会の中でその役割を発揮できる場所を減らしつつある。それでも、「大量・高速輸送」という特性が活かせる場所では新線建設が進んでいるところで、近年では毎年1路線が廃止され、数年に1路線が開業するといったペースである。すでにJR全線完乗を果たした私としては、新線が開業するたびに、「JR完乗」というタイトルを防衛するために、日本のどこへでも飛んで行く必要がある。直近で開業するであろう路線は、西九州新幹線、北陸新幹線、北海道新幹線。なにわ筋線、羽田空港アクセス線、新千歳空港の新線、熊本空港へのアクセス路線。少しでも多くの計画が実際に工事をする段階に移り、やがて成功裡に開業し、自分を含め多くの乗客に親しまれる路線になってほしいと切に願う。
 第3に、世界の鉄道の全線乗車である。果てしない旅になるが、ライフワークとして、少しずつ乗ってみたい。特に、世界の地下鉄めぐりはすぐにでもやり遂げたいところだ。「地下鉄」はどの国でも(それなりに)定義がはっきりしている*。訪れた都市の地下鉄を始め、世界の有名列車に一つでも多く乗ってみたいし、人に知られていない魅力を発掘してみたい。すでに旧ソ連の鉄道や中国の地下鉄、アメリカの新交通システムには乗車したことがあるが、まだまだである。マチュピチュ、ダージリン、ベルニナ、シベリア鉄道は絶対に生きているうちに乗ってみたい。

*日本の「鉄道」の定義ですら難しいのに、世界の乗り潰し対象となる「鉄道」をどう定義するかは至難の業だ。1月に1本くらいしか列車の来ない路線や、貨物列車に人が乗ってしまう路線もあるだろう。日本であれば鉄道事業法、軌道法などの法令に簡単に当たることができるが、各国の事業法を探すだけでも一苦労である。そんな中でも「地下鉄」であれば「地下」を走る鉄道だと一般的にイメージもしやすく、解釈がそれほど多義的ではない。これが「鉄道」としてしまうとそもそも鉄道とはなんなのかを考えねばならぬし、定義をしたとしてもまたその概念のキワをついてくる路線が現れることになる(といっても、世界の地下鉄にも色々あるのではあるが…)。また、多くの人が住んでいる大都市のような人口の稠密な地区でしか建設費用が回収できないこともあり、利用客も多くそれだけ情報量も多いため、事前に情報収集をして乗り潰し計画を立てることができる。さらに「urbanrail.net(英語)」には世界の地下鉄が網羅されており、これが世界の地下鉄乗り潰しのハードルを大きく下げているところだ。
http://www.urbanrail.net

乗りつぶしを記録する

さて、一連の投稿ではこれまでに乗った路線の景色や注目ポイントなどの感想や、使った切符やおすすめの乗り潰しかたなど、逐次書き足す。個人的なメモとして書き残している部分が大きいが、これを読んで旅行の参考にしてくれる方や旅行したくなる方、読むのを楽しんでくれる方がいたら、とても嬉しい。一定程度読み手の存在も想定しながら、思ったことを書いていこうと思う。

JR全線で、大体20000kmである。2文字/1kmの分量を目指し、全部で200000文字になるように書くつもりだ。すごい量になってしまうので、分量が増えてきたら、記事を分ける。その際に少しこぼれ話を追加する予定なので、一度読んでいただいた方にもまた読んでもらいたい。

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*私の全国乗り潰しマップ。当然全路線が赤く塗り潰されている。こうしてみると、大体日本の概形をしているこの地図を見れば、鉄道知識をお持ちでない方にも、僕がいろんなところに行ったんだなということをお伝えできるのではないだろうか。

現在日本の多くの路線では乗客が少なくなり、存廃について議論されている。まだなんとか、日本の形が路線網だけでわかるようになっているが、今後地方路線の廃止が進んでしまえば、いよいよよくわからなくなってしまう(北海道の北部、東部などはすでに海岸沿いの路線は廃止されてしまっており、内陸部を走る地図上で骨子のような役割1本線が消えてしまうとたちまち北海道の形を成さない路線図になるだろう。しかしそれが現実になる日が近いのもまた事実である)。

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*奈良ホテル所蔵の全国鉄道路線図(大正14年)。樺太や朝鮮、台湾の鉄道も描かれている。現在と比べると当時は幹線の整備がメインで支線に当たる路線はまだ建設が進んでいなかったため路線の密度は薄いが、稚内から船を乗り継げば樺太の路線に乗れると思うとワクワクしないか。日本の路線ネットワークの広がりにロマンを感じる。当時はヨーロッパまでの国際連絡運輸も実施されていた。新型コロナのせいで実現していないのだが、いつか絶対に、シベリア鉄道を利用してヨーロッパまで乗車したい。

乗りつぶしのルール

乗りつぶしのルールは、人によって様々である。私は以下のようなルールで乗車することにした(主として、「乗りつぶしオンライン」さんのルールを準用。記録サービスとして乗りつぶしオンラインを使用していたため。)

○乗車対象路線
(乗りつぶしオンラインより)
JTB時刻表と同じ基準。
・JR各社の営業路線のうち、運賃計算に用いられる営業キロを持つものを計上する。定期列車の運転がない区間や、短絡線等は対象としない。
・新幹線と在来線とは、別々の路線として計上する。
・原則として複数路線の重複区間はないものとするが、JR発足以降に新駅が設置されたことによる重複区間がある。

○乗車
 鉄道車両により乗車対象路線を移動することを乗車とする。
 乗車の起点・終点は利用した駅・停留場の名称による。同一名称で位置の異なる複数の駅や停留場が存在する場合、いずれの箇所で乗降してもその駅で乗降したとみなす。
 軌道で、交差点の手前の停留場で降車した後に交差点を渡った先の同一名称の停留場から乗車した場合や、起終点で停留場の手前で降ろされる場合も当該停留場を含む区間に乗車したものとみなす。

○乗車日
 乗車日は、乗車対象線区を走行する列車に乗車した時点を基準とする(電車特定区間において深夜0時以降に乗車する列車においても同じ)。ただし、電車特定区間外において、その線区が未乗の乗車対象路線に含まれるときは、列車が未乗線区を走行し始めた時刻を基準とする。

どうしてこんな複雑なんだと思われるかもしれないが、かなり簡潔に整理されたルールである。またレベル感としては、乗りつぶしレギュレーションの中でも相当ハードルが低い。旅客列車が通る貨物線も対象にする人、上下線で別の路線だと判断してどちらも乗る人、景色を見ていた区間でないと乗りつぶしにカウントしない人(つまり居眠りをした場合、再度訪問しなければならない…!!)、夜間は景色が見えないのでカウントしない人…など、ストイックに乗車ライフを送られている方は数多い。

乗りつぶしの醍醐味

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 さまざまなルールを設定して、乗りつぶしが窮屈だと思われた方もいるかもしれない。趣味は楽しむもので、レギュレーションを設定してしまえば、つまらないことも出てくるーおっしゃる通り、確かにそうである。いわゆる「盲腸線」(盲腸のように本線から飛び出た支線等で、終点まで行ったら引き返さないと旅行を継続できないような路線で、終点に行っても観光地などやることのない場合もままある。)のように、半ば作業のように乗りつぶさなければならない区間がある。しかし、概ね、そのような心配は杞憂である。そもそも何かを成し遂げるときに少しは自分の気が進まないことをしなければならないし、この鉄道乗りつぶしの旅に関していえばそのような区間は夜に乗るだとか、折り返している間は寝るだとか読書するとか、旅程の組み方や気持ちの持ちようで解決できる場面が多い。それに、そのような乗っていてつまらない区間よりも圧倒的に景色が素晴らしい区間、人情味溢れる場面が見られる区間など、我々話飽きさせないコンテンツでいっぱいなのが乗りつぶしだ。

日本の鉄道は美しいーさあ、一緒に旅に出ましょう。

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