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SPUD: 頭部方向細胞の活動状態はリングアトラクターを形成する

神経回路はその集団活動によって生存に必要な事柄を表現している。個々の神経細胞の活動はノイジーで神経集団の活動は超多次元になるが、そのような生存に大切な変数を頑健に表現するためには、活動の潜在空間では低次元のマニフォールドを形成しているはずである。よって、このマニフォールドの形を明らかにすることは、神経活動に内在する変数をデコードすることにつながる。また、マニフォールド上やそこから外れたときのダイナミクスを調べることで、どの程度安定でどのような機構でそれを維持しているのかを明らかにできる。

頭部方向細胞(HDセル)は外界に対する自身の向いている方向を外界や内在する手がかりから計算し、表現する神経細胞群である。これらの細胞は動物内部のコンパスのような働きを持ち、ナビゲーション行動に重要であると考えられている。頭部方向は1次元の円状の変数であり、トポロジカルにリングと等価であるため、理論的に、HDセルの神経回路は高次元の集団活動空間において1次元のリングアトラクターを形成することで、安定に頭部方向を表象しているのではないか、ということが提唱されていた。

この理論モデルからは、以下の2つのことが予測される。

  1. 高次元空間でリングから外れるような方向への攪乱が神経集団に加わった際には、リング方向へ押し戻すようなダイナミクスが働き、安定な表象を維持しようとする。

  2. 神経回路への入力は過去の状態に加算され、過去の状態依存的にリング状を遷移していく。

実際に、ショウジョウバエにおいてはHDセルが解剖学的にリング状の構造をしており、活動は1次元リングアトラクターとして記述できることが示されている。哺乳類にはそのような解剖学的構造は見られないものの、本論文では、トポロジーに基づくデータ解析(SPUD)を用いた活動状態の潜在空間可視化を行うと1次元のリング状になり、アトラクターとしてのダイナミクスがみられることを示している。

Chaudhuri, Rishidev, et al. "The intrinsic attractor manifold and population dynamics of a canonical cognitive circuit across waking and sleep." Nature neuroscience 22.9 (2019): 1512-1520.

図は以下のbioRxiv版より転載。
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/516021v1.full


Results

図1では、神経細胞の集団活動をマニフォールドとして扱い、パーシステントホモロジーを用いてその形を定量化する方法である、SPUDを説明している。位相空間での図形の形は、トポロジー(位相幾何学)に基づき抽象的に特徴づけられる。トポロジーでは、点同士がどのようにつながっているかを考え、伸ばしたり縮めたりして変形できる2つの図形は同じ(同相)であるとする。例えば、マニフォールドを特徴づける代表的な位相不変量としてベッチ数が知られている。ベッチ数0はつながっている連結成分の数を、ベッチ数1は1次元の穴の数を、ベッチ数2は2次元の穴(空洞)の数を表現している。球とドーナツ形状(トーラス)は連結成分と空洞の数はどちらも1つだが、1次元の穴の数が0個と2個で異なっているため、トポロジー的に異なる図形であるとされる。逆に、これらが同じであれば一見異なるように見える図形もトポロジー的には同じであり、マグカップとドーナツは同じであるとされる。

さらに、パーシステントホモロジーは、図形のトポロジー的な特徴を本質的な部分とノイズに由来する部分に分離するために提案された。図形上の各点に同じ半径の円盤を置き、膨らませていくことを考える(図1B)。すると、ばらばらの点がつながり、トポロジカルな構造が作り出されていくが、その際のリングの生成と消滅を記録する。個々のリングの生成と消滅時の半径を記録したものがバーコードであり、これは入力データの微小な変化に対して安定であることが数学的に証明されている。ここでは黄色いリングは円盤の半径を変化させても広い範囲で維持されており、この図形のベッチ数1が安定的に1であることを示している。

出典:https://www.biorxiv.org/content/10.1101/516021v1.full
本文図1Cに対応

実験で得られた神経活動データは、それぞれの時刻で個々の神経の数次元の中の一つの点として表現でき、全体として状態空間の中のポイントクラウドを形成する(図1A)。ここにパーシステントホモロジーから求められたトポロジーと一致するようにスプライン(区分多項式)をフィットさせる(図1D)。続いて、区分多項式上の各点を潜在変数に対応させる(図1E)。新たな点が与えられると、その点がこの区分多項式のどの点に対応するかによって、潜在変数を教師なしでデコーディングする(図1F)。パーシステントホモロジーから求められたこのトポロジーは安定であるため、ここで求めた潜在変数は神経集団が一貫して表現している値であり、何らかの機能的意義があることが推測される。

出典:https://www.biorxiv.org/content/10.1101/516021v1.full
本文図1D-Fに対応

図2では、マニフォールド解析から、HDセルの活動状態が1次元のリングを形成することを教師なしで示した。図1で説明されている手法を用いて神経活動状態空間におけるマニフォールドのトポロジーをパーシステントホモロジーで解析すると、幅広い円盤の半径の範囲でベッチ数0が1,ベッチ数1が1,ベッチ数2が0になることが分かった(図2A,B)。これはHDセルの活動状態が1次元のリング状であることを示している(図2C-E)。また、そのリング状の位置としてデコーディングできる潜在変数が、マウスの向いている方向に対応することを明らかにした(図2F)。

出典:https://www.biorxiv.org/content/10.1101/516021v1.full
本文図2A-Eに対応
出典:https://www.biorxiv.org/content/10.1101/516021v1.full
本文図2Fに対応

図3では、HDセルの活動状態がリングアトラクターを形成することを示している。図2で示したマニフォールドが理論から予測されるように連続リングアトラクターであるならば、①高次元の神経活動は低次元の連続的な活動状態に制約される、②等しい速度の入力は潜在状態に等しい変化を生じる、③状態は自律的に生成されて安定化され、もし感覚入力が消失しても維持される、④アトラクターのため、リングから外れた状態はリングに引き戻される、などのいくつかの予測が成立するはずである(図3A)。図2の結果は、①、②を支持している。外界からの入力の絶たれたレム睡眠中の神経活動にも同様の解析を適用すると、覚醒中の神経活動同様1次元のリングを形成することが示された(図3B,C)。これは結果③を支持している。マニフォールド上とマニフォールドから外れた際のダイナミクスを比較すると、マニフォールドから外れた状態ではマニフォールド上よりも、リングへ戻る成分、リングと平行に進む成分共に純流量が大きかった(図3G-I)。この結果は④を支持している。

出典:https://www.biorxiv.org/content/10.1101/516021v1.full
本文図3に対応

図4では、ノンレム睡眠中の活動状態にはリングアトラクターがみられず、高次元であることを示している。ノンレム睡眠中のHDセルの活動に同様の解析を適用すると、1次元のリングアトラクターは形成されず、覚醒時の活動状態と一部しか重ならないことが分かった(図5F,G:黄土色がノンレム睡眠時、青色が覚醒時)。このマニフォールドは2つの潜在変数を表現しており、回転方向には覚醒時同様、頭部の方向を表現していることが推測された。一方で、中央からの放射状の方向には、ノンレム睡眠の特徴である、ゆっくりとした全体的な神経発火率が表現されていた(図4H)。

出典:https://www.biorxiv.org/content/10.1101/516021v1.full
本文図5A,Bに対応

Discussion

本論文の新規性は、HDセルのマニフォールドを対応するトポロジーの区分多項式で定量化し、ここから潜在変数のデコード、マニフォールド内外のダイナミクスの特定、理論モデルの検証を行った点にある。

トポロジー的に重要なマニフォールドは、一般的なPCAなどの次元削減手法では見逃されてしまう可能性がある。本研究のSPUDは複雑でヘテロ性の高い個々の神経細胞の活動から、行動空間と合致した解釈性の高い集団活動の低次元構造を明らかにした点で意義が大きい。他に近年の実験的技術の進歩により、多数の神経細胞を記録ができるようになったことも、マニフォールドの形状の推定を可能にした要因であると考えられる。この活動状態のマニフォールドは、神経集団が全体としてどのような情報を頑健に表象しているのか(表象するために存在しているのか)を明らかにしているという意味で、それぞれの細胞がどのような情報にチューニングしているかや、どこに投射しているか、物理的にどこに位置しているかといったことよりも、より抽象的で普遍的な知見であると主張している。

また、本論文でもディスカッションされているが、嗅内皮質に存在するグリッドセルの活動状態はトーラスを形成することが理論的に予測され、この後実際に実験データと組み合わせて見事に示されている。今後もトポロジーに基づく解析は、もう一つの主要な解析手法であるRNN等を用いた神経回路モデリングと組み合わせられ、動物の脳活動と行動を結び付ける手法として重要な役割を担うことが予想される。

参考文献

The population dynamics of a canonical cognitive circuit | bioRxiv
Neural dynamics for landmark orientation and angular path integration | Nature
Toroidal topology of population activity in grid cells | Nature
A unifying perspective on neural manifolds and circuits for cognition | Nature Reviews Neuroscience

この論文は、神経回路の活動をトポロジーに基づいた手法で解析し、特定の神経活動のマニフォールドを特定しました。特に、頭部方向細胞(HDセル)の活動が1次元のリングアトラクターを形成し、安定的に頭部方向を表現することを示しました。この研究により、神経活動の理論的モデルと実験データの結びつきが明らかになり、トポロジーに基づく解析が神経科学の重要なツールであることが示唆されました。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像の出典:https://www.nature.com/articles/s41593-019-0460-x