えぬ

神経科学と情報科学の境界領域で研究  趣味: 生命科学

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  • 情報で捉える生物学入門

    普通とは異なる観点から生物学を学んでみたい、または学びなおしてみたいという方に向けた、情報という切り口からの生物学入門記事。月一で更新。

  • 論文紹介

    神経科学、情報科学、分子生物学関連の原著論文紹介。月一で更新。

  • 生命科学系

    生命科学に関するトピックを扱った記事まとめ。

  • まとめ系

    研究や神経科学についてまとめた総説風の記事集。

  • 生物クイズ

    生物をつまらない暗記科目だと思っている人のための、生物を題材にしたパズルのようなクイズ集。月一で更新。

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生命の謎

生命の階層性、分子から行動へのつながり、個体差、そして生命とは何か? 生物学は様々なことを明らかにしてきたが、まだまだ生物には分からないことだらけで、人類の存続している期間では明らかにできないことも多々あるだろう。 数学が簡単だとは全く思わないが、そもそも人類が作り出した学問で、厳密に議論できる理論体系が出来上がっている。一方で、生物はもともとなぜか存在している(できている)もので、曖昧ゆえに科学的に検証できないことがある。すごく身近なことでも、謎にあふれているという点で

    • 情報で捉える生物学入門#1 【生物は遺伝子の乗り物である】

      僕たちは、個体の特徴を決める遺伝子を細胞内に保持していると、生物学で習う。これはもちろん正しいのだが、生物個体を中心に据えた見方を脱却し、一歩引いて考えると、遺伝子は生命誕生から現在まで、生物の生殖というプロセスを通して、形を変えながらも子孫を受け継ぎ続けていると考えることもできる。そのような地質学的な時間スケールから見れば、生物の寿命は一瞬である。その意味で、遺伝子中心の視点で見れば、生物は遺伝子が自身の情報を受け継いで(コピーして)いくために利用する、一時的な乗り物でしか

      • 創造とは何だろう?~生成AIがもたらすヒント~

        僕らはとても自分には思いつかないアイデアが具現化されると創造的なように感じる。 芸術家の描く絵はどれも素人には真似できないものだ。 しかし、一般人に描けないものであれば創造的に感じるわけではない。ノイズが一面に広がっている絵を見ても僕らは創造的だとは思わない。では、一般的な分布から外れているにもかかわらず完全なランダムでもない創造性とは何なのだろうか? 睡眠時のSWRはブラウン過程とみなせる 海馬には特定の場所で活性化する場所細胞が存在し、動物個体の場所の情報をエンコー

        • 続・ドーパミンは本当に報酬予測誤差を表現するか?~ANCCR:因果的連合学習におけるドーパミンの役割~

          アイスクリームを食べられると幸せである。また、ヒトはそれを幸せに思い、アイスクリームを食べるためにはどんな手掛かりも見逃さないように進化している。では、私たちは、どのように環境刺激(アイスクリーム屋の到来を告げるベル)と報酬(アイスクリーム)の関係性を学習するのだろうか? 一般的なモデルでは、報酬予測誤差(RPE)を用いた前向きな(将来を見越した)予測が用いられるとされる。脳における実装としては、中脳のドーパミンが得られた報酬と報酬の予測の差である報酬予測誤差を表象すること

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        • 情報で捉える生物学入門#1 【生物は遺伝子の乗り物である】

        • 創造とは何だろう?~生成AIがもたらすヒント~

        • 続・ドーパミンは本当に報酬予測誤差を表現するか?~ANCCR:因果的連合学習におけるドーパミンの役割~

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          12本
        • 生物学を斬る
          12本

        記事

          第六感~地磁気感覚は獲得可能か?~

          ヒトの五感 ヒトは視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感を感じることができる。これらの感覚入力をもとに僕らは周囲の世界を理解し、それを体験している。 しかし、他の動物に目を向けてみると、全く別のモダリティーの感覚を持つ者もいる。例えば、渡り鳥は地磁気を感知し、それをコンパスとして長距離の渡りを成功させることが知られている。 では、僕らは地磁気という感覚を手に入れることはできないのだろうか? 僕たちも地磁気情報を入力として受け取れば、それを感知することができるのだろうか? ヒ

          第六感~地磁気感覚は獲得可能か?~

          モノシナプス結合を示す3つの実験的手法

          記憶など、脳の情報の多くは、脳の配線に蓄えられていると考えられる。神経科学の研究をしていると、神経細胞が直接的に結合 (モノシナプス結合) しているかを明らかにしたい時がある。そのような場合にとられる3つの主要な方法を紹介する。 解剖学的結合を電子顕微鏡やエクスパンションマイクロスコピーを用いて可視化する。 1つ目の手法は、細胞同士を直接観察してみてつながっているかどうか調べるというもっとも単純な手法である。ただし、シナプス結合は数十ナノメートルというオーダーの世界なので

          モノシナプス結合を示す3つの実験的手法

          生物クイズ#最終回【ゲーム理論と集団遺伝学】

          問題 今、対立遺伝子A,Bがあり、遺伝子型AAの個体は攻撃性が強く(タカ型)、BBは穏やか(ハト型)、ABは中間の形質(中間型)を持つとする。これらの個体間の争いを点数化して考え、得られる点数が個体の残せる子孫の数に正比例するとする。タカ型、中間型、ハト型はこの順に争いに強く、強い型は弱い型に100%勝つ。同型同士の争いは勝率50%で、得られる得点は以下の表のよう。 この集団をメンデル集団としてタカ型、中間型、ハト型の割合が平衡状態に至った際に、遺伝子プール内の遺伝子A

          生物クイズ#最終回【ゲーム理論と集団遺伝学】

          タコの驚異のカモフラージュ~環世界とか多様体仮説とか~

          カメラが岩肌に近づいていく。ある一定距離を閾値として、岩の灰色は純白に変色し、僕たちは気づかされる。そこにタコが潜んでいたのだと。 タコの周囲に溶け込むカモフラージュ能力には圧倒される。なぜこのようなことができるのかについては、固い外骨格などの防御手段を持たないタコが捕食者から逃れるためにこの擬態システムを進化させた、ということで間違いないだろう。不思議なのはどのようにタコがカモフラージュできるかである。タコは光感受性細胞を一種類しか持たず、色のないモノクロの世界に生きてい

          タコの驚異のカモフラージュ~環世界とか多様体仮説とか~

          合成遺伝子回路による細胞分化の頑健性獲得

          私たちは多数の細胞から構成される多細胞生物である。単細胞生物は一つの細胞で生命の維持に必要なすべての機能を実装する必要があるのに対し、多細胞生物では、全身に酸素を供給する赤血球、細菌やウイルスと戦うB細胞、脳内で情報処理を行う神経細胞など特定の機能に特化するよう細胞が分化することで、生命としてより複雑で高次の機能を実現することが可能となっている。 一方で、分化しないような突然変異を起こす細胞が生じると、そのような細胞は未分化のまま増殖し続けるため、細胞の分化は脆弱性を内在し

          合成遺伝子回路による細胞分化の頑健性獲得

          相分離生物学:分子からマクロへの架け橋

          相分離 分子で説明されるミクロな現象と生物の表現型などマクロな現象のギャップをつなぐのが相分離生物学である。相分離とは、細胞内で特定の分子が集まり、その他の成分から区別される物理的な区間を指す。細胞内で異なる機能を持つ特定の環境やコンパートメントを作り出すために重要で、特定の生物学的反応の効率を高めたり、特定の反応から分子を隔離することで反応の調節を行ったりするのに用いられる。代表例として、液液相分離によるドロップレットの形成があげられる。 RNAは塩基配列の相補性を利

          相分離生物学:分子からマクロへの架け橋

          生物クイズ#11【生物学で最も美しい実験】

          問題 N¹⁵の放射性同位体を含む培地で育てた大腸菌をN¹⁴の培地に移して分裂させる実験を行った。移し替えた瞬間の世代数を0とし、それ以後の複製ではN¹⁴のみが取り込まれるものとする。以下の実験のように、密度勾配遠心分離によってN¹⁴とN¹⁵を含むDNAをもつ大腸菌は分けることができ、バンド(右図のピークの高さと幅)からその存在量の比を推定することができる。 同様の実験を異なる世代数が経過(右の列のGENERATIONSに記載されている)した大腸菌株を用いて行った時の結果

          生物クイズ#11【生物学で最も美しい実験】

          科学の目的はなんだろう?

          AIによる高次元科学の可能性 大規模言語モデルは、科学の世界でも応用され始めている。タンパク質の構造予測や化学実験の自動化などはその例である。ノーベルチューリングチャレンジは、AIにノーベル賞を取らせるような発見的科学を行わせようとするグランドチャレンジであるが、大規模言語モデルの登場によりそれも可能なのではないかと思えるようになった。AIに科学者の仕事が奪われる、といった類の話も少し現実味を帯びてきた。 大規模言語モデル等のディープラーニングの技術による科学の大きな問

          科学の目的はなんだろう?

          HyenaDNA: ゲノム配列の長距離依存関係を解明する基盤モデル

          大規模言語モデルはゲノムの言語を読み解けるのか? 2003年にヒトのゲノム配列が解読された。それはヒトDNAの配列解読競争の1つの終わりを意味したが、そのATGCの4文字の羅列が何を意味するか?というDNA配列の意味を解読する研究の始まりでもあった。そして、20年ほどたった今もその努力はDNA配列解析として続けられている。 ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLMs)は、大量の言語データを入力とし、トランスフォーマーに代表される大量のパラメーターを持つモデルを

          HyenaDNA: ゲノム配列の長距離依存関係を解明する基盤モデル

          ゲノムからDNNまで:進化はなぜうまくいく?

          進化はなぜうまくいくのか? 自然選択の理論によると、進化は環境内での適応度の高い変異を持つ個体がより多くの遺伝子を残すことで起こる。この際に、xy平面に遺伝子配列の空間をとり、縦軸に適応度をとると、生物は適応度地形を上昇するように進化していくということができる。しかし、よくよく考えてみると、なぜこのような進化がうまくいくのかは自明ではない。ゲノムの配列空間は膨大で、多数のあまり適応度の高くない局所ピークを持つと考えられる。そのようなピークに一度はまってしまうと自然選択によ

          ゲノムからDNNまで:進化はなぜうまくいく?

          生物クイズ#10【鎌状赤血球症】

          問題 鎌状赤血球貧血症は、常染色体上の遺伝子による遺伝病であり、変異型遺伝子(a)のホモの人は貧血により死亡する。ヘテロの遺伝子型(Aa)を持つ人はマラリア原虫への耐性を持つ。遺伝子Aの遺伝子頻度をP(0<P<1)とすると、AAの遺伝子型を持つ人の割合が高いほどマラリアは猛威を振るうため、Aaの遺伝子型の人の生存率は遺伝子型AAの人の2P倍とする。平衡状態に至ったときのPの値を求めよ。 答え $${P=0.75}$$ 解説 平衡状態に至ったとき、親世代の遺伝子型A

          生物クイズ#10【鎌状赤血球症】

          冬眠生物学:SFから現実へ、人工冬眠の可能性

          小説『三体』やアニメ『凪のあすから』では、ヒトが冬眠を行うことが物語のキーになっている。冬眠は困難な環境をスキップして豊かな世界で過ごす、現在治療が不可能な病気を将来の技術を用いて治すといったことを可能にする夢の技術として用いられているが、これはSFの中だけの話で現実的でないと考える人も多いだろう。 冬眠生物学 能動的に代謝と熱の発生を抑制することで消費エネルギーを削減し、普段の恒温状態から逸脱した低体温の状態を休眠と呼ぶ。寒冷や飢餓といった厳しい環境を、休眠を数ヶ月にわ

          冬眠生物学:SFから現実へ、人工冬眠の可能性