「ぼくとあすかさんのどうしようもないやり取りは『しょうが焼き』に至る」【愛の◯◯@note】

 ぼくは大学で「CM研」というサークルに所属している。ずばりCMを研究しているサークルである。具体的にどんな活動をしているかというと、全国津々浦々さまざまな企業のCMの上映会をしたり、CM雑誌を読んでCMの作りかたを勉強したり、そして実際に自分たちでもCMを制作してみたり。
 高校時代に放送系のクラブに所属していたから、「CM研」に引き込まれていくのは自然の成り行きだったのかもしれない。
 この「CM研」、他の会員が曲者(くせもの)揃いなのが悩みのタネだが。

 今日はもう講義に出席する必要がないので、サークル棟に来て、「CM研」のサークル室に入り、某CM雑誌の最新号に眼を通していた。
 3年生女子の荘口節子(そうぐち せつこ)さんが近づいてくる。なんなんだろう。イヤな予感が襲ってくる。
「羽田新入生、ちょっといいかな」
 ぼくを見下ろしつつ言ってきた。
 とりあえずぼくは、
「もうそろそろ『新入生』をくっつけるのは止(や)めにしませんか? 11月ですよ11月。ぼくはたしかに1年生ですが、11月にもなればキャンパスにもすっかり馴染み……」
「きみが作った精肉店のCMの話がしたいんだよ」
 ぼくのクレームを完全無視ッ!?
「あのCMはなかなか良かったと思うぞ~。『出来立てホヤホヤの1年生』が作ったにしては、上出来だった」
 どんどん自分勝手に喋っていく荘口さん。
 短めの少し茶色に染めた髪と、ぼくの背丈と拮抗した165センチ前後の背丈。その両方が、憎らしくなってくる。
「なんだなんだ新入生。私がせっかくホメてあげてるのに、ムスムスムスーッとしてるじゃないか」
「ぼくは、『新入生』という名前じゃありません!」
「あの精肉店の御夫婦と顔なじみになることができて、良かったな」
「荘口さぁん!!!」

× × ×

 サークル室で派手に怒鳴ってしまった。ぼくらしくもない。

 お邸(やしき)に帰ってきて、リビングのソファの背もたれにぴったりと背中を引っ付けて休んでいたのだが、
『あれれー? 利比古(としひこ)くんがタブレット端末持ってなーい。利比古くんなのに、珍しーい』
と例によってあすかさんに発見されてしまったのである。
「タブレット端末はぼくのカラダの一部ではないんですよ、あすかさん」
 ツッコミを容赦なく無視し、向かい側のソファにぽすん、と座って、
「わかったぞ~~」
「な、なにが分かったんですか」
「疲れてるんだ利比古くん」
 うぐ。
「うぐ」
「ほらぁ~~。図星のうめき声!」
「う、うるさいですねっ!!」
 ツボにズボッとはまり込んでしまったらしく、あすかさんが大爆笑する。
「利比古くんの反発のしかた、ヘンテコ」
「どこがヘンテコなんですかね」
「自分のお腹に手を当てて考えてみなよ」
「お腹? 胸ではなく?」
 依然あすかさんは、ニヤニヤ。
 あすかさんのどうしようもなさが、疲労感に加わって、
「大変なんですよ? ぼくにしたって。こうやって邸(いえ)であすかさんに攻撃されるだけでなく、大学のサークルでも女子に振り回されてるんですから」
 途端に彼女が邪(よこしま)な眼つきになった。
「ガールフレンド?」
「違います。とんでもないことを言わないでください」
「じゃあどんな女子なの」
「サークルで、厄介な先輩が」
 邪な眼つきがさらに邪になった気がした。
 背筋を冷たい汗が垂れる。
 あすかさんはなんとズボンのポケットにメモ帳を隠し持っていて、取り出したメモ帳を左手に、長テーブルに転がっていたペンを右手に持って、
「その先輩の個人情報教えてよ」
「このご時世にプライバシー保護と真逆みたいなこと言わんといてください!!
 絶叫してしまう。
 しかも、語尾がとんでもないことになってしまった。
 ぼくの「言わんといてください!!」を受けて、あすかさんは大爆笑。
 しばらく大爆笑を持続させたあと、彼女は、
「その先輩の肩を持つ気があるんだね、利比古くん」
「べ、べつに、持ちません」
「せめて身長が何センチくらいかだけでも教えてよ」
 そこ、こだわるの!?

× × ×

 翌日。
 大学に来て、その日の講義を全て受け終わったあと、前日同様サークル棟に歩いていき、前日同様「CM研」サークル室のドアを開ける。

 先に入室していた2年生女子の吉田奈菜(よしだ なな)さんが、真向かいのテーブルで文庫本を読んでいる。
 対するぼくは、PCで某企業の公式サイトにアクセスし、公式で公開しているCM映像を視聴している。
 文庫本から顔を上げた吉田さんが、トレードマークの白と緑の髪リボンを揺らして、
「なに見てんの、羽田くん」
「CMです」
「それは分かってんの。具体的にどんなCMを?」
「子供服で有名なメーカーのCMを」
「ふーん、ロリコンだったんだ」
 ば、バカっ。
「そんなわけ無いじゃないですか!??! 吉田さんはぼくに怒鳴られたいんですか!??!」
「や、もう既に怒鳴ってるわよね」
「う……」
「ナボコフもビックリだ」
「……どういう意味ですか」
「え。ナボコフの有名な小説あるでしょ、『ロリータ』っていう」
「……題名だけは」
「うん。あたしも名前だけ知ってて、読んでなーい」
「か、肩を透かさないでっ」
「テンパってるテンパってる」
 ヘイトを誘発させるような笑い顔になったかと思えば、
「公衆の面前で子供服のCMなんて見るもんじゃないわよ?」
「や、や、疚(やま)しい意図なんて、持ってませんからっ」
「腰を浮かせちゃったか」
 反撃を……。
 なんとか、反撃を……。
 腰を浮かせ、吉田さんを見下ろしたぼくは、最後のあがきで、
「よ、吉田さんは、大学生ですけどっ!!」
「?」
子供服が似合いそうなカラダですよねっ

× × ×

「あすかさん、ぼく、泣きたいキモチがあるんです」
「エッ!? エッ!? 出し抜けになに、利比古くん。学食でヘンな食べ物でも出されたの」
 ぼくから見て右斜め前のソファのあすかさんに、
「ウチの大学の学食は健全です。ヘンなメニューなんてありません」
「だったらなんで泣きたいの? お姉さんがハナシを聴いたげるよ」
「『お姉さん』は余計なヒトコトだと思いますけど」
「そーかな」
「……ぼく、今日、『CM研』のサークル室で、1つ上の女子のセンパイに」
「に??」
「ぶっ叩かれまして」
 不思議とあすかさんは冷静に、
「暴力振るわれちゃったんだね。どんなモノで叩かれたの」
 ぼくは吉田さんが殴打に使用した『モノ』を打ち明けた。
 敢えて、どんな『モノ』かは伏せておく。
「あっはっは」
 例によって慰める気など微塵も無くあすかさんは笑い出し、
「あっはっは、あっはっはっは」
と間の抜けた笑い声を止めてくれない。
「利比古くん、大学でも絶好調なんだね」
「な、なんですかそれ!? ぜ……絶好調、って」
「女の子に殴打されるのが、絶好調な証(あかし)だ」
 主観的に見ても客観的に見ても意味の分からないことを言ったかと思えば、
「殴打されたからには、理由があるんでしょ」
と、突いてくる。
「……」
 ぼくが黙るしかなくなると、
「失言したの?」
とあすかさんは。
「正解です。失言したから、叩かれて」
「どんな?」
 ぼくは起こった通りのことを説明した。
「あー、そりゃ仕方ないんじゃないの」
「……」
「ホラホラ図星だあ」
 今日のあすかさんはロングスカートを履いている。
 非常に高値で購入したロングスカートらしいがそんなことはいいとして、ぼくは、『このロングスカートのポケットにメモ帳の類(たぐい)なんて入ってるはずがない。そもそもポケットが付いてないタイプなのかもしれない』と思っていたが、甘く、
「わたしのリサーチ魂に火がついたよ。利比古くんを叩いた女子の個人情報教えてよ」
と……ロングスカートからヒョイッ、と、メモパッド&ボールペンを取り出してきたのだった……。

× × ×

「そんなにスネるんじゃないの。そんな状態があと1時間持続したら、スネ夫くんになっちゃうよ?」
 あすかさんが言う。
 ダイニング・キッチンには、ふたりきり。
 どうして今日に限ってあすかさんと『サシ』で夕食をとらなきゃならないんだ。
 明日美子(あすみこ)さんは案の定爆睡中だから、頼れないし、縋(すが)れない。
「あすかさん、『ダイニングテーブルに座ってわたしの調理を眺めててよ』って言いましたけど。ぼくにあすかさんの調理風景を見させる理由って、どういう……」
「とっておきの美味しいモノ作るからに決まってるでしょ」
「曖昧な」
「最初っから作るモノをバラしたら面白くないじゃん」
 しかし、キッチンに並べられているもので、大体の見当はつくのであった。
「豚のしょうが焼きですよね?」
「げげげげ。作る前から当てられた。なんでそんなにしょーがないの? 利比古くんって」
「ダジャレは程々にしてください」
「ダジャレ要素がどこにあったの」
「あすかさん!!」
「うわぁ」

 ジューッ……という豚肉の焼ける音が、右腕で頬杖をついたぼくの耳に届いてくる。
「じきに良い匂いがしてくるよん」
 あすかさんが言った通り、しょうが焼き固有の香ばしい匂いが鼻に届いてきた。
「元来、あなたよりわたしのほうが、お料理偏差値は上なんだから」
「また、『偏差値』だとか言ってる。懲りないですよね」
「ワセダだから」
「はい!?」
「お料理偏差値がワセダレベルだってこと」
 それは……どうなんだろうか。
「豚のしょうが焼きってさ。しょうが焼き本体のクオリティはもちろんだけど、付け合わせキャベツとの『取り合わせ』も、重要な観点になってくるんだよね」
「『取り合わせ』?」
「まだ分かんないか、利比古くんには」
 あすかさんの顔を見ないぼくに、
「やっぱり、キャベツがいかに綺麗に千切りされてるかどうかとか、その千切りキャベツがいかに豚肉本来の旨味や豚肉への味つけに馴染むかどうかとか、そういった面も『決め手』になってくるんだよ」
「あすかさんにしては分かりにくい説明じゃーないですか? もっとこう、キャベツの重要性をだれにでも納得させられるように……」
――ワセダなんだよ。
いや意味不明瞭ですよね率直に言って

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