「『ほのかちゃんパンチ』・ハッピネス」【愛の◯◯@note】

 川又ほのかさんが、ジャズミュージックやクラシックミュージックについて熱く語っている。
 意外だ。
 川又さんの熱い語りぶりが、意外だ。
 というのは、
「川又さんって、そんなに音楽のこと詳しかったですっけ?」
「えっ、ええっ。なに言うの、利比古(としひこ)くん」
 彼女はビックリして大きく眼を見開いた。
「だって。確か、『パンクロック』っていうコトバも知らなかったじゃないですか、川又さん。てっきり、音楽のことをそんなに知らないんじゃないかって思ってたんですけど」
 彼女の眼がやや険しくなり、
「パンクロックだけが音楽じゃないでしょ。もっと言うと、ロックミュージックだけが音楽じゃないでしょ? そうでしょ?」
 やや前のめりになって彼女は、
「ジャズやクラシックのことなら普通に詳しいよ、わたし。両親が好きだったし」
と言い、今度はぼくを突き放すように距離をとって、
「視野が狭いよ利比古くん。音楽っていう分野の1つの側面しか見てないんじゃん」
と言い、
「まるっきり音楽に無知とは違うから」
と、スネたような声で言って、プイッと顔を背けてしまう。

× × ×

 川又さんが怒ってしまった。
 まずいなあ。
 ケンカとは、ちょっと違う。だけどまずい状況だし、気まずい。
 プイッと顔を背けられてしまってから30分近く経っていた。
 彼女が口をきいてくれないので、タブレット端末を立ち上げて、画面と向き合うばかり。
 チラチラと怒った横顔を見たりするのだが、どうやって彼女の機嫌を直せばいいのか、全然分からなくなってくる。

 彼女の怒気(どき)に胃が痛み始める。
 どうしようもなく困ってしまっていたら、背が高くたくましいカラダつきの男性が、向こうからやって来てくれた。
 アツマさんだった……!!

「おっ、なんだあ? 痴話喧嘩でもしてんのか?」
 アツマさんが「痴話喧嘩」と言った途端に川又さんがピクッ、と反応し、急速に眉間にシワを寄せて、アツマさんの立つほうを凝視した。
『ガン見(み)』というんだろうか。そんな感じだ。
 別の意味の不穏さが産まれてきてしまっている。
「アツマさんなんで居るんですか。仕事じゃないんですか」
と殺気立った声で言う川又さん。
「仕事じゃないんだな、これが」
と余裕のアツマさん。
「休みであるんならば、なんで利比古くんのお姉さんと暮らしてるマンションじゃなくって、邸(こっち)に来てるんですか!?」
「実家だから」
「……」
「実家はおれを拒まない」
 沈黙の川又さん。
 不機嫌の矛先が完全にアツマさんへと向けられている。
「んで、結局ケンカしちゃってんの、おふたりさん」
そんなに呑気にならないでくださいよ!!
 ああ……。川又さんが、アツマさんに、キレた……。
「の、のぼせないでください川又さん」
 急にソファから立ち上がった彼女の背中に懸命に言うぼくであったが、
「利比古くんの不用意な発言とか、全部どうでもよくなった。アツマさんの態度のほうが、今は大問題」
と、ピリピリして、両手をキツく握ってしまう彼女。
「アツマさん! アツマさんって、ヘラヘラ笑ったりするの、すっごく大得意ですよねえ!!」
「一気に攻撃的になるんだもんなぁ」
「バカにしないでくださいよ」
「ま、おれにブチ切れて気が済むのなら、結果オーライか」
「結果オーライ?? わけわかんない」
「おれをサンドバッグみたいにして、利比古と和解できるのなら――」
「なんですかそれ!? 『サンドバッグ』と『和解』の因果関係、無いでしょ。それにそもそも、わたし既に利比古くんに対して怒ってなんかないし」
「怒ってるのはおれにだけ、ってことか」
 応答することなく、ずんずんアツマさんに接近していく川又さん。
 154センチの彼女は、自分よりずっと背が高いアツマさんを、粗暴な眼つきで見上げて、
「勝手に邸(こっち)に帰ってくるのはやめてください」
「実家に帰るのに勝手もなにもなかろう?」
「あるんです」
 軽ーくアツマさんは苦笑い。
 それが引き金になってしまって、
「もう我慢できない!! 『ほのかちゃんパンチ』するしかない!!!」
と絶叫しながら、右の握りこぶしにチカラを籠めていく、川又さん。
「『ほのかちゃんパンチ』~~?」
 依然としてアツマさんは、余裕のアツマさん。
「なんだそれ」
「『なんだそれ』じゃないっ、『なんだそれ』じゃないでしょーがっ。絶対『なんだそれ』じゃないんだからっ……!!!」
 そう言うと彼女は、チカラを籠めすぎた右腕を引いて、

ほのかちゃん、ぱーんち!!!

と、アツマさんのお腹のあたりに、パンチした……。

 もちろん、アツマさんは、痛くも痒くもない。
 なので、
「え、それ、パンチのつもりなの」
と拍子抜けな表情。
「れ……連打されたいってゆーんですか……」
「何回連打しても痛くないよ。きみ自身の出せるパンチの威力を、ちゃーんと見極めないと」
「も、もーいっかい……!」
「おれの話、聴いてる?」と、アツマさんは苦笑かつ微笑。
「せ、せ、セカンド……」
「お」
 握りしめすぎた右こぶしで、

セカンド、ほのかちゃん、ぱーーんち!!!!

「おーー、いたかったいたかった♫」
 
 アツマさんが……本当に……楽しそうだ。

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