「強風とネイビーブルー」【愛の◯◯@note】

 風が強い。
 横断歩道を挟んで向かい側にいる高校生の女の子ふたり組が、ばたばたする制服スカートを懸命に押さえている。
 丈が短いと大変ねー。
 わたしが中高一貫の女子校に通ってたとき、あんなにスカート丈を短くしたことなんて無かった。校則の縛りがきついわけでも無かったんだけど、みんなそんなに丈を短くしてなかったな。
 そんなことを思いつつも大学のキャンパスに近づいていく。
 ちなみに今日のわたしはスカートではない。
 よかったよかった。

 1限目が始まるまで少し時間があったので、ラウンジの自動販売機で紙コップのホットコーヒーを買って飲む。それでもまだ時間があったから、バッグに入れていた判型の小さい文学全集を取り出して少し読む。
 熱心に講義を受ける。2限目にはコマが入っていなかったので、図書館に行って静かな環境の中でアイルランドのマイナーな現代作家の小説を読み耽る。

 手作りのお弁当を食べに昼休みの学生会館のサークル室へ向かう。
 会員の男子たちのオタッキーなトークをBGMにしながらお弁当を食べる。
「よくみんなそんなに声優さんの名前を知ってるわね」
 そう言って立ち上がってサークル室をあとにしようとする。
 後輩の男の子が視界の片隅で顔を赤くしている。

 いじっちゃったな……と思いつつも自分のキャンパスに舞い戻る。
 3限目もコマは入っていなかったのだが、どこかのベンチに座ってバッグに入っている本を読みたかった。
 依然として風がびゅんびゅん吹いている。でもスカートじゃないから大丈夫。
 生協の近くで座れるところを探していると、見知った女子学生がうろうろしているのが視界に入ってきた。
 大井町侑(おおいまち ゆう)である。第二文学部の苦学生で、サークルが同じ、わたしの親友。
 ちょっと驚いちゃった。
 というのも、侑はいつもはジーンズを履いて登校してくるのに、今日に限ってスカートを履いてきていたからだ。
「おはよー、侑」
 敢えて朝の挨拶みたいな挨拶をする。
「おはよう、愛」
「早いわね。二文(にぶん)の講義はまだ始まらないでしょう」
「事務所とかに用事があったの」
「ふーん」
 彼女のスカートをしげしげと眺めてみる。
 白色。丈はそんなに短くない。だけどそんなに長くもない。
「どっどうしたの愛、わたしの下半身がそんなに気になるの」
「下半身だとか、またまたぁ」
 うろたえ気味の侑に、突風が襲いかかる。
 テンパって白スカートをぐぐぐっ、と押さえる彼女。
「災難ねえ」
「ニヤけないでよ愛っ」
「強風なのが分かってたのなら、いつも通りジーンズで良かったのに」
「毎日ご飯のおかずが同じだったら飽きるでしょう? それと同じよ」
 面白い比喩。
 でも、
「風にはくれぐれも気をつけるのよ〜」
「言われなくても分かってるわよっ!! いいわよね、愛はスカート履いてなくて」
「侑〜」
「なによ」
「今日のあなた可愛いわ」
「こ、根拠っ!!」

× × ×

 だってホントに可愛かったんだもの。
 侑は、ああいう素直じゃないところも萌えポイントよね。

「侑がキャンパスにスカートを履いて来ていたから、おちょくっちゃった」
「なんだそれ」
 わたしと向かい合ってサトイモとイカの煮物を突っついているアツマくんが、
「おちょくられた侑ちゃんが可哀想だぜ」
「楽しかったらそれでいーのよ」
「うわっ酷(ひで)ぇ」
「そんなに酷くない」
「侑ちゃんにも人並みにオシャレに興味あるんだろう? 尊重してやれよ」
「スカートも可愛かったけど、やっぱり侑の本領はジーンズよね。ジーンズでこそ、あの娘の脚の長さが本領を発揮するのよ」
「不埒な」
「女子に対する女子の観察眼に過ぎないわよ」
「それでうまいこと言ったつもりか」
 あのねえー。
「もうサトイモとイカの煮物は、あなたに食べさせない」
「突然のペナルティ!?」
 ゆっくりと箸を置いて、ゆったりと麦茶を飲むわたし。

 ふたりで協力して食器を洗ったあとで、
「ねえ。わたし、着替えてもいい?」
「どこをどう着替えんの」
 若干恥じらって、
「スカートに、履き替えたいの」
「なんで」
「新しいスカートをふたつ買ったの」
「どんな店で?」
 わたしは答えることなく、
「寝室に行って履き替えるから。絶対の絶対にのぞかないでね」
「のぞくもんか」
「あなたって、そういうとこは律儀なのよね」
「……」
「どうしたのよ。想像でもしちゃったの?」
「想像って、なにかな、愛ちゃん」
「あなたも男の子なんだから、わたしが別の部屋で着替えてたら、それなりな『想像』もしてしまうのよね」
「……しねーよ、しねーから」
「煩悩(ぼんのう)〜〜」
「おいコラ!!」

 で、寝室に入った。
 照明をつけて、スカートが吊るされているクローゼットを開ける。
 しかし迷ってしまった。
 ふたつのロングスカートの狭間で迷った。
 色も違えば柄も違う。どちらがアツマくんをよりいっそう惹きつけられるか考え続ける。そうすると焦りのようなものも生まれてくる。
 長時間迷い続けて、彼をずっと待たせるのも良くないから。とりあえず、『脚を長く見せられるのは……』という基準でもって、ネイビーブルーのほうのロングスカートを選ぶ。

× × ×

 戻ってくるなり、
「いいな、そのスカート」
と言われた。
 驚きが大きくて、
「気に入っちゃったの??」
と訊く。
「おまえにピッタリだと思うよ」
「それはもしかして、長年の観察眼で」
「そーだ。おまえをずっと観てきてるんだからな」
 動揺に嬉しさがミックスされる。
 ホメられたネイビーブルーのロングスカートで本棚に歩み寄り、ジェイムズ・ジョイスの『若き芸術家の肖像』を取り出して読もうとする。
「なんだもう『読書タイム』か」
「そうよアツマくんも本を選んで。選択の自由を許してあげる。わたしのロングスカート、ホメてくれたから……」
「なんじゃあそりゃあ。もしや愛、おまえデレてんのか?」
「……ううん」
 デレは肯定しないけど、ソファ座りの彼の間近に立って、
「あなたも立ってよ」
と促す。
 彼を立たせてから、彼のカラダに、わたしのカラダを軽く押し付ける。
 それから、右手で彼の左手をつまんで、
「どんな本を読む? 自分で選ぶ? それともわたしに選んでもらう?」
と問いつつ、火照り気味の顔をアツマくんに見抜かれないよう、カーペットに視線を落とす。

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