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メンデルスゾーンにおける低音金管楽器の移り変わり


はじめに

(「まとめ」以降が有料となっていますが、それ以前で記事はほぼ完結しています。)
先日(2021年1月17日)、バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏会において、メンデルゾーン《エリアス》にオフィクレイドで参加させていただきました。素晴らしい演奏者の皆さんの中でド緊張しましたが、同時に特にこのような時勢の中では得難い、大変幸せな時間でした。

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さて、これまでもいくつかのメンデルスゾーンの作品にピリオド楽器で参加して、ちょうどセルパンからオフィクレイド、チューバへと移り変わる19世紀の作品について色々考えることもあったので、その移り変わりをメンデルスゾーンに絞ってまとめてみます。

作品年表

メンデルスゾーンの作品の中で低音金管楽器が使われるものは限られますが、まずはそれらを作曲年(改訂年)順に書き出してみます。

1824(15歳!)  《管楽器のためのノクトゥルノ》MWVP1(38年に《序曲》に改作)
 指定楽器:イングリッシュ・バス・ホルン
1826 《序曲「夏の夜の夢」》Op. 21, MWV P 3 
 指定楽器:イングリッシュ・バス・ホルン (42年にオフィクレイドに変更)
1828 序曲《静かな海と楽しい航海》Op. 27 , MWV P 5
 指定楽器:セルパン(及びコントラファゴット)
1830 交響曲第5番 ニ短調「宗教改革」Op. 107, MWV N 15
 指定楽器:セルパン(及びコントラファゴット)
1836 《葬送行進曲》イ短調 Op. 103, MWV P 14
 指定楽器:イングリッシュ・バス・ホルン(及びコントラファゴット)
1836 《聖パウロ》 Op. 36, MWV A 14
 指定楽器:セルパン(及びコントラファゴット)
1838 《管楽のための序曲》 Op. 24
 指定楽器:イングリッシュ・バス・ホルン(及びコントラファゴット)
1842 《劇音楽「夏の夜の夢」》Op. 61, MWV M 13
 指定楽器:オフィクレイド
1846 《芸術家への祝歌》Op. 68, MWV D 6
 指定楽器:オフィクレイド、チューバ(!)
1846 《エリアス》 Op. 70, MWV A 25
 指定楽器:オフィクレイド

このほかに、1833-34年に管楽器のための行進曲があり、そこでイングリッシュ・バス・ホルンが用いられているようですが、今回は確認できませんでした。

年表を眺めてみると、
1. イングリッシュ・バス・ホルン単独のパート
2. セルパンとコントラファゴット重複のパート
3. イングリッシュ・バス・ホルンとコントラファゴット重複のパート
4. オフィクレイド単独のパート

と、大まかな変遷があることが見て取れます。2.と3. が年代的に被っている部分がありますが、ここではオーケストラ(と合唱)作品では2.が、吹奏楽作品では3.の指定がされていることが見てとれますね。コントラファゴットと重複されている場合には、同じ五線譜に記されていますが、セルパンはそのまま実音、コントラファゴットはオクターヴ下が想定されています(後述)。

イングリッシュ・バス・ホルン

耳慣れない楽器ですが、これは1799年にイギリス在住のフランス人セルパン奏者、ルイ・アレクサンドル・フリショ Louis Alexandre Frichot によって発明された楽器で、改良型セルパンと言って良い楽器です。メンデルスゾーンは1824年7月21日付の姉妹に宛てた手紙の中で、この楽器の詳細とスケッチを残してます。

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イギリスやドイツの軍楽隊で用いられたようですが、この時代には数多くの縦型セルパンが発明され(後述)、また同時期にオフィクレイドやチューバも用いられていたことから、これらの楽器がどのように分布していたかは、今後の詳しい研究が待たれます。

セルパン

説明が前後しましたが、セルパンは16世紀から19世紀にかけて用いられた低音金管楽器。文字通り、蛇のようにくねった管の形から名付けられています。

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17−18世紀に主にフランスの教会で広く用いられ、その後軍楽隊に転用、多くの派生型が生まれます。そこで前者を「教会のセルパン serpent d’église」、後者を「軍隊のセルパン serpent militaire」と区別して呼ぶこともあります。軍隊のセルパンはファゴットのように縦型に作られているものが多く見られます。

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メンデルスゾーンがセルパンを指定している曲は上の表では3曲ありますが、時代的に見るとこれは縦型の改良型セルパンを想定していたのではないかと思われます。一方で、それでは何故他の曲のようにイングリッシュ・バス・ホルンを指定しなかったのか、という疑問も生まれます。ただ単にオーケストラで用いる時はセルパン、軍楽隊(吹奏楽)で用いる時はイングリッシュ・バス・ホルンとパート名を割り振る慣習でしかなかったかもしれません。深読みになりますが、《宗教改革》や《聖パウロ》のようにキリスト教に関わる曲で、前述のように教会で広く用いられた楽器をいわば象徴的に用いるといった意味で、広くセルパンとして指定しているのではないか、といった推測も可能かもしれません。
コントラファゴットと重複されたパートで記譜されている場合、ほとんどの場合は全く同じパートを演奏して、結果的にオクターブの重複となりますが、例えば《管楽のための序曲》のように独立している場合もあります。

セルパンは古くは水牛の角や象牙、木がマウスピースの材料として用いられていましたが、この時代、特にオーケストラや吹奏楽の編成では、(経験上)金属製のマウスピースでないと音量の点から全く太刀打ちできません。

オフィクレイド

最後にオフィクレイドです。ギリシャ語由来で「鍵付きのセルパン」を意味するこの楽器は1821年にフランスのアラリ社によって特許が取得された楽器で、それまで管体は木製が主だったセルパンと異なり、ほとんどの場合銅で作られています。最低音以外はクローズド・キイ(キイを押すとトーン・ホールが開く)となっている点も特徴です。

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音域はセルパンとほぼ同じですが、より大きな音量を得ることができます。C管とB♭管が主流でした。
メンデルスゾーンは1842年に《劇音楽「夏の夜の夢」》を作曲し、その際にすでに管弦楽版のあった序曲についてはイングリッシュ・バス・ホルンからオフィクレイドに楽器指定を変更しています。この曲は最低音が下加線2本のHであることからC管を想定していたと考えられますが、《エリアス》では下加線3本のAが時折見られることから、こちらではB♭管を想定していたように思われます(ただしスコアに言及は見られません)。

音域の問題

全作品を通じて時折悩まされるのは音域の問題です。前述のようにイングリッシュ・バス・ホルン、あるいはセルパンとコントラファゴットは同じ一段のパートに書かれていますが、慣習に従う場合はセルパンのパートはバスの声部として「高すぎる」ように感じる部分がしばしば見られます。かといってコントラファゴットと同じようにオクターブ下げると、明らかに音域外の音も出てくるのです(コントラファゴットをオクターブ上げると、こちらも「問題外」の音域が出てきます)。結果的にはオクターブでユニゾンというのは正解なのかも知れませんが、例えば《ノクトゥルノ》のように曲を通じてオクターブ下で演奏可能で、尚且つそちらの方がアンサンブルのバランスが良い場合には一考の余地があるかもしれません。
興味深いのは《エリアス》のオフィクレイドパートで、こちらは明らかに楽器法の変化が見られます。《劇音楽「夏の夜の夢」》においても既にコントラファゴットを用いずにオフィクレイド単体のパートとなっていますが、今までと比較して全体的に使用音域が低く設定されています。また、従来よく見られる「3番ファゴット」としての用法から、バス・トロンボーンとの連携が多く見られ、この楽器とのユニゾン、オクターブ、またはフレーズの補強などが主な役割となってきます。ここでピンと来る方も多いかと思いますが、これはチューバによく見られる役割なんですよね。一方、セルパンパートで見られたような高音域はあまり見られなくなってきます。このような用法は例えばベルリオーズの《幻想交響曲》とは対照的です。

楽器選択の問題

それでは、実際に演奏するにあたってはどのように楽器を選択すれば良いのでしょうか?大前提としては、どう演奏するかが1番の問題であって、何を使って演奏するかは2番目以降の問題であるということかと思います。もちろんピリオド楽器で集まっているか、モダン楽器の集まりかという点はあると思いますが、「〜でなければならない」と窮屈になるくらいであれば、手持ちの楽器でのびのびやった方が全然いい、と個人的には考えています。
その上で、ピリオドの楽器を使う場合、イングリッシュ・バス・ホルンを揃えることは現時点ではとても難しい選択肢です(コピーを含め現物が希少)。次点は縦型のセルパンですが、これもまだ難しい(こちらは数年後には改善するのでは、と感じます)。消去法的にはいわゆる教会のセルパンを用いる方法ですが、中々シビアな音程が多いのでできればキイ付きだと助かると思います。そして前述のように金属製のマウスピースをどうにか用意しておくと、オーバーブローを避けて結果的に音程の助けになるのでは。客観的にはこの3つの楽器がオケ中にいるときに耳だけで聞き分けられるか、と言われると全く自信がないです。寧ろ個人の技量の差の方が大きいでしょう。
モダンの編成の場合は、音量の問題から無理にピリオドの楽器を使う必要もないと思います(敢えてチャレンジする、という選択肢も、もちろん有りです)。個人的な好みから言えば、セルパン、イングリッシュ・バス・ホルンの指定のものはユーフォニアムで演奏したものを聴いてみたい。後期の二つ、《真夏》と《エリアス》について、前者は既にF管のチューバでの演奏が定番ですし、《エリアス》はバランスの問題は所々あるかもしれませんがC管やB♭管でも充分対応可能なのでは。

まとめ

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