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#17 『時計じかけのオレンジ』は、結末が二つあった

Today's English


"Ultra-Violence" 「超暴力」

"A Clockwork Orange" 『時計じかけのオレンジ』

「超暴力」とは、アンソニー・バージェス(Anthony Burgess)が1962年に発表した『時計じかけのオレンジ』という小説に登場する言葉。


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『時計じかけのオレンジ』をご存知ですか?

「ワーナーブラザーズ」より

この画像を観ればピンとくる人もいるのではないかなと思います。映画監督スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)の有名作品ですね。1971年に公開されたのですが、名前のポップさからディズニー映画? と思う人もいるかもしれません。

しかし、安易に観るとまずいです。すこぶるまずいです。主人公アレックスらが、ウルトラバイオレンス(超暴力)という名の喧騒、強盗、暴行など、ここでは書けない暴力行為ことを繰り返します。それも楽しそうに。ケタケタと笑いながら。アレックスらにとって、誰かを犠牲にして得る快感は、この上ない喜びなのです。

なので、家族で観ることはおすすめしません。とても気まずい気持ちになると思います。当時のイギリスでも、上映禁止、鑑賞禁止などの措置がなされたそうです。性的描写や、読者が唾棄するほどの暴力描写が何度も登場しますからね……。

しかし後に映画は多くの受賞を得たおかげで、あっという間に人気になり、今でも多くの人を魅了しています。過去には小栗旬主演で舞台化もしていますし、近年ではアパレルブランドのundercover(アンダーカバー)や、お馴染みのGU(ジーユー)でもコラボ商品が発表されています。

このイギリス発祥の山高帽はアレックスのトレードマークみたいなところもあります。中途半端な暴力ではなく、行き過ぎた暴力は芸術として理解される風潮があるのかもしれません。美化してはダメですが……。

あまりにも映画化作品が人気なのですが、実際のところ、原作があります。

https://www.amazon.co.jp/時計じかけのオレンジ-完全版-ハヤカワepi文庫-ハ-1-1/dp/4151200525

小説版についても紹介しておきたいと思います。

原作(小説版)は、アンソニー・バージェスが描いた『時計じかけのオレンジ』です。

小説版は21章で成り立っています。アレックスの凄惨な暴力行為、その暴力性をオペラント条件付けによって矯正しようとする「ルドヴィコ療法」、そして実験後に苦悩するアレックス。ここまでは小説版も映画版も共通しています。具体的にいうと、1章から20章は共通しています。

しかし、映画版には21章が含まれていません。

この21章があるかないかで、作品の印象は大きく異なってしまいます。


──以下、ネタバレ有り──


この21章、個人的にはとても重要な章なんですよね……。

「ルドヴィコ療法」によって暴力性を抑え込まれたアレックス。暴力的になると、激しい吐き気と眩暈で立っていられないほどです。しかし、一度、自殺未遂を得たあとに、アレックスは元のアレックスに戻ります。

「おれは、まるっきりなおったんだ」

これは映画の最後のセリフです。つまり表面的な治療しかしない「ルドヴィコ療法」の無力さと、そう簡単には消滅させることができない暴力性のしたたかさをアレックスの回復と同時に、観客は理解するのです。

しかし小説の21章では、その後の後日談が描かれています。

大人になったアレックス。完治したおかげで、「自由意志」によって何をしても良い状態に戻ります。つまり誰かを助けてもいいし、誰かを殴ってもいい。そこに自由な意志の選択が生まれます。

ただ、大人になったアレックスは暴力をしません。暴力のやる気が起きなくなってしまいます。暴力なんてせずに、そろそろ結婚しようと思い始めます。

そう聞くと、まるで暴力は「若気の至り」のように聞こえますよね。若さゆえの不分別な行動で、大人になったらそのやんちゃさが消えて、真っ当な道を歩んでいく。

だから、スタンリー・キューブリックも21章を削除したのだと思います。悪のカリスマがすんなり大人しくなってしまったら、つまらないじゃないか。

でも、私が読んだとき、そうは思いませんでした。以下が、アレックスの最後のセリフです。

But where I itty now, O my brother, is all on my oddy knocky, where you cannot go. Tomorrow is all like sweet flowers and the turning vonny earth and the stars and the old Luna up there and your old droog Alex all on his oddy knocky seeking like a mate. And all that cal. A terrible grahzny vonny world, really, O my brothers. And so farewell from your little droog. And to all others in this story profound shooms of lip-music, brrrrr. And they can kiss my sharries. But you, O my brothers, remember sometimes thy little Alex that was. Amen. And all that cal.

「だがこれからおれの行くところは、おお兄弟たちよ、みなさんの行けない、ただおれだけがオッディ・ノッキーひとりで行くところなんだ。明日という日は美しい花いっぱいとぐるぐるまわってるくさい地球と星と空の月と、たったオッディ・ノッキーひとりで結婚相手さがしをしてるみなさんの古いドルーグともだち、アレックスだ。そしてくそくらえだ。なんてひどく汚くくさい地球なんだ、本当に、兄弟よ。それでは、みなさんのかわいいドルーグともだちからさらばだ。それからこの話の中のその他すべてのものにくちびる音楽ブルルルルのすっごいシュームそうおんを。そしておれのお尻にキスするがいい。でもみなさん、おおわが兄弟よ、たまには汝のかわいいアレックスのことを思い出してもらいたいな。アーメン。そしてくそくらえだ。」引用元→コチラ

これを読むと、幸せな結婚生活を望んでいるとは到底思えなくないですか?
彼が行く場所は、「みなさんの行けない、ただおれだけがひとりで行くところ」です。それはどこでしょう。もう、あそこしかありませんよね……。

あとはご想像にお任せします。


See You!

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