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【精鋭俳句叢書 lune(月シリーズ)(その3)】重きを軽く軽きを重く扱ふ味わいを知れ


イタリアのタバコ屋のシャッターに次元を描く(2015年頃)

■日常を非日常な瞬間に

「ちょっと火を貸してくれないか?」

男たちにとって、火を貸す行為は、挨拶みたいな場合も多い。

煙草を吸える場所の制約が増えた日本。

海外では、見知らぬ男たちから、声をかけられるのは、この「火を貸す」行為が多いように感じる。

グラスによって、ワインの味わいが変わるように。

ライターは、紳士の火付け役。

ライターの違いによる火元の違いで、もしかしたら、煙草の味わいも、変化するのかもしれない。

人間の五感とは、イメージの影響を、受けやすいものなのだろう。

■重きを軽く軽きを重く扱ふ味わいを知れ

最近の物づくりの傾向。

軽くてディスポーザルなことが優先される時代。

そうしたプロダクトが持つ清涼感は理解できる。

ただ、重厚な滑らかさをベースにした人と物との洗練した関係を結べることを、先人に学ぶに、活かすことも可能ではないか。

例えば、千利休は、「利休百首」という道歌で、

点前は、

「重きを軽く、軽きを重く扱ふ味わいを知れ」

と、道具の扱いの極意を、今に伝えている。

道具との関係に、味わいを見いだすあたりが、流石、利休の眼力ともいえる。

それを知ると、たばこへの点火という行為が、

・嗜好品本来の優雅さ

・贅沢さ

の象徴であり、エス・テー・デュポンなどの味わいのあるライターを手放すことに対して、なんだかか勿体ないな気がする。

軽佻浮薄な時代が世の趨勢ではある。

その代償として、日本人が、年間約6億本もの使い捨てライターを消費するようになった。

■煙草と短歌

「煙草の火貸して寄せ合ふ顔ありき あれは男の刹那の絆」
(春日いづみ『八月の耳』より)

■男の絆

それは、弱い己を知る者同士に芽生える、熱き連帯感。

弱さとは、腕力や、経験や、能力や、ずっと、喉に引っかかった、人生の痛み。

気持ちのすべてに、行き着く先があるわけではない。

思いのすべてに、行動が伴わないこともある。

情けなさなんて、毎日、感じた時も有り。

どんな愛も、苦しみも、悲しみも、無駄にならないとわかっていても、辛いときもある。

でも、それを、

「そういうこともあるよね」

と、優しく受け止めて、肩でも組んで、夕陽に向かって歩けば。

明日という日を、迎える自信が、湧いてきたりもする。

それでも、己の生き方を貫こうと、みたび盛り上がったときに、思い出す「うた」を持っていると、強いと思う。

また、人生という旅路の中で、誰もが、ひとり、森を彷徨ってしまうときがある。

気づいたら、道を見失ってしまうこともあれば。

敢えて、自分の道を歩もうと、森に分け入ることもある。

そして、落ち着ける自分の居場所に戻るときに、例え棘だらけの傷だけ作っていたとしても、私の心意気を携えて帰って来れたら。

そんな生き様を、人は、笑うかもしれない。

「シラノ・ド・ベルジュラック」(光文社古典新訳文庫)エドモン ロスタン(著)渡辺守章(訳)

でも、自分自身に嘘をつくことなく、自分らしく生きる様を、隣で熱く励ましてくれる友人がいたら。

そうしたら、どんな時も、誇れる自分でいられる気がしてくる。

なんとも熱き男の応援歌。

深く、深く、胸に言葉が、突き刺さる。

*****

To F. J. S.
Robert Louis Stevenson

I read, dear friend, in your dear face
Your life’s tale told with perfect grace;
The river of your life, I trace
Up the sun-chequered, devious bed
To the far-distant fountain-head.

Not one quick beat of your warm heart,
Nor thought that came to you apart,
Pleasure nor pity, love nor pain
Nor sorrow, has gone by in vain;

But as some lone, wood-wandering child
Brings home with him at evening mild
The thorns and flowers of all the wild,
From your whole life, O fair and true
Your flowers and thorns you bring with you!

*****

F. J. S.に
ロバート・ルイス・スティーヴンソン

友よ 君の表情から読み取れるよ
美しき君の人生の物語が
君の人生という川を 僕はたどり
陽の光が怪しく揺れる川底から
はるか彼方の湧き出す泉まで

君の暖かな胸の鼓動も
君の頭に浮かぶ思いも
喜びも情けなさも 愛も苦しみも
悲しみも無駄にはならないよ

ひとり森を彷徨う少年として言えるのは
穏やかな夕暮れに家にたどり着くと
野の花や棘を連れて来るものだから
君も生きてれば 君は君らしく
君の花や棘を 連れて行けばいい!

「子供の詩の庭」ロバート・ルイス・スティーヴンソン(著)池澤春菜/池澤夏樹(訳)

*****

私達は、

「ありがとう」

とか、

「ごめん」

とか、

「がんばって」

など、言葉をかけます。

しかし、その短い言葉には、さまざまな思いが込められているけど、それを、必ずしも、言葉にして、伝えるわけではありません。

ひと言じゃ思いを伝えきれないし、かと言って、手紙じゃなんだか説明的すぎるし。

何かもっと少ない言葉で、多くを感じさせるような、そんな「ことば」を書いてみたい(^^)

【精鋭俳句叢書 lune(月シリーズ)(その3)】

大石雄鬼句集『だぶだぶの服』

「夏痩せてメリーゴーランドと沈む」
◆自選十五句より
舟虫の化石にならぬため走る
螢狩してきし足を抱いて寝る
象の頭に小石の詰まる天の川
菜の花をシャドーボクサー横切れり
木下闇からだを拭けば赤くなり
胸に綿あつまつてゐる夏布団
クーラーのしたで潜水艦つくる
下半身省略されて案山子佇つ
獅子舞の心臓ふたつもて怒る
磯巾着小石あつめて眠りゐる

今瀬一博句集『誤差』

「黄砂降る一千キロも誤差のうち」
◆自選十五句より
この小さき命重たし天花粉
初泣の嬰存分に泣かせおく
夏濤に向かひ余力をはかりけり
洗顔の水を散らして新樹光
清流をくねらす西瓜冷やしけり
むらさきは争はぬ色初筑波
句点なき証書一枚卒業す
もういいと言ふ口癖や生身魂
切手貼る一滴の水麦の秋
漆?き男も鎌も古りにけり

亀割潔句集『斉唱』

「おほぞらを奏づる風や桐は実に」
◆自選十五句より
ひとりづつ樹のかげにゐる九月かな
傷癒ゆるごとしあぢさゐ芽吹けるは
束ねられ手紙古りゆく桜東風
母の日や楽譜小鳥の森のごと
雨だれを受くる水ある彼岸かな
鐘撞きし人戻り来る桜かな
手袋の手を青空に伸ばしたり
冬紅葉一生の心拍の数
てのひらに低き丘あり枯木星
階段に人があふれて夜のさくら

押野裕句集『雲の座』

「機関庫に十の機関車秋高し」
◆自選十五句より
九天より大き蜜柑の落ちにけり
父母に戦後ありけり豆の花
石段に折れ炎天のわが影は
子の尿の燦燦として山眠る
君が家へ君と歩くや夜の躑躅
桐の実や雲の座として爺ヶ岳
負鶏を蛇口の水に洗ひをり
瓜盗人カメラの死角目に測る
パソコンにばかと言ふ人枇杷の花
春月や渋谷の底に酒酌める

加藤かな文句集『家』

「朝日から鳥の出てくる寒さかな」
◆自選15句より
春の山好きなところに並べ置く
薄氷のつめたき水に囲まるる
卒業の涙を笑ひ合ひにけり
こぼすもの多くて鳥の巣は光
菜の花の前を次々明るい水
忘れてもいいことばかり春の禽
夏祭つまらぬものを買ひにけり
巻きついて昼顔の咲く別の草
夕暮のさういふ色の石榴なり
とまりたきもの見つからぬ赤とんぼ

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