疎遠、という気持ち。

年賀状だけのやり取りをしている人が何人かいる。

学校の先生とか、昔の友達とか。

友達の大半はTwitterやLINEでつながっているけど、

先生の類はさすがにいない。

よって、年1での年賀状だけの連絡を取り合う感じになっている。

それでも随分減った。

毎年10枚買えば余るくらいの人数に送るだけなのだから…。

何年か前、本当に急に、

「あんなクソな当時の奴らに私はなんでまだ年賀状を書いているんだ」と感じてしまい、

その子や先生が悪いわけでは決してないのに、

自分からその時代の人たちに年賀状を送るのをやめたことがある。

もちろん悪いのは、その時代の他の同級生や親たち。

私が年賀状をやり取りしていた子はその中でもまともな子と先生。

縁を切る必要は全くなかったはずだ。

ただ卒業してから一度も会っていないし、

この先会うこともなさそうだし、

ましてや会っても話にあがるのはあのクソな時代。

そう思ってしまって、自分から遠ざけた。

今更「お前が悪い!」なんていうつもりもないのに。


ただそんな私にも、

唯一縁を切れなかった先生がいた。

小学校6年間の中で本当に唯一“楽しかった”学年がある。

そのときの先生だけは、不思議と年賀状が書けた。

毎年送られてくる自然の写真が素敵だった。

ただここ何年か、年賀状が急に来なくなった。

理由はわからない。

人付き合いの身辺整理かもしれないし、

年齢も年齢だから“まさかな”という思いもあるし、

だからといって書かれている住所にたずねていくのもおかしいし、

“風の噂”で結論を聞くのかなぁ、なんて。


こういうのをふと、“疎遠”というのかなって感じるわけ。

もちろん私が年賀状のやりとりを切った人たちが、

「あの子急にどうしたんだろう…」と思っているかもしれないし(だったらいいなー)、

まあほら、因果応報とも言うからね…💦



あ!

年賀状に関しては、

毎年イラストをふんだんに書いていたけど、

労力の割に送る人数がいないので、

オリジナル手書きプリント年賀状はやめました!!!←



…細々と年賀状は書いてます。←



年賀状は、疎遠を疎遠とさせなくする、

ちょっといい方法なのかもしれません…。