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所有から共有の時代へ

かつては、素敵な車に乗り、立派な家に住み、高価な物に囲まれることが理想とされ、羨望の対象だった。

いや、「かつては」と言うと語弊がある。

戦後間も無く、物がない時代が長く続いた。
所有することが、貧富の差として露骨に出てしまう時代だった。

そのような時代を生きてきた世代は、所有することが目標になってきた。

しかし、高度経済成長から物が溢れだし国民総中流になると所有に大きな価値はなくなりつつある。


家を持っていても、高級車に乗っていてもかつてのステータスや賞賛は薄まりつつある。

それは今の若い人に顕著に現れだしてきている。生まれた時から物に溢れ、所有しているのが当たり前になってきた昨今、所有に特別な羨望を持たなくなってきた。

今では
カーシェアリングで車をシェアし
シェアオフィスで事務所をシェアしている。


かつては、家を買うことが男の成功だったが
家より賃貸が、さらにはシェアハウスや定額制で世界のどこでも住み放題というサービスが出てきている。


「ミニマリスト」
「必要なものしか持たない生活」

このような言葉が普及し始めてきた現代ではシェアリングエコノミーの時代になってきたといえよう。


所有に価値がないと思う世代と所有こそステータスだという世代には大きなギャップがある。

どちらが正解不正解という話ではない。


若い世代は所有することがリスクになることを肌で感じているのかもしれない。


不動産は資産と言われてきたが、かつて地価が高かった駅前の土地も徐々に地価が下がってきている。それは、在宅ワークやフリーランス、場所を選ばない働き方が増え、電車というツールが必要なくなってきている背景にある。

必ず将来売れると言われ大枚をはたき買った土地が値下がりしていると聞くと恐ろしい。


目まぐるしく変化する情勢の中で
いかに流動的に動けるかが重要である。

アドレスホッパーならぬ所定の住所を持たない人々が発現してきている所以もそこにある。



若者のもつアンテナの感度は
意外とあなどれないのかもしれない!

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