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詩31「百合迷宮」

百合が切られていた、頭の部分を全部。三十くらいは生えていたと思う、真っ白い百合。

わたしはその頃めちゃめちゃに古いアパートに住んでおり、他所の庭を眺めて歩くのが好きだった。好みなのはちょっと荒れてて草花が自由に生えている庭。みんなそんな感じだった。その家の庭はそもそも異質だった。百合だけが三十本生えている。目隠しの庭木が何本かと。

子供がたんぽぽの花を親指で飛ばしたように、花が無くなっていた。全部。声が出た。花部分は回収されているようだ、落ちていない。切り花用に切ったのなら、茎も一緒に切るはずだ。咲いたばかりだった。

全身が粟立つような思いだった。少なくとも誰かが切ったのだ。真っ直ぐ美しく伸びる百合を。花だけ。流行っている花泥棒だと短絡的に考えた。しかし花だけを持っていくだろうか。庭にわざわざ入って。

庭に面した窓は北海道に珍しく雨戸になっている。開けるときっとおばあちゃんが寝ていて、気分が良い時は雨戸を開け放って庭の百合を眺めていた。しかしおばあちゃんは夏の日に亡くなって、朴訥な息子が百合を刈った。おばあちゃんの棺に入れるため。

とか色々考えたけれど、きっと球根を残すためだったんだと今では思う。百合はカサブランカだった。信じられないけど、カサブランカは咲いたら球根のために花を落とすらしい。その家は翌年建て直してしまって庭も無くなってしまったが。

ナイフか花バサミかわからないけど、瑞々しい百合の首に刃を当てて、切り落とす。それはとてもつらいことだったろう。暑い夏。その命は繋がったのだろうか。


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