初対面の人に用もなく話しかける
先月から何度か都内に用事があり、今月は珍しくあまりひきこもらない日々が続いている。電車に揺られて1時間半ほどで東京にたどり着くのだが、ぼんやりと外の景色が片田舎から都会に様変わりしていくのを眺めているだけで案外退屈しない。
プラットホームにて10分遅れの電車を待っていると、ナイキのキャップを浅めに被り、太めのカーゴパンツを腰穿きしながら歩いている青年の姿が目に止まった。片手には有名ブランドのロゴのシールがベタベタ貼られたスケートボードを抱えている。
個人的にオシャレだなと思う人を見かけると、ついつい目で追いかけてしまうのだが、ベンチに腰掛けてスマホの画面に視線を落としている彼を眺めていると、何故か数日前に知人と「知らない人に気軽に声をかけられるようになりたいな」といった雑談を交わしたのを思い出した。
なんとなく天気が良かったからなのか、これから都内に行くという少し浮足立った気分だったからなのか、私は彼に「これからスケボーしにいくんですか?」と声をかけていた。
彼は少し戸惑った様子だったが「はい、これからちょっと滑りにいくんですよ。もしかしてスケボーする方ですか?」と愛想笑いを浮かべながらこちらに質問まで返してくれた。遠くから眺めていた時には気が付かなかったが話しかけてみると、かなり整った顔立ちをしている爽やかな好青年だという事に気が付く。
「いや、スケボーは全然やったことないんですけれど、かっこいいなぁと思って声かけちゃいました」という、振り返ってみるとかなり怪しい言葉にも彼は笑いながら「ありがとうございます」と答えてくれる。
私は数冊の本と飲み物が入っているバックパックを肩から降ろして彼に見せる。「このバックパック実はスケボーが収納できるように作られてるんですよ。一回も使ったことないんですけれど」などとしょーもない話題を持ちかけても「かっこいいリュックっすね」と心地いい返事をくれた。
それから、電車が来るまでの間「スケボー歴はどれぐらいなのか?」「転んで骨折してしまった友達の話」「大学の近くに滑れる場所があるのだが、よく怒られている」などの小話を聞かせてもらった。
私の記憶が正しければ、物心がついた頃からなんの用事もなしに知らない人物に話しかける事など1度も経験したことがなかった。少したどたどしい喋り方になってしまったが、相手に恵まれたこともあり、始めて意識的に知らない人に話しかけるという行為を無事クリアする事ができたことが素直に嬉しい。
以前、ストナン(ストリートナンパ)をよくするという方に「もしかして、ナンパとかできるようになると電車でおばあさんとかに抵抗なく譲れるようになったりしますか?」と興味本位で聞いてみた所「それが一番ナンパをするようになって実感した事だね、バンバン席譲れるよ」と答えてくれた。
数年前から「人との関わり合い」というものを意識するようになり、知らない人に声をかけるという行為にとても憧れを持っていた。なんの根拠も核心もないのだが、それによって私の世界が少し生きやすくなるのではないかと常々考えていたのだ。できればナンパもしたい。
電車のアナウンスとともに彼に「ありがとう」と別れを告げ、10分遅れで到着した都内に向かう電車に乗り込こんだ。このままの調子で女性にも声をかけ、ひいてはナンパも成功させていくぞ。という淡い期待を抱きながら、通り過ぎてゆく地元の景色を眺めるのであった。
おいしいご飯が食べたいです。