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あの日も確か夏の終わりだった。

今から6年ほど前、私はホビーショップのアルバイトに勤しんでいた。バイト仲間もみんな愛想がよく、とても居心地のいい職場だった。自分が担当する作業さえ終えてしまえば、後はレジで適当にお客を捌きながらバイト仲間と談笑しつつ、ネットサーフィンなどで暇を潰しているような緩い環境だった。

そんなバイト仲間の一人にEさんという人物がいた。ほかのバイト仲間よりも世代が一つ上で、特別仕事が出来ないという訳ではなかったのだが、空気の読めない発言や、虫の居所が悪いとそれを行動で表したり(机を叩いたり、ごみ箱を蹴り飛ばしたり)するタイプの人だったので少々手を焼いていた。

そんなある日、無口なオーナーが珍しく私に声をかけてきた。Eさんの悪い評判を耳にしたらしく「Eさんの事で最近色々あるみたいだけど、どんな感じなの?」と様子を伺いにきたのだ。

私が最近のEさんとのやり取りや、素行の悪さに困っている事を正直に話すと、オーナーは「そっかそっか…」とつぶやいた後に「あいつクビにしますw」とEさんへの解雇宣言。私は「マジすかw」と笑いながらも、突然の出来事におっかなびっくりなリアクションをとっていた。

その後、Eさんが解雇されることは他のメンバーにも知れ渡り「Eさんがいなくなって、これから職場の雰囲気はもっとよくなるなぁ」「Eさんはいつ頃解雇されるのだろうか?」という話題がバイト仲間の間で度々持ち上がっていた。


_Eさんが解雇されるという話題が浮上してから半月ほど経ったある日。その日はオーナーと私、それから仲のいい大学生のY君、そしてEさんが出勤してお店を担当する日だった。

いつも通りの作業を終え、お昼休憩を済ませてから随分経った頃だった…Eさん、Y君、それから私が順番に休憩室に呼び出されるというイベントが発生した。Eさんが呼び出されて休憩室から帰ってくると、次にY君が休憩室に呼び出された。Y君がなんとも言えない表情をして休憩室から帰ってきたので「どしたの?」と尋ねると「まぁ、行けばわかるよ」と私に告げるだけだった。

オーナーと二人っきりで話すことなどほとんどなかったので、少し緊張しながら休憩室の扉を開ける。ボロボロの長机の前でオーナーが真剣な表情をしながら「とりあえず掛けて下さい」と伝えてきた。私は言われるがままにパイプ椅子に腰を掛けて、神妙な面持ちのオーナーの口が開くのを待つ。

少し唸った後にオーナーが重たい口を開く。内容としては、お店の経営が厳しくなってきたので、Eさん、Y君、私の3人には今月付で退職してもらう事になる、という話だった。Eさんだけでなく私とY君3人まとめての解雇宣告である。

バイト仲間には私とEさん、Y君以外にも数人メンバーが存在したのだが、私たち3人の解雇理由はそれぞれ、Eさんに関しては問題児であったことと、実家がお店を経営していて食い逸れる事はないという事、Y君と私に関しては、他のメンバーと比べてまだ将来のある若者だからという事だった。

私がガックリと肩を落としてカウンターに帰ると、同じようにうなだれた2人がレジで出迎えてくれた。そこから退職までの仕事に関しては正直いつも以上にやる気が出なかったのを覚えている。EさんだけでなくY君も同じ様子だった。

解雇通告が言い渡された当日、お店のメインコーナーであるラジコンサーキットの方では何やらイベントが行われていたらしく、常連かつラジコン界では名うてのお客の誕生日を祝うプチセレモニーが開催されていたようだった。「今日は〇〇さんの誕生日でーーす!」というラジコンコーナー店員の元気な声と共にクラッカーが破裂する音が聞こえてきた。

後にも先にも、誰かの誕生日を祝うイベントが行われていたのはこの日だけだったと思うのだが、何故よりによって私たちが解雇宣告をされた日だったのだろうか。ラジコンコーナーからは〇〇さんの誕生日を祝う拍手の音が聞こえてくる。なんで今日お祝い?普段そんな事してないのに?こちら側のお通夜ムードと、あちら側のテンションの差は当事者ながらコメディーのように思えてしまい、カウンターで肩を落としながら業務をこなしていた私たちは思わず笑ってしまった。


_その他にも私とY君にとってショックだった事がある。前述の通りEさんが解雇されることは皆が知っていた事だった。私とY君はEさんとシフトが被ることが少なくなかったので「早くEさんがいなくなって平和にならないかなぁ」と一緒に話していた当事者だった。

しかし、蓋を開けてみれば解雇されるのは嫌われ者のEさんだけではなく、私とY君も同じ日に解雇される予定だったではないか。Eさんはシンプルに解雇というショックに落ち込んでいるようだったが、私とY君は「煙たがられていたEさんと結果としては同じ扱い」という事実にダブルでショックを受けていた。

Eさんには申し訳ないのだが「私たちがどうしてこの男と同じ境遇で、共に落ち込まなければならないのか」という不憫さを自身に感じていたのだと思う。「皆の嫌われ者が職場から追い出される」という物語は「お店の都合上、ついでに私たちもセットで」という悲しいオチが待っていたのだ。


_私はバイト先を退職した後、似たようなバイトをいくつか続けては止めて現在に至る。上記のバイト先は1年程しか勤められなかったのだが、勤め始める3~4年前から、バイト募集のチラシでその店舗の情報を何度も見ていた。その度に応募しようか迷っては結局断念していたことが今でも悔やまれる。

私の退職が決まったあと、店長のSさん(唯一の社員)とK君が地元の居酒屋にて、私とY君の送別会を行ってくれた事が本当に嬉しかった。

お店はそのあとも経営不振が続き、私と同じようにバイトのメンバーが移動や退職を迫られ、最終的にはオーナーが店を畳むことを決断した。その後オーナーが変わってから新たに続いていたお店も、先月ついに閉店が決まったらしい。

今では、あの時のバイト仲間と誰一人連絡が取れない状態になってしまっている。一緒にラーメンを食べに行ったり、カラオケに行ったり、休日の時間を共に職場の人と過ごしたのは後にも先にも、このバイト先だけだった。

いつも面白冗談を聞かせてくれた先輩のWさん、資格取得の勉強に励んでいたTさん、一番最初に私に声をかけてくれてたK君、ラーメンが大好きだったSさん、エロゲーオタクのIさん、同い年で大学生だったY君、私にタバコを教えてくれたOさん、バンドマンでイケメンのS君、そして嫌われ者のEさん。

共に生活は楽ではなさそうだったが、あのバイト先では皆が笑っていた。私が勤め始めてから最初の給料が入るまでは財布が空だったので、お昼ご飯を分けてもらったり、ジュースをおごってもらった。常連だったお客さんやその家族と一緒に食事に連れて行ってもらった事もあった。もうデザートも食べてお腹いっぱいだと言っているのに、深夜まで営業しているラーメン屋に入店して皆で食べきれないラーメンを残した。

長らくひきこもり生活を続けていたせいで、そんな普通の幸せな日々があったことを忘れていたような気がする。

明け方と夜の涼しさに夏の終わりを感じて、窓の外から聞こえてくるセミの鳴き声にこんな文章を綴らされた気がする。

ありふれたバイト生活がエンディングを迎えたのも確かこんな夏の終わりを感じさせる日の出来事だった。

願わくば、あの日に帰りたい。

おいしいご飯が食べたいです。