逃げ出す理由を探して

毎年この時期がやってくると思い出すのは「山崎製パン」クリスマスシーズン恒例の「短期アルバイト」だ。

長年にわたりひきこもり続けている私は、実家住まいなので何とか食事と住居には困っていない。だが、収入がない生活は実に味気ないものである。

もともと買い物好きだったのもあり、ネット上で欲しいものを眺める日々が続いていたのだが、どうしてもお金が欲しくなった時には思い切ってアルバイトに飛び出してしまうこともある。

正社員などまず務まらないだろう。そもそも、就職に生かせそうな資格を何も持っていないばかりか、履歴書にとんでもない空白期間が存在する人間を正社員で雇おうという会社に対しても恐怖心を覚えてしまう。

長期的に勤められるならそれに越したことはないが、アルバイトでも長く勤め続ければ責任が増えていってしまう。ならば短期的に、ノウハウも知識も技術も責任もほとんどなく、その時期にしか必要とされない「短期アルバイト」に応募すればいいのではないだろうか?

そう思い立った私が応募したのが山崎製パンで毎年行われている「クリスマスケーキの製造」だった。

山パンの短期アルバイトにはおおよそ面接と呼ばれるようなものは存在せず、履歴書をもっていけばその日からお勤めが始まり、その後も同じように短期バイトを申し込むときは電話口でバイトの経験アリと名前を伝えるだけでOKだったりする。

短期アルバイトとはいえ労働に参加するのも久しぶりだったのでとても緊張していた。作業着と白いマスクに白い帽子、完璧な白装束に身を包んで今回も自分の不甲斐なさを思い知り帰宅することになるのではないかとビクビクしていたのだが、当日任された業務の内容はなんの苦も無くこなせるものだったので一安心した。

単純ではあるものの、その後も何種類かの簡単な業務の手伝いを任されてはその日の業務を無事に終えていった。同じように短期でバイトに来ていた人達とのコミュニケーションも上手くいき、職場の雰囲気にも慣れて久々に仕事が苦ではないという感覚を味わっていた。

とにかくお金が欲しかった私は日勤ではなく夜勤を選んでいたのだが、さすが繁忙期ということもあり、お願いすればシフトをねじ込んでもらえるタイミングもあった。〇〇日以上勤めたというプチボーナスも加算され、私のその月の給料は丁度30万ぐらいだったと思う。

ひと月で稼ぎ出した金額にしては過去最高のものだった。今後これを上回ることは先ずないだろう思うのだが、それでも一月しっかりと勤められたこと、それによってこれだけの賃金が手に入ったことはとても嬉しかった。

実は、短期アルバイトで業務内容が簡単だという以外にも、この仕事を選んだ理由があったのだがそれは、家族が務めている職場だったからである。知り合いが務めたことのある場所で何となく業務の内容や職場の雰囲気などを知っていたので応募しやすかった。

母親だけでなく妹にも務まった仕事なら私にもできなくはないだろうという「家族送りバント」のもと、私はこのアルバイトにに応募していた。

実際に山崎製パンでアルバイトや就労の経験がある方や、山パンアルバイトの噂を耳にしたことのある人でなくとも、一家全員が山崎製パンでパートないしアルバイト業務に努めているということのヤバさは伝わるかと思う。

あの年、あの時期だけだったが、我が家は一家全員で山崎製パンの夜勤業務をこなしていたのだ。

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年が明けて再び年末になると、私は期待に胸を膨らませながら再び山パンのクリスマスケーキ製造短期アルバイトに応募していた。

この時期限定とはいえ、単純な業務内容をこなすだけでそれなりの額がもらえるのがとてもありがたかった。

出勤すると去年にも顔を合わせたおっさん達と何気ない挨拶を交わして白装束に身を包み自分の担当する職場へと向う。

ほとんど変わらない業務内容と業務メンバーのはずなのだが、その日私は仕事に全く集中できなかった。繁忙期ということで世話しなく動き回る人々や、工場内の独特の雰囲気に気分が悪くなり、昼休憩後には医務室へ駈け込んで早退させてもらった。

去年と比べ、明らかに健常者力が低下している。いったいなぜなのだろう?業務の内容も一緒に仕事をするメンバーもほとんど変わらないはずなのに…今日はたまたま調子が悪かったのかもしれないと思い、次のは一日お休みをもらって明後日からまた出勤することにした。

休み明け、再び職場に向かった私を待ち受けていたのはやはり全く仕事に集中することのできない自分だった。

今すぐここから逃げ出してしまいたい…この空間と雰囲気に耐えられない…やはり私には仕事など無理だったのだ…頭の中は仕事のことではなくネガティブな想像ばかりが渦巻いている状態だ。もはや業務をこなせるだけの余裕はなく、時計の針が進むのは普段の何倍も遅く感じられた。

前回気分を悪くして医務室に向かった際も、担当の先生からは怪訝そうな顔で見られ渋々帰宅を了承されたところだったので、もう医務室は頼れなかった。

気が付いた時にはトイレに行くふりをして、職場から逃げ出すように帰宅していた。

結局その年はそれ以降出勤することもなく、翌々年改めて応募の末出勤してみたのだが結果は変わらなかった。私はそれ以来山パンの短期アルバイトには顔を出していない。

今でもいったい何が原因だったのかはわからないし、最近はまた短期アルバイトにでも復帰してみたい欲は出てきたのだが、それでも当日逃げ帰ってしまい回りの方々に迷惑をかけることを考えると、とても足が重たい。

当時はまだ車を所有していたので深夜帯でもある程度寒さを気にせずに出退勤できていたが、今はその車すらもない。一度自転車で出勤した時には寒さだけで心が折れそうになっていた。

私が一番仕事で恐れていることは、作業中にぽっきりと心が折れてしまうことだ。こうなってしまうと、もはや身体は全く動こうとしてくれない。

しかし、体調が悪いわけでもないのにそれを伝えて理解してもらえるだろうか?私には「精神的にキツいので休ませてください」という旨を言葉にして伝える勇気を持ち合わせていない。

今からアルバイトでもしようかと思う時、何とかして社会に復帰してみようかと思うとき、何よりも先に私はその場から逃げ出せる理由を探している。









おいしいご飯が食べたいです。