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プロローグは終わり、これからさ。 湘南ベルマーレ 2023シーズンレビュー


■はじめに

 ヴィッセル神戸の初優勝で幕を閉じた2023シーズンのJ1リーグ、湘南ベルマーレは15位で全日程を終え、来年もJ1で戦う権利を得た。日本のサッカーシーズンも残すは天皇杯決勝のみ(本記事公開時:12/6)だが、すでに移籍情報が出回るなどオフシーズンの雰囲気が漂っている。それらが本格化する前に2023シーズンに起きたトピックスをいくつか振り返っていくのが本記事の主題である。

 一つ目はチームの目標として掲げられた”5位以上”について。クラブや選手たちが口を揃えて”目標には程遠く、最低限の結果(J1残留)”と話しているが、そもそも有効な、達成可能な目標として扱って良いのか?という点から考えてみたい。
 二つ目はリーグ終盤戦に復調したチームについて。ピッチ上では何か変化が起きていたのか?選手補強が功を奏しただけなのか?を見てみよう。
 最後は来季の躍進に必要と筆者が考えるポイントについて。成長を期待する選手とチームの仕組みをまとめている。

 どれも筆者の個人的な見解でしかないが、オフシーズンのベルマーレ不足を補う手助けになれば幸いである。



■”5位以上”とは何だったのか?

・言葉の捉え方

 今シーズンも例年通りというか、来年自分たちが所属するカテゴリをかけて終盤戦を戦った湘南ベルマーレ。結果として来季もJ1という日本のトップカテゴリで戦うことができるわけで、成功とは言えないシーズンの中でも最低限のハードルは越えた、といったところだろうか。ちなみに2024シーズンで7年連続(2018-)でトップカテゴリを戦うことになり、ベルマーレ平塚時代(1994-1999)を超える長さになる。
 ファン・サポーターはほっと胸をなでおろしているところではあるが、その胸につかえた何かがあるのではなかろうか。そう、2023シーズン開幕前に行われた新体制発表会で掲げられた”5位以上”という目標である。昨シーズンに続いて未達に終わった目標について心の整理をつけておきたいところだ。


 まずは"5位以上"の出典について確認しよう。今シーズンの新体制発表会では、山口監督から目指すべき順位についてはっきりとしたフレーズは出ていない。昨年と同じ場所を引き続き目指す、といった旨をコメントしているだけだ。

昨年は初めに大きな目標を掲げたときに、自分と周りとのギャップっていうのはすごく感じましたが、僕自身の中ではそこを目指し続けるというのはもう変わりません。なのでそれを信じてほしいですし、僕ら自身も自分たちのことを信じてやり続ける。

【ボイス】2023新体制発表会
スローガン発表(山口監督)
https://www.bellmare.co.jp/301859

 参照先となる昨シーズンの新体制発表会における監督のコメントはこちら。

SDから話があったように、本当に上を目指すにあたって、勝利を目指さないと上がっていけません。そんな中で勝利に貪欲に、そういうところで違う湘南を見せていけれたらいいなと考えてます。
具体的な目標としましては、数字でいうと5位以内を目指しています。
これはもう選手にも伝えてますし、クラブ全体の共有として伝えてます。一年、シーズン終わったときにその順位以上を目指すわけで、ただその過程で難しいとこであったり、順位がそこに程遠い状況もあるかもしれないですけど、そこを目指すことに変わりはないですし、先程も言わせていただきましたが、それができる根拠、それができる選手、できるスタッフがいると思います。

【ボイス】2022新体制発表記者会見
監督 山口智
https://www.bellmare.co.jp/274764

 つまり2021シーズンを終えて2022シーズンを迎えるにあたって”5位以上”という目標を掲げ、未達で終わった目標を2023シーズンも引き続き採用した、という具合である。こうした経緯を踏まえると、”5位以上”には「目線と意識を高く持とう」を言い換えた程度の意味しかないのではないかと思われる。というのも2回の新体制発表会を通して前シーズンの湘南と実際に5位だったチームとの差、その差を埋めるための勝ち点計算や取り組みに関する言及はなかったからだ。
 例えば2021シーズンに勝ち点66で5位だった名古屋との勝ち点差は29。湘南が落とした勝ち点のうち、16の引き分けと15の敗戦をいくつ勝利に持ち込み、勝ち点29の差を埋める見通しだったのか。勝ち数は相手もあることなので言及を避けたとしても、一試合あたりの得点数やシーズンを通した総得点数などは他チームでシーズン頭に掲げられたこともある。要は掲げた目標を達成するためのマイルストーンがなく、ゴールテープだけを見せられた状態では「頑張ります!」を体良く言い換えたものと大差ないと感じる。
 もちろん公にしないだけでチーム内で共有されていることも考えられるが、それであれば2023シーズンも引き続き、というのは具体的に数字として設定する目標としては些か雑すぎる。2022シーズンの結果を受けて見直すポイントもあったはずだ。一般企業における目標のように道程が明示され、達成が必須と考えられている類のものではないと理解した方がよさそうである。

 山口監督の人柄やこれまでの試合後コメント・インタビューを踏まえると、過程における細かな数値やポイントにこだわるというよりも、要点を抑えていれば結果は自ずと付いてくると考えているタイプと思われる。”5位以上”というフレーズは湘南ベルマーレというクラブ・選手・スタッフ・サポーターの意識を引き上げて互いの要求水準を高めていくのが目的であり、額面そのままに受け取るのは発言の意図にそぐわない可能性が高い。クラブとして最低限の目標(=J1残留、次点として中位~一桁順位)を達成するため、その数段高いところに目線を置かなければならないという監督が持つ意向の表れではないだろうか。引き分けOKの試合でも勝利を目指す姿勢で臨むのと同じである。
 そもそも達成が必須の目標として年間順位5位を目指すのであればその場所に値するだけの選手を揃えるべきであり、2023シーズンで3~6位の広島・浦和・鹿島・名古屋と同じ程度の選手層(現役・元代表、世代別代表クラス)が開幕時から揃えられていたのか?という話から始めるべきだろう。ただ今年は社長・SDとクラブの要職と体制が大きく変わった年でもあり、私たちの見えないところで編成・運営上に様々なアクシデントがあったであろうことも想像に容易い。今いる選手・スタッフと最大限の成果を挙げるため、高い目標を掲げて現場のモチベーションアップを図るのも理解できる。

 上手くいかなかったシーズンを言葉の扱いだけで締めるのも物足りないので、次は今年のJ1リーグがどんなシーズンだったのか、という視点で振り返ってみたい。湘南がどうだったのか、ではなく対戦する他チームたちはどうだったのか、という話である。


・変化の波に飲まれた2023シーズン

1.ボール保持率の相対的な立ち位置変化

 湘南がどのようなチームかと言えば、相手からボールを奪ってペースを握るチームであることは知れ渡った認識のはず。つまり相手がボールを持ってくれるチームの方が戦いやすく、反対に自分たちがボールを持つ展開はそこまで得意ではないといったところだ。
 football-labのスタッツによれば、2023シーズンのボール保持率は2022シーズンよりも上昇しており、リーグ順位も相対的に上昇している。

◯ボール保持率
2022シーズン:18チーム中17位 (45.2%)
2023シーズン:18チーム中13位 (47.6%)

https://www.football-lab.jp/summary/team_ranking/j1/?year=2022&data=possession
https://www.football-lab.jp/summary/team_ranking/j1/?year=2023&data=possession

今シーズンは湘南よりもボールを持たないチームが増え、ボールを持たされる時間が増加、戦いづらい時間が長かったと言えるだろう。


2.流行の変化(非保持志向の増加)

 またまたfootball-labよりスタッツを引用しつつ、他チームが展開していたサッカーの特徴について見てみたい。数値を用いているが厳密なものではなく、あくまで数字遊びのようなものと捉えてもらえれば幸いである。

 前述のfootball-labでは敵陣ポゼッション指数、自陣ポゼッション指数、ショートカウンター指数、ロングカウンター指数のように、90分間のプレーを指数化して各チームの特徴を数値で表す試みを行なっている。例えばポゼッション指数はボールを保持している場所を敵陣・自陣と分けた際に、敵陣内でボールを長く持っているチームは敵陣ポゼッション指数の数値が高くなる。川崎や新潟のようにボールを保持して相手を押し込むのを得意とするチームがそれに該当し、福岡や湘南のように奪ってから早くゴールに迫るチームは数値が低くなる。ショートカウンター・ロングカウンターも同様で、カウンターを始める回数や位置によって篩い分けされている。(なお、それぞれの指数がどのように分類、カウントされているのかは不明)

 この指数を用いて、敵陣ポゼッション+自陣ポゼッションとショートカウンター+ロングカウンターを比較、前者が多いチームを保持志向、後者が多いチームを非保持志向として分類。2023年は湘南にとって戦いやすい相手が多いシーズンだったのか、少ないシーズンだったのかをざっくりと検証してみたい。

◯2023シーズンの比較結果
・保持志向:8チーム
横浜FM、浦和、C大阪、川崎、新潟、鳥栖、G大阪、横浜FC
・非保持志向:10チーム
神戸、広島、名古屋、鹿島、福岡、FC東京、札幌、京都、柏、湘南

football-labのチームスタイル指数より引用して算出

 多少意外なチームもあるかもしれないが、おおよそイメージに近しい結果が出たのではないだろうか。横浜FCと鹿島、FC東京は2つの指数の差がほとんどないチームであり、"どちらかと言えば保持寄り"、"どちらかと言えば非保持寄り"という表現もできる。とはいえざっくりと大きくスタイルを2分した際にはどちらかに分けられ、結果として2023シーズンは湘南と同じく非保持志向を持つチームが多い年だったと言える。

 比較対象として2022シーズンも見てみよう。

◯2022シーズンの比較結果
・保持志向:10チーム
神戸、横浜FM、浦和、川崎、FC東京、鳥栖、札幌、G大阪、清水、磐田
・非保持志向:8チーム
広島、名古屋、鹿島、C大阪、福岡、京都、柏、湘南

football-labのチームスタイル指数より引用して算出

 そして2023シーズンと2022シーズンの傾向を比較した結果が以下の通り。

◯2022シーズン⇨2023シーズンの比較結果
・スタイルの変化
保持⇒非保持:3チーム(神戸、FC東京、札幌)
非保持⇒保持:1チーム(C大阪)

・スタイルの深化
より保持側へ:2チーム(横浜FM、G大阪)
より非保持側へ:2チーム(広島、名古屋)

・大きな変化なし
保持:3チーム(浦和、川崎、鳥栖)
非保持:5チーム(湘南、柏、京都、鹿島、福岡)

・昇降格による入れ替え
=全て保持志向のチームのため、スタイル増減なし
昇格:新潟、横浜FC
降格:清水、磐田

football-labのチームスタイル指数より引用して算出

 2022シーズンは保持志向の方が多く、プレッシングがチームの基盤となる湘南にとって戦いやすいチームが多い年だった。2023シーズンを迎えるに当たって非保持側にスタイル変更したチームが神戸を筆頭に3つ、より非保持志向を深化させたチームが2つとリーグ全体を見ても非保持側に寄った傾向が見られる。

 2022シーズンまでは横浜FMや川崎のように、ボール保持の時間を長く取る志向するチームが主流だった。クラブのスタイルとして根付いてきた鳥栖や新潟、イニエスタがいたころの神戸、バルセロナやRBグループから外国人監督を招聘していたFC東京や鹿島など、いずれもビルドアップや相手のプレスを交わすことに重きを置いてボールと主導権を握るサッカーを目指すクラブの動きがあった。そして彼らが理想を目指して取り組む過程で生まれる綻びを突いて湘南は勝ち点を拾っていたのである。また川崎・横浜FMの2強が続いていたここ5年前後は、J1にそうしたボール保持を是とする風潮(源流は川崎か、あるいはマンチェスターシティだろうか)、いわば流行のサッカーがあったと筆者は感じる。


 しかし先程の比較結果を見ても分かる通り、その流行は突然終わりを告げた。リーグ全体として保持よりも非保持を志向するチームが増えているうえ、リーグ優勝の神戸、ルヴァンカップ優勝の福岡はどちらも非保持志向、いわゆる"持たざる"方が結果を残している。
 だからといって保持側が凋落したわけではなく、横浜FM・浦和は昨年に引き続きリーグ上位を維持しているし、新潟は昇格初年度ながら安定した成績を残してJ1残留を果たした。保持志向の最たる例である川崎はリーグ戦で思ったような結果を残せていないが、怪我人や移籍による主力離脱や高齢化など、スタイル以外の面でアクシデントが多かったシーズンであったことは踏まえておく必要があるし、天皇杯やACLでは順調な様子が伺える。
 カタールW杯における日本代表の躍進、リーグを席巻する横浜FMと川崎に対するカウンターパンチなど考えられる理由はいくつもあるだろうが、保持志向を目指すのが流行していたシーンは終わり、強者である保持志向のチームをいかに倒すか?を多くのチームが考えていく、次のステップに入った初めの年が2023シーズンだったと言えるかもしれない。

 その変化の波に飲まれてしまったのが我らが湘南ベルマーレ。対戦相手たちが保持志向を追求していくものと予想していたところが逆の流れに。つまり湘南にとって想定していたリーグの様子=ボールを握りたがるチームたちを相手にどう戦っていくか、という前提が崩れてしまった状態である。
 流石に突然迎えた流行の終わりと潮流の変化を予想するのは難しく、この点において監督やクラブを責めるのは厳しいと思われる。おそらく湘南同様に今シーズンも流行が続くものと考えていたであろうG大阪は、監督ともども保持志向をより深化させた結果、理想とは遠い苦しいシーズンを送った。


 当初の想定から外れた2023シーズン、湘南は第6節:G大阪戦の勝利を最後に、第22節:広島戦まで4ヶ月間=リーグ戦に限れば15試合勝利なし。次の章では調子が上向いたきっかけや、チーム内での修正箇所について見ていこう。



■復調のきっかけと設計変更


 開幕戦:鳥栖を1-5で破る快勝で“今年は本当に違うのでは!?“と思わせたチームは、2試合の引き分けを挟んで2連敗。特に第4節:京都戦のパトリックによる蹂躙や、第5節:福岡戦における終了間際の連続失点はサポーターを不安にさせるのに十分な結果だった。続く第6節:G大阪戦では勝利したものの内容は圧倒的に押されており、終始低調な試合運び。そこから未勝利街道を4ヶ月間直走り、広島戦でようやく勝利するも再び4試合未勝利。国立競技場での試合開催を経て、第29節:C大阪戦の勝利からようやくチームが上向きになったシーズンであった。

 筆者は復調の足掛かりになったのは第25節:浦和戦(0−1で浦和勝利、今シーズン限りで引退を発表したホセ・カンテによるスーパーゴールが決勝点)と見ており、浦和戦前後でボールの奪い方と各ポジションの関係性に変化が感じ取れた。端的に表現すると、設置型の罠から誘導型への罠への設計変更を行ったのが復調の要因と考えている。


・設置型の罠 第24節:G大阪戦まで

 設置型の罠とはつまり、仕掛けた場所に相手が飛び込んできて初めて機能する罠のことである。いわゆるネズミ捕りのようなものをイメージしてもらえればと思う。湘南の陣形で言えばエサはアンカー横のスペース、そして刃は左右のCBによる迎撃である。
 5−3−2システムかつIHが積極的にプレッシングを行う湘南の場合、アンカーの周辺に大きなスペースが生じる。相手はそのスペースを利用するであろうという読みで、ボールが入ってきたところを左右CBが飛び出てアタック。チャンスと見て前がかりになった相手からボールを奪い、逆にカウンターを仕掛ける手筈である。それがうまく機能したのが第1節:鳥栖戦や第23節:新潟戦(の前半)だ。特に鳥栖戦では西川へのパスを幾度となく刈り取る杉岡の姿が印象的であった。

設置型の罠
エサであるアンカー横のスペースと迎撃するCB
WBはCBが空けたスペースカバーを意識


 しかしながらこの罠は設置型であるため、仕掛けた場所にボールが来なければ発動できない。相手がアンカー横を経由せずシンプルなロングフィードや大外の突破を使ってくると、途端に奪いどころがなくなってしまう大きな弱点があった。
 またプレス隊の果敢なプレッシングと背後を取られたくない最終ラインで意思統一が取れておらず、結果として無謀なプレス隊ととマーカーについていけないDF陣といった状態に。迎撃役のCBとしても半ば博打的なチャレンジを強いられていた。プレス隊とDFラインの間に挟まれたアンカーが中盤で何とか食い止めようとしても狙いどころが定められず、ファールで止めるのがやっと。CBのカバーのためにWBが低い位置を取ることにより、プレッシングで相手に強い制限をかけることも難しくなっていた。
 さらにCB陣の高さ不足によりシンプルなロングボールで守備が瓦解、広い守備範囲でDFライン裏をカバーしていたGK谷の退団もあってか及び腰なライン設定で、チームの基調となるプレッシングを行えば行うほど調子を崩していく悪循環に陥っていた。

陣形が間延びしてプレスが効果をなさない形
個々が必死でどのようにボールを奪うかが共有できていない


・誘導型の罠 第25節:浦和戦以降

 では浦和戦で何が起きてどのような変化があったのか。右SB酒井が変幻自在に嫌な位置を取り、右SH大久保と場所を入れ替えながら攻め込んでくる浦和への対応として、左CB大野・WB杉岡・IH平岡の3人がマーカー2名とプレス役1名の役割を頻繁に声かけしながら確認しあっていた。これまでであればWBが下がってCBが余る形が多かった場面で、CBがマークに出てサイドの局面に参加、WBの位置を押し上げるようになっている。

浦和の右サイド攻撃に対し、
CB単体ではなく左サイドユニット3名で対応


 設置型のときはCBがボールの奪取役を担っており、「あいつのところで奪う」というような、いわば選手を基準にした設計だった。誘導型になると「この辺りで奪う」、つまりエリアを基準にした設計に移行している。要はボールを奪うのは誰でもよく、チームが定めたエリアに誘き寄せてそこに居る誰かが奪取役を担えばよい、という考え方だ。
 その定めたエリアとはハーフライン周辺、CB・WB・IHが互いに近い位置関係を取れるあたり(下図、大きな緑色の丸塗り)。イヨハを放置して左サイドに誘導した第30節:京都戦が特にわかりやすかった試合かと思われる。FWがボールへの圧力よりも進む先の方向付けを優先し、IHも中央を閉めるのを第一としつつアプローチに出ていくようになっていた。またWB・CBは相手のサイドの選手と明確にマッチアップする機会が多く、WBは一時的にCBとマークを入れ替えるシーンもしばしば見られた。終盤戦で杉岡・岡本と最終ラインも務められる二人が定位置を掴んだのは、チームの設計変更も影響しているのかもしれない。

奪いどころに設定しているエリア

・設計変更の基盤 キム・ミンテ

 こうした設計変更が可能になったのはミンテの加入が大きい。ボール奪取エリアを突破されて強力なFWと1vs1になっても、味方が戻るだけの時間を稼げるうえ、相手がプレスを避けてロングボールを蹴り込んできても難なく跳ね返せる能力がある。ラインコントロールの技術もさることながら、単純にデカくて強いCBが後ろにいるのは心強いものである。
 ミンテがチームの土台となったのは単に個人能力の高さによるものだけでなく、相手の選択肢を折ってこちらの戦法を押し付けることを可能にしたからである。この点について、順を追って見ていこう。

 まずサッカーにおいてもっとも簡単に点を取る方法といえば、GKやDFから直接FWにボールを届けてシュートを打つことだ。だがメリットが大きい分、高いパス精度を求められ、ボールの滞空時間に移動してきた相手DFの妨害を受けるためボールを奪われるリスクも高い。逆に言えば、相手DFによる妨害の質が低ければロングボールほど効果的な戦い方はない。FWが競り勝つ可能性が高かったり、相手DFの処理が甘かったりすればチャンスが生まれる見込みがあり、相手のプレスもボールを遠くへ蹴ってしまえば無効化することができる。原始的な方法も、時には最大効率を発揮する場合がある。
 つまり湘南がプレスを行うための前提として、「ロングボールを蹴ってもボールを失うだけでメリットがないな」と相手に思わせるだけの質をあらかじめ見せつける必要がある。筆者はよく選択肢を折るといった表現をするが、その選択をしても利が小さいことを相手に提示させられるかが鍵になってくる。


 昨シーズンまでは谷晃生というペナルティエリア外のプレーも厭わないGKを擁していた。彼がチームにおいて担っていた役割は大きく、屈強なCBが不在の湘南において、広範囲のカバーリングでDFライン裏に蹴られたロングボールを回収。弱点を隠すためのハイライン・ハイプレスを成立させていた立役者である。
 なぜCB不在の弱点を隠すのにハイライン・ハイプレスを用いたかといえば、極端な例だが田中・石原・舘の3バックを思い出せば良い。身長の低い3人でも高い位置に最終ラインを設定してマメにポジションを修正、前線が勤勉に圧の高いプレスをかけ続ければ精度の落ちたフィードしか飛んでこない。そして最終ラインの背後に広がるスペースをGKが一人で管理できれば、CBの対空問題は顕在化しなかった。(ラインコントロールやセットプレーの話はここでは置いておく)

◯好循環の状態(2020〜2022シーズン)
前提:強くて跳ね返せる屈強なCBの不在
1.激しいプレスでミスを誘い、ハイラインでコンパクトな陣形を敷く
2.ハイライン裏のスペースを広範囲にカバーするGKがラフなボールを処理
3.ロングフィードやクロスの選択肢を折られた相手がショートパスを選択
⇨1に戻る

ハイライン・ハイプレスが機能していた盤面

 しかしその谷は2022シーズンを最後にG大阪に復帰。新戦力として韓国代表のソンボムグンを獲得するが、谷とは異なるタイプの選手。クラシックなタイプのGKで、エリア内のプレーを好み確実にショットストップしてくれるところに長所がある。どちらが優れているというわけではなく、タイプが異なる選手をそのままチームの後釜に据えてもうまくはいかないという話である。

 ボムグンも求められた役割にアジャストしようとしていたのは見てとれたが、フィットは難しい上に本来の力も発揮しきれない。3バックの中央も大岩・大野・山本が代わる代わる務めるが相手の選択肢を折るほどの質は出せなかった。最終ラインが背後を気にして降りる選手への対応=縦スライドが遅れがちになる一方で、前線のプレス隊は状況を変えようと果敢なプレッシングを行う。その結果として陣形が間延び、中盤に空いた穴を相手に使われて長い時間攻め込まれる、という負のサイクルから抜け出せなくなってしまった。
 またプレスが機能しないためボールを奪う位置が低く、最終ラインから足元で繋いで運んでいく形を強いられるシーンが増える。洗練されていない組み立ては危険な位置でのボールロストを呼び、うだつの上がらない試合展開が続いた。

◯悪循環の状態(2023シーズン)
前提:強くて跳ね返せるCBと広範囲をカバーするGKの不在
1.背後のスペースを気にして最終ラインを上げきれない
2.状況を変えたい一心で特攻プレス
3.中盤の穴を使われる or ロングフィードを跳ね返せない
4.苦し紛れのクリアに逃げるだけ
⇨1に戻る

苦しいチーム状況の図(再掲)

 昨シーズンまでのチームを成立させていた立役者が離脱となり、同じ役割が出来る後任が揃えられない、さらに代替となる策もなしともなければ苦戦するのも当然か。この点に関しては監督の戦術云々よりも、チーム編成における問題の方が大きいように思われる。


 そしてミンテのレンタル移籍加入。今シーズン初出場となった第22節:広島戦でチームに14試合ぶりの勝利をもたらし、第31節:神戸戦では今シーズンの得点王・大迫相手でも自由にプレーさせない高い個人能力を見せつけた。
 クラシックなタイプのGKとCBが揃った守備陣を基準に、プレスの調整を実施。ロングフィードはある程度跳ね返せる計算が立つため、中央へのパスコースを締める割合を高めてサイドへの誘導かロングフィードの二択を強いる形のプレッシングに移行。CB・WBが出てくることを信じてFWが一の矢としてボールの進む先を方向付け、パスが出た先にIHも二の矢として寄せ、徐々にパスの宛先がわかりやすくなったところで奪うのである。CB-WB-IH間の関係性強化が守備の整備へ繋がった。

◯好循環の状態(2023シーズン)
前提:広範囲をカバーするGKの不在
1.ある程度の高さでライン設定、制限をかける程度のプレス
2.ロングフィードはCBで跳ね返す
3.ロングフィードの選択肢を折られた相手がショートパスを選択
4.設定したエリアに誘導してボール奪取
⇨1に戻る

11人が奪いどころを共有し、各々の役割を全う出来ている状態

 ミンテがピッチにいることでハイプレス以外の選択肢も持てるようになり、状況に合わせてプレッシングの強弱変化が可能に。無理に突っ込んで簡単に危険なスペースを明け渡すことが減ったため、ボムグンのプレーもリーグ前半戦よりも安定したように思われる。おそらく理論に沿って予測を立てており、フィールドプレーヤー10人に無茶で予想外の動きが減ったことで彼本来のプレーが出せるようになったのではないだろうか。
 またミンテ自身のキャラクターも周囲に好影響を与え、”後ろは俺に任せろ”と発信する彼を信頼して3バックの左右CB(大野・大岩)が思い切って相手選手にアタックできるようにもなった。守備戦術の成立と同郷選手のフィットをもたらしたミンテの獲得は、最後のピースが埋まったといったところだろう。


 この点について執筆当初(11/25前後)は筆者の試合観戦をもとにした推測でしかなかったが、最終節の前日(12/2)に公開された馬入日記で大野がほぼ同じ内容を話している。やはりチームの調子が上向きになったのは奪いどころが設定されてからで、ミンテのカバーリングがあるからこそ大野は積極的にボール奪取に参加できているようだ。

−DFとして感じる変化はどんなところでしょうか。
チームとして奪いどころが定まっていなくて、なんとか凌いでいるという場面が多かった。今はみんなが同じ意図を持ってしっかり狙った上で奪っていて、それが攻撃に繋がっているという場面も増えていると思います。
(中略)
−いま守備をしていてキーになっていることとは。
守備に関しては予測と信頼です。例えば、僕が出るから前の選手は行けると思って行ってくれるとか。僕も後ろのスペースが気になるけどミンテとかがカバーしてずれてくれるから行けるとか。以前は、今行っていいのかな、ダメなのかなというのが多かったですけど、今は来てくれるという信頼感もあって前にいけるようになったし杉岡や大陽(平岡選手)を動かしたりもしやすくなった。そういうチーム全体での信頼、繋がりがよくなったと思います。そして、やられそうになったらみんなで身体を張って守るというメリハリも、いまできてきているのかなと思います。

【馬入日記:12月2日】ホームで2023最終戦!大野和成選手インタビュー
https://www.bellmare.co.jp/327501

 最終節:FC東京戦の前半は、悪循環(27分ごろまで)と好循環(前半終了まで)が詰まった45分であり、あたかもシーズン中に起きた変化がそのままピッチ上で表れているかのようだった。視聴期限が許せば見直してみると新たな発見があるかもしれない。


 IHの変化についても触れておきたい。IHで出場することが多い平岡や山田、小野瀬やタリクが相手ボールホルダーに全力でプレッシャーをかけるシーンをよく見たことがあるだろう。だが好調だったシーズン終盤では毎回必ずプレッシャーに出ていく訳ではなく、プレスに出る・出ないの判断が求められていた。協力するWBやCB、相手DHをケアするFWや自分の背後に立つ相手選手の位置などを頭に入れつつ、ボールの到着までに相手ホルダーの目の前に辿り着けるかによってプレスに出るか・出ないかの判断を下す必要があったからである。出る判断はまだしも、出ない判断を下す難易度は高い。フリーのボールホルダーが目の前に居れば、飛び込みたくなってしまうものだろう。(田中がIHで起用されないのは、この判断の部分が大きいのではないかと推測している。多分全て出て行ってしまうのだろう)
 IHにかかる負担は大きいが、難しい役割なため交代選手への要求も高くなる。試合のテンション感に上手く合わせながらスペース管理とホルダーへのチェックの判断を間違えずに行うのは難しい。そのためIHの交代は遅めになりがちで、この役割を全うできる選手がトレーニングを通して増えるとチームとしても助かるはずである。


 浦和戦をきっかけに左右(特に左)のCBがサイドの局面にも積極的に参加、WB・IHとともにボール奪取を試みるようになった。前提となるのはロングフィードとカバーリングに対応できる3バック中央CBの存在で、前線のプレス隊がチームで共有したボール奪取エリアに誘導。最終ラインも務められるWBを中心にサイドでボールを奪う形を確立できた。
 右サイドユニットにおける大岩・岡本・池田、アンカーの田中のカムバックもチームの浮上に大きな影響を与えたし、阿部のコンディション向上も好材料であった。ただ彼らの働きはチームの質を掛け算的に高める役割であり、土台が0やマイナスであればその頑張りも無に帰す。ピッチに立つ11人の働きを連動させ、チームたらしめるCBの存在は余りにも大きい。
 そしてシーズン序盤は相手が特定のエリアに来るのを待つ受動的な守備だったところから、設定したエリアに相手を誘い込んで奪う能動的な守備に変化したことが復調の理由と言えるだろう。もちろん大橋の大活躍あってこそではあるのだが。



■来季躍進の鍵

 今シーズンの振り返りはここまでにして、来年一つでも上の順位で終えるためにはどんな上積みが必要か考えてみたい。あくまで筆者の希望かつ今シーズンの戦いをベースとしたものであり、他チームの選手獲得といったピッチ外の要素はここでは置いておく。


・期待したい選手 田中聡

 今年の夏、ベルギーへの期限付き移籍から復帰した21歳。DFでの1試合(第26節:鹿島戦)を除き、MFで8試合先発出場、2試合で途中出場を果たした。アンカーポジションのレギュラーとして数多くの試合に出場し、リーグ後半戦における復調の原動力となったものの、0ゴール0アシストは少々寂しい数字。第32節:名古屋戦ではコーナーキックから惜しいボレーシュートを放っていたが、相手ゴール前の近くでのクオリティやプレー判断の向上を求めたい。CBで出場した鹿島戦では前向きに縦パスを差し込んでいたので、より高い位置で前を向ければ、FWへのラストパスも期待できるはずだ。

 得点に関わるところ以上に成長が欲しいのは、最終ラインやWBがボールを持った時の立ち位置。数多くのポジションと繋がりやすいアンカーとしてボールホルダーをサポートする意識は高いのだが、それがチームの助けになっているシーンは少なかった。田中がボール運びのルートを読んで数手先の位置で待てるようになれば、湘南も最終ラインから相手ゴール前まで迫るシーンを増やせるかもしれない。それは得点やアシストといった数字にも繋がるはずで、ひいては彼が目指している日本代表・欧州リーグ再挑戦の道へと続くはずだ。


・期待したい仕組み WBの立ち位置

 設計変更によってボールの奪いどころを設定できるようになった湘南だが、当然ながらまだまだ完璧ではない。第31節:神戸戦・後半のように相手ウインガーによってWBが押し下げられ、CBが余る形になると重心が後ろに寄ってプレッシングが機能不全に陥る。FW・IHをはじめとしたプレス隊が頑張ったところで却って穴を空ける結果となり、ボールを動かされてどんどん相手に押し込まれてしまっていた。

WBが押し下げられて中盤が空洞化


 解決策としてはCB・WBが各々で対応して位置を上げられるまで耐えるしかなく(神戸戦では押し返し始めたところでPKを取られて失点してしまったが)、監督コメントの通り第33節:横浜FC戦でもひたすら耐え忍んでいた。

前半左サイドを中心にチャンスを作ったあと、その後は我慢する時間が続いたがどう見ていたのか?

若干思い描いていた守備の高さではなかったですけれども、それも想定するなかで選手の表情とか声掛けとかを聞いているとそんなに慌てることもなかったです。
そこは委ねながら我慢できているなという感じで受け取っていました。その辺は頼もしくなったと感じましたし、前半は0で終えるということが途中からみんなのなかで意識としてあった。本当に難しい戦いで、後半どうやって得点を取るか、どう試合を持っていくのかというのは後半も含めて、交代選手含めて難しかったですけど良く結果に繋げてくれたと思います。

2023明治安田生命J1リーグ第33節 vs 横浜FC
山口監督 質疑応答
https://www.bellmare.co.jp/2023_j1_33_yokohamafc

 流れが途切れるまで耐えるのもまた一つのやり方かもしれないが、上を目指すなら能動的な守備をもう一段階引き上げたいところ。WBが対面する相手にボールを誘導、そこにアタックして奪取できるようになれば理想的だ。
 これは机上の空論ではなく、ルヴァンカップ決勝で福岡が浦和を相手に見せていた誘導と奪取の仕組みである。プレス隊の左1名が外を切るようにボールホルダーに寄せ、中央へパスを通させる。受け手が持つ縦の選択肢を切り、サイドへ逃げたところをWBが奪うという形である。仮に奪いきれなくともウインガーはパスコース確保で列を降りるため、マークするWBは位置を上げられる。それによってチーム全体の重心が上がりプレス隊による規制と誘導をより強くできるため、押し込まれる一方の展開から巻き返しを図れるだろう。

FW・IHのプレスで中央以外のコースを切る
WBがタイミングを合わせてアタックしてボール奪取

 90分間の中で耐える時間帯が生じるのはゲームの性質上避けられないが、そこから抜け出すのは選手個人の力だけでなく仕組みの準備も欲しいところ。ボール保持の時間を長くする以外にも、得意な形のボール奪取に誘い込む手段を持てれば勝利を引き寄せる確率を上げられる。来シーズンは誘導の質を上げた守備を見てみたいと思うのである。


■おわりに

 初めて開幕節から最終節までマッチレビューを書いたシーズン、J1残留できて本当によかったと心から思います。20年以上サッカーを見てきましたが(筆者は茨田と同い年です)今年ほど頭で考えてサッカーに触れたのは初めてで、新しい楽しみ方が見つかった一年でした。記事を読んでくださった方々にも何かしらの楽しみを提供できていたら嬉しいです。

 2024シーズンのJ1は20チーム・自動降格3枠というレギュレーション。まずはシーズンを通して降格圏内に落ちないところを目標としつつ、一つでも上の順位を目指してもらいたいものです。山口監督も続投であれば(緊急登板の2021シーズンを除いたとしても)3シーズン目に入るので、そろそろここ数年とは違うポジティブな結果を見せて欲しい年かなと。別にタイトルや5位以上が必須とは言わないので、せめて残留争いでハラハラしない一年を送らせて欲しいですね。
 来年もリーグ戦のマッチレビューを書こうかなと今のところは思っています。試合前の予習(プレビュー)は時間の都合で毎試合は厳しい気がしているので、気まぐれでX(Twitter)にあげる形になりそうです。よければ引き続きお付き合いください。

 もしこの記事や今シーズンのマッチレビューたちを面白いと思っていただけたようであれば、noteのサポート機能でおひねりを投げてくださると喜びます。もちろん、ここまで読んでくれただけでも十分嬉しいのですが!

 また来シーズン、どこかのスタジアムとインターネットでお会いしましょう。それでは。

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