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ゾンビズ㊳

ミムラはタカハシの姿を捉えていた。そのまんま奴の方へと走った。二階への外階段を駆け上がろうとしたが、どん突きで捕まるのが怖かった。何とか先に投げつけて転がった金槌だけは拾うことが出来た。ヤマダ弟は脅威だった。あいつは多分兄が俺にやられた事を察している。ミムラが降車した時、奴はミムラの死角からシートに突き刺さったままの兄の亡骸を見つめたまま立ち尽くしていた。お前ら仲悪かったじゃねえかよ、愚痴りながらミムラはボチボチ走るスタミナが尽きそうだった。ミムラがとっくに階段の脇を走り抜けた頃、また背後から足音が増えた。ヤバいな、また余計なの引きつけちゃったよ。もうミムラは息が絶え絶えだった。と、ミムラは背後から誰かが飛び掛かって背中に乗ったのが分かった。
「うわあ」
と思わず悲鳴をあげた。膂力を感じるが、軽い。だから転ばずに済んだ。間違いなくヤマダ弟だった。ミムラは厚手のダウンジャケットを着ているお陰で、まだ噛まれた感覚はなかった。首がヤバい、でもそこを守る手立てもない。最早そこに辿り着かれるのは時間の問題でミムラは気が狂いそうだった。あと厚着で汗とニオイがミムラのまわりを蒸気になって包んでいた。と、バキッという音と共に背中に強い衝撃が走った。ミムラは前のめりにずさり、ヤマダ弟もミムラの横に転がった。ミムラは首だけを後方に向かせると、そこにトヨカワがモップを振り下ろした姿勢で立っていた。ヤマダ弟はすぐに立ち上がり、トヨカワに向かう。ミムラは咄嗟に立ち上がり、そのヤマダ弟の側面にタックルする。ヤマダはそれでうつ伏せにジタバタした。ミムラはヤマダに馬乗り、左手でヤマダ弟の首を押さえつけ、右手に金槌を握り、その右手を中空に挙げると
「ウワーッ!」
と叫んだ。トヨカワはモップをニギニギしながらウズウズとそれを見下ろす。ヤマダはより激しく身を捩らせる。その頭にミムラは勢いよく金槌を振り下ろした。パキョッと乾いた音が駐車場に鳴り響いた。
「流石に子供のは見てられねぇな」
二階の窓際でモミヤマがタバコを吸いながら言った。あんな叫んじゃってるしよ、大丈夫かよ。ダブルミーニングだった。
ミムラは五回金槌を打ち付けた。ヤマダはもう動かなくなっていた。が、その陥没したヤマダの頭にトヨカワはモップを突き立てると、そこに体重をかけてグリグリと中身を穿るようにした。
「一応ちゃんとトドメさしとかないと」
とトヨカワはそれを呆然と見ているミムラに言った。トヨカワはヤマダの頭からモップを抜き取りながら、数十メートル先で彷徨いているタカハシを見定めた。
「あいつ、なんか持ってるぽいんすよ」
トヨカワが言ったが、ミムラはその意味が分からなかった。つうか俺あんまこいつの事知らねぇんだよな。
「何を?」
とミムラに尋ねるが、トヨカワは何も答えずハシモトの方に歩みを進めた。命の恩人かも知れないが、なんだこいつとミムラは思った。もしかして車の事か?ミムラはトヨカワの後ろについた。
「車の鍵はかかったまんまかも」
トヨカワはタカハシの十メートル程の距離になると、そのままモップを九十度突き立てたまんまタカハシに突っ込んでった。いやいや、それじゃヤバいだろとミムラも追い掛ける。タカハシはトヨカワのそれに気付き、奴も直進してくる。するとトヨカワは縦にしたモップを肩幅より少し広く持ち替えて、タカハシのクビに目掛けてそれ横にして腕を伸ばした。タカハシはモップに首が支えるかっこになった。トヨカワはタカハシをそのまま近くに駐車されている車へと何とか押し付けた。タカハシは車とモップに首を挟まれ、口だけガチガチ動かしていた。
「今だ!やれ!」
トヨカワが叫んだ。こいつ俺に言ってんのか?ミムラは思いながらトヨカワの横に立ち、金槌でタカハシの額をゴツゴツと叩き始めた。顔が動くからうまく的が絞れねえな。
「もっとちゃんと強く!」
トヨカワがより強く叫ぶ。
「もーっ!」
ミムラは金槌を思いっきり振りかぶり、タカハシの額に水平にそれを叩きつけた。今度はうまく当たった。それでバコッと凄い音が響いた。タカハシはそれを受けて、ズルっとだらしなく体を横たえた。
「やりましたねぇ」
モミヤマが二階から軽くガッツポーズをとった。だがトヨカワもミムラも勿論そちらを見やる事もなかった。
「つうかあいつら何人殺してんだよ」
サトウがわざと冷ややかに言った。そう言えばそうだったなとそれを聞いてモミヤマが思った。
「まずいね」
コタニが二人に左方から迫るゾンビを見つけた。三匹いるな。走ってる。トヨカワはタカハシの亡骸のポケットを弄った。よく平気で触れるなこいつ。ミムラはトヨカワの異常性の方が怖く見えてきていた。
「あったあった」
トヨカワはクラウンの鍵を手に入れた。タカハシのクラウンまで即座に走る。あ、クラウンが動けばワンチャンあるな。ミムラもそれに続いた。だが二人共が追走してくるゾンビには気付いていなかった。

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